17.学園初日1
ウィズルース王立学園、高等部一学年第十三組。
その教室の扉の前に、この国では珍しい黒髪の浅黒い肌をした長身の少年が立っている。
人を殺しそうな目つきが印象的だが、その顔は十二分に整っている。そして体格は非常に良いと言える。見る人が見れば思わず「やらないか?」と言ってしまいそうだ。
「今日から編入生が来ます。皆仲良くしてね。じゃ入ってきて」
教室の中からマリスリース――マリリに呼ばれた少年――龍之介は、扉を開けて足を踏み入れる。
真っ直ぐ歩いて黒板のちょうど真ん中あたりまで歩いてから90度体を旋回させ、顔を上げた。
龍之介の視線に射抜かれた生徒達がビクッと体を震わせる。
「げっ!」
どこかで見たことがあると思えば、昨日の寮で突っかかってきた不良グループの面々だった。
そして教室の片隅にはなんとレオの姿も見える。
(魔法が使えないだけで最下位組って・・・実技に重きが置かれてるって思っていいのか?)
しかし、そんなことを置いといて余りある存在が龍之介の正面、教室奥の席に鎮座していた。
(あいつは、本当に高校生なんだろうか・・・・・・?)
筋骨隆々という言葉がピタリと当てはまる丸太のような肉体。なぜか制服の前が全開で素肌が剥き出しになっている。
渋い太眉毛と、口周りから顎を伝いこめかみまで連結してしまっている茶髪の髭。コーンロウにされた髪がイカツイ顔の迫力を助長している。
ここまではバーグ――ドワーフのイメージに類似した種族――の特徴と一致しているところが多い。
がしかし、そんな彼の体躯は明らかに龍之介よりも大きい。元の世界でのドワーフのイメージとはかけ離れている。
龍之介が最後に身長を図った時点で178cm程あり、こちらに来てからまた伸びたので180cmを超えているはずなのだが、どうしてか彼には見下ろされる事しか想像できない。
更に赤茶けた魔力はざっと見たところこの組内でもレオの次に多い。バーグが人間サイズまで大きくなったチート種族なんぞがどうして最底辺の十三組にいるのか不思議でならない。
でかバーグは龍之介を睨むでもなく、まるで観察するように見つめている。
「龍之介君、自己紹介してくれる?」
呆然とした龍之介を現実に引き戻したのはマリリだった。
「あ、ああ・・・。今日付けで第十三組に編入することになった、龍之介だ。よろしく頼む」
教室は無反応。元から話を聞いてないものもいれば睨みつけてくる者達もいるし、まだ朝だというのに机に突っ伏して寝ている者もいる。
レオに顔を向けると、苦笑して小さく手を振ってきた。
マリリが大きく溜息をついた。
「えーっと、龍之介君の席は窓際の一番前の席よ。じゃ座って」
龍之介は無言で従い、席に着く。そうして、学園生活が始まったのだった。
(こんな編入は人生初だな)
何が初なのかといえば質問タイムが無かったことだ。まあそれで龍之介が寂しがるなんてこともないし、むしろ喜んでいたのは余談である。
現在は昼休み、ようやっと午前の授業を終えた生徒達が、各々の昼食へ向け動き出している。弁当を広げるものもいれば、学食戦争へ赴く者も。
龍之介は適当に学食で食べれるものを食べる予定だ。
実はこの学食、なんと自腹である。龍之介も食費までの援助は出されていないため、あまり割高の食事をするわけにはいかないのだが、昨日は時間的に買い物ができなかったため今日は仕方なく学食へ向かうのである。
「ごめんよリュウ。そんなこと知らなくて・・・」
「いいよ別に。一日くらいどうってことないだろうし、王子様に下々の民の生活は理解しがたいんだろうよ」
龍之介は意外と根に持ってるようだった。
とほほと歩いていたレオが急に視線を前に固定して止まった。
「ん?どした?」
龍之介が尋ねても反応が帰ってこない。首を返してレオの視線の先を見ると、そこには煌く赤い髪をポニーテールにし、レオと同じ赤い瞳を持つ男子生徒がいた。顔立ちもレオ同様、神の造形というに相応しい顔だ。違いといえばレオよりも中性的な顔立ちなところだろうか。女子でも嫉妬しそうなきめ細やかな肌をしている。
思わず龍之介が視覚強化して見入ってしまったくらいだからその美貌たるや推して知るべしである。
兄弟で並んだら女性たちは失神してしまいそうだ。
「おぉ、兄上!」
赤髪イケメンが発したのは予想よりも幾分か高い、やはり中性的な声だった。
レオを見て兄と呼んだ彼が小走りに近づいてくる。
一つ一つの所作がかなり洗練されていてふつくしい。
近くで見ると顔立ちがどこかレオに似ている。この場合は国王か王妃に似ているのだろう。
(ああ、こいつが優秀な弟さんか・・・確かにこれと比べられたらまいっちまうな。レオも相当いい顔してるけど、王族は見てくれだけでいやバケモン一家だな。にしてもこの弟、なんか・・・変?)
何かに違和感を感じたがその答えは出ずに、触れていはいけなそうな気がして考えを止めた。
ちなみに龍之介は一人っ子。親が子を作る気もなかったのだから当たり前だが、やっぱり羨ましかったりする。
「オスカル、廊下は走ってはダメだろう?」
「ああすまない兄上、でも昨日の知らせを聞いていてもたってもいられなくって」
レオの弟はオスカルというらしい。オスカルは頬を上気させて興奮気味に話している。どこか扇情的に見えるのは気のせいだろうか?
(やばい、せっかく忘れた疑念が確信に変わりそうだ。名前つけた奴誰だ?!)
「なるほど、話は通ってるみたいだね。何か不都合が出たのかい?」
「そんな!何も不都合など無いです!遂に兄上の努力が報われたのですね!昨日は嬉しさのあまり涙を零してしまったほどですよ!ああ!あなたがリュウノスケ殿ですか!」
オスカルが一気にまくし立てて握手を求めてくる。それは構わないのだが、龍之介としては周りの注目を集め始めているのと、腹が減ってるのと、更にもう一つの疑問があってもう少し落ち着いて、飯を食いながら話したかった。
差し出された手は龍之介にとっては悪手である。
(この兄弟は俺の腹の虫に恨みでもあんのか?)
「あ、兄上、何か失礼な事をしてしまったでしょうか?」
「えーと多分、大丈夫、だよ・・・」
龍之介はもう一度オスカルを観察する。舐めまわすようにではなく、悟られぬように一瞬で。暗部の人間が修行を積んでやっと可能なほどの技術を龍之介は無駄に行使した。
「ああすまん。少しぼーっとしてた。立ち話もなんだから、食堂で飯を食いながらにしないか?」
差し出された手を握りながら答える。
(こいつやっぱあれだよなー。いやでも趣味という可能性も・・・無いか、無いな。ま勘違いってことはありそうだな。そう思っとこう)
レオとオスカルが龍之介の意見に同意して、かなり異様な組み合わせの3人は食堂に向かうのだった。
「視線がすごいね・・・」
「全くだ」
「どうしたんですか?二人とも」
上から順にレオ、龍之介、オスカルだ。
食堂に入った途端に3人は食堂中の視線を集めることになった。
他の生徒から見れば、いつもは一緒にいたことなどない欠陥王子と完璧王子が、目つきの悪すぎる未確認生命体と一緒に食堂に入ってきたのだから驚きも一入である。
視線の半分は嫉妬やら殺気やら良くない感情で満たされている。そういうことをあまり気にしない龍之介でも流石に居心地が悪い。
「しょうがない、しばらくすれば自然と収まるでしょ」
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ」
視線に気づかないオスカルは置いといて、二人で納得して給仕の列へ並ぶ。レオ、オスカル、龍之介の順になり、必然的に龍之介の背中に嫌な視線が突き刺さる。
仕方なく、本当に仕方なく、龍之介が後ろにガンを飛ばした。
途端に視線の数がごそっと減る。
「ほら、収まったでしょ」
「そうだなー」
「何の話です?」
レオが聞いてきたのでおざなりに返しておく。意外と抜けてるオスカルは無視だ。多分人の視線というものに慣れているのだろう。容姿のせいもあって必要以上に視線を集めてしまうのかもしれない。
食事を受け取ってお金を払い席に着いた。運良く――実際は龍之介が食べ終わった生徒を睨みつけた――端っこの席が空いたので、そこに揃って腰を下ろした。
壁というか、ガラスの壁とも言うべき窓側に龍之介、その正面にレオ、そして何故か龍之介の隣にオスカルが座った。
「おい」
「はい?なんでしょう?」
「なぜ俺の隣に座る?」
「ダメしょうか?」
普通なら駄目ではない。少し馴れ馴れしいかもしれないが概ね友好的に受け入れられるはずである。だが龍之介の頭の中の懸念がある以上こうされては困るのである。
「何か気に障ったのかい?リュウ?」
「いや、その、なんていうかだな・・・」
「「??」」
兄弟二人首を傾げる。そんなところは似ているのだなと思いつつも言うかどうかを迷う龍之介。もしかしなくてもこれは気づいてはいけなかった事で、見て見ぬふりをしなければいけなかったであろう問題だ。
(ええいままよ。もうどうにでもなれ!いざとなれば逃げる!)
龍之介は決心したようにも諦めたようにもとれる深呼吸を一つして、体ごとオスカルに向いた。
この奇妙な3人組の近くはどうも近寄りがたいらしく、周辺の席には生徒達は座っていない。
これなら最低限の声で話せば、聴覚強化でも使っていない限り聞かれることはないだろう。
「オスカルお前、女じゃないか?」
「「!!」」
王子兄弟が固まった。
龍之介は急いで周囲の人間を確認して、話が聞かれなかったことを確かめる。どうやら大丈夫そうだ。
「どうして急にそんなこと言うんだい?」
レオがかすれた声で聞き返してきた。
龍之介からすればそういう反応で既に答えているようなものなのだが、ここで自分の見解を言っていいものか悩む。
だがここまで来た以上言うしか道は残されていない。
「まず、服装に違和感があったのが一つ。上着の縮尺が少し大きいと思ったんだが、王族の着る服で縮尺を間違えるのもないだろうし、成長を見越した節約ってのも考えにくい。
そして靴、歩き方を注意して見てればわかるが、上げ底だろそれ?
次に動作が洗練されすぎているのが一つ。確かに王族で色々な教育は受けるんだろうけど、身分も平等とされてる学園内でそれほど気を遣う必要もない上、兄と親しげに話してるところからも緊張する意味を見いだせない、にもかかわらずまるで・・・そう理想の騎士を体現したような動作。しかも乱れがない。なんていうか慣れによる悪癖みたいのが動作の中に無い。逆にその完璧で慣れてるってことだろ?そういう風に口を酸っぱく教育されて、尚且つ自分でも意識してこないとそうそうならないことだ。つまりそういう教育をする理由があった。
まあ、ここまでは正直男だと言い張れば誤魔化せる事ではあるな」
「ここまでってことは続きがあるんだろう?」
「あるにはあるけどな・・・あまり言いたくない、というかここから先は論にも証拠にもなってないぞ」
レオとオスカルは確認するように見つめ合ってから神妙に頷いた。
「それでも、聞かせてもらっていいかな?」
「わかった。まあかなりしょうもないことだが、故郷にオスカルという名前でかなり似た境遇の登場人物が出てくる物語があってな。それで嫌な予感はしたんだよ」
龍之介は本当に話したくなかったようで、苦虫を噛み潰した様な顔をする。話を聞いた二人も目が点になっていた。
だがこれはただの緩衝材である。ワンクッション置いただけだ。
「あと、そのー、あー、なあ本当に言わないと駄目か?」
「こ、ここまで来てそれは無いよリュウ」
「ああ、わた・・・僕も聞きたいです」
もうかなりぼろが出てしまっているが、逃がしてくれそうに無いので保険だけはかけておくことにする。
「わかった。ただし、絶対に、間接的にも、俺に危害のないようにして欲しい。それが出来ないならこの話は無かったことにしよう。むしろ俺はそうしたい」
「大丈夫だよ。いずれこうなる可能性もあったんだし、遅いか早いかだったんだから」
レオはもう隠す気は無いらしい。
「わ・・・僕も、危害の無いようにすると誓います」
龍之介は目を瞑って大きな溜息をついた。最近溜息が多いなとか、どうしてこうなった、とか色々現実逃避してから、自業自得だなと思い至り腹をくくった。
「よし、言うぞ・・・・・・。その、だな、雌の匂いがした・・・」
「「はい?」」
「つまりだな、えーとー多分月のものだと思うんだが・・・その匂い・・・がな」
「・・・」
「なっ、え?わ、わた、ぼぼ僕は、えと・・・・嘘でしょ・・・」
レオは口を間抜けに開けたまま固まってしまった。しばらくは帰って来れないかもしれない。
オスカルは顔を真っ赤にして慌てふためいた後、更に顔を赤くして沈黙した。
「いや、もちろん他の奴にはわかるわけないんだが、さっき身体強化を使ってな、その副産物でわかってしまったというか、不可抗力というか・・・なんかすまん」
本来なら友人とその弟と仲良く楽しく昼食をとる、学園生活のひと時だったはずが、謎の修羅場とかしてしまった。
実はけっこう期待していた龍之介がこう思うのを誰が咎めることができようか。できるとすれば、自分でこの事態を招いてしまった龍之介自身である。
(どうしてこうなった?!)
出オチはさっさと落とすに限ります。
実はヒロインキャラ初登場だったりした。
文才の無さに全自分が泣いたorz
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いつもありがとうございます。
ユニークも3500を超え、はしゃいでおります!
今後共よろしくお願いします。