16.その時、歴史が・・・
「じゃ案内頼むわ」
「はい、僕はニコルです。中等部三年第十三組です」
龍之介より頭一つ小さい銀髪の少年が名乗る。レオに続いてこれまた結構なイケメンである。線が細く人懐っこい笑みも合わさって女性の母性愛をくすぐりそうな容姿だ。
ただそんな容姿なのに紫色の毒々しいオーラを纏っているのはいかがなものか・・・。
男の娘とか似合いそうだ、と思いつつ龍之介も自己紹介を返す。
「なら一つ下だな。俺は明日付で高等部一年第十三組に編入する、龍之介だ」
この世界での日本の名前は色々と面倒だと遂に悟った龍之介は苗字を言わないことにしたようだ。
「では先輩にですね。えーと、リュウ先輩と呼んでもいいですか?」
「ああ」
「編入って珍しいですね」
「やっぱそうなのか?」
なんでも魔法の教育体制が整っているのは全国でもここ王立学園だけらしい。そして魔力発現は生まれてから3ヶ月以内に起こる。それ以降は魔力が体に宿る事は無いのだが、極々稀に突発的魔力発現が起きることがあるらしく、そういった者の中で年齢が合うものは編入できるらしい。
ただそういった例は本当に稀有で、実例は片手で数える程だそうだ。
現在学園に編入生は龍之介ただ一人である。
「・・・というわけです。ちょうど部屋にも着きましたね。ここが9966号室ですよ」
「そうか、助かった」
ニコルがそう言って[DD**]と書かれた扉の前に立つ。
と、「あの~」と少し気まずそうに声をかけてきた。
「なんだ?」
「さっきから気になってはいたんですけど、失礼かもしれませんが字が読めないんですか?」
「ああ、そうだ。田舎の出なんでな。読み書きを覚えるのもここに来た目的の一つだったな」
「なるほど。では僕も手伝えることがあれば手伝いますよ。実は僕の部屋は隣の9901号室なので」
ニコルが笑って少し離れた扉を指差した。
「そうか、それは助かる。んじゃまたな」
「はい」
(隙の無いいい動きしてるな。一度体術だけでやりたいな)
とニコルの背中を目で追う龍之介だったが、戸を閉めてから、ニコルみたいな奴がなんであんな不良グループに紛れていたのか気になった。
が、結局追いかけるのも面倒なので思考を止めた。
戸の内側にさしてあった鍵を抜く。どうやら内側からも鍵で施錠しないと掛からないタイプのようだ。
部屋は1LDKでシャワーとトイレはひとまとめにされているが充分な広さがある。
玄関の戸を開けて中に入ると2mほどの廊下で、突き当たり正面と左右に扉が一つずつ。
左を開けるとトイレだった。水は魔道具でまかなわれている。右の扉はシャワールームで浴槽は無いが、持ち込んでも充分な広さがある。
そして正面の扉がLDKへと続く。
LDKは20畳くらいあるかもしれない。と言っても少々台所の取り分が大きく入り組んでいるので見た感じはもう少し狭い。だがその台所が広くて使いやすそうなのは龍之介個人としてはかなり嬉しかったりする。
龍之介が学園に通うに当たり、学費は一応国が出すことになっている。なんでもフォルザから発掘された人材ということで申請が下りたらしい。
だが普通入学の学生もそうなのだが、食費は別払いになっている。学食で毎日、もしくは毎月支払ったり、自炊したりである。
龍之介は蓄えに自信があるわけでもなく、料理は嫌いではないので自炊することにした。というわけで、台所が使いやすいのは嬉しいのだ。どうやら初の王都初の出費は調理器具の調達になりそうだった。
ベッドは壁に折りたたみ式で収納できるタイプで寝心地は悪くなさそうだ。
「なんかやけにハイテクだな・・・」
それがやっと口から出た自室の感想だった。
***
時間は少し遡る。
龍之介と別れた後、レオはすぐさま王城へ向かった。
城へ向かうのにこれほど心躍るのはいったい何年ぶりだろうか、とはやる気持ちを落ち着けながら歩く。
迷宮とは言わないまでも、慣れないものならすぐに迷ってしまいそうな城内を迷いなく歩き、着いたのは王の執務室。
戸の横には近衛騎士が立っているが今は気にしている時ではないと無視。
時間的にいる可能性は五分といったところだが、近衛騎士がいるのだからいるのだろう。
「父上、レオールドです」
戸を叩いてから声をかける。
本来執務室では陛下と呼べと言われているが、今はそんな事は忘れてしまっていた。
「む、入れ」
どうやら中にいるようだ。レオとは真逆の野太い声が聞こえてきた。
レオは戸を静かに開いて中に入り、また静かに閉めた。
書類の積まれた机に現国王で父親でもあるイヴァンが座っている。
「レオールド、ここでは陛下と呼べと言っただろう?」
「す、すいません。失念していました」
「ほぅ、お前が失念とは珍しいこともあったものだな。・・・ふむ、何かいい事でもあったのか?しかし・・・奇妙な顔をしておるな」
イヴァンから見た息子の顔は、喜びを隠すこともせずに笑みを浮かべながらも右頬を思い切り腫らした痛々しいものだった。
「陛下、お伝えしたいことがいくつかございます。一つは良き知らせ、もう一つは良きにも悪しきにもなる知らせに御座います。して、どちらからお伝え致しましょう?」
「なら良き知らせから申せ、そちらは考え事などしなくてもいいのだろう?」
「はい、では申し上げます。本日私レオールドの魔力適性が判明して御座います!」
レオが満面の笑みで伝えると、イヴァンはぽかんとしてその後一瞬父親の顔になり、すぐさま引き締める。
「・・・真か?いったい適性はなんだったのだ?」
「雷に御座います」
「なんとそんな属性があったのか・・・。しかしどのようにしてわかった?」
「それを話すにはもう一つの知らせも交えて話したほうがいいかもしれません」
「ではそうしろ」
レオは「はい」と答えてから、一つ深呼吸して話を頭の中でまとめてから話し始めた。
「今日私が寮の前で転んでしまった時のことです」
転んだのではなく吹き飛ばされたのだが、今はそこは重要ではないと伏せることに。決して恥ずかしいからとかではない、と言い聞かせつつ。
「学園の高等部一年に編入生が来たのをご存知ですか?」
イヴァンは無言で頷く。
「その者とばったり出くわし、話しているうちに・・・その・・・私の魔力やこれまでのことについての話になりまして・・・」
いくら親子でも今更そのへんのことを蒸し返すのははばかられたが、イヴァンもそれは理解しているので、続きを促す。
「して、どうなった?」
「殴られました」
「は?」
イヴァン、本日二度目のポカンである。
「殴り飛ばされたです。甘ったれるなと言われました。確かにそう言われると思い至るところもありました。もちろん、彼は私が王族とは知らずの行動でしたが、殴った後もしばらく説教を受けましたよ」
そう言うレオの顔は笑っている。その笑顔は昨日までの諦めの笑ではなく、清々しさが見える綺麗な本来のレオの笑顔だった。
イヴァンは息子が久しぶりに見せたその顔に目頭が熱くなるのを感じた。
「彼の一言一言が心に痛いほど響きました。恐らく彼の今までの生から出た言葉だったのでしょう。それからすぐ彼を引き連れ学園の演習場で試行錯誤の末、適性を割り出したのですが、その時の彼の助言が無ければそれもただの徒労に終わっていたでしょう」
「それほど的確な助言をしてきたと?」
「はい、それはもうピタリと雷を言い当てました。しかしこの話の本題はそこではありません。彼は魔力の色を見るのです。しかも意図せずにです」
「なんと・・・魔力の多い少年としか聞いていなかったが・・・そんな能力があったとは」
「魔力が多いですか・・・そんなものでは有りませんでしたが」
「それはどういうことだ?」
レオの呟きを拾ったイヴァンが訝しげに聞いてくる。
「彼の魔力は私ですら霞むほどの量が有ります。これがとどのつまりこの話の要点になるわけですが、場合によっては悪い知らせになるという話ですね」
「ふむ、つまり、国の脅威になりかねないと?」
「左様です。あの魔力量の上、得体の知れぬ知識も見受けられました。魔法師団が大幅に強化される可能性もあります。故に、逃がすには惜しく、摘むにはいささか手に余る逸材です。なるべく友好関係を築き手元に置くのが上策かと」
「なるほどの。だが、お前の本心はどうなのだ?」
レオは、この人にはかなわないと笑みを浮かべ"息子として"の意見で答える。
「友として、可能な限り長く付き合いたいと思っております。彼は地位や血筋ではなく"人"を見て接します。私が王族だと明かした後も態度を一切変えることはありませんでした」
「ほお、面白い男だな。取り入ろうともせなんだか?」
「はい、全く。むしろ私を殴った事による面倒を避けるために夜逃げしようとしておりました」
「ククク、つくづく面白いな。礼もせんといかんだろうし、今度城に呼んで来い。謁見は面倒だからしなくていいな。食事の席を用意しよう」
「わかりました」
二人とも殆ど仕事口調が抜けてきているが、イヴァンの雰囲気が砕けたことにより部屋の空気も明るくなった。
「これで継承に憂いも無くなった。お前が王位を継げるのであれば、オスカルも"王子"の任から解放される。良い事づくしだな今日は」
「・・・しかし、オスカルは納得してくれるのでしょうか?いきなり私が王位を継ぐとなれば、今までのことが・・・」
「それは・・・予が説得する。まあごねればの話だがな、そんな事はないと思うが」
「わかりました。お任せいたします」
それから少しだけ雷の魔法を見せると、イヴァンも安心したように頷き、非公式ではあるがレオを後継者として認めたのだった。
考え無しなどではなく、イヴァンは元々レオの実力と才能をよく理解していてのことだったのは言うまでもない。
***
ニコルは寝台の上で先ほど出会った一つ上の編入生に思いを馳せる。
(いったい何をしたんだろう?剣術じゃなかったよなぁ。むしろ剣を使わない体術なのかなぁ。気になる・・・)
ニコルは中等部三年の十三組で剣術科だ。
だが彼はレオの様に魔力の適性がわかってないとかではない。
ただ目立たないように生きるため、面倒事を起こさないために実力と魔力を隠し、不良と言われるグループにいるのだ。
十三組は他の組から蔑まれている為に徒党を組みやすい。そして弱者であるが故に群れ、そこに溶け込めるのだ。そうすれば目立たない。例え魔力を持っていても、十三組の剣術科と自分から名乗ってしまえば相手は警戒もせず興味すら失うのが第十三組という名の力というか非力さなのだ。それだけ圧倒的差がそこにあるという固定観念。
ニコル自身は恐らく四組から三組くらいの実力を持っていると客観的に評価を下している。ニコルの魔法特性を鑑みれば、戦闘という面なら更に上にも食い込めると思っている。
「まあこの学園で魔法を使う気は無いから関係ないかー」
学園で優秀な成績を修めて卒業すれば、将来はもう確実に安定する。
国の重役にもなれるだろうし、冒険者として名を上げることも可能だろう。
それでもニコルは平穏を望むのだ。国に使役されるのも御免だし、命を脅かしてまで名を売りたくもなく、今でも使えてる日常に活かせる簡単な魔法で楽になりそうな仕事を探して生計を立てれればそれで満足。
(堕落してるなー。でも気楽に生きれるしなー。有名税なんて払う気ないよーってか?)
貴族が多いこの学園で、目立つことのリスクを正確に理解しているからこその堕落ともいえる。ああいう自己顕示欲の塊が嫉妬やらやっかみやらしているのは見るに耐えないものがある。
人より才能のある平民というのも、それはそれで不便ということか。
「でもやっぱあの体術は教えてもらおう。文字を教える代わりって言えばいけそうな気がする」
どこまでも打算的な少年は、年相応の好奇心から人生最大のミスを犯すことになろうとは思いもしなかった。
ニコルは知らないのだ。龍之介がニコルの体捌きからどれほどの実力かほぼ正確に見抜き、その上魔力のことまで知られているなどとは・・・。
この日ニコルの人生計画は大きく狂っていくことになる。
***
後の歴史家曰く、龍之介という異世界人が王立学園に入学しなければ、歴史の教科書から最低3つは名前が消えていた。
間違いなくこの日、歴史の新しい幕が上がったのだった。
お気に入り60件ありがとうございます!
オスカル出オチですねはい。
12/28 修正