14.特性探し
レオは頬を拳で打ち抜かれて5mほど吹き飛んでいき、地面に二回バウンドして止まった。
龍之介の腸は煮えくり返っていた。自分でもわけがわからないほどに。
「才能が無いのも、努力が報われないのも」
怒りのオーラを撒き散らしながらゆっくりとレオに近づいていく。
「人を信じられないのも、人に裏切られるのも」
レオの襟首を掴んで引きずり起こし、そのまま持ち上げた。レオの足は地面から10センチ程の浮いて揺れている。
「どれもお前が諦めていい理由にはならねぇだろうが!」
龍之介自身もかなり自分勝手な意見だというのはわかっている。それでもレオには言わないと気がすまなかった。
「被害妄想に逃げてんじゃねーよ!血反吐が出るほど剣を振って、寝る間を犬に食わせてでも本を読んで、魔力が枯れるまで魔法を打ち続けて、それで駄目なら泣いて叫んでもう一回立ち上がれ!」
「ぼ、くは・・・・」
レオの双眸に悔しさが滲み出る。初対面の得体の知れない者にここまでボロクソに言われるのはままならないものがあるだろう。
「お前がこうやって逃げてる内は、お前は死人と一緒だ!」
だが龍之介は知っている。才能は重要だが努力しなければ開花しない。努力しても認めてもらえなければいつか努力を止めてしまう。
レオと龍之介の境遇は違うのにどこか似ている。
龍之介は努力を止めなかった。どんなに認めてもらえなくても、蔑ろにされても努力を怠らなかった。いつか報われるという望みが、消えるまでは。
だから悔しいのだ。目の前で足を止めてる人間を見るのが。自分と似た境遇で、成果を見せれば報われることがわかっているのに、それを諦めているのを見るのが悔しい。
決して届かない場所にいるにもかかわらず、龍之介にも掠めるような位置で止まっていることに苛立ってしょうがない。
「限界を自分で作って逃げるなよ!死んでねーなら限界じゃねー!」
無茶苦茶なのは知っている。
「可能性を捨てるなよ!報われるかもしれないのに!何で下を向いて生きるんだよ!」
それでも訴えれずにはいられない。
まだ手遅れでは無いのだから。何故なら、
「お前は望まれて生まれてきたんだろうが!」
運良くと言うべきか、周囲には誰もいない。二人とも言葉を発することもない。傍から見れば龍之介がレオをいじめている様にしか見えないのだが、その内情を知っているのは本人達のみである。
龍之介は気持ちを落ち着けるために二度三度深呼吸する。
あれ程に感情が昂ったのは鎧熊と戦闘した時以来かもしれない。昂ぶりはその時以上だったし、実質人生初の大激怒ということになる。
その気持ちをゆっくりと仕舞いこみ、黙って下を向いているレオに目をやる。
「進め、前を向け。地面に希望は転がってないぞ。受け売りだけどな」
さっきまでとは正反対の落ち着いた口調で語りかける。
レオは龍之介の言葉に神妙に頷く。心なしかレオの瞳がキラキラしているように見えるが気のせいだろう。
「リュウ、僕、頑張るよ!」
(あ、気のせいじゃなかった。すんげー輝いてる・・・)
「お、おう頑張れ」
「というわけで、リュウも手伝って!」
「え゛?」
何がどういうわけか全くわからないが、恐るべき速さで右手首を掴まれた。
「早速演習場に行こう!」
「待て。俺にイケメンと手を繋ぐ趣味は無い」
「いけめん?て僕のこと?まいいからとにかく行くよ」
「わかった。自分で歩くから離してくれ。歩きにくい」
「はいはい。いいからいいから」
龍之介の説得も虚しく、結局レオは演習場という場所まで手を離してはくれないのだった。
(せめて殴ったのは謝らせろよなー)
などと思いつつ、引っ張られながらも特に悪い気分にはならない龍之介なのだった。
演習場はローマのコロッセオに似ていた。似ていたのだが、結界のせいでドームに見えてしまうのはしょうがないことだろうか。雨天でも結界のおかげで問題無く使用できるらしいので構わないのだが。
龍之介とレオは、演習場内のちょうど真ん中辺りに立っている。
龍之介には内部に貼ってある何かしらの障壁がチカチカして集中できない。
「目が痛い・・・」
「ゴミでも入った?」
「いやそこら中に障壁だの結界だの張ってあるだろ?それが眩しくてな」
「・・・見えるのかい?」
レオが驚き半分興味半分という顔で聞いてくる。龍之介はまずったな、と思いつつしかめっ面でそれに答える。
「ああ、言ってなかったな。俺は魔力が見える。それも色付きでな」
「そ、それじゃ!僕の魔力の色も?!」
「お、おう。お前のは青白い。殆ど白だけど」
「本当に?本当なんだね?」
「本当だ!本当だから揺らすな!」
落ち着きを取り戻したレオは「青白い・・・殆ど白・・・」などとまるで呪詛の様にブツブツと地面とお話している。地面に希望は転がってないと言ったろうに。
「リュウ、今から氷の術を使うから僕の魔力を見ててくれないか?」
「ああわかった」
青白いから氷を連想したのだろうか。魔力の色が特性判別につながるのはどうやら今も変わらないようだ。
レオが右手を前にかざし、表情が真剣味をおびていく。
「凍り、穿て我が魔力、『氷針』!」
青い魔法陣が現れ、魔力が集束していくのがわかる。集束した魔力は形を成し一つの氷となった。
「やった!」「ちっっさ!」
「「え?」」
お互いの言葉に反応して数秒間見つめ合うレオと龍之介。
レオの作った氷は、五寸釘くらいの大きさで飛んでいき結界にあたって砕けた。
「おいおいおい、まさか今のが成功なのか?あんな嫌がらせみたいなサイズで?」
「いやいやいや、普通はもっと大きくなるけど僕の場合はこれでも成功なんだよ!」
「ん?魔力をもっとこめればいいじゃないか」
「そんなことしたら魔法陣が壊れてしまうよ!」
落ち着いて話を聞いてみれば、なんでも近年の魔法は魔法陣を構築してそれに魔力を流して魔法が発動する、という工程なのだが、魔法陣は一定の魔力量しか込められずその量を越えた魔力を流すと不安定になり崩れるか、運が悪いと暴走してしまうらしい。
そして同じ魔力で発動しても適正によって結果の優劣が変わるとのこと。
「じゃお前に氷の適性は無かったってことか?今までやったことなかったのか?」
「うん・・・水属性が発動しなかったからその上位派生は出来ないと思ってたんだ。まさか発動できるとは思わなかったけどね」
「ダメ元かよ」
「でも僕の魔力は青白いんだろう?」
「殆ど白いって言っただろ。さっき見た氷の魔法陣は薄い青って感じだったから違うんだろうな」
「そうか・・・」
「ッチ。暗くなるな。他の魔法もやってみろ」
「わ、わかった」
それから順々に魔法を使っていくレオ。土火風水に始まり、火の上位派生炎、それから光、闇を念の為試し、身体強化も試した。
結果として、発動までこぎつけたのは風、火、水、炎と氷、光、身体強化だった。どれも申し訳程度にしか効果を発揮しなかったが、レオはまともに発動しただけでだいぶ喜んでいた。
龍之介は最初レオの魔法陣を見て研究のようなことをしていたが、飽きて途中で止めた。
魔法の詠唱については、やりたいことを魔力に命令し術の名前を言う、という形式なのがわかったが、龍之介としては恥ずかしいので詠唱する気はなかった。
「これで全部かな。やっぱり駄目だったね・・・」
「だから暗くなるなと言ってるだろ。そもそもそれが全部と決まったわけじゃないだろ」
「だけど・・・・」
(少し考えてみるか。あまり得意じゃなかったが、RPGを参考にすれば何か見つかりそうだな。まず土火風水、次に炎と氷、光と闇、それから身体強化。これら以外で青白いイメージのもの、か。・・・こういう時になんかこないもんかなー。アイディアがこうビビっと・・・。ビビ?あーあったなーこんなんも。ま最初からダメ元なんだし言ってみるか)
「レオ」
「ん?何か思いついたかい?」
「ああ、電気だ」
「伝記?何の伝記だい?」
(そうか、まだないのか。いや、魔法だらけのこの世界だと今後出てくるかもわからんな)
「違うそーじゃなくて、雷だよ。雷」
「雷?雷って言うとあれかい?雨の日のあれ?」
「そうだその雷だ」
「よし!早速やってみよう!」
「待てレオ、落ち着け」
「魔法陣できた!行くよリュウ!」
「だから落ち着けと」(早いな!そんな簡単にできるもんなのか?!)
「轟け、『雷鳴』!!」
龍之介の静止も虚しく、レオは魔法陣を完成させてしまった。突如ピシャーンと凄まじい轟音が鳴り響きレオの手から電撃が放たれた。
電撃は先ほど氷針の当たった位置の結界を貫通し演習場の壁を一部削り取ってしまう。
「しっかり魔力で保護しないとって、聞こえてないか」
レオは体の保護が不十分だったため、雷鳴の音で一時的難聴状態になっている。おまけに三半規管も微妙にダメージを受けているのか足元がおぼつかない。
「ま、適性はどうやら見つかったみたいだな」
聞く相手のいない独り言を呟くと、ふらつきながらも大喜びのレオを見て笑みを漏らす龍之介だった。
「レオ、もう帰ろう」
「待って、もう少し」
あれからレオはしばらく雷の魔法の練習をして、いくつか応用の魔法も試した。その全てが上手くいったために嬉しくてしょうがないようで、かれこれ2時間以上魔法を打ち続けている。
演習場内は防音の結界も張ってあるため、誰かが止めに来るということもなく、龍之介はこれで五度目の申し出をしているところだ。
「さっきもそう言っただろお前。俺腹減ってんだよ」
「じゃあ明日も付き合ってくれるかい?」
「飯奢ってくれるなら考えよう」
「わかった!そうしよう!いい店を知ってるんだ。『黄金の大食漢』といってね。早速行こう!」
「おうふ、待て引っ張るな。俺にイケメンと手を繋ぐ趣味は無いっつっとろーが」
「いいからいいから」
「よくねーよ」
ツッコミをことごとくスルーされ項垂れた龍之介と、それを嬉々として引っ張り回すレオは、まるで十年来の友の様に見えるのだった。
『黄金の大食漢』は、王都の商店街の様な通りの一角にある大きな大衆食堂だった。
外はまだそれほど暗くもないが、時間的には夕食時で店はかなり賑わっており、種族関係なく酒を飲み騒ぎ語らいでいる。
レオと龍之介が店に入ると、木の丸盆を手にした女性の店員が気づいて近づいてきた。
「レオさんいらっしゃい。お隣の方はお友達ですか?」
ペコリとお辞儀しながら話しかけてきた女性、と言うより少女は、くりくりした目が特徴的な茶髪の緑の目をした可愛らしい娘だった。身長はレオより頭一つ低い。龍之介がレオより5cmほど高いので更に見下ろす形になる。
「こんばんはエリーゼ。そうだね、今日から友達になった。彼はリュウノスケ。リュウでいいかな?」
「あ、ああ構わない」
友達、という言葉に反応が遅れる龍之介。
この男と"親友"にはなれるのだろうか?とふと思った。できることならなりたい、なってみたいと。
「彼女はエリーゼ。ここの看板娘だね」
「フフ、相変わらずお上手ですねレオさんは。リュウさんよろしくお願いしますね」
「お、おう。こちらこそよろしく、エリーゼ」
龍之介の目つきに当てられてのこの反応は初めてだったので少しどもってしまった。
そういえばレオも特に目つきに対して反応しなかったことを思いだして、どうしてだろうか?と考え込む。
「リュウ?どうかした?」
「あーいや、自分で言うのもなんだが、自覚できるくらいには悪い目つきをしていると自負している。それで二人の反応、というか無反応なのが気になっただけだ」
「へ・・・?」
「クハッ!」
「「ハハハハハハハハ」」
龍之介の言葉に二人揃って笑い転げてしまった。
龍之介が怪訝そうな顔をしていると、最初に復帰したエリーゼが弁解してくる。
「す、すみません。リュウさんがあんまり可愛いことを言うのでつい、フフフ」
まだ完全に収まってはいないようである。
「か、カワイイだと・・・」
「はい、ウフフ」
「リュウの目つきは確かに怖いけど、顔全体で見たらすごく整って見えるんだよね」
たじろいでいる龍之介にトドメを刺しにレオが復帰してきた。
「あーそれ私も思いました!目つきだけは人を殺せそうなんですけどねー。不思議ですねー」
言ってることはひどいのに不快感を感じさせないのは一種の才能だろうか?
わいわいと賑やかに褒めてるのか貶してるのかよくわからない言葉を浴びせられ、龍之介は実に久しぶりに恐怖を覚えるのだった。
「さて、リュウ」
料理を注文し終えたところでレオが畏まって龍之介を見る。
席の周りには誰もいない。いたとしても周囲の客の喧騒で、龍之介以外に話を聞き取れはしないだろう。
「リュウには言っておかないといけない事があるんだ」
「なんだ?」
何気ない会話だが、レオが緊張しているのが伝わってくる。龍之介はそれをいち早く悟り、気にしていない風を装った。
「僕は、身分がいいと言ったけど」
「ああ、言ったな」
「うん、実はね、王族なんだ」
「・・・・・・は?」
「僕の名前はレオールド=アルレイド。この国の第一王子だよ」
PVとユニークをやっと知りましたというか理解しました!
読んでくれている方が沢山いるようで嬉しいです。
これからも更新は不安定ですがよろしくお願いします!