11.ひと月
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アルレイド王国東部の町アイフェスト。
王国内第三位の規模を誇る都市である。
その中心部に他よりも一際大きい作りの5階建ての建物。 入口の上には盾と罰じるしに重ねられた剣の看板。 |自由選択式依頼斡旋組合がある。
フォルザの5階最奥の一室、扉には『組合長室』と書かれている。その扉の奥には現在二人の男が向かい合って座っていた。
一人はこの町のフォルザの受付、お腹周りが危なくなってきたメタカ。
対する壮年の男は屈強な体つきで、鍛え抜かれた筋肉は全く衰えを見せておらず、背筋はしっかりと伸びている。年相応なのは短く刈り上げられた白髪くらいか。
そのどちらもが真剣な面持ちで座っており、これから何か重大な話をするようだ。
「それで組合長、ひと月ほど前にお願いしていた件ですが・・・」
「ああ、一通り調べてみたんじゃが、黒髪の少年の方――リュウノスケだったか。あれの情報は全くと言っていいほど出てこなかったわい。代わりにもう一人については山ほど出てきたがな」
「全く無かったのですか?」
「そうじゃ。目撃証言がマヘスともう一つ奥の村で少しあるだけで、それ以外は何も出てこなかったわい。まるで奴がいきなり現れたかのように、の」
フォルザの情報網は非常に優秀で、力の入れ具合にもよるが、西の帝国以外のことなら大体のことは調べあげられる。にもかかわらず、龍之介の情報が出なかったのは本当に情報が無いからにほかならない。それはこの二人が知る由もないが。
「なんとも薄気味悪い話ですね」
「まったく。しかしもう一人の方はこれでもかというくらいに出てきたがの。生まれてから奴隷になって盗賊に襲われるまでは把握したんじゃがその後はついひと月前まで消息を絶っている。主と一緒に死んだと思われていたが、違ったようじゃの」
「奴隷だけ生き残ってるのは珍しいですね」
「それなんじゃが、あやつ――ネッドを襲った盗賊を調べようと思うたら・・・全滅しておった。一人残らずの。諜報員によると『阿鼻叫喚の地獄絵図』だそうじゃ」
「詳しくは聞きたくないですね。しかしこれでますます怪しい二人組になってしまいましたか。見た感じでは将来有望な若者でしかないんですが・・・」
メタカは額に浮いた汗を手拭で拭き取った。事実この一ヶ月メタカが見た龍之介とネッドは、ほぼ毎日下水掃除に薬草取りにキノコ採りにと初心者にしては多過ぎるとも言える数の依頼をこなしていた。
今日はちょうど餓狼の群れの討伐依頼が来たので、進級依頼として受けてもらった。今ちょうど西の森にいるだろう時間だ。この依頼を成功させれば記録的な速さで進級したことになる。
「見た感じ、の。メタカ、ぬしはもう少し注意深く人を観察したほうが良いの。まあ受付に一日中座っていればそれもしょうがないとは思うがの」
「はぁ、どういうことでしょうか?」
「ネッドはよい。普通の冒険者じゃ。過去が曖昧なこと以外はの。だがリュウノスケは違う。あやつの格好を覚えておるか?」
「いつも受付で見るのは町民と同じような服装ですが・・・」
「そうそれじゃよ。"いつも"町民の服装じゃ。それが町中であれ、任務中であれ、の」
「そ、そんなまさか」
「まさかもなにも、あやつがこの町で買ったのは水と衣類だけじゃ。武器も防具もネッドの小僧しか買っとらん」
そんなことがあり得るだろうか?とメタカは思う。いくらなんでも装備が不十分すぎる。確かに、彼らの受けた依頼はどれも簡単なものでそれこそ下手をすれば平民でも可能なものだ。しかしそれは装備を整えるのが大前提になる。武器も持たず鎧もつけずでは流石に無理があるだろう。しかもそれでひと月で進級しようとしているのだ。それこそ魔法でもないと無理・・・。
「魔法、ですか?」
「正解じゃ。この町には魔力が見える者などわしぐらいじゃろう。あやつの魔力は凄まじい。あんなもの見たことないわい」
「そんなにですか・・・・」
魔力を視認できる人は今の時代かなり希少だ。普通の量に比べて2倍3倍は魔力を保有してないといけないと言われている。それでも意識して見なければ見えないと言われており、見えると対象の体の周辺が蜃気楼のように歪むそうだ。
龍之介は知らないが、魔力の適性を見ることのできる眼は非常に稀有なのだ。
「そうじゃ。ま実際は身体強化くらいしか使っておらんかったがの。なにかしらで恩を売った事にしたいのぉ」
ニヤリと笑う組合長。
「な、何をする気ですか?」
「なに、ちと王都まで飛ばそうかと思っての」
***
「これで終わりか?ネッド」
「みたいだな」
ここはアイフェストの西門から出てすぐのところにある森の中。
龍之介とネッドは木々に囲まれながら立っている。
周囲の地面はドス黒いしみができており龍之介自身も衣類や顔やらにかなりの血を浴びているが、全くの無傷だ。
ネッドの方は手に持った剣が血で濡れているが革の鎧に目立た傷はない。攻撃の殆どは盾で防いでいるようだ。
辺りそこらじゅうに狼の様な生物の死骸が転がってる。その殆どは縦か横のどちらかの方向に両断されていた。
「依頼された数よりだいぶ多かった気がするんだが?」
「それを俺に言うなよ。餓狼は群れで出るからそういうこともあるんじゃないか?」
「ま、別にいいけどな。で、これのどこを持ってけばいいんだ?」
討伐依頼は、対象の一部を依頼された数、フォルザまで提出すれば依頼達成となる。今回は"餓狼の尾"と依頼書に書かれている。
龍之介は字が読めないため、ネッドが口で説明し龍之介はそれにならって死体から尻尾をちぎって集めていく。普通はナイフや小刀などで切り取るのだが、龍之介の場合は素手で引きちぎっている。
依頼されているのは5匹だが、残った分は買い取ってもらえるので、全ての死体から尻尾と牙をもぎ取った。
「相変わらず無茶苦茶するなー。まいいや。さっさと戻ろう」
「あいよ」
ひと月でそれなりに親しくなった二人は、くだらない雑談をしながら帰路についた。
町に戻りフォルザへ向かう。
道中やけに人々の視線が龍之介に集中していたが、本人は気づいていなかった。
ネッドは龍之介の一方後ろを歩いていたためか、視線の理由まで思い至らなかった。
そしてそのままフォルザに入る。
やはりフォルザでも冒険者達の視線は龍之介に向けられる。
目力が威圧的な分居心地は更に悪い。
「リュウノスケ、町中でもそうだったけどなんか見られてないか?」
「そうか?でも確かに今日はガンつけてくる奴が多いな。なんか変か?」
そう言って龍之介が振り返る。
「っ!」
ネッドはあまりの驚きに声を出すこともできなかった。
龍之介の前半身は返り血に染まり、顔も半分は赤い。一ヶ月前の赤い悪魔が再び目の前に現れた。
というかよくよく考えてみれば、何の変哲もない平民の服のみの装備で、紛いなりにも冒険者をしているなど常識をあまりにも逸脱している。
というのをネッドは忘れていた。なにせ一ヶ月は大した戦闘も無く、あってもネッドの訓練として任されていた節もあり、龍之介は殆ど戦わなかったのだ。
その為血を見るということも特に無く今日まで過ごしてきた。
どうやら今まで相当に我慢していたようで、この依頼を受けた龍之介は嬉々として餓狼の群れに突っ込み、笑いながら獣を引き裂き、潰し、屠っていた。
今回は人相手じゃなかった分視覚的にはまだマシだったが。
「ん?やっぱりどこかおかしいか俺?」
「・・・いや、まず顔を拭け」(お前は大体おかしいよ)
ネッドが手拭を差し出し、龍之介はそれで顔を丁寧に拭った。
血が拭き取られ、出てきたのはいつも通りの・・・・いつも通りの"悪魔のような"目つきの龍之介の顔だった。
「あ返り血か。・・・・とこれでいいか?」
「んー、ああいつも通りだな」
ネッドの返答に満足気に頷いて、今日もメタカさんが座る受付に向かった。
受付で依頼達成を受理されると、珍しくメタカさんから話しかけてくる。なんでもアイフェストの組合長が話があるとのことだ。
断る理由も無いのでそのまま奥へと通してもらい、案内に従って5階まで階段を上がる。
一番奥にあった組合長室と書かれた扉の前で3人は止まった。
「組合長、二人を連れてまいりました」
「おお来たか。入れてやれ」
メタカさんが扉を開き部屋の全容が明らかになる。
といっても少し高級感があるなくらいの部屋だ。机や革張りの椅子、置かれた観葉植物などで威厳ある雰囲気を醸し出している。
「では私はこれで」
「うむ、御苦労」
メタカさんは仕事に戻っていき、戸の閉められた部屋には3人が残った。
龍之介とネッドの前に座っているのは壮年の男で年齢と体の状態が釣り合っていない様に見える。体格は龍之介よりも更に筋肉質で、頭の白髪だけが唯一年齢を感じさせる。
ついでに龍之介の目には組合長が薄緑色の淀みない魔力を纏っているのが見えた。その魔力の量から――龍之介自身には遠く及ばない量ではあるが――かなりの力があることが伺えた。
「そうつっ立ってないで座りなさい」
組合長に勧められ、革張りの高そうな椅子に座る二人。ネッドは緊張で動きがぎこちない。
組合長の声は深みのある優しげな声で落ち着きがある。
「まあそう緊張するでない。別に叱ろうと思っとるわけじゃないぞい。ただ少し話したいことがあるだけじゃ。儂はドュルマンという。知っての通りここの組合長じゃ」
その言葉でネッドの緊張はややほぐれたが、龍之介は逆に警戒を強めた。
アイフェストのフォルザの中で最高権力を持つ人物が、先ほど8級に上がったばかりの冒険者に直接対話を持ちかけてきたのだ。
特に龍之介とネッドは片や異世界出身、片や元奴隷元盗賊という普通とはどう考えても言えないような身なのだ。警戒するのも仕方がないのである。
しかしこの警戒は組合長の警戒も強めてしまうことになった。優しさのある態度で接されたにもかかわらず警戒されたということは、何かしら後ろめたいことがあるのか、隠したいことがあるのだろう、と組合長は判断したのだ。龍之介の隠れすぎた素性もその判断を後押ししたのは言うまでもない。
「そうピリピリするでない。ぬしらがそうやって隠そうとしていることは掘り下げぬわい」
「・・・どういうことだ?」
「うむ、そうじゃな。どこから話そうかの。まずぬしらについてはこちらである程度調べさせてもらったぞい。というてもリュウノスケ、ぬしについては殆ど何もわからなかったがのう」
微笑みながら見つめてくるドュルマン組合長に対して龍之介は依然警戒を緩めない。
「ネッドは出身から奴隷になるまで調べ尽くした。盗賊に襲われた後は、盗賊にでも落ちぶれておったのかの?どういう経緯か知らんが、まあ現状フォルザに貢献してくれてとる以上そこから掘り下げたりはせぬよ。問題はリュウノスケじゃの」
「ん?俺の何が問題だ?素性の説明は難しいが、受けた依頼は全部ネッドと一緒だぞ」
「問題なのは、ぬしの魔力じゃ。リュウノスケの持つ魔力量はちと危険すぎるでな」
これにはネッドも驚いた。魔力を見る目など持っていないので、リュウノスケの魔力がフォルザが警戒するほどだとはわからなかった。確かに片鱗はあったが・・・。
黙り込むネッドの思考をおいてけぼりして会話は進む。
「じいさん見えるのか?」
「意識すればの。ぬしにも魔力が見えるようじゃの」
「ああ、じいさんのは薄緑?色の・・」
「なんじゃと?!」
ドュルマンが突然大声をあげ、龍之介の台詞が遮られてしまった。
「な、なんだ?」
「お、お主色が見えるのか?魔力の?」
「あれ?普通見えないのか?」
「・・・・・・そうじゃの。普通見えるといっても、意識すれば対象の周囲が魔力量に応じて蜃気楼のように揺らぐくらいじゃ。それにの、見える程の魔力を持っている者もそうおらん。魔力が見え、更に色が見える魔法師はこの大陸にぬしを入れて3名しかおらん。他の二人はいずれも高位の魔法師として名が知れておるが、滅多に姿を見せないのでな。今は生きているかも怪しいのじゃ」
興奮して喋るドュルマンは先ほどまでの温厚な人とは別人のようだ。龍之介はなるべく色が見えるのは内緒にしようと思うのだった。目立たないためにも。
「まあ見える云々のことはわかった。でも魔力量が多いと何がいけないんだ?」
「あ、ああ。ぬし程の魔力量があれば町一つ消し飛ばせる、と言えば重大さは伝わるかの?」
「あーまぁ確かに一大事なのは伝わった。で、俺をどうするんだ?」
「うむ、これ以上引き伸ばす理由もあるまい。単刀直入にこちらの要件を言うぞい。リュウノスケ、王都、というより学園に行く気は無いかの?」
「「はい?」」
思考の波に揉まれていたネッドでさえもドュルマンの発言に返事をしてしまった。わけがわからないという疑問の返事を。
「いやなに、王都にある学園に通ってみないかと言っておるんじゃ」
「あーつまり・・・最高権力で監視できる位置に置き尚且つこの国の者で同じ年代の奴らと友好を深めて国への情が湧くようにしたい、ということでいいか?」
これにはドュルマンもネッドも目を見張った。この場で挑発ともとれる発言。とてもじゃないが友好的な解釈とは言えない。だがそれが狙いでないとも言い切れず、結果沈黙がしばし続く。
「・・・・・・そう、いう解釈もあるかの。字書きもそこで覚えるとええじゃろ。どうじゃ?行くなら儂から推薦状も出せるでの。恐らく編入という形になるはずじゃ。年齢的にも問題はない」
そういう解釈どころか八割がた図星を突かれたのだが、ドュルマンはそれを表情に出さないくらいの皮の厚さは持っていた。すぐに動揺を隠し、メリットを提示してくる。
「そうだな・・・・」(特に断る理由がない。むしろ今行かないと恐らく死ぬまで行かないだろうな。なにより機会が無さそうだ。字を覚えるには良い機会かもしれない。それに魔法についても教えてもらえるんだろう。やはり断る理由は無いな。しかしいくつか聞いておかないといけないこともある・・・・)
チラッとネッドに視線を向ける。それに気づいたネッドは龍之介が何か言う前に口を開いた。
「あーリュウノスケ、俺は・・・行かないよ」
11/30 修正