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9.自由選択式依頼斡旋組合

 上を見上げる。一体どれほどの高さなのだろう。日は高いはずだがここら一帯は影になっていて暗い。元の世界のビル群に慣れた龍之介も、周囲の風景とのギャップからか無意識に息を呑んでいた。

目の前にあるのは象が数頭通れそうな門と、高い壁。高いといっても流石に高層ビルほどではないが、それでも20mはあるんじゃないだろうか。

 門の前には詰所があり、そこから駐屯している兵士が出てきた。


「はいどうもこんにちはー。身分証お願いしまーす」


ものすごくてきとーな兵だった。眠そうな目をごまかしもせず、挙句あくびまでしている。

別に気にすることではないが、勤務態度は最悪だ。


「俺達田舎もんでさ、仮証の発行お願いしてもいいかな?」


「えー・・・あー・・・ついてきな」


ネッドが要件を伝えると、かなりダルそうに答えてきた。この兵士は確実に給料泥棒タイプだ。

 兵士は詰所に入っていき、それにネッド、龍之介と続いた。

 詰所の中は特に何もなく、椅子と長机、書類棚があるだけの簡素なものだった。


「ほい、これに名前と出身地書いて」


兵士が一枚の紙を渡してくる。コピー用紙ほどではないが、それなりに質が良さそうな紙だ。


「すまない。字が扱えないので代筆をお願いしたい」


「おろ?学園の手が回らないほど田舎なのかー。まいいや。名前と出身地教えてー」


学園とはなんだろうか?あとで調べておかなくてはならなそうだ。ネッドを見ると、彼も字を使えないらしいのだが、龍之介と兵士を交互に見て目を丸くしている。


「名は龍之介。出身地は日本だ」


しれっと元の世界の地名を出してみた。兵士は何も言わずにただそれを書き写している。田舎すぎて知らないとでも勘違いしたのだろう。


「はいどうもー。次、そっちの人」


「俺はネッド。出身地はイタ村だ」


「ん?イタ村なのに学園に行ってないのか?」


「あー・・・ちょっと問題起こしてな。飛ばされた」


「へー、そんな話聞いたことないけど、まいいや。町の中で問題起こさないでくれよー」


なにがいいのだろうか?それにネッドも詰が甘すぎである。飛ばされたってなんだ?どこへ?

そしてこの兵士はやはり給料泥棒決定だ。この仕事に誇りや価値は無いのだろうか?

複雑な気持ちだが、取り敢えず通行証はもらえそうなので安心する。


「安心してくれ。すぐにフォルザに登録するから」


「そうかい。じゃあはいこれ。何かしら身分証が手に入ったら捨てちゃっていいから。どうせ本人しか使えないし、一度町から出たら無効だからそこんとこよろしくー」


いい加減に喋ってるように聞こえるがこの兵士、言わないといけないことをしっかり教えてくれる。というかそれしか言わないのかもしれない。勤務態度は最悪だが、責務はギリギリ果たしているのか。多分これが王都などになったら話は違ってくるのだろう。




 門をくぐると壁で遮断されていた陽光が顔を照りつけた。眩しさに一瞬目を瞑るが、すぐに慣れてくる。

町人の喧騒が耳に響く。人々が忙しなく行き交う足音がこだまする。

思った以上に賑わっている。道の先を見ると、町の中心に近いほど建物が高いのがわかる。


「やっとついたな」


隣でネッドが呟いた。


「ああ。さっさとフォルザとかに登録しに行こう」






 幸いネッドが奴隷時代の恩恵で土地鑑があったため、フォルザは難なく見つかった。

フォルザの建物は煉瓦造りで、町の中でも抜きん出た大きさを誇っており、扉の上には、盾の上に剣をX字に重ねた絵の看板がかかっている。

ネッドに聞くと、フォルザはどこもこの看板を掲げているのでわかりやすいそうだ。


 中に入ると正面に大きな掲示板があった。小さなメモ用紙の様な物がピンで大量に貼り付けられている。これだけでも壮観だった。


 建物の内部は龍之介の予想通り半分、裏切り半分といったところか。

予想通りだったのは、ゴロツキと見紛う物騒な雰囲気の連中が跋扈していたこと。

顔に大きな傷のある男とその仲間であろう者達数人で丸机を囲っていたり、鋭い目つきの男がこちらにガンつけてきたり。


 予想を裏切ったのは、内装や調度品が見た感じ高級品で清潔感があったことだ。

ゴロツキ共の座る椅子、机など置かれている物には品がある。それなりに高級感があり、質のいいものを揃えているようだ。使用している人間とのギャップが酷く、その為フォルザ内部はかなりカオスだ。


「な、なんか凄い所だな」


ネッドが戸惑いながら話しかけてくる。ガラの悪い連中にビビってしまったのか?自分も盗賊だったくせにわけのわからない男である。

それに、不安なのか知らないが腕にしがみつかないで欲しい。重たい。

ネッドを振り払いながら中を見回すと、奥にカウンターの様に見える場所があった。

カウンターの向こう側には綺麗な顔をした女の子・・・ではなくて、メタボリックなおっさんが仰々しく座っていた。

少し大きめの溜息をついてカウンターへと向かう。ネッドは離れずに引きずられてきた。


「どういったご用件でしょう?」


 カウンターの向かいに立つとメタボが話しかけてきた。力士のような力強い声だ。「ごっつぁんです」とか言わせてみたい。残念ながら贅肉なので力士にはなれないだろうが。


「新しく登録したい。こっちの連れも」


「登録料はお一人につき銀貨2枚となっていますがよろしいでしょうか?」


「構わん」


ネッドはいつまでビクビクしているのか未だにしがみついた腕を離してくれない。こいつはじつはやっぱり男色なのか?と疑いたくなる。先日かなり必死に否定されたから違うというのを信じたい。ネッドの金は後で請求することにして、カウンターに銀貨を4枚置いた。


「確かに。ではこの紙に名前と年を記入してください」


「それだけでいいのか?」


「結構です。ただ偽名を使用して後で発覚しますと最悪奴隷になることもありますので注意してください」


気をつければ偽名でもいいのか。なんて優しい組織だ。


「わかった。しかし字の心得はないので代筆をお願いしたい」


少し前にやったようなやり取りをここでもする。


ネッドはようやく腕から離れ、おずおずと名前と年を言った。二十歳だった。

メタボ力士はそれを用紙に記入して、「少々お待ちください」と言い残して奥に引っ込んだ。


 しばらくして奥にある扉から出てきたメタボ力士の手には、2枚のカードが見えた。

メタボ力士は椅子をきしませながら腰を下ろすと、そのカードをカウンターの上に置いた。

灰色のカードにはこの世界の文字がいくつかの枠に沿って書かれていているが、当然読めない。正直あって意味があるのか微妙だが、身分証にもなるとのことなので今は気にしないでおこう。


「こちらがフォルザの会員証になります。フォルザについて説明をお聞きしますか?」


「お願いします」


 ネッドから聞いたから聞かなくてもいいと思ったが、情報はこちらのほうが正確だろうと思い聞くことにする。

結果、ネッドの情報はほぼ正確だったのだが、ネッドから聞いてない情報もいくつかあった。それは以下の通り。


・階級制度があり、9級から1級まで。数字が小さいほうが高いことになる。これは会員証で判別でき、階級が更新されると会員証の色が自動で変わるとのこと。

灰>白>薄紫>紫>青>緑>黄色>赤>黒 の順で変わる。


・階級はフォルザに申請すれば、進級依頼を出してもらうことができる。その依頼を達成し、フォルザが認めれば晴れて進級する。

それとは別に、フォルザ側が進級を要請することもある。この場合断ってもいいが、何度も断っているとフォルザ内の権利を全て剥奪される。


・依頼も階級別になっており、自分と同じ階級までの依頼しか受けることはできない。

依頼に失敗した場合は報酬に指定されている金額の3割を支払わないといけない。

報酬に金額が指定されていない場合、一律銀貨5枚を支払う。


・任務中に得た魔物の素材などは自由にして構わないが、必要ないものはフォルザが買い取ってくれる。ただしあまり価値の高くないものは買取を拒否される場合もある。


・もし戦争等が起こった場合、組合長の指揮の下参戦する事が義務付けられる。


・正式名称は『自由選択式依頼斡旋組合』



「リュウノスケ、それ俺ほとんどのことは説明したぞ?」


「そうか、記憶にないな」


ネッドはしばらく項垂れていた。気にしない気にしない。すんだことはすんだこと。




 登録が終わり、今度は宿を探す。受付のメタボ力士――メタカさんに聞いてみたら、フォルザの向かい側がオススメらしい。メタカさんの名前に悪意を感じるがここは華麗にスルー。

フォルザを出て正面にベッドが描かれた看板をさげた建物がある。場所が町の中心なので自然と外観が大きくなる。他にあてがあるわけでもなく、メタカさんを信じて戸をくぐる。


「いらっしゃい」


ああ断言しよう。ここはいい宿だ。何故かって?カウンターに人の良さそうな恰幅のいいおばさんが座っているからだ。いい宿屋の女将は恰幅のいいおばさんと相場が決まっている。

この人が女将かどうかは聞いたわけではないが、オーラ――魔力ではない――が物語っている。

この人が女将だと。


「今日ここに泊まりたいんだが、部屋はあるか?」


「はいよ。もちろん空いてるよ。一晩食事付き銀貨5枚だ」


盗賊から金品は頂いてきたので現在の所持金は2万ガモ、銀貨にして200枚!しばらく宿代は気にしなくて良さそうだ。とか安心してたらすぐになくなってしまいそうな金額でもあるが。


「二人部屋はあるのかな?」


ネッドが隣から聞いてきた。おかみさんはにっこり笑顔で答えてくれる。やはりいい宿だ。


「ああ、値段も変わらないよ。ウチはとにかく一人銀貨5枚と決めてるのさ」


「なるほどね」


それで元が取れるほどの利用者がいるのだろう。立地条件も良さそうだし、メタカさんは良い仕事してくれた。後で礼を言っておくことにする。


「それじゃそれで頼む」


言って銀貨10枚をカウンターに置く。


「まいど」


おかみさんはやっぱりにっこりと笑って銀貨を受け取った。




 部屋は意外に広く、ベッドはちゃんと(・・・・)二つあった。

家具は小さな机に燭台、火打石が置いてあり、そばに椅子が二つ、服掛けが一つ。

シャワーとトイレは一つに纏められている。

ちなみにこの世界、水道が意外にも発達していて、トイレは見た目はともかく水洗だし、シャワーも浴びれる。ただし水で、だ。お湯は出ないのか?とネッドに聞いたら、呆れた顔で金持ちの特権だと言われた。

お湯の出るシャワーは高級旅館か貴族の家にしかないらしい。なんでも魔法で温めて放水するらしいのだが、それの技術提供がとんでもない値段らしい。





 冷たいシャワーを浴びた後、早速依頼を受けることにした。シャワー浴びたのにまた汗かきに行くのかというネッドの言い分はもっともだが、龍之介とて現代人である。森での生活のおかげで3日くらいなら我慢できるが、それ以上はいろんなものを失っていく気がして耐えられない。ネッドにそう言うと潔癖症と言われた。彼は自分が放つ匂いを嗅ぐことはできないのだろうか?



 ネッドにシャワーを強制したあと、ようやっとフォルザへと向かった。

今がちょうど正午を過ぎたあたりだろうか。食堂や喫茶店のオープンテラスが賑わっている。

 フォルザに入り、掲示板の前に立つ。


「こ、これは・・・」


 うん読めない。というわけでネッドに端から読み上げてもらう。

いったい何枚の紙が貼られているのか、下地になっているコルクボードは完全に埋もれている。それでも一応階級ごとに区分けしてあるようだ。

一番下の右端にまとめられた9級依頼をネッドが読んでいく。


そして困った。『キノコ集め』『薬草採取』『下水掃除』などなど。

ちょっとそこまで、といった雰囲気の依頼だらけだ。下水掃除なんて業者は何をやってるんだ?と思ったら、なんと下水には魔物が出たりするらしい。弱いことは弱いのだが、一般人が無傷で倒せるわけではないらしく、こうして依頼が出ることがあるそうだ。

もちろん人気は最悪だ。匂いのきつい場所にこもりゴミを片付け魔物の襲撃まである、と言われてさぁやろうと思う酔狂な輩は少ないだろう。


「ネッド、お前が選んでくれ」


龍之介は投げた。進級を申請しようとも思ったが、いきなり新入りが進級依頼というのをフォルザ側が認めてくれるかわからないし、なによりそれは目立つ。

目立つのは好きじゃないし、今のところメリットも少ない。せいぜい面倒なのに目をつけられるくらいが関の山だ。

というわけでネッドに押し付けた。


「いいのか?」


「ああ。一緒に行くならお前の実力に合わせたほうがいいだろう」


適当に理由もつけてやる。


「わかった。文句は言うなよ?」


「はいはい、さっさと決めて行こう」


「んー、ならこれだ」


ネッドが選んだのは『下水掃除』だった。文句は言わないが恨むかもしれない。

8/30いやーすごい矛盾したことになってたのを修正

11/30 修正

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