第壱章・序 王城の一室にて
とある王城の回廊を、二人の女性が歩いていた。一人はメイド服に身を包んだ小柄な少女、もう一人は戦いを生業とする者特有の戦士服を纏った妙齢の女性だ。
無表情に歩くメイド少女の後ろを、険しい顔付きの女性が静かに付いていく。踵が廊下を打つ――コツコツと無機質な音が、独特の冷たさを持って響き渡っていた。
やがて二人は足を止めた。彼女らの目の前にあったのは、大きくて豪奢な扉。設計者が威厳を知らしめようとしたのか、無駄に贅を尽くした造りだった。
その場所は、王城にあって誰も寄り付かない空き部屋。階段を下りた地下一階の最奥にある、今は使われていない会議室だ。
メイド少女が扉をノックすると、中から「入れ」と声が掛かった。二人が入っていく。
丁寧に入っていくメイド少女に対して、妙齢の女性はぶっきらぼうな態度だ。中の人物に含むところがあるのか、敬意が感じられない。
部屋にいたのは、三人の人物。中央に座る男性と、その両脇に立っている騎士らしき格好をした女性二人。見る者が見れば、一目で高位の戦士ということが分かるだろう。それ程の気配を撒き散らしていた。
椅子に腰掛けていた男が、入ってきた妙齢の女性に目を向け、一言問いただした。
「それで決心はしたのか?」
「……ああ」
「そうか、良い決断だ。なら精々、俺の役に立ってもらおう。この国のためにな」
「……」
「もうすぐだ。もうすぐこの国を……ククク」
虚空を見上げて含み笑いをする男。その目には狂気が宿っていた。
この男は何を考えているのだろうか。妙齢の女性の頬に嫌な汗が流れる。
彼女にとっても今回の決断は不本意なものだ。しかし、もうこの選択しかないのだろう。彼女の顔には悲哀の色が浮かんでいた。
「要件は以上だ。今日は帰って良いぞ」
男との面会は簡素なモノだった。興味を無くしたかのように、男が言い捨てる。男にとっては彼女らも駒の一つに過ぎないのだ。
「では失礼する」
言いたいこと、やりきれない想いは数ほどあるが、己を自制して、妙齢の女性は部屋を後にする。
決断を下した今になっても、迷いは捨てきれない。
できればこれ以上の犠牲は出したくない。これで良い筈だ。
それに……あの方が指し示してくれた道標。自分の思う通りに進んで行けば、やがてその先に彼女の求めるモノがある筈。彼女が求めてやまないモノが……
『潤音はよ~いよ~い、小雨はえ~いえ~い』
いつかの懐かしい歌が脳裏に響く。
過ちは繰り返さない。彼女はそう心に決めていた。
「これで良いんだ……」
罪を懺悔する信仰者が如く、自分に言い聞かせながら、彼女は踵を返した。