序章・陸 王獣~光と闇の剣戟~
珍しく連続投稿。短いけど……
王獣アカツキ――死者の王リッチを彷彿とさせる人型の骸骨が、全身を覆う大きさの黒衣を纏っている。
魔獣とは魔に狂わされた全ての生物のことを指し示す。そこには当然、人間も含まれた。
弱った心の隙間に、身に余る魔の力を受けて、変質した存在。
――堕ちた刻印持ち……魔に侵された元人間……
この威圧感……間違いない。これが王獣。傍にいたくない程の負のオーラを感じる。
(成程、爺さんが近づけない訳だ。この闇に触れたら悪霊になっちゃうかもな)
星夜は一人納得する。
只、人間をヤメたからといって、全部が王獣になる訳ではない。
むしろ、殆どは<跋扈級>凡庸獣、良くて<傑出級>強欲獣や<統率級>師獣といった魔獣に変化する。
それが王獣になる程の力の持ち主ということは、恐らく元々が幻十郎と同レベルの達人ということになる。
だが幻十郎の情報では、暁という人物は幻十郎には及ばない実力者、星夜に近い使い手だったと聞いている。
ということは、この迫力は剣の力?
手にぶら下がっている不吉な装飾の剣に目が行く。
長く細い黒の刀身をなぞるように、赤と紫の線が走り、同様に夜を思わせる幾何学模様が鍔に描かれている。
柄の部分も暗闇を背景に縄が巻かれるような線が美を追求していた。
――まるで闇そのもの
とんでもない威圧感だ。しかも刻印からは、かなり位の高い、壮大で高貴な雰囲気を感じる。
対面しているだけで自分の生命力が削られていく、そんな幻覚に襲われる。
注意すべきはあの剣のみ、この王獣は生粋の刻印使いだ。
膝がガクガクと震え、足が竦む。
(どうする? 逃げるか? いや駄目だ、逃げられない……)
逃げるとしても戦いながらでないと恐らく死ぬ。
星夜の直感がそう告げていた。
迫り来る死を目前にして決断ができない星夜。
彼の覚悟が定まる前に、アカツキの漆黒が振るわれる。
シュインッ
空気が抜けたような発射音が夜に木霊する。
死を連想させる黒い光のレーザーが、星夜に襲いかかった。
「うおっ」
これも修行の賜物、反射的な回避が星夜の命を救った。
通り過ぎた漆黒の光線が、星夜の後方の木々に音もなくぶつかる。
星夜の代わりとなった木々はたちどころに侵食され、蒸発するように黒い霧となって消滅した。
「……ハ、ハハ、何だよアレ……反則にも程があるぞ……掠っただけで、……死ぬ!」
こんな普通の剣では頼りない。
星夜は歯を食いしばり、生気と剣気の力を最大限に高め剣を最大強化、微かな光を見出す。
「クソッ、これでどこまでやれるのか……恐らく長くは持たないぞ」
だがやるしかない。できる! 背を向けたら負けだ。
星夜は震える足を必死に奮い立たせて、勇気を振り絞る。
とにかく一撃必殺、一撃で仕留める!
短期決戦、それしかない。
「いくぞぉあぁーッ!」
星夜が声を張り上げて恐怖を打ち消す。
生気で脚力をふんだんに底上げする。さらに『踏進』と呼ばれる気の応用技で移動力を爆発的に高める。
足底から押し出された気が、大地を蹴り、神がかった速度を可能とする。
一瞬の踏み込みでアカツキの懐に潜り込んだ。
――最速の薙ぎ!
角度、速度、力の収束具合いも完璧。
この三年間で培った全てを込めて、断つ!
(もらった!)
完全に捉えたと思った斬撃。直後、横から感情のない剣刃が飛来する。
星夜の一撃は容易く弾かれた。
ギャリッ!
縦に立てられた黒の剣によって横に回転するように力が逃される。
(コイツ、巧いッ!)
この王獣アカツキは、剣だけでなく、持ち主もかなりの使い手だ。
(負けない、負けないぞ!)
星夜は変幻自在の刃を縦横無尽に叩きつける。
「クッ、まだだぁッ!」
稲妻の如き動きで星夜は剣を翻す。
まるで神速の燕。避けられたと同時に折り返しが始まり、刃が再び戻る。
間を置かずに斬り上げに移行するが、それも弾かれる。強靭な肺活量が可能とする、無呼吸での連続斬り返し。
剣に呼応するかのように、星夜が吼える。
「うぉおおおおおおおおおッ!」
キキキキキキキキキキキキィ……ン
(一旦離れるか? いやダメだ。あのレーザーにやられてしまう)
何合目かの斬り合い、星夜の剣速に、敵の剣刃も同時に降りていく。
咄嗟に剣の角度を変え、向い撃つ。
キィイイイイイイン……
剣と剣が真っ向からぶつかりあう。侵食する闇が剣を覆う気の圧力を凌駕する。
ビキ……
星夜の耳に不吉な音が届く中、王獣のパワーで吹き飛ばされる。
均衡が崩され、地面に落ちそうになる。
「ぐあッ!」
転がったら危険だ。一瞬の隙が命取り。
シュピィンッ
体勢を崩されて後方に仰反った星夜に、畳み掛けるような黒い光が降り注ぐ。
「うぉおッ」
たった一つですら掠る訳にはいかない。
星夜は全身のバネを振り子のように揺らし、上半身を前に、バランスを取り何とか前傾姿勢になる。
円運動の要領だ。一つ一つを見極め必死に避けていく。
直撃を免れない閃光は、剣に極力負担を掛けないように弾き飛ばす。
(一瞬で弾かないと、剣が消滅する!)
接触を最小限に、神経を最大限に尖らせて、繊細に対応していく。
弾く度にヒビ割れが広がっていく剣に、危機感が最大の警報を鳴らす。
(このままじゃ剣がもたないッ)
砂煙で視界が閉ざされ気配を頼りに、星夜はアカツキを迎え撃つ。
だが星夜の意識よりも一瞬早く、アカツキが襲いかかった。
――速いッ!
――王獣の一閃!
――殺られるッ!
鍛え上げられた無意識の選択が、迫り来る刃を強引にはじき飛ばす。
ほんの僅かな角度のズレ。それがこの状況では致命傷になる。
ピキィィィンンンンンン……
剣が砕け散る音が響き渡る。
力を失った剣は、気による支えを無くし、無防備な欠片となって黒く消し飛んでいく。
「ぉおおおぁああああああッ!」
ドカッ!
痺れる腕の疲労感に耐えながら、星夜が反撃する。
気で最大強化した蹴りをお見舞いした。
テコの原理が如く、相手の剣筋で己を旋回、そのまま円の軌道を描いて激突する。
まるで曲芸だ。
超重量を蹴飛ばした重い衝撃音が、星夜の脚に響く。
反動でアカツキと距離を置くことに成功した。
(身体に見合わない何て重さだ。膨大な魔力が質量として詰まっている?)
一息ついて、追撃しようと脚に力を入れるが、その瞬間、ガクンと力が抜け、膝をついてしまう。
(生気を使い過ぎたか……)
「ふうッ、ふうッ……」
身を守る武器が無くなった。
(まずい、まずい、まずい!)
アカツキが剣を振り下ろそうとしていた。
死の一歩手前で神経が鋭敏になっている。アカツキの斬り下ろしが、星夜にはスローモーションに見えた。
アレが下りたらあの黒いレーザーが発射される。躱せなくなった瞬間、星夜は死ぬ。
「剣……ええぇい! この際武器なら何でもいい! どこかに転がっていないのか?」
刻印……そう、せめて俺にも刻印があれば……
呼応するかのように星夜の内で何かが暴れ狂う。
死を直前にした悲鳴なのか――
理不尽な現実に対する嘆きなのか――
それとも不甲斐ない自分自身に湧いてくる怒りなのか――
自分でも把握できない何かを解放するかのように――
――星夜は叫んだ
「けんッ! 剣だ! そうだ、刻印だ! 出てこいッ! 細かい事はどうでもいいから、テメェ、いい加減、出てきやがれぇいッ!」
熱い……
星夜の全身が輝き出し、魂の奥底から何かが溢れ出していく。
身体中の熱が動き出し、抑えきれない莫大なエネルギーとなって右手に集約していった。
その力を限界とばかりに掌から吐き出すと、そこには一振りの刀が現れた。
ブゥウウウウウウン……
――ソレは黄金に輝く純白の刀
星夜の心に呼応するかのように手の中に一振りの刀が現れる。
未だかつて体感したことのない圧力と熱量、それが手の中で暴れ狂う。
神々を連想させる眩い光が、星夜を中心に広がった。
「ホン、トに出た、よ……何だ、これ……? 物凄いパワーを感じるぞ……」
振っただけで軽く大地を吹き飛ばせそうな、そんな恐怖を星夜は覚える。
その見覚えのある色と形状に、三年前の記憶が脳裏に浮かんだ。
「これは、あの時の……?」
異世界へと飛ばされた時に、次元の狭間で垣間見た黄金の刀。
夢幻と思っていた光景が現実に降臨した。
表情のないはずのアカツキが珍しく狼狽える。
「ソレハ……"幻影級"……イヤ、"幻想級"? ……マ、マサカ、"神の一振り"カ!?」
持っているだけで闇を押し返す黄金の輝きが、温かい何かを持って、星夜を背中を後押しする。
これならやれる!
揺るぎない自信が星夜を形作り、未来を紡ぎ出す。
最高の一撃を振るうべく身構える。
必要なのは全力の一撃。
――刻印の刀よ、俺に力を貸してくれ!
星夜の闘気に当てられたアカツキが、余裕のない声で後退る。
「マ、マテ!」
星夜が刀の剣気を引き出した瞬間、凄まじい力が溢れ出す。
星夜の願いに応えるかのように、刀が眩しく解き放たれ、アカツキを押し流す。
その熱を裂帛の気合いと共に解き放つ!
「らあぁぁぁああああああああッ!」
「グォォォオオオオオオオオオッ!」
剣と剣が交差する。黄金の光と漆黒の闇がぶつかり合う。
大地が悲鳴を上げ、風が唸り爆散した。
衝突の歪が空間を震わせ、力の奔流が天をも貫いてゆく。
――その瞬間、世界が揺れた。
戦闘描写って難しいよね。
最近、暑いし……