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フェンサー ~とある青年の異世界剣豪物語~  作者: 七草 折紙
序章・ホープレスエンド編
5/16

序章・伍 その森の名は……

 そして今に至る。


「無事帰ってきた、か……気のせいじゃったようじゃな」


 星夜が森から戻ってきたので、今朝の予兆めいた感覚は気のせいだった。

 得体の知れない不安が杞憂に終わり、幻十郎はホッと息を吐く。


「それで爺さん……そろそろ家族に会いに行こうと思うんだが……」


 覚悟していたとはいえ、実際に星夜本人の口から飛び出した想いに、幻十郎は寂寥感に包まれた。

 幻十郎は、言葉を探すようにポツリと呟く。


「家族に会いたい、か……そうじゃのう……いつまでも此処には居れんか……」


 自分には子供がいなかったが、孫や息子がいればこんな気持ちだったのだろうか。

 また一人取り残されると思うと胸が締め付けられるが、いつまでも老人の都合を押し通す訳にはいかない。

 本当はここまで鍛え上げなくても、ある程度の護身術を身につけさせるだけで良かったのだ。


 ――只の我が儘


 自分は間違っていたのだろうか。

 幻十郎は天に問い掛けるように、空を見上げる。


「お主が来てからもう三年も経つのか……」


 幻十郎の心を写す鏡の如く、赤い夕陽が落ちようとしていた。




 まもなく日が落ちる頃合い。

 最後の実戦を行うべく、小屋の裏手の広場で、二人は向かい合っていた。

 森での魔獣狩りを行うようになってからは、星夜は幻十郎と手合わせをしていない。

 久しぶりの幻十郎との対戦に、星夜はドキドキと興奮していた。


 己の実力がどこまで伸びたのか、確かめずにはいられない。

 これは本来が弱者故の反動、あるいは未熟な若者のうぬぼれとも言えた。

 自分の認めた格上相手にどこまでやれるか、自己の極限を試したい、その想いが星夜を駆り立てる。


「さて、この三年で基本、応用、実戦と段階を踏んで鍛えてきたわけじゃが、お主の技術は既に儂の理想の剣士の域にまで達しておる」

「ははッ、何か、嬉しいな」


 師匠に認められる弟子というのは、弟子冥利に尽きるというものだろう。

 自然と星夜は頬が釣り上がり、我慢できずにニヤけてしまう。

 それに戦場を生き抜いたベテラン騎士にお墨付きを貰ったのだ。自信にも繋がる。

 星夜は誇り高く胸を張る。


 自信というのは、戦闘において重要なファクターである。

 及び腰での攻撃よりも、芯の通った狂いない攻撃の方が安定感があるのは、周知の事実だ。

 その信念という名の力は、事実、気の質にも影響を与える。

 この時の星夜はそこまでは知らないものの、幻十郎のたった一言で、良い方向へと向かっていた。


「この短期間で儂の剣術の奥義までも会得してしまうとは驚愕の一言に尽きる。後は戦闘を経験していくことにより、身体の動きが最適化されていくじゃろう」

「おう!」

「じゃが、さらに高みを伸ばすには、単純な身体能力の上昇が必要になる。鍛錬では辿り着くことのできない力、この世界ではそれを覚醒進化と呼んでおる」

「覚醒進化……?」


 テンションMAX状態で上り詰めようとした星夜に、待ったが掛けられる。

 覚醒進化、どこかで聞いたことのある単語だ。

 首を傾げながら、幻十郎の話を耳に入れていく。


「ビーストには、その種特有の能力が宿っていることがある。どんな理屈かは知らんが、ごく稀に倒したモンスターから、力を吸収することがあるのじゃ。

 その力が覚醒進化。人間が本来持たない器官が体内で増築されていくのじゃ。これを獲得しない手はない。

 幸いこの森にはその類のモンスターがウヨウヨしておったからの、強くなるには事欠かん。お主も既に幾つかの覚醒進化をしておる筈じゃ」

「――! 爺さんが前に言ってたボーナスってソレのことか! ……う~ん、でも実感が全然ないんだけどな……」


 森での魔獣狩りを始める直前に幻十郎が言っていた言葉を、星夜は思い出す。

 すっかり忘れていたが、それ以前にもパワーアップ云々と聞いた覚えもある。

 喉の奥に詰まっていたものが取れた気分になる一方、星夜は何かを吸収した記憶などなく、悲しい結論に辿り着いた。


 この時、星夜は覚醒進化なんて一回もしていないんじゃないのか、と結論づけていた。

 これは大陸の平均能力を知らないための勘違いであり、実は星夜の身体能力は飛躍的に伸びていた。

 日々少しずつの上昇だったため、気付いていなかったのである。


 こんな島に閉じ込められていなければ、普通は毎日魔獣を狩る生活などする者はいない。

 異常な環境が生み出した星夜の実力は、既に一線を画しており、一流と肩を並べる程に成長していた。


「フォフォフォ、そういうものじゃ。どんな進化をしたかは各地の地球協会で確認できる」

「……? うっし、了解した!」


 何も分かっていない星夜は、取り敢えず頷いておくことにした。

 魔法に始まり、色々と期待を裏切られる自分の才能に、諦め癖がつきつつあった。慣れてしまったのである。

 それでも三年に渡って鍛え上げた剣があれば、何とかなるだろう、と思っていた。


「後はお主に刻印が有れば最高傑作になるのじゃが……」

「最高傑作って……それにしても刻印か……」

「まあ、無ければ無いで儂の刻印の剣を一本やるがの。貰ったり拾ったりで幾つか刻印はあるのじゃが、嵩張るので一本しかやれんか……」


 刻印は抽出して完全実体化することで、後世に(のこ)すこともできる。

 俗に「継承」と呼ばれるその方法は、渡り人が子孫に託す遺産でもあった。

 一旦抽出した刻印は元に戻すことができないので、大概は死ぬ直前に継承する者が多い。


 幻十郎も()刻印保持者、遺した刻印が存在した。

 刻印は魔法を上回る強力な力、魔法すら使えない星夜には、旅立ちの前に一つ持たせてやるのが好ましい。

 幽霊の自分には必要ない、弟子の手に渡るのなら本望だ、と幻十郎は思っていた。


「それより、久しぶりに儂と勝負じゃ。どれだけ強くなったか、確かめてやるぞ」

「ヘッ、驚くなよ」

「吐かすのう、こわっぱ風情が!」

「行くぜッ!」


 星夜の合図をキッカケに、二つの閃光が激突した。凄まじい速度で、剣と剣がぶつかり合う。

 大気が弾け、草花が木の葉を揺らした。


「それぃッ!」


 幻十郎が軽く腕をしならせる。鞭のように鋭く打ちつけられる剣閃が走った。


 スパァァアアアアアアン……


 全く抵抗を感じさせない、高密度の斬撃が星夜の横を駆け抜けた。


 大地に亀裂が迸る。


 積み重ねられた経験を凝縮したような、至高の一撃。

 星夜にはまだ到達できない領域であった。


「おいおい、何て一撃だよ」


 幻十郎に対する確固たる信頼が、致命傷はないと悟らせるが、それでも星夜は恐怖する。

 淀みなく無駄のない洗練された動き。それを当たり前のように行なっている幻十郎には、脱帽であった。


「言うたはずじゃ! 力だけでなく速度と柔らかさ、それこそが斬撃の極意とな。全身の力を集約するのじゃ!」

「やってるつもりなんだがな……」

「重要なのは力と速度と柔軟さの比率。これを常に変化させることで斬撃の質も変幻自在なものとなる。同じ攻撃の繰り返しは達人には通じんぞ!」

「ならこれでどうだ!」


 今度は星夜の番。

 とぐろを巻くような螺旋の刺突が幻十郎を襲う。


「フォフォッ、良い突きじゃ」


 渾身の星夜の一撃を、幻十郎は同方向の回転力を加えて上方へと威力を飛ばす。

 完全に力を逃された形だ。


 どんな攻撃をしても簡単にあしらわれる。

 天と地ほどの差を星夜は感じていた。


「呼吸とリズム――間とタイミングじゃな。これも相手に読ませるでない。常に変動する動きとフェイント。これじゃ!」

「――くっ、おッ――」


 星夜がギリギリよけられる位置に刃が飛来する。

 もはや星夜に余裕はない。

 訓練とは思えない、死と隣り合わせの剣舞。


 自分の攻撃は掠りもせず、敵の攻撃は気を抜けば死ぬ。

 これほどの悪夢があるだろうか。

 本物の敵であったならば、と星夜は恐怖せずにはいられない。


 恐らく、偶に感じる隙もわざと幻十郎が作り出したものだろう。

 星夜の意表をついた攻撃も、ことごとく躱される。

 それが本当の隙だとしても、あと一歩踏み出せない。

 巧みな虚と実が星夜を翻弄していた。


「良いか! 敵を騙し、己を貫くのじゃ! 常に冷静であれ。決して相手のペースに巻き込まれるでないぞッ!」

「――ぉぉおおおおおおおおおッ!」

「それじゃ!」


 死闘のようであり、二人共笑い合っている。

 ある種のシンパシーが二人の間に飛び交っていた。

 終わりが来るのが名残惜しいかのように、舞い踊り、戯れる。


 程なくして静寂が訪れる。

 最後の修行が完了した。


「はあッ、はあッ、――あっ、アズハネの実を忘れちゃったよ。ちょっと行って取ってくる」

「もうすぐ暗くなる。奥に行くでないぞ」

「ははッ、そこまでは行かないさ」


 ちょっとした散歩気分で、星夜は森に入っていった。



◆◇◆◇◆◇


 日も完全に落ちて、夜の時間帯に突入した。

 星夜は月明かりを頼りに、幻十郎の待つ小屋へと歩いていた。


「アズハネの実は三個もあれば十分だよな。日も落ちたし、早く帰らない、と……?」


 ――瞬間、かつてない悪寒が星夜の全身を走った。


 無意識に振り返り、同時に素早く後退する。


「ヌシハ、ケンシ、カ?」


 魂までもが侵食されるような深く歪な声――聞いているだけで狂いそうになる声色が闇に響いた。


 死神を思わせる漆黒のマントに身を包み、一振りの剣を携えている人と同じ大きさのナニカ(・・・)

 ソレが、圧倒的強者のみが放つ王者の気配を撒き散らしていた。


 まるで自分は巨大生物の前に立つ蟻。

 思わず跪きたくなりそうな存在。


 飲み込まれそうになる強大な威圧感に、尋常でない冷や汗が滴り落ちる。


 まさか、コイツは……


「ナラバ、ワレヲ、タオシテ、ミセヨ」


 間違いない……


「おいおい、何でこんな浅い場所にいるんだよ」


 星夜は幻十郎の言葉を思い出す……




「東の森の魔獣にもずいぶん慣れたの……そろそろ潮時か……」

「どうした、爺さん?」

「いや何でもない。修行も完成かと思うてな……」


 その時、幻十郎は星夜の後ろに何かを見ていた。

 儚い視線の意味が分からずに、だが星夜は踏み込めないでいた。


「まあ、森の魔獣もほとんど狩り尽くしたしな……そういえば、この島や森に名前ってあるのか?」

「おお、名前か? ここは世界の果てホープレス・エンド、漂流するしか辿り着く術はない南東の孤島じゃ。

さらには西の森じゃが、名前は無い。そして東の森は、恐らく世界でも危険度最悪の魔境、"アカツキの森"じゃ」

「アカツキ?」


 星夜は違和感を感じた。

 妙に馴染む言葉のフレーズ。そう、まるで日本語のような……


「この森の最深部には王獣が居るといったのう。王獣の名はアカツキ。実質、この島の支配者じゃ」

「最深部か。一度行った事あるけど、それらしいのは居なかったけどな……」

「お主あそこに行ったのか!? 無茶をしおって……しかし妙じゃのう……奴はあの辺りを徘徊しておるんじゃが……まあ偶々遭わなかっただけじゃろう。あそこには近づくでない、死ぬぞ」

「わ、分かったよ。肝に銘じておくさ」


 珍しく幻十郎が怒った。

 星夜は、幻十郎のあまりの迫力に、一も二もなく頷いた。

 直感が、幻十郎の忠告通りに従った方が良いと、告げていた。


 幻十郎が落ち着くのを見計らって、星夜は先程気になっていたことを口に出す。


「それにしても、"アカツキ"って何か日本語の"暁"みたいだよな」


 似たような言葉があるんだな、くらいにしか思っていなかった星夜。

 しかし幻十郎は予想外にも、真剣な顔付きで驚愕の事実を述べる。


「……良く気付いたの。……そうじゃ、王獣の正式な名は暁省吾。儂のかつての親友じゃ」




 その時の内容と現状が重なり合い、星夜は確信した。


 コイツが王獣……接触禁止の魔獣の王……


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