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フェンサー ~とある青年の異世界剣豪物語~  作者: 七草 折紙
序章・ホープレスエンド編
4/16

序章・肆 決意~別れは近く、想いは強く~

 森の合間にポツンと建てられた質素な小屋の前で、星夜がもはや習慣となった素振りをしていた。

 まだ朝早いにも関わらず、辺りを照らす日の光は絶えることがない。

 雲一つない快晴であった。


 日本と比べて、ホープレス・エンドには四季というものがない。一年中が温暖で快適な気候である。砂漠のように夜は冷えるが、日中は暖かいものだ。

 毎日外で練習していた星夜の肌は、積み重なった日差しの影響で健康的に日焼けしており、この一年の生活の有り様を表していた。


 星夜が体術を皮切りに剣術の核心へと迫っていき、基本を習い終わる頃には、一年半が経過していた。

 今では彼の身長もより伸び、もやしのように細かった腕も、今では柔軟かつ濃密な力強い筋肉に成り代わっていた。

 かつて戦場に生きた元騎士の指導により、バランスの取れた理想的な肉体が構築されつつあったのである。


 自身の成長をハッキリと感じ取り、星夜は内心ニヤニヤしていた。

 地道な努力の結果が目に見えて現れるというのは、心地よいものだ。

 元々地力というものは一朝一夕で身に付くものではなく、長年の成果が実を結び、ある時を境にそれらが一つの線に繋がることで開花する。

 事実、星夜は短期間の訓練で確実に、一流の力を築き上げていた。


 幻十郎との打ち合いによる傷も多々あったが、そこは異世界事情、便利な魔法という力で癒されている。

 目立った傷などもなく、パッと見は争い事の嫌いな只の少年――商人のようなのんびりした職業にしか見えない。

 だが見る者が見れば、その一挙一動全てに洗練された玄人の動きだと感じ取るだろう。

 その領域に星夜はいた。


 一通りの日課が終了すると、タイミングを合わせたかのように、幻十郎がやって来る。

 今日から本格的な実戦に突入するのだ。星夜も気合いが入るというものである。


 星夜は幻十郎の前で、戦場に出る新兵の如く、無意識に直立不動の体勢を取っていた。

 昨夜は幻十郎から覚悟するようにとの沙汰があったので、星夜は寝不足であった。初めての命のやりとりに緊張感が拭いきれない。


 幻十郎の口が静かに開かれた。


「今日から実戦に入ってもらう」

「……はい」


 訓練では見られなかった空気が、幻十郎から漂っていた。

 実戦は死闘、ここで冗談を交えた甘い顔はできない。

 幻十郎は気を引き締めてかかった。


「基本は全て教えた。次は実戦での勘を養うため、西の森の弱い魔獣から狩っていくのじゃ」

「魔獣……?」

「うむ、まずはそこからじゃな」


 魔獣、というキーワードから連想できる事柄はあるが、偏見は身を滅ぼすことに成り兼ねない。星夜は黙って聞くことにした。

 言葉を溜めるように一呼吸置き、幻十郎が説明を始める。


「この世界には人に危害を加えるモンスターの類――魔獣と呼ばれる生物が数多く存在する。

身に余る魔力の影響で変異した動植物や昆虫などをまとめて魔獣と呼んでおるのじゃ。この魔力溢れる世界ならではの弊害じゃな」


 異世界特有の"魔力"という未知の要素が引き起こした独特の生態系。それはこの世界に生きる人々にとって当たり前のものだった。

 しかし渡り人にしてみれば、平和な地球からやって来たのだ。心は過酷な現実についていかない。

 実際に相まみえてみなければ、本当の恐ろしさは理解できないのである。


 幻十郎は昔の体験――当時の自分を思い起こしながら、星夜がいつかは直面しなければならない問題を解決すべく、さらに情報を掘り下げていく。


「森は基本、魔獣の巣になっておる。専門用語で言うと"ビースト"じゃな。

ビーストは等級として下から、

最低第五位の<跋扈(ばっこ)級>『凡庸獣<ポーン・ビースト>』、

第四位<傑出級>『強欲獣<グリード・ビースト>』、

第三位<統率級>『師獣<ソーサリー・ビースト>』、

第二位<君臨級>『王獣<レイ・ビースト>』、

そして最上第一位の<深淵級>『原初神獣<エンシェント・ビースト>』の四つに区分されておる。

まあ、王獣(レイ)に関しては目撃例も少なく、原初神獣(エンシェント)に至ってはもはや神話上の存在じゃ。余程のことがない限り出会わんじゃろう」


 等級が上に行けば行くほど数も少なく強い。それが世間の常識だった。

 <跋扈級>はそこらを徘徊しているありふれた魔獣であり、<傑出級>はその中でも強力な個体――レア種を指す。

 さらに<統率級>にもなると、魔法や特殊能力を持つ個体になり、魔獣を束ねる中ボス的なポジションになるのだ。


「へぇ、じゃあ当然等級が高い程に強くなるのか?」

「うむ、凡庸獣(ポーン)強欲獣(グリード)師獣(ソーサリー)に関してはそうじゃな」

「……? 上二つは違うと?」

「そこは単純な強さでは決められんのじゃ。原初神獣(エンシェント)は言わば純血種、元々――生まれた時点からの強者じゃ。

それに対して、王獣(レイ)は人間社会で例えるなら成り上がり者。弱種族の変異種や、特殊な環境下により力を得た存在がソレなのじゃ」

「う~ん、……吸血鬼の下剋上みたいなものか?」


 星夜の頭の中で純血種と言えば、真っ先に吸血鬼が結びつく。

 もしかしたら、吸血鬼のような化物もいるかもしれない。そんな嫌な想像まで浮かんでしまった。

 物事を悪い方向へ考えたらキリがない。


 そもそも渡航する前の異世界常識講座では、そんな物騒な話題は出てこなかった。

 区分としては一般常識だろうか。そこに魔獣などというキーワードは一度たりとも聞いたことがなかったのだ。

 習ったことといえば、生活に携わる一般常識、注意事項、歴史、地理、そして最も重要な大陸言語である。

 最も近年では地球の言葉と文化も一部浸透してきている、という話もあるのだが。


 方向性は違うが、良くある刑事モノのドラマを思い出す。

 組織末端と上層部との対立の構図である。

 同じように今回も、政治家達による意図的な隠蔽なのか、もしくは情報自体が規制されていたと考えられる。

 この世界のギルド上層部の判断で、あまり恐怖を抱かせすぎると異世界希望者が減ってしまう、とでも捉えたのかもしれない。


 そこまで考察して、星夜は煩悩を取り払うように頭を横に振る。

 そんなことはどうでも良い。どうせ利権の絡んだ醜いやり取り、上の連中の思惑など理解できないのだ。水面下でのどろどろとした抗争などには関わり合いたくはない。


 それに異世界といえばモンスターとのエンカウントは付き物である。言わずとも察しろという解釈もできる。

 とにかく今は説明を漏らさず聞くことが大事である。

 星夜は現実に意識を戻す。


 星夜の葛藤など露知らず、幻十郎の解説が続いた。


「大概は原初神獣の方が強いのじゃが、王獣の中には稀に原初神獣にも匹敵する特異種もおる。

まず出会うことはないとは思うが、参考までに憶えておくのじゃ。それと王獣と原初神獣は一体で国を容易く滅ぼすと言われており、どの国でも接触禁止指定されておる不可侵の等級、決して戦うでないぞ」

「あ、ああ、分かったよ。俺もそんなのとは戦いたくないしな」


 粗方の内容を把握した星夜は、幻十郎の忠告に同意する。

 自分は喜んで危険に飛び込むバトルジャンキーではないのだ。


 幻十郎の懸念も当然と言えた。

 大ボス的な意味合いを持つ<君臨級>や<深淵級>は、特有の領域(テリトリー)を支配している、言わば象徴的な存在であった。

 この二タイプの魔獣には共通の特徴として知性に優れるという点があり、こちらから手を出さない限りは安全な事から、各国では刺激しないように閉鎖区域として管理されている。

 下手に干渉すれば責任問題になり、罪人になる可能性すらあるのだ。


「そして問題はここからなのじゃが……実は東の森にはその王獣が一匹おる」

「……、……え、えっ? ……あの、マジで?」


 時が一瞬止まったかのように、星夜が固まる。

 この島に住んでから、彼此一年半。そんな爆弾みたいに危ない存在が隣にいたなんて、思いたくはない。

 いや、この場合幻十郎が敢えて言わなかったと判断するのが妥当だろう。

 異世界に来た頃の情緒不安定な自分では、穏やかに眠ることはできなかったかもしれない。

 星夜は改めて、幻十郎の細やかな気遣いを思い知った。

 普段はチャラけた爺さんだが、伊達に長く生きてはいない、ということだろう。


 とにかく聞き間違いの可能性もある。

 星夜は幻聴であって欲しいという願望と確認の、二つの意味を込めて聞き返した。


「うむ、大マジじゃ。故に東の森の奥深くには決して行くでないぞ。もし王獣に会ったら全力で逃げるのじゃ。分かったな?」

「あ、ああ……逃げる……逃げられるのか?」


 たった今注意されたばかりの最悪の魔獣が近くにいると知り、星夜は腰が引けて顔が引き攣っていく。

 圧倒的な力の前には逃げることはできないのではないか。星夜の持論であった。


 その考えは星夜が嵌っていたRPGゲームから来ている。

 ゲーム理論から導き出せば、雑魚戦では逃走も可能だが、ボス戦で逃げるという選択肢はないのである。

 一旦戦闘に入ったら、倒してクリアするか負けてゲームオーバーするかの二択しかない。

 現実世界でのゲームオーバーは、イコール死である。


 星夜は泣きたくなってきた。


「そう怯えるでない。こちらから近づかなければ心配はいらん」

「俺は爺さんみたいに幽霊にはなりたくないんだよ」

「フォフォフォ、言うのう。それはさて置き、ここは鍛錬には丁度良い場所、まずは西の森で実戦を経験し、慣れたら東の森に行くのじゃ。人のおる場所に行く前に十分に鍛えておくのじゃぞ」

「そ、そうだな。東の奥に行かなきゃ大丈夫だもんな。しばらくは西で頑張ろう……」


 この際、王獣のことは一旦忘れよう。修行の成果を西の森で発揮するんだ。

 星夜はそう自分に言い聞かせる。

 こういう時は切り替えが重要なのだ。

 良く言えばプラス思考、悪く言えば現実逃避であった。


「ひょっとしたら意外なボーナスもあるかもしれんしのう……」

「ボーナス?」

「フォフォフォ、それは自分で体感することじゃな」

「……? 良く分かんないけど、まあいいや。それじゃ、やるか!」


 細かい説明よりも、今は身体を動かしたい。

 星夜は内に溜まった何かを発散するかのように意気込んだ。


 そんな星夜を幻十郎は温かい目で見守っていた。

 まだ若く、日々成長していく弟子を見ているのが楽しくて堪らないといった様相だ。

 彼は最後に叱咤激励を入れて、星夜の後押しをする。


「今日から食料調達はお主の役目じゃ。しっかりと働くんじゃぞ」

「うっし! 了解した!」



◆◇◆◇◆◇


 実戦に入って半年が経つ頃には、星夜は西の森の魔獣を楽に倒せるようになった。

 さらには東の森にも挑戦し、もう一年が経過した時には、島の森の魔獣に遅れを取るようなことはなくなっていた――只一匹、王獣を除いては。


 当初は魔獣を殺すことに抵抗感があった星夜だが、弱肉強食の世界の厳しさを知り、甘えは許されないと己を戒めた。

 それでも殺傷は必要最低限に留めて、狩った獲物は食料として持ち帰る。

 地球出身のエコ精神が、星夜の行動方針を決めていた。


 星夜は今日も日課の薪割りを終えて、食料調達も兼ねて森へ出かけた。

 両親が異世界へと渡ってからは、食事は自分で取らねばならなく、しかしコンビニや外食で済ませていたのだ。

 彼の自炊能力はゼロに等しかった。


 食事に関しては、幻十郎に言われた通りの材料を森で採取してきて、後は丸投げである。

 幻十郎は幻十郎で久しぶりの調理が嬉しいらしく、星夜が来てからは毎日甲斐甲斐しく手料理を振舞っていた。……それこそ主婦のように。

 地球では料理のできる男ブームが流行していたにも関わらず、星夜は「俺は流されないぞ」とマイペースを貫き、頑固としてその意志を譲らなかった。

 もちろん星夜にも言い分はある。とは言っても、簡単な料理――カレーくらいは作れるぞという悲しい自慢であったが。


「はふはふ、相変わらずこのシチューは美味いな」

「たっぷりと煮込んだからのう」


 食べているのは、星夜お気に入りの幻十郎特製『ぐつぐつ煮込んだごっちゃ混ぜシチュー』である。

 牛型の魔獣から搾取した安全性に疑問が残る牛乳や、良く分からない実を何種類か混ぜ合わせ魔法で変質させたホワイトソースもどきを使い、森の怪しい野菜や魔獣の肉をふんだんに取り入れた、異世界風シチューを堪能していた。

 幻十郎が生きていた頃に、試行錯誤して編み出した自作の一品だそうである。


 大陸に行けば、渡り人のもたらした料理用のソースなども売っている……のだが、何せこの島は遠い離れ小島、輸入する手段など皆無である。

 森に生えている不思議野菜や、魔獣の味覚にマッチした木の実など、数ヶ月に渡る実験の結果、強引に完成させた料理のレシピ。

 味は地球のモノと似ているが、何とも言えない癖のあるアクセントが混じっていた。

 星夜にしてみれば美味しいので問題はない、ということで気にせずにモリモリおかわりしていく。


「それと、コレも飲んでみるか?」

「これは酒!? どこでこんなものを!」

「フォフォフォッ、これは森で採れる"カムの実"と水を混ぜ合わせて魔法で処理したものじゃ」


 魔獣の住処になるような場所は"魔泉"と呼ばれ、その濃い魔力の影響で特殊な植物が多々誕生する。

 地球にはありえない存在も、ここでは当たり前なのだ。


 原初神獣の住む"神域"、又は王獣の支配地"王域"には未知の神種が隠されているだろうとされている。

 伝説にのみ語り継がれる、奇跡の果実エリクサーや不死の魔草アンブロシア、神の酒ソーマなどは、そこからもたらされた事実だという説もあった。


 魔法って応用が効くんだなぁ、と星夜は未だ未練がましく思ってしまう。

 無意識に溜息が出てきた。


「魔法かぁ、やっぱ便利だよな~、……はぁ」

「そう悲観するでない。使えんものは仕方がないじゃろう? 仲間でもできれば解決するかもしれんしのう」

「仲間かぁ……それも良いかもな。一緒に旅をする仲間……うん、楽しい奴が良いな……」

「お主も此処に来てから結構経つからの。いつかは旅立つことも視野に入れとかんとな」

「そうだな。あれから三年か……」


 濃い三年だったな、と星夜は修行の日々に想いを馳せる。

 実質、地球に住んでいた十八年よりも長い気がするな、と錯覚を受ける。

 生まれ育った世界ではなく、未知の世界へと来たからなのか、それとも死と隣り合わせの環境なためか、それは分からない。

 それでも星夜は生きているという実感を、何よりも感じていた。


 酒の登場でテンションが上がったのか、幻十郎が意気揚々と木製のコップを掲げる。

 飲んでもいないのに、場の雰囲気に酔ったかのようだ。


「乾杯しようかの!」

「爺さん、飲めねぇだろ?」

「ショボーン……雰囲気くらい味わっても良いじゃろうに……」


 筋骨隆々な幽霊老人の哀愁など、可愛くはない。

 聖夜は無視して酒の匂いを嗅ぐ。


 悪くはない香りだ。もう成人したし、ちょっとくらい試してみるか。

 理性のタガが外れた星夜は、思い切って酒を口に入れた。

 未成年の星夜は甘酒くらいしか飲んだことはない。

 自分がどれくらい飲めるか知らない星夜は、限界を知らずにどんどん暴走していくことになる。


「こんな儂にもかつては妻もおってのう……」

「えっ、結婚してたんですか?」

「うむ、……じゃが当時の医療は粗末なモノでのう……病で早死にしてしまいおった……」

「……そうですか」


 星夜は空気を呼んでしんみりとする。

 連れ添い結婚までした奥さんと死に別れるなんて、その悲しさは星夜には分からない。

 どういう態度をとっていいか迷う星夜とは裏腹に、幻十郎は明るく振舞って笑みを浮かべた。幻十郎にとっては既に過去の出来事だ。


「フォフォ、心配はいらん。儂が大陸を離れる頃にはそれなりに発展しておったぞ。これも初代ギルドマスターのおかげじゃな」

「初代ギルドマスター、ですか?」

「うむ、儂と同じく初の渡り人じゃ」

「確か六十年前の穴の発生に巻き込まれた被害者達ですよね?」

「……そうじゃ。儂らは皆戦友じゃった。見知らぬ世界に放り出されて苦労してのう……辛い時も励まし合ったものじゃ……」

「へぇ、知り合いだったんですね」


 当時、穴の近辺にいた日本人数名が落ちて消えるという事故があった。

 第一次災害とでも言うべき黒い穴の発生、それは現実のファンタジー要素が地球に舞い降りた瞬間でもあった。

 彼ら最初の渡り人達には、絶え間ない苦労があったという。

 その分、彼らの絆も深かったのだろう。

 異世界へ来た頃の想い出を懐かしみ、幻十郎が仄やかな記憶の彼方へと思考を乗せる。


 地球でも有名であり、渡り人達の大恩人でもある初代ギルドマスター。

 幻十郎はその戦友の人柄を思い起こし、誇るように語る。


「流石にアヤツも年じゃ。もうこの世にはおらんじゃろ。……渡り人のためにギルドを作ったりと、生真面目な奴じゃったわい……」

「凄い人ですね」

「そうじゃな。懐かしいのう……」


 二人だけの宴も徐々にヒートアップしていき、星夜の目付きが次第に据わっていく。

 酒も入ったことで、馬鹿話もさらに進んでいった。ちなみに幻十郎は幽霊なので、酒を飲んではいない。


「そこで儂は言うたのじゃ。正妻は既におったんでのう……妾で良ければ歓迎する、二人共大切にする、とな。結果、殴られて双方とも去って行きおった。酷いと思わんか?」

「ははん、ハーレムってのはそんなに甘いもんじゃないですよ。良いですか、皆平等に且つ最高に愛し愛されなければ話になりません。正妻に配慮したんでしょうけど、差別は嫉妬を生みますよ」

「肩書きに何の意味があるのじゃ。正妻と同等に愛するつもりじゃったんじゃぞ。女とは愛情深き生き物、故に薄情なものじゃ」


 始めは真面目な会話だったのに、今では話は女性関係に映っていた。

 幻十郎の失敗談に、ツッコミを入れつつも、女性の気持ちについては星夜も同意する。

 呂律が回らない口調で、異世界へ来るきっかけになった元カノの文句を言い出す。


「そうだ! 俺の彼女もですね……ウィッ、ヒックゥ……アイツ、三股してやがったんですよ。二じゃなくて三ですよ、三! 二年間もこそこそと! 許せますか、幻ちゃん?」

「げ、幻ちゃん?」

「そうだぁ、幻助ぇ~」

「……ダメじゃな、コヤツ。飲ません方が良かったかのう……」

「くそぉ~、逆ハーだとぅ、羨ましいぞ、こんちくしょう! 俺もハーレムをぅ……zzz」

「……寝おったか。まあ、異世界へ来たんじゃ。色々とストレスも溜まっとったんじゃろうな……」


 幻十郎は孫を見守るような顔で、風邪を引かないように星夜の肩に上着をかける。


 このままの生活もいいのう……


 のめり込みそうになる感情の裏で、星夜を此処にずっと置いておく訳にはいかない、という理性が働く。

 彼はまだ若いのだ。自分に付き合わせて、この島で一生を送らせるなど許されない。

 一抹の寂しさと、年長者の責任の間で、幻十郎の心は止まることなく揺れ動く。

 それと同時に幻十郎は、ある種の予感めいたものも感じとっていた。




 ――翌日。


 雲一つない空からは、激しい日差しが変わらず降り注いでいる。


 いつも通りに支度した星夜が、森へと狩りに出かける。

 見慣れた光景なのに、幻十郎は何故か胸騒ぎを覚えた。


「じゃあ、行ってくる。今日こそ刻印が出るといいんだけどな」

「油断するでないぞ!」

「分かってるよ」


 背を向けて手を上げながら、星夜が陽気に東の森へと入っていった。

 昨夜の会話を憶えていた星夜は、一人呟く。


「俺も二十一か、妹はもう十八歳だったよな……早いもんだな。そろそろ会いに行くか……」


 いつの間にか今の環境に慣れ親しんでいた自分がいる。それは異世界へ来た目的を忘れそうになるほどに。

 自分も力をつけた。そろそろ頃合いかもしれない。星夜の瞳に決意の色が浮かぶ。


 出発の時――幻十郎との別れが近づいていた。


魔獣との戦闘風景などは端折っています。

書くと長くなっちゃうので……

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