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フェンサー ~とある青年の異世界剣豪物語~  作者: 七草 折紙
序章・ホープレスエンド編
2/16

序章・弍 絶海の孤島「ホープレスエンド」

序章だけはバババンと行きたく、早めの更新です。

 とある孤島の一角、濃霧が立ち込める深い森の入り口付近で、一人の青年が鼻歌を口ずさみながら歩いていた。

 辺りは視界が悪い上、怪しい雰囲気と獣の唸り声が絶え間なく聞こえてきて通常の精神の持ち主ならば発狂することだろう。

 そんな状況も心地よいバックコーラス音であるかのように、青年は気にも止めてない。

 森の奥深くならともかく、この一帯には青年に襲いかかるような無謀な獣は既にいなかった。


「早いな……こっちにきてもう三年か……」


 感慨深く独り言を呟く青年――異世界へ落ちてたくましく成長した星夜が、こちらの世界に来てからのことを考えていると、一軒の家が見えてきた。

 手に持った獣の残骸を下ろして、青年は誰かに向かって叫んだ。


「お~い! 爺さん、帰ったぜー!」


 その声に一人の老人が反応して立ち上がる。パッと見は只の老人のようだが、実はそうではない。

 身に宿る雰囲気には齢を重ねた独特の威圧感が漂っており、数々の修羅場をくぐり抜けてきた者しか持ち得ない覇気が纏わりついていた。

 そして老人が普通でない最大の理由――老人の身体は透けていた――所謂ゴーストである。


「おお、帰ったか星夜。もう一人でも十分なようじゃな」


 ゴーストの老人は幽霊らしからぬ行動で地に足をついて、星夜に近づいていく。

 老人は星夜の前にまで辿り着くと、全身を一瞥して、期待が叶わなかったことを嘆いた。


「結局刻印は出んかったか……」

「はぁ、もう無理っぽいかな……」


 星夜のように現地に到着した渡り人しか知り得ない裏情報――渡航者は世界の境界をまたぐと同時に、魔法とは異なる別の特殊能力を手に入れる場合がある、という事実。

 地球と異世界の狭間を越えるときに刻み込まれるとされる力、それを渡り人達は「刻印」と呼んでいた。

 刻印は生き残るための貴重な武器となるため、星夜本人も能力の発現を望んでいた。


 名残惜しいが無駄な時間を過ごしていても仕方がない。

 修行もそろそろ終わりの筈であり、星夜は兼ねてから決めていた本題を切り出した。


「それで爺さん……そろそろ家族に会いに行こうと思うんだが……」


 それが困難な事は星夜も十分承知している。この発現は彼の決意の現れであった。


 ここは世界の果て、漂流者の行き着く先――


 島一体が海で覆われた脱出不可能な絶海の孤島「ホープレスエンド」


 ――希望のない終着点であった。



◆◇◆◇◆◇


 ――三年前。


「ハァ……」


 老人の口から溜息が漏れる。


「また覚悟の足りん馬鹿な渡り人か……漂流した挙句この末路、不憫じゃのう……」


 老人の目の前には二人の死体が横たわっていた。見た目が黒目黒髪の日本人特有の外見を持つ遺体である。

 刻印の波動を感じて来てみれば無惨な亡骸が二体転がっている始末。

 その乱れ具合いから危機を感じ取り、駆けつけてみれば時すでに遅しであった。

 海で体力を根こそぎ持っていかれたところを魔獣にでも襲われたのだろう。


「……遅かったか。全く、この海を甘く見おって……」


 最近の渡り人は異世界を旅するという自覚がない愚かな輩が多い。

 若者は向こうの世界で発達した、VRMMORPGなるゲームと同程度の感覚しか持ち合わせていないらしい。


 嘆かわしいものだ、と老人は首を振って作業に移る。


「まあ、埋葬くらいはしてやろうかの。このまま森の獣共に骨まで食い散らかせられるのも目覚めが悪い」


 痛みや恐怖、武器防具の重さ、戦闘技術などは日々の鍛錬と経験によって培われる筋肉や勘といったものが必要になる。

 能力による恩恵を得てもその力に甘えている限り長生きはできないであろう。

 楽して得られる力など無いのだ。


 土を掘り起こしながらも、最近の渡り人の体たらくに、老人の口からブツブツと愚痴が漏れ出る。


「刻印に目覚めたからと言うて、何を考えておるのじゃ……」


 遺体の傍には刻印が二つ転がっていた。死体の魂がこの世への未練を宿して乗り移ったかのように輝いている。


 刻印とは特殊能力を秘めた武具の具現化を表す。

 その武具は通常、主が亡くなれば共に消えてなくなるものだが、ある条件を満たせばその形を保ったまま現世に残るのだ。

 ある条件とは本人の意志。使用者の判断で譲渡や継承が可能な代物なのである。


 使うのと使いこなすのとでは雲泥の差、どんな強力な刻印を持っていても、使いこなせないうちに早死にしては宝の持ち腐れであった。

 かくいう老人も無謀な船旅で遭難した男の成れの果てであった。


「まぁ、そういう儂も偉そうな事は言えんか……」


 老人は自虐するように苦笑いを浮かべる。

 もう何十年も前の出来事、今更後悔しても遅すぎるのだ。



 ――ゴースト



 未練を残して死んでしまった者の末路であり、それは老人にやり遂げたい何かがあることを意味していた。


「成仏する日が来るのかのう……そうじゃろ? アカツキ……」


 老人は世間に名の知れた剣の達人であった。その老人をもってしてもこの森で命を落としてしまったのだ。

 たとえ刻印持ちの渡り人であろうと力に溺れた者の末路など知れたものである。


 老人が埋葬を終えて手を合わせお祈りする。日本人流の方法だが線香が欲しいところだ。


「刻印は回収しとくかの……ん?」


 老人が立ち上がって帰宅しようとしたところで、妙な気配を感じた。随分と弱々しい。


「こっちかの……」


 少しばかり歩いていくとまたもや日本人風の死体(・・)が一体横たわっていた。

 更なる無惨な光景に老人は目を覆いたくなる。


「またか……今日は多いのう……」


 仕方なく後片付けをすべく、老人が遺体(・・)に近づいてみると、かすかに息があるのが分かる。

 今度はこの島には珍しく、生存者であった。


 老人は渋々といった感じで溜息をつく。

 不出来な息子に愛想をつかすように接触するが、その口調には嬉しさが滲み出ていた。


「なんじゃ、生きておるのか。しょうがないの。連れて帰るか」


 幽霊老人は再び魔法の力で干渉して、軽々とソレを抱え上げ、森の中程にある自宅へと歩いていった。



◆◇◆◇◆◇


 ……ここはどこだ?


 俺は……確か……そうだ、テロに巻き込まれて……穴に落ちて……


 ボヤけた視界に映った黄金の輝きを放つ一振りの刀……


 それに手を伸ばして……


 そこで星夜は覚醒する。


「――ん?」


 彼は頭の働かない曖昧な状況で辺りを見渡す。

 どこかの部屋の中みたいだが、居るのは星夜一人だけだ。


 ここはどこだ?

 ふとん?

 誰かに助けられた?

 どれくらい寝てた?


 次々に疑問が湧き上がってくるが、答えてくれるような人物はここにはいない。


 星夜が物思いにふけっていると、部屋の扉が静かに開いた。

 見覚えのない老人が一人入ってくる。

 老人の身体が透けて向こう側が見えているのは頭がぼやけているせいなのか……


 星夜は簡単な事実にすら気づかない。


「おお、気が付いたか?」

「あの……」

「まあ、焦らずまずは食事をしなさい」


 事態が飲み込めない星夜に老人が持ってきた料理を差し出す。

 老人の趣味なのか、手際の良さを感じさせる香ばしい品々に、腹が鳴っていた星夜は遠慮なく頂くことにした。


「はぁ、分かりました。あの! ありがとうございました。御礼だけは先に言わせてください」

「フォフォフォ、無茶な若者の割には礼儀正しいの~」

「……?」

「まあ、話は後でもできる。まずは食べなさい」

「はい、いただきます……」


 老人の労りの言葉と同時に、星夜の目の前にトレイに乗ったご飯が置かれた。その食欲をそそる匂いで、星夜の口の中に涎が溢れ出す。

 我慢できずに星夜は物凄い勢いで口の中に入れていく。


「はむ、ほふ、おいひいでふね(美味しいですね)」

「フォフォッ、慌てるでない。胃が吃驚するぞい。ゆっくりと味わうんじゃ」


 どれくらい食べていなかったのかお腹が空いていたので、次々に星夜の胃の中に入っていく。

 老人が持ってきた食事はあっという間に空になった。


「ふう~、おいしかったです。御馳走様でした!」

「フォフォフォ、余程お腹が空いていたようじゃのう」


 星夜の食事の一部始終を見ていた老人は、率直な感想を述べる。

 それを聞いて、お腹が満たされて冷静になっていた星夜は、がっついていた自分を思い出し赤面した。


「お、お恥ずかしいところをお見せしました……」

「元気がなによりじゃ。少し話をしようかの」

「……はい」


 事情を知らない二人はお互いの情報を詰め合わせて、星夜の現在の立場を改めて認識させていった。



◆◇◆◇◆◇


 星夜は自分が異世界に渡るときのテロ事件のこと、それからの事を覚えていないことを話した。

 老人は一通り聞き終わると、しばらく黙って俯向き何かを考え込む。

 そしてそっと口を開いた。


「なるほどの。災難じゃったのう……」

「はい、お蔭様で現状を理解できました。どうやら俺は爆発の衝撃で飛ばされたようですね。無事異世界に辿り着いたのは不幸中の幸いでしたが……」

「ふむ、渡り人はまず『始まりの場所』である地球協会本部に行くのが習わしじゃが……ここは魔獣もおる霧深い森。しかも生き人には最悪な絶海の孤島じゃ。お主一人では到底出られまい。儂がつれて行ければ良いのじゃが……生憎と儂はここに骨をうずめるつもりじゃからの……」


 地球協会とは渡り人達が創設したこの世界の何でも屋、所謂ギルドの事である。

 無一文の彼らがこの世界で生きていくには、仕事をしてお金を稼ぐ必要があった。

 国も身分も持たない彼らが生きていくためには、誰にでも受け入れられるような仕事の斡旋所が求められたのだ。


 そこで創設されたのが職業斡旋所――ギルドである。

 テレビゲームのアイデアを元に創り出されたギルドは、今では渡り人だけでなく現地人達にも開放され溢れかえっていた。


「俺一人では難しいのですか?」

「うむ。お主を見つけたのは森の中じゃが、生きていたのは運が良かったとしか言いようがないわい」

「そうですか……」


 そこでまたしても、老人が何かを考える仕草をする。

 何を言い出すのかと、姿勢を正して待ち続けると、老人が徐ろに提案し出した。


「ふむ。お主、儂に鍛えられてみんか?」

「……?」

「この世界は正に弱肉強食を体現したような世界。戦争、盗賊、魔獣何でもござりじゃ。生きていくには力は必須。どうじゃ? これでも儂はちょっとは名の知れた元騎士。どうせ隠居した身、暇じゃからの。徹底的に鍛えてやるぞい」


 星夜にしてみれば、大変ありがたい申し出だった。しかしそこで考える。


 少々回り道をしてでも絶対に家族に会いたい。だが辿り着く前におっ死んでは元も子もない。

 問題はどれだけかかるのか……


 迷った挙句、とりあえず島を出られなければ意味がないと気付き、こんな機会はないと降って湧いた幸運に感謝した。

 確かに力が必要になるだろう。名の知れた騎士であれば文句はない。


「はい! よろしくお願いします、先生!」

「うむ、儂の名は御堂幻十郎。察しの通り、元日本人じゃ」


 元気良く宣言したところで、星夜は老人の持つ違和感に勘づいた。

 今更だが頭が覚醒してきて、その事実に青褪めていく。


「……と、ところで先生……身体が透けているように見受けられるのですが……」


 まさかと思う一方、ファンタジー世界ならありえない話ではない、と最終回答を導き出した。

 星夜としては認めたくはないが――


「ゆ、幽霊……? ハ、ハハハッ……」


 星夜はまたしても気絶する。こうして彼の異世界生活が始まった。


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