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フェンサー ~とある青年の異世界剣豪物語~  作者: 七草 折紙
第壱章・ブリリアント国編
10/16

第壱章・一 海原を超えて

久しぶりの投稿。

一万字近くと、長めになってしまいましたが、ご了承ください。

 カァン カァン


 何かが打ち合う音が聞こえる。


「虚しい……」


 男がボソッと呟いた――星夜である。

 音が聞こえてくるのは、彼の手元からだった。

 石と石を擦り合わせて、火花を散らす。いわゆる火打ち石で火を起こそうとしている最中だ。

 地球は科学の発展した機械天国、この世界も魔法が存在する魔法天国である。

 にも関わらず、今この状況で、発火させる手段と言えば、これしか方法がない。


 理不尽だ。


 涙が滲んだ瞳で、星夜は空を見上げる。直視することはできないが、快晴の空には、溢れんばかりの陽の光が満ちていた。

 太陽は燦々(さんさん)と輝いている。



 カァン カァン



 甲高い音で、星夜は現実に引き戻される。

 心を遠い空へと向けていても、手作業を止めることはしない。


 まだか、まだなのか。


 いい加減に火が付いて欲しいのだが、一向に成功しない。

 このままでは先程獲った海の食材が腐ってしまう。

 気が逸る最中、夏の線香花火のような火花に、いつか聞いた音楽のメロディーが、星夜の頭を流れていく。


「……♪」


 ブツブツと暗い声で口ずさむ歌は、星夜の悲しさをより一層、引き立てていた。

 既に星夜の目は死んでいる。



 カァン カァン



 幻十郎がいた頃は良かった。

 彼の魔法で火などあっという間、焚き火などお手の物であった。

 だが星夜に魔法は使えない。他の手段が必要なのだ。何らかの道具に頼るしかない。


 で、その唯一の道具がコレ。


 幻十郎の話では、この世界には魔道具なる便利グッズがあるという話だった。

 魔道具は魔力を持たないと使用できないが、魔法石を嵌めるタイプであれば誰でも――魔力のない星夜でも扱うことができる。

 しかし魔法石は幻十郎には必要なかったせいか、島では見かけなかった。

 最終手段として持たされたのが、原始文明の粋を集めた一品――火打ち石である。

 木片に木屑をまぶし、海の魔獣から採取した脂を垂らして、後は火を付けるだけ。予定ではすんなり発火する筈が、慣れていないせいか、予想外の苦戦を強いられていた。



 カァン カァン



 星夜は、異世界の食材を生で食べるのには抵抗があった。

 刺身にして食しても問題はないかもしれない。が、問題あるかもしれない。

 怖くて悩んだ結果、焼くことに決定したのだ。熱処理すれば大概はいける筈。炙るだけでも気持ち楽になる。

 今の状況に繋がるのであった。



 カァン カァン



 何故、今になって調理をしようとしているのか。それは島から持ってきた食料が尽きたことに始まる。


 島を出ること二週間、見渡す限りが青一色で、他の島の影すら見えてこない。星夜にも焦りの色が浮かんでいた。

 太陽の位置から大雑把な方向を決定しているので、西に向かっている自信はある。

 何故西に向かっているのかというと、情報源は幻十郎との会話と、地球から持ち込んだ一冊の薄い本にあった。



『異世界のススメ』



 渡り人――異世界渡航希望者の大半が、地球で買い求めるハンドブックである。

 異世界の一般常識、注意事項、歴史、地図、役に立つ異世界言語などが修められた便利な携帯本だ。

 歴代のギルドマスターが次元間超越通信で地球にもたらした情報がつまっていて、今では渡り人には欠かせない必需品となっていた。

 世界地図のページで、大陸とホープレスエンドの位置関係を、大まかに把握することはできる。


 とにかく西へ行く。そうすれば大陸に着くだろう。

 それが星夜の最終結論だった。


 海に出た当初はやる気に満ち溢れていた星夜だったが、日にちが経過する毎に、次第と元気が無くなっていった。

 意気揚々と海を流れていたのは最初だけであり、それがずっと続くと気持ちは欝になる。

 海の上では満足に運動のしようもなく、ボケっと日向ぼっこをするか只寝るばかり。今では飽きていた。


 そこで浮上する食料問題。広大な海を漂う以上、食料は死活問題である。島から持ち込んだ食料が徐々に減っていく状況は、嬉しいものではない。

 日持ちの関係もあり、新鮮な食料は、早めに終了した。それでも食料の消費は抑えてきたつもりであり、質素な食事にも関わらず、数日間は星夜の心にも余裕があった。

 それも昨日までの話、残りの乾物などもついに底を尽きてしまった。


 異世界に渡る前から運に見放されてきた星夜。

 そんな彼にタイミング良く……いや悪く、悪運が発動した。



 海の魔獣との初遭遇。



 この世界の常識人であれば、己が不幸を嘆き悲しみ、信仰する神にでも祈る瞬間だろう。

 だが星夜の目は輝いていた。

 退屈に一石を投じる"魔獣"という刺激、代わり映えのない海の旅に終止符を打つカンフル剤だ。


 背中からグレートソードを引き抜き、構える。

 星夜の心が戦闘に切り替わった。


 魔獣が近づいてきたのか、海中の影が大きくなってきた。


 ――来るッ!


 星夜の眼前に飛び出してくる魔獣の姿。意外と大きい。

 さっそく星夜は目の前の海の魔獣と睨み合い、牽制を始める。魔獣は巨大な鮫のようだ。


「う、海の魔獣――鮫か。い、いいだろう、相手してやる。来い!」


 星夜の顔が少し引き攣るが、戦闘に支障をきたす程の動揺はしない。


 さあ、どんな攻撃を仕掛けてくる?


 イカダの周囲を泳ぎ回る鮫に合わせて、星夜は油断なく剣先の方向を変えていく。


 たった今、星夜が乗っているのは、豪華特製帆船「快適セーヤ君四号」――広めのスペースと帆を持つだけの、只のイカダである。

 杜撰な造りと不安定さが売りの、計算も何もされていない、勢いだけの設計だった。嵐にでも遭えばお陀仏確定だ。

 四号というからには三回は失敗している計算になる。途中で沈んでは堪らないので、テストだけはしっかりとしておいたのだ。変なところで慎重な星夜だが、四回目でおおよその信頼性が持てて、いざ出発することとなった。


 木を斬り倒し、ロープで繋いだだけの簡単な造りなため、荒波に耐えうる航海は不可能であろう。

 ロープには、魔素の影響で変異した、森の樹々にぶら下がっていた強靭な蔓を活用した。

 理想では木の下に浮き袋が欲しかったのだが、そんなものが都合良くある訳もなく、魔獣の皮で浮き袋を作ろうとも考えたが、色々と思うところがあり止めている。

 結局、原始的なイカダに落ち着いて作成、帆だけは付けておいた、という訳だ。


 ちなみに島の脱出には星夜も苦労した。

 ホープレスエンドは海流が島の脱出を阻み抜け出せない、と星夜はずっと思っていたのだ。色々と考えた挙句、強引な作戦を決行した。

 島脱出の際には、どうにもならない海流を星夜の刻印――ブルーガードとエアスナイパーで強引に推し進めてイカダを移動、無事に脱出成功へと至った訳である。


 そんな耐久性に不安のあるイカダの周りを今、三メートル(この世界でいう三メル)近い大きさの図体の鮫が泳いでいた。


 威嚇のつもりか!


 馬鹿にされた気がして、星夜の心中に怒りが湧き上がるが、安易な行動は取らない。それがヤツの狙いなのだ。

 星夜は焦ることなく、じっくりとその時を待つ。


「――ぬぉッ、吐いたッ!?」


 鮫は海に身を潜めたまま、口に含んだ水を鉄砲のように飛ばしてきた。まさに水鉄砲。

 てっきり口を全開にしてパクリ攻撃をしてくると見ていた星夜は、意外な遠隔攻撃に慌てて身を翻す。


 まさかこんな手で来るとは……


 星夜は額に嫌な汗を浮かべた。

 高度な知性を持つ魔獣ならば、真っ先にイカダを狙うだろう。海の上では人は無力だからだ。実際に星夜は、イカダをバラされないように慎重に対応していた。

 本能に任せたままの獣であれば、直ぐにでも食そうと鋭い歯を武器に顎を使ってくるとも、星夜は考えていた。

 だがヤツが選んだのは遠隔攻撃。計画を練るとまではいかなくても、獲物を狩るための本能的な思考選択は持っているという証だ。

 となると、近接戦闘は無理かもしれない。ならば――


「そんな場所にいて安全なつもりか? ――甘いッ!」


 星夜が駆ける。

 幻十郎が長年掛けて編み出した移動術『踏進(ふみち)』は、気を足裏に纏っての反発力で地を推し進めるのが真髄。

 例え水面であろうとも、数秒ならば駆け抜けることも可能なのだ。


 星夜のグレートソードが迸る!


 死神の鎌を思わせる鋼鉄の(いかずち)が、ジャストのタイミングで鮫を強襲した。

 鋭い斬線を描き、迷いのない一閃が、鮫を斬り裂く。

 鮮血が飛び散った。


「はぁッはぁーッ! どうだぁ! あ~ダメ、だよな」


 斬ると同時にイカダに飛び退いた星夜。勢いで勝利宣言をしそうになった彼だが、我に返り、現実の厳しさを知る。

 駄目だ。足元が不安定な状態では、剣の軌道がズレてしまう。魔獣特有の鮫肌が高い防御力を持っているのか、浅く斬り込んだ程度に終わった。

 『踏進』はあくまで移動術。剣を叩き込むのには、強力な踏み込みが必要なのだ。コレでは駄目だ。ではどうすれば……


 バシャァァアアアン


 その時、怪我を負った鮫が反撃に出た。離れていても海面では危険と判断したのか、空を飛んだ(・・・・・)のだ。

 星夜が連動するように空を見上げた。


「鮫が空を飛んだ!? このファタ充め!」


 ファタ充とは星夜独自の造語である。リア充のファンタジー版、つまりファンタジー要素を満喫している輩を指していた。特に魔法を使える奴なんて死んじまえ、というのが星夜の持論である。

 無論、極論に過ぎないが、ファンタジーにどっぷりと嵌り込みたい星夜ならではの、嫉妬用語であった。


「くそッ、んなの、ありかよ!」


 鮫が素早い動きで海を、空を駆け巡る。三百六十度、まさに縦横無尽のファンタジー生物。

 星夜が再び『踏進』で海を駆ける。

 しかし鮫魔獣は迫り来る星夜を無視してイカダを狙ってきた。


「んなっ!? アホじゃなかったのか? くそッ、『セーヤ君四号』に何てことしやがる!」


 慌てて星夜がイカダに戻ると、鮫魔獣があっさりと空へと逃げる。まるでイタチごっこだ。キリがない。

 近づこうとしても空へと飛び去り、一定距離から水弾を放ってくる。

 星夜も流石に空は飛べない。最高速度で斬り裂こうとしても、速すぎて現状では捉えられない。リーチも届かないし、いや……


「なら、これならどうだ!」


 星夜がぐらつく足場を気合いで固定し、剣を軽く振りながら慣らしていく。ヌンチャクを振り回す拳法家の如く風が唸り、ソレを形作っていった。


「――ハッ!」


 鋭い呼吸音と共に星夜の持つ剣が大きく振り下ろされる。

 巻き込まれた風は、強力無比な真空の刃となりて、敵を断絶する。

 流動する超圧縮の気で風の道を誘導する、一種の強烈なカマイタチ現象――対遠距離用攻撃『舵風(かじかぜ)』が炸裂した。

 本来ならば致命傷となりえる技なのだが――


「駄目か。この不安定な足場じゃ十分な威力が出せない」


 足元の安定しないイカダの上では、十二分に力を発揮できない。

 命中率も最悪で、放たれた刃はあさっての方向へと旅立っていった。

 地の利では鮫が有利、星夜が圧倒的に不利だ。


 どうする?


 なら試してみるか……


「刻印発動、七星剣――」


 星夜が選んだのは幻影級の刻印『七星剣』。まだ使っていない刻印を、この機に試してみようと思い立ったのだ。

 顕現具現――薄い輪郭が浮かび出て、次第に色濃く実体化してゆく。

 黄金の刀には及ばないが、それでもかなりの力が吸い取られていった。


「くッ、これは、結構、キツイな」


 一秒……五秒……十秒……二十秒。


「これでも二十秒か。成程、力が凝縮されるのに時間がいる訳だな」


 具現の際に篭もった熱を発散するかのように、七星剣から力の余熱が吐き出される。蒸気機関車のような躍動感がその場を支配している。

 輝きが収まると、星夜の手元に一本の刻印が存在した。稲妻のような形状の刃、トルマリンやジルコンといった宝石を思わせる赤茶色に輝く短剣がそこにあった。


 やはり相当疲れる。

 幻影級は幻想級にこそ届かないものの、莫大なエネルギーを必要とする。

 慣れないうちは、ここぞという場面以外、使うべきではない。

 だがこれも実験。


 こんな時だからこそ、真価が問われる。


「投擲用の武器って聞いてたが……どう使うんだ?」


 ドクンッ


 星夜の想いが刻印に届いたのか、七星剣自体から脈打つ生命の如く、使い方が流れ込んできた。

 まるで剣そのものが意志を持っているかのようだ。剣と星夜の意識が直結して、一瞬の内に全てを理解する。


「これは……よし、理解した!」


 七星剣は星属性の短剣。

 星の質量を変えることで、剣を増幅変化、分身させることも可能だ。


 星夜はイメージを送り込み、クナイに変形させ、更にそのクナイを分身させた。分身は最大七つまで。今の星夜では二本が限界だった。

 これ以上の消耗は戦闘に影響を与えるだろう。出し入れは自由だが、出現させる度に力を消費するので、無駄使いはできない。体力の温存は戦闘の基礎だ。

 それに――


「身体が重くなった?」


 七星剣の力を使うごとに、一定の法則で、星夜の身に加重されるみたいだ。

 恐らくこれが対価というヤツだろう。使用した質量分が自分に降りかかる、と星夜は考える。

 だとすれば、短時間で必要最低限だけ、の制限を設けなければ足を引っ張り兼ねない。

 星夜は今後の使用タイミングを練り直していた。


「……まあいい、まずは一発目!」


 クナイ型の七星剣の剣気を解放し、螺旋状に力を旋回、コイルのように内外の気を安定させる。

 常に流動する気の力で、耐久性よりも攻撃力に特化させた気の運用方法だ。

 投擲の基本は、軽い動きで可能な最速動作での投げ方と、攻撃の"意"を読ませない不意討ちこそが大事。

 手首のスナップを効かせて、クナイの一つを全力で投げる。最小限の動きでそれを行なった。


「ぐぉッ」


 軽く投げただけなのに、手元から飛び立つ時の反動が半端ない。足元が滑って腰から落ちる。手首も痛めてしまった。

 星夜は顔をしかめるが……


 キュドォォオオオン


「――ぇっ?」


 気の抜けた声が、星夜の口から(こぼ)れ出る。

 牽制用に軽く威嚇するだけの筈が、鮫を倒してしまった。

 レーザービームを思わせる光の速度で、避ける暇なく鮫に命中し、そのまま貫通したのだ。

 そのまま鮫は絶命して、海へと落下する。


「いつつ、痛ったぁ、こりゃ大人しそうに見えて凶悪な武器だな」


 手首をブラブラさせながらも、予想外の威力に星夜は唖然とする。

 鮫は吹き飛ぶことなく、クッキリと穴を開けられて、真下に落下した。

 ということは、余計な力の分散が行われずに、恐ろしい程の一点集中攻撃を受けたということだ。


「……これは使いどころを慎重にしないとな」


 海の上だから良かったが、滅多な場所では使えない。街中で使用などしたら……恐ろしい。弁償など勘弁して貰いたい星夜であった。




 久しぶりに十分な運動をして、星夜は身体が解れた。欠伸をしながら背筋を伸ばして、柔軟体操をする。

 一段落してふうっと息を吐き出した際に、星夜の目がふと魔獣の残骸に向いた。そこで思案する。


「コイツ、食べられないか?」


 戦闘終了と同時に、腹が空いてきた。丸一日何も食べていなかったことに、星夜は気付く。

 ここから星夜の奮闘が始まった。


 海の魔獣を食そうというコンセプトの下に、腹を満たそうとして、調理のために火を起こそうとしているのだ。

 結果、なかなか火は点かない。星夜が不慣れなせいもあり、当然の如く、食事の用意は困難を極めていた。


 ボアッ


 やっと火が付いた。悲しい戦いが今終わったのだ。


「はぁ、次は、と……」


 小枝に刺した魚肉を、星夜はさっそく焼くことにした。

 塩加減が丁度良い焼き魚が出来上がった。香ばしい匂いが食欲をそそる。


「はふ、はふ、(もぐもぐ)旨いな。(ゴクゴク)ああ~、生き返る」


 お腹が空いていたせいもあり、焼き魚を怒涛の勢いで戴き、次いで水を喉に流し込む。

 ちなみに水だけは大丈夫で、いつでも新鮮な水が飲める。海の水を蒸留などしなくても、水の刻印『ブルーガード』様にお願いすれば、飲み放題だった。

 只、新鮮な野菜や果物はなく、食料は海で獲れる魚のみ。壊血病にならないかが心配だ。


 鮫の肉は結構いけた。とは言っても、そのまま焼いただけの肉だったのだが。

 魔獣に溜まった魔素は食べても害のないものなので、気にせずに食べられる。残留魔力が濃いほどに濃厚な肉質を持つのが魔獣であり、世界中の国々で取引されているのが現状である。簡潔に言えば、等級が上の魔獣程に人気があるのだ。

 鮫は魔獣の等級としては最下級の凡庸獣(ポーン)であっても味は上質であり、星夜は満足していた。


「油があれば唐揚げにしても良かったな。あっ、でもフカヒレも旨そうだな~」


 以前、星夜はテレビでフカヒレの作り方を特集していたのを見たことがあった。ヒレを茹でて皮を剥き、しっかりと乾燥させてから、料理開始――味付けをする。味付けには自信がないが、気合いで何とかなる、と思っている星夜だった。

 しかしヒレを茹でたり乾燥させたりするのには、やはり火の魔法が必要不可欠。後は自然に頼る以外にないが、自然乾燥など何ヶ月かかるか分からない。火を起こすのに火打ち石を使っているザマでは話にならないのだ。

 魔法があれば楽なんだが、星夜には詮無きこと。火系統の刻印も欲しいな、と思う星夜であった。


 それからも、星夜の海路の旅は続く。

 ホープレスエンドを出てからというものの、魔獣の肉の丸焼き、味付けも何もない焼き魚、森で採れた各種果実、をそのままパクリと食すだけ。

 料理の偉大さを思い知った星夜は、今後はなるべく自炊しようと意気込みつつ、実はとんでもなくお世話になっていた幻十郎に感謝の念を送る毎日を過ごしていた。


「料理のうまい仲間が欲しいなぁ」


 本音がダダ漏れる星夜。

 鮫との戦闘から二日後、彼は別の魔獣に出会う。今度は貝殻タイプの魔獣、またしても巨大サイズだ。


「(もぐもぐ)……今度は触手タイプの貝魔獣か。でっかいなぁ」


 鮫の肉をかじりながら、狩りとばかりに星夜は剣を抜き取る。

 鮫と違って鈍足そうに見える。実際にトロトロと少しずつ動いていた。貝の癖にこんなに活発的に動いている時点で奇跡だろう。というか、どうやって浮いているんだろうか。

 色々と疑問が湧いてくる星夜だったが、考えても仕方がないので捨て置くことにした。


「動きはトロイな。なら――」


 この程度の魔獣に大きな力は必要ない。


 星夜が虚空に手を伸ばす。目を閉じ、風のみを感じ取っていく。全身で様々な感覚を捉える中、風だけに意識を集中したのだ。風にも気のような感覚が潜んでいるのが分かる。

 その気だけを掌に掴み取り、風を掻き集めた刻印へと形成する。

 約五秒で具現化に成功した。


 通常級の刻印――エアスナイパー


 スティレット形状の短剣が、星夜の手元に生まれる。淡い碧と濃い碧が絡み合ったようなデザイン。風射撃の刻印は、心なしか以前よりも輝きを増している感じを受けた。恐らく最適な構成に持ち込んだからだろう。

 前回よりも強い鳴動を星夜は感じ取っていた。


 一概に風を扱うとは言っても、水面下で様々なエネルギーの影響を受けている。それらを一切排除して、濃密な風の結晶を作り出す。それこそが最高の刻印使いとしての在り方。

 そんなことも知らずにのさばっている刻印保持者が多い中、星夜は修行の成果から独自にその境地に辿り着いた。

 ごちゃまぜの状態の不安定な風ではなく、引き締まった風のみの構成――純度の高い刻印が具現されたのだ。


 ドウンッ


 エアスナイパーの圧縮空気の弾が発射される。

 相手の移動に合わせての弾道の計算は必要ない。動きのノロい魔獣など絶好の的だ。

 重く低い音を奏でながら、碧の短剣から次々と弾が放たれた。


「せやッ、ほいやッ、もっと! もう少し! よし! さいなら~」


 貝魔獣が吹き飛んだところで、更に命中。

 格が違うからなのか、エアスナイパーには七星剣程の威力はない。硬い貝殻相手では、吹き飛ばすだけの能力しかないのだが――

 幸い、鮫肉で食材のストックは沢山ある。今は別に無理に倒す必要はない。要は目の前から消し去れば良いのだ。

 連続でヒットさせ、後方へと追いやっていく。射的の要領で撃ちまくり、そのまま彼方へと吹き飛ばしていった。


 ちなみに後々、この貝魔獣を再び発見、蒸して美味しく頂いたのは余談である。




 さらに数日、ひたすら風に流されて漂っていた星夜に、恐れていた事態が発生した。

 快晴だった空には、いつの間にか雲の膜が出来上がっていた。これは前兆。


「嵐か、ヤバいな」


 海が荒れ狂い、脆いイカダが壊されそうな勢いで揺れている。楽観視していたツケが今来たのだ。

 星夜にできることは只一つだけ。それは前もって考えていた。

 あらゆる問題はその筋の専門家に任せるのが得策。星夜に知的な発想はない。

 その筋の対策は専門家に任せるのが妥当である。つまり水には水、嵐には水の刻印をだ。


 刻印――ブルーガードを発動させる。


 片手でイカダを掴み、もう片方の手を海面に浸けて、星夜は精神を集中させる。

 本来、空気中の水分を集めるのが一般的だが、ここは海の上。最も効率的に、海水から水を蒸留して、それを刻印へと形成する。


「――完成だ」


 発動までおおよそ四秒。理想的なのはコンマ数秒での発動だが、そこまで行くのにはまだ早い。これからも地道な訓練が必要だろう。

 星夜の右手には、蒼く透き通るマインゴーシュ形の短剣。手元を囲むような小型の盾には、複雑な紋章が刻まれている。短剣の全身は、力強さを表すかのようにキラキラと輝いていた。

 ブルーガードも、幻十郎から受け取った時よりも色艶が良かった。武器自体が生き生きと踊っているかのように、何かを訴えている。翻訳するならば「早く暴れさせろーっ」といったところだろうか。形成の仕方によって状態が変わってくるのは確定のようだ。


 さっそく星夜は、ブルーガードで水の結界――球状の水の膜でイカダ全体を覆い、浸水を防ぐ。

 内部は密閉状態なので、空気はエアスナイパーで補給して事なきを得る。刻印さまさまである。


「ぬぉおおおッ、揺れる、廻る、気持ち悪いぃ、うぅえッ」


 海が荒れ狂う。水が空へと舞い上がり、竜巻状の水柱が辺りを漂い始めた。津波が海面を押上げ、ブルーガードの結界を激しく叩く。

 絶望的な状況の中、星夜は水球の中をゴロゴロと廻りながら、ひたすら嵐が過ぎ去るのを待った。




 やがて暗雲が晴れ、雲間から日が差し込み、平穏が戻り始める。

 グッテリと精根尽きた星夜は、無事守りきったイカダの上で、大の字で寝っ転がった。


「あ、嵐は去った、か」


 疲れた……


 星夜はそのまま眠り込んだ。


次回、誰かに出会います。

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