プラネタリウム
初めて小説を書いてみました。よかったら最後まで見てください。
「夜空とプラネタリウムだったらどっちがいい?」
俊介にそう言われて、私は嬉しさ半分、残り半分に寂しいような悲しいような感情を覚えた。
「私は自然な夜空かな。」
とりあえずそう答えた。
俊介の質問は『今日どこ行きたい?』というのを、遠回しに言ったものだった。
高校2年の夏。今日は、付き合ってから半年の記念日。平日なので泊まり掛けで遠出したりは出来ないが、それでも普段とは違う形を創りたいという俊介の精一杯の気遣いだった。
もちろんその想いは嬉しいし、私は夜空のようなロマンチックな雰囲気が大好きだ。
それなのに私は、俊介が記念日に夜空を見に私を誘ったことに関して、寂しいや悲しいといったマイナス的な感情を抱いてしまった。
その理由は自分の中ではっきりとしていた。
俊介が自分を殺しているからだ。
私は夜空を見るなどの、単純だったり、ジッとしているようなことが大好き。映画鑑賞も、読書も、買い物も。
しかし、俊介はそういったものが好きではない。半年付き合って分かったことは、私と俊介の性格が正反対だということだった。
それなのに俊介は自分があまり好きではなくても、私が好きな物や場所などを選ぶ。その、俊介の必要以上の優しさが嫌だった。
私が映画を見て感動した後、俊介は表面上だけで感想を言い、ごまかそうとする。
私が買い物を楽しんだ後、俊介は笑顔の仮面を被って
「次はどこに行く?」
なんて言いだす。
これでは、二人でデートを楽しんでいるのではない。まるで、俊介を私のわがままに付き合わせているようだった。
たとえ俊介がそういう風には思ってなくても、私は毎回そう感じてしまって、それが耐えられなかった。
その点、俊介はズルい。自分の意見は言わず、相手の意見だけにすべてを委ねて、あらゆる状況から逃げていく。
男らしくない、といえば当てはまらないこともないが、男らしいとか女らしいとか、そんな曖昧な基準で俊介を分けたりはしたくないので、私はあえてこう言う事にした。
「俊介はヒトに優しすぎるんだよ」
一週間前に俊介にこの言葉をぶつけてみたときは、
「そうかな」
なんていう適当な言葉で軽くはぐらかされてしまった。
その質問の答えに執着しているわけではないが、たまには彼に引っ張っていってもらいたい。
行き過ぎない程度に、強引に。
「じゃ、9時ごろ、佳奈ん家まで迎えに行くから。」
そう言って俊介は教室を出ていった。後ろを向いたまま手を振ってくれた俊介の背中に、
「じゃあね」
と声を送った。
一緒に帰りたいような気もしたが、それではデートの価値が少し下がってしまうと思ったので、とりあえずは延期。
女の子を一人で帰らせるような無計画さには、むしろ彼らしさのようなものを感じられた。
私が家の前に立ちはじめた2分後に俊介は来た。
「わりぃ、待った?」
なんていうありきたりなセリフに
「全然。今出てきたばっかりだから。」
というお決まりのパターンで返答した。ドラマで見てるときは、もうちょっといい台詞があるんじゃないかと思っていたが、実際、これくらいしかパターンは無いものなのだと解った。
彼が言っている星がよく見える場所は、わりと近くにある河川敷だった。距離はあまりないが、俊介のバイクに乗せてもらうことにした。一つしかないヘルメットを私の頭に被せ、出発した。
速度が上がっていくと、夜風が体に吹きつけて、少し肌寒かった。
それでも、俊介の背中にしがみついて彼の温もりを感じることが出来た。
背中からでも、彼の鼓動が聞こえてくるようだった。こうしてしがみついていれば、何時間黙っていたって平気。
これだけでいい。
私はこうやって俊介の傍に居て俊介を感じていられれば、それだけでいい。
何もない場所でも、暗くて何も見えなくても。
自然なままの俊介とずっと一緒に居たい。なのに俊介は・・・・
「佳奈、着いた。」
もう着いてしまったのか。それが率直な感想。もちろん口にだしたりはしない。声にならない気持ちは、自分だけの言葉となる。でも、口にだすよりずっと、忘れにくい。
ヘルメットをハンドルにかけてから、少し前を歩く彼に追いつく。無造作に生えている雑草が少し邪魔だった。7月にしては少し涼しかったのが嬉しかった。
周りには何もない殺風景な河川敷だが、むしろこの方が見晴らしが良くていい。車の通りもかなり少なく、五感に与えられる情報はわずかなものだった。
「ここらでいっか。」
私は前を向いたまま頷いた。
河川敷は思いの外きれいで、シートは要らないようだったのでそのまま座った。夜風に冷やされた地面は少しひんやりとした。
「寒くない?」
俊介の気遣い。
俊介はわりと細かいところにも気が利く、典型的なA型だった。そういうところも好きだし、また、好きになれないところでもある。後者も、俊介という人間を、より深く知ってきたからこそ生まれた感情。普通のクラスメイトには、抱いたことのない、そして抱くことの出来ないモノだと、私は信じている。
「全然、大丈夫。」
「そっか、よかった。」
俊介はそう言って、後ろに寝転んだ。河川敷の緩やかな傾斜。たぶん20°。私もそこに、続いて寝転ぶ。河川敷に寝転ぶ二人の男女。客観的に観れば、どこかの青春ドラマのワンシーンにでもありそうだ。
目線を夜空へ移し、天体観測を始める。
「・・・・・。」
沈黙。
感想はない。
星が無い。
いや、少ない。
疎らすぎる星を前に、感想が浮かばない。
『綺麗』とか『素敵』のようなセリフは、お世辞にも言えなかった。何か言わなきゃとは思っているのだが、何を言っても失敗する気がする。
ここはおとなしく俊介の言葉を待つべきか。
横目で俊介を盗み見してみると、やはり、退屈そうにあくびをしていた。それでも彼は、それを言葉や行動には出そうとはしない。
そんな俊介を見ると、また悲しくなってきた。
おそらく俊介は、私が今、夜空を鑑賞しているのだと思っているのだろう。だから、一切声も掛けないし、行動も起こさないのだ。
やっぱり俊介は、私のことを何も分かってない。だって、あなたは嫌な印象を与えないように受け身を取ってきただけ。私のことをちっとも分かろうとしない。
知りたくないの?私のことを。
探りたくないの?自分の彼女のことを。
まるであなたはプラネタリウム。この夜空とは、似ててもまったく違う、造り物の世界。
自分の汚点であるぼやけた光を、全く異なる造り物の輝く光で覆い隠しているだけ。まばゆい光をまとったあなたは、他人から見れば、理想的な人物かもしれない。でも、彼女という立場に居る私から見れば、その『理想』のはずの彼が、『空虚』なだけの人形になってしまうのだ。
まるで、私は俊介と付き合っているのではなく、バーチャルゲームのキャラクターと付き合っているようだった。
私はあなたのことが知りたい。
プラネタリウムによって映し出された光ではなく、あなた自身が放つ、あなただけの光。
私を導いてくれるはずのその光は、今まであなたが隠してきた一つの光。
それが、私の前の暗闇を明るく照らしだす、たった一つの光。
あなたが俊介であるかぎり、私はあなたの恋人でありたい。
少しくらい汚れていたって、微かに見える程度の小さな光でもいい。
それが本当のあなただったら、あなたがどんな光でも好きでいることが出来る。
自信だってある。
だって私はあなたの恋人。
「ねぇ、星、全然見えないからさ、どっか連れてってほしい。」
「・・・・そうだな、どこ行きたい?」
「俊介が決めて。」
佳奈の言葉に、俊介が目線を逸らして逃げていく。
しかし、佳奈はその俊介の顔を捕まえ、正面に向き合った。
「・・・決めなさい。」
いつもとは違う佳奈の剣幕に俊介は明らかに動揺していた。そんな俊介を見て、佳奈は小さく笑った。
私はありのままのあなたが見ていたい。
ありのままのあなたと一緒に居たい。
ありのままのあなたがどんな姿でも、今まで以上に好きになれる。
もちろん自信もある。
だって私は、
あなたの恋人。