第9話 体験(テスト)
香月さんとのコラボ配信を宣言してから3日後。
人がいない早朝に、俺は馴染みのある吉祥寺にあるダンジョンへと来ていた。
「今日はよろしくお願いします。野田さん、宮辻さん、木戸さん」
香月さんが深々と頭を下げると、俺たちもそれに合わせて挨拶する。
牧さんは絶賛、執拗に絡んでくる女性ファンの対応中のため欠席だ。
前回の配信でますます人気が出たようで、異常な女性ファンがついてしまったらしい。
早朝から容赦なく家の前に張り付かれ、止むを得ずといった感じだそう。
いくら牧さんといえど、女性相手に強行突破はできなかったらしい。
「それで今日だけど、憂さ晴らしの予行練習ってことでいい?」
「はい……っ!」
俺の問いに香月さんは元気よく答える。
今日は香月さんに憂さ晴らし体験をさせてあげることになっている。
本当は憂さ晴らし配信に出たいと言われたけど、さすがに実力的に疑問が残るし、中途半端な配信では視聴者も満足しない。
そこで本当に憂さ晴らし配信に出ても問題ないか確かめるために、テストがてら憂さ晴らしの体験をしてもらうことになったわけだ。
というわけで、今回は配信なしの完全なプライベート探索だ。
まずは、香月さんが到達している最高層である10階層まで移動する。
ちなみに吉祥寺のダンジョンは都内でも数少ない完全踏破済みダンジョンで、階層は全65階層。
自宅が近い俺はすでに踏破済みで、目的の階層である18階層までは宮辻さんと木戸さんも到達済みだ。
「それで、今日は何をするんですか?」
探索を始めてすぐ、香月さんが可愛らしくおねだりしてくるが、俺は胸の前でバツ印を作る。
「それはついてからのお楽しみ」
「え~、教えてくださいよ」
よほど気になるのか、宮辻さんと木戸さんにも視線を向ける香月さん。
そんな彼女に宮辻さんが答える。
「香月さん。これは聞かない方がいいわ」
「どうしてですか?」
「聞いたら帰りたくなるだろうから」
「……へ?」
宮辻さん、それは言わない約束ですよ?
俺が宮辻さんに視線を向けると、同じことを思ったのであろう木戸さんが宮辻さんに告げる。
「真己乃ちゃん。それ以上はおじさん、良くないと思うな」
「ふふ、確かにそうね」
「あ、あの。野田さん……?」
こんな風にはぐらかされては、当然気になるというものだ。
だが、宮辻さんの言う通り知ってしまっては本当に香月さんが帰りたいと言い出しかねないため、苦渋の決断を下す。
「さて、皆少しペースを上げようか」
「えっ、ちょっと皆さん……っ!」
情報の秘匿とテストの一環もかねて、香月さんが付いてこれるギリギリのスピードで移動を始める。
すぐに音を上げるかと思ったが、意外としっかりついてくる。やはり実力は相応のものを持っているようだ。
おかげでペースを落とすことなく、目的地の18階層に到着できた。
「ここが目的地ですか……」
香月さんが不思議そうに首をかしげる。
18階層は入り組んだ地形の多い他の階層の中でも、かなり視界が開けている階層で、全体にサバンナのような平原が広がっている。
「香月さん。この階層の異名って知ってる?」
「異名ですか……?」
実はこの18階層には特別な呼び名がある。
「猪の楽園って言うんだ」
「ボアってことは、猪……ですか?」
それがどうしたのかと、そんな表情を香月さんが見せる。
確かに猪の魔物自体は珍しくない。
このダンジョンの他階層でも出てきたし、何なら道中でウォーミングアップがてら戦闘もした。
大事なのは楽園というワード。
このフロアは猪にとって突進衝動を満たせるこれ以上ない地形をしているのだ。
そして、その地形を生かした遊びを、以前俺たちは行っていた。
「これから香月さんには猪に乗ってレースをしてもらいます」
「レース……猪で、えええ……っ!」
期待通り驚いてくれたところで、早速始めるとしますか。
※※※
ALLの活動は基本的に年中行われていたが、ライブ前のような活発な時期とそうでない時期は当然ある。
比較的落ち着いた時期では、メンバーの交流もかねて色々ダンジョンで遊んでいた。
そのうちの一つがボアレースだ。
「いいわよ虎介。その調子……っ!」
「宮辻さん、もう少しスピード落としてください……っ!」
翡翠色の瞳に虎柄の猪、タイガーボアにまたがった宮辻さんが楽しむ一方で、彼女の前に座った香月さんが悲鳴を上げる。
いきなりレースをしてもあれなので、まずは試しに試走してもらっている。
俺は悲鳴を上げる香月さんに告げる。
「香月さん。そんなんじゃ憂さ晴らし配信に出るなんてできませんよ~」
「そ、そんなこと言われても~!」
まあ、香月さんとしては完全に面食らった形なので仕方ない。
基本的に魔物は狩るものであって駆るものではない。
それに俺たち幹部でなくても、これに関してはALLの上位層が皆こぞってやっていたことだ。
厳しい話だが、これくらいで音を上げていては話にならないのもまた事実だった。
「ふう、楽しかった。どう、香月さん?」
「ちょ、ちょっと休憩お願います……」
試走を終えた二人が正反対の反応を見せる。
さすがに疲れた香月さんに無理をさせるわけにはいかないので、彼女にはいったん宮辻さんと一緒に休憩してもらうことに。
その間、俺と木戸さんは相棒を探し始める。
俺が見つけたのは、黒のつぶらな瞳を持ったオーソドックスな茶色の猪。
普通に大人の猪と大きさが同じではあるが、そのチャーミングな雰囲気からウリ何某と名付ける。
続いて木戸さんも相棒を見つけたようで、こちらは青い瞳を持った白と黒の縦模様が交互に入ったシマウマ柄の猪、ゼブラボア。
木戸さんはシンプルにゼブラと呼んでいた。
ちなみに猪だが、力づくで持ち上げ地面に足をつかせないようにしている。
「それじゃ、相棒も見つかったことだしそろそろ始めましょうか……っ!」
「よし、やるわよ!」
「おじさん。頑張っちゃう!」
「うう……どうしてこんなことに……」
俺の呼びかけに宮辻さんと木戸さんが盛り上がる中、香月さんの表情が絶望に染まる。
少し可哀そうな気はするが、きっと最後には楽しかったといってくれるだろう……多分。
こうして、ボアレースの幕は上がるのだった。




