第28話 破れない約束
途中で昼休憩を挟みながらも、俺と里香のダンジョン攻略は結局夕方になるまで続いた。
「115階層ですか……」
今日の成果に対して、里香が頬を膨らませる。
「不服そうだな」
「だって、雅人さんは半日で120階層まで行ったじゃないですか」
「それはあれだ。聖剣(仮)もあったしな」
俺も以前の武器なら里香と攻略ペースは大して変わらなかっただろう。
しかし、それでも里香は納得がいっていない様子だ。
普通に里香の実力は異常なんだけどな……
どうフォローしようか考えていると、里香が平然と腕を組んでくる。
ダンジョンで動きまくったにも関わらず、柑橘系の香りが漂ってきてヤバい。
「その、里香――」
「外に出るまでなので、我慢してください」
「……」
そう言われると、ダメとは言い難い。
頑張って理性を保ちながら、里香と一緒にダンジョンを出る。
すると、外が異常に騒々しくなっていた。
まさか、俺たちが一緒にいるのがバレたのではと危惧したが、どうやらそれは違うようだ。
「どうしたんでしょうか」
「さあ……って、あれは――」
騒ぎの中心と思われる人だかりを見つける。
またアイラたちかと思ってその中心を見ると、いたのは瀬ノ内アキラ一人だけ。
しかも、表情を酷く青ざめさせていた。
嫌な予感がする――
「雅人さん?」
俺はウィックを外すと、すぐに瀬ノ内アキラの下へ移動する。
「瀬ノ内さん、どうしたんですか?」
「――っ、野田さん……っ!?」
「うぉ……っ」
俺の顔を見た途端、瀬ノ内アキラが足元にしがみついてくる。
いつも冷静な彼とは思えない動揺ぶりに、深刻な状況であることを察する。
「何があったんですか?」
「アイラが、アイラが……っ、転送罠に」
「えっ……」
転送罠。
俺と里香が引っ掛かった時、最近増えていると聞いた記憶がよみがえる。
「場所は分かりますか?」
「分からない。ただ、撮影カメラを持たせままだったから景色だけは」
「見せてももらっても」
アイラの配信が映っているスマホの画面を見せられる。
「これは……」
瀬ノ内アキラが分からないと言った時点で、高階層なのは分かっていた。
しかし、これはかなりマズい。
「これは150階層です」
「えっ……」
つい最近、攻略したから間違いない。
俺から告げられた事実に、瀬ノ内アキラの表情が絶望に染まる。
150階層。フロアボスは討伐されているものの、ほぼ最前線といっていい階層。
冒険者になって日が浅いアイラにとって、死地と言って過言ではない。
「ど、どうすれば……」
「俺が行きます」
他のSランク探索者たちに要請をかけるとしても、駆け付けるのには時間がかかる。
人数を揃えての救出だと、間に合わない可能性が高い。
幸い、今の俺には聖剣(仮)がある。
何事もなければ、アイラ一人をゲートまで護衛できるはずだ。
「い、いいんですか?」
「はい。だから心配しな――」
「雅人さん……っ!」
瀬ノ内アキラを安心させようとしたところで、血相を変えた里香がこちらに駆け寄って来る。
きっと、アイラのことを聞いたのだろう。
「里香。俺が行くから安心――」
「そうじゃありません! 紫冥将が!」
「――っ」
里香が俺に見せてきたスマホの画面。
そこにはアイラが自分の位置を伝えるための配信が映っている。
そしてその配信に、紫色の鎧に身を包んだ剣士の姿があった。
すぐに行かなくては――
気づいた時には、足が勝手に動きだしていた。
「里香、離してくれ」
里香が俺の腕を両腕で抱きしめる。
「嫌です。絶対に離しません」
「里香」
「嫌です……っ!」
瞳に薄っすら涙を浮かべて、里香は続ける。
「お姉ちゃん、雅人さんたちを裏切ったんですよ! なのに」
「そんなこと言うもんじゃない。アイラは里香のお姉さんだろ?」
「分かってます。でも――」
俺に縋るようにもたれかかりながら、里香は小さく零す。
「これでもし、雅人さんまで失ったら、私は……っ」
そのまま泣き崩れそうになる里香の身体をそっと支え、俺は優しく抱きしめる。
「俺はアイラに救われて、今ここにいるんだ」
「雅人、さん……?」
自分でも不思議だった。
アイラが危ないと聞いて、どうしてすぐに足が動いたのか。
あれだけ推して裏切られるように突然引退されれば、助けるかどうか迷うのが当然だ。
だが、俺は迷わなかった。
決してただの正義感によるものではない。
「俺は、アイラに感謝してるんだ」
あの日、もしアイラの曲に出会わなければ、俺は今頃、平凡な大学生として生きていただろう。
そうなれば当然、探索者になることもなかったし、ALLにも入らなかった。
そして何より、こうして里香と会うこともできなかった。
アイラは俺に、本当に沢山のものをくれたんだ。
対して俺は、まだアイラに何も返せていない。
「だから、恩を返したいんだ」
必ず命がけの戦いになる。
だが、アイラがくれたものは十分それに値する。
「約束、してください」
「約束?」
「絶対、生きて帰るって」
「ああ、分かった」
「それで、私の恋人になってください」
「ああ、分かった……って」
さすがにそれはと、冷静になりかけたところで、里香が俺の右頬にそっと口づけする。
「り、里香……?」
「言質、取りましたから」
「――っ」
「絶対、約束守ってください」
耳元でそう囁くと、里香は俺に背中を向ける。
「行ってください!」
「――ありがとう、里香」
絶対に破れない約束を交わして、俺は走り出した。




