第23話 二人の夜
どうして、こうなった……
今まで体験したことがない程、心臓がバクバクと音を鳴らす中、俺は隣で腕を掴む里香を見る。
一応いっておくが、俺たちはそういう関係ではない。きちんと着るものは着て、履くものは履いている。
ただ、それでも色々と思わずにはいられないというのが、経験乏しき男というものだ。
本当に、どうしてこうなった――
紫冥将から何とか逃げ切った俺は意識を失い、配信を見て駆けつけてくれた新宿支部の人たちに連れられ、近くの病院に搬送された。
幸い意識は回復し、諸々の検査の結果、骨折といった重度の怪我はなく、腕の筋組織がそれなりに損傷しただけで済んだ。
しばらく強烈な筋肉痛が来るらしいが、あの状況でその程度の損傷なら幸運といえるだろう。
問題は、精密検査の時以外、ずっと俺の腕を掴んで離さない里香だった。
「里香、そろそろ帰るから」
「……」
病院を出て、里香に離れるよう促すが、返事は返ってこない。
同じように何度か離れるように促したが、見ての通り一向に離す気配がなく、加えて黙りっぱなしだった。
色々と里香に心配をかけてしまったし、それで怒るのも無理はない話だと思うが、さすがにこのままは良くない。
検査の結果、軽症であると分かった以上、病院に長いする理由はないし、先の戦闘で疲労も溜まっている。
疲れているという意味では、里香の方だってそうだ。彼女にもすぐに休息を取ってもらいたい。
「里香」
「……嫌です」
ようやく口を聞いてくれたと思ったらこれだ。
全く、どうすればいんだ。
「今日は、ずっと一緒にいたいです」
「えっ――」
「雅人さんの近くに、いたいです」
「……っ」
俺の思考を見透かしているかのように、里香が望みを伝えてくる。
これは、そ、そういうことなのか?
いや待て。勘違いするな。
俺と同じように、里香だって命の危機にさらされて、怖かったんだ。
誰かと一緒にいたいと思うのは自然だし、それが同じ恐怖を共有できる俺なら猶更だ。
ずっと一緒にというのは無理だが、もう少しだけ一緒にいてあげよう。
「分かった。とりあえず家まで送っていくよ」
「雅人さんの家が、いい」
「……」
んんんんん……っ!
思わず眉間に皺を寄せる。
「里香、言ってることの意味、分かってる?」
「分かってます。雅人さんが望むなら、抱いたって――」
「わ、分かった。分かったからそれ以上は言わなくていい」
もちろん、手を出す気など全くない。
ムードに負けて初体験なんて、俺は絶対に嫌だからな!
強がることで誤魔化してみるが、現実問題、これは本当に困った。
ここまで覚悟を決めているとなると、拒絶することは難しい。
ここは、俺も覚悟を決めるしかない。
「分かった。でも絶対に手は出さないからな」
「――」
頼むから何か言ってくれ……っ!
――と、そんな感じで今に至る訳なのだが……
「里香。さすがに同じベットの上は」
「嫌です。一緒がいいです」
「……」
ベットは一つしかないのでソファーで眠ろうとしたところ、強引にここまで引きずり込まれた。
狭いシングルベットの上で、里香に腕を両手で抱きしめれて拘束された状態だ。
これは、色々とヤバい……
仄かな体温に、俺と同じシャンプーの香り。
極めつけは、決して小さくない胸の谷間が腕を挟む感触。
男としての本能を抑えるのにも限界がある。
限界を突破してしまう前に、里香に告げる。
「里香。手を繋ぐだけで許してくれ」
「……」
「鎮痛剤が切れてきてな、少し痛い」
「あっ……」
まだ効果が切れる時間ではないが、こうでも言わないと離してくれそうもない。
少し申し訳ないとは思うが、ここは俺の名誉を守るためと思って許して欲しい。
里香は小さく謝ってから腕の拘束を解くと、二人で仰向けになって並び手を握る。
入浴後の余熱が残っているのか、小さいながらも里香の手はまだ温かい。
その暖かさに安心感を覚えていると、先に里香が口を開く。
「雅人さん。私が今日は離れたくないって言った理由、ちゃんと分かってますか?」
「何となくは……」
命の危険に晒されて怖かったから、同じ思いをした俺と一緒にいたい的なやつだろ……多分。
「私、本当に怖かったんです……」
ほら、やっぱり――
「私が一緒についてきたせいで、雅人さんを危険に晒してしまって……万が一のことが雅人さんにあったら、私どうしたらって……」
あ、あれ……?
「だから、私なんかであれですけど、良かったらって、それくらしか返せないですから……」
「お、おう……」
つまり、里香は自分のせいで俺が危ない目にあって、不安だった。
そして、その罪滅ぼしのために抱かれてもいいと言ったと……
改めて、手を出さなくて良かったと思う。
償い的な感じで経験したって、いい思い出になりはしない。
むしろ、今度はこっちが罪悪感に苛まれるところだった。
「雅人さん。やっぱり……」
「悪い。分かってなかった」
「なら、改めてどうですか?」
「改めってって……?」
「私のこと、抱きますか?」
そう言って里香は俺の方へ顔を向けてくる。
反射的に俺も顔を向けると、頬を朱に染めた里香の潤んだ瞳と目が合う。
据え膳食わぬは男の恥というが、ここは恥をかいても自分の意思を貫かせてもらおう。
「遠慮しておきます」
「私、魅力ないですか?」
「いや、そんなことはない」
「じゃあ何でですか? やっぱり、私にそういう経験がないからですか?」
「えっ、そ、それは――」
待ってくれ、里香って処女なのか――
「やっぱり、そうなんですね」
「いや、そういうわけじゃないから!」
「じゃあ、お姉ちゃんみたいな子の方が」
「――」
「そこはすぐに違うって否定してくださいよ!」
パチンと、やさしく頬を叩かれる。
これで変な雰囲気が終わってくれるなら、安いものだ。
それからしばらく間、里香に恥をかかせたことに対する文句を言い続けられ、それが落ち着くと、里香がそっと俺の胸に頭を預ける。
「雅人さん。これからどうするんですか?」
「どうするって?」
「ダンジョン。また行くんですか?」
不安そうな瞳で見つめられ、俺はこの先のことを考える。
「しばらくは行かないだろうな」
今日あんなことがあったのだ。
普通に行きたいとは思わないし、今はお金もあるので、金銭的な面でも行く理由がない。
加えて、今日の戦闘で愛剣が木端微塵になってしまった。
新しい相棒が見つかるまでは、そもそもダンジョンに入ることはできない。
「なら、また私と一緒に出掛けましょ。今度は泊りで温泉とか」
「あの、そろそろ俺、本当に勘違いするよ?」
「勘違いしてくれていいですよ?」
「……」
どうやら俺はまだ夢から覚めていないらしい。
「現実ですよ?」
「本当だ」
頬をつねられると、普通に痛かった。
「私、雅人さんが望めば、いつでもOKですからね?」
何をとは、あえて聞かず、俺はそっと里香を抱き寄せてから、徐々に強まりつつあった眠気に従うのだった。
そして翌朝――
「雅人さん。これ――」
「マジか――」
配信の一部に入ってしまっていたのだろう。
紫冥将との戦闘を終え、里香が俺に抱き着いている画像がネットニュースの一面に大々的に表示されていた。
「吊り橋効果的な感じで、許してくれないかな」
特にりかファンの追撃が怖い。
そんな思いで呟くと、里香に思い切り頬をつねられるのだった。




