第13話 緊急配信
人生初のダンジョンデートを楽しめると思ったんだけどな……
「野田さん、本当にすみません。私がもう少し付き合って欲しい何て言わなければ」
「いや、別に香月さんは悪くないよ。こればっかりは仕方ない」
香月さんの頼みを聞く形で、俺たちは池袋のダンジョンの60階層を目指して攻略を再開した。
しかし、今いるのはスタートした55階層から60階層のいずれでもない。
「野田さん、今いる階層について見覚えとかありますか?」
薄い雨雲に包まれた空に、周囲一面に広がる岩山の数々。
そんな光景を見ながら、俺は記憶の中から答える。
「確か、90階層だったかな」
「90階層……っ」
探索者協会のアプリを開いてみると、記憶通り90階層と表示されている。
池袋のダンジョンは依然として攻略が終わっていない大規模ダンジョンの一つで、現状105階層まで踏破されている。
そんなダンジョンの高階層に俺たちはいた。
ダンジョンには、極稀に転送罠と呼ばれる罠が発動することがある。
転送罠にはまってしまうと、必ず引っ掛かった階層よりも高階層へと転移させられるのだ。
そして、俺たちは56階層攻略中にその転送罠にかかり、こうして高階層へと飛ばされてきたという訳だ。
俺は高階層と聞いて不安そうにしている香月さんに笑いかける。
「まあ、俺は既に踏破済みだから、安心してくれ」
「野田さん……」
池袋のダンジョンはALLのメインの活動場所だったということもあり、101階層までは踏破している。
今いる階層はAランク相当の危険度ではあるが、香月さん一人を守りながら進むことくらいは容易い話だ。
ただ、そうは言っても香月さんにとっては不安でしかないだろう。
俺は気を紛らわせるために、カバンの中からあるものを取り出す。
「香月さん。せっかくだから配信しない?」
「えっ……?」
俺が取り出したのは、額に巻き付けることができる一人称カメラ。
以前、水戸のダンジョンで使った時のもので、機材トラブルに備えて持ってきておいたのだ。
「これで今から俺が憂さ晴らし配信するからさ。それにゲストで出るって形でどうかな?」
「どうかなって、言われても……」
唐突な話で少し混乱しているみたいだ。
まあ、転送罠で高階層に転移しただけではなく、いきりなり配信しようと言われればこうなって当然だ。
そこで俺は、さらに安心させるように告げる。
「正直にいうけど、今の香月さんなら90階層なんて余裕だと思うよ」
「本当ですか……?」
不安そうな香月さんに、俺は自信を持って頷いて見せる。
実際、今の香月さんのランクはAと言っても過言ではない。
90階層くらいの攻略なら、俺の足を引っ張ることにはならないはずだ。
「そういうことでしたら、是非お願いします」
「そうこなくっちゃ」
若干不安さは残っているが、香月さんは了承してくれた。
俺は早速機材の準備を進め、配信を始める。
「皆さん、こんにちは。野田です、聞こえますか~?」
数分前に緊急配信の告知を出したのにもかかわらず、既に同時接続は1000を超えている。
俺の問いかけに早速答えが返ってくる。
一般人:何か野田の配信が急に始まったw
元メンバー:聞こえてるよ、学生リーダー
音声も問題なく届いているということで、俺は状況を軽く説明する。
無論、ダンジョンデートという点は上手いこと隠してだが。
「という訳で、今回はここにいる香月さんを無事に90階層から脱出させるための配信で~す」
香月さんの方を向いて、彼女の不安そうな姿を配信に出す。
一般人:本当に香月りかだ
元メンバー:転送罠とは気の毒な
一般人:↑本当それ
りかファン:雅人、りかちゃんを頼んだ!
りかファン:雅人、お前だけが頼りだ!
一般人:↑りかファンからのなぞの人気w
どうやら配信の内容が広がっているらしく、先ほど配信を見に来ると約束したりかファンたちの姿も見られる。
「それじゃ、目的も話したことだし、憂さ晴らし配信始めま~す」
一般人:憂さ晴らしではないだろこれw
りかファン:↑りかちゃんの願いが叶うなら細かいことは気にしない
りかファン:↑上に同じ
一般人:りかファンがそういうなら文句なし
りかファンのコメントで気づいたけど、こんな形で目標を達成する何て良かったんだろうかと今さら思うが、本人も問題ないと言ってくれているので良しとしよう。
「それじゃ、香月さん。行こうか」
「は、はい……っ!」
一般人:これダンジョンデートでは?
りかファン:違うよな、野田?
元メンバー:さすがにこれはノーカン
元メンバーの言う通り、今回はノーカンでお願いします(涙)。
※※※
ポータルを使用するためには、前の階層のゲートを通る必要がある。
踏破済みの俺はポータルを使えるが香月さんは使えない状況では、必然的にこの階層のゲートを通り91階層のポータルを使用して地上に戻ることになる。
「お疲れ様、香月さん。俺の言った通りだったでしょ?」
「はい……っ、でも少し疲れました……っ」
サソリの魔物(Aランク)を一人で倒した香月さんが、その場に腰を下ろす。
疲れを見せる香月さんとは反対に、コメント欄は大盛り上がりだ。
一般人:香月りか、普通に強いな
元メンバー:幹部がしごいただけはある
りかファン:ALL幹部にはマジ感謝
りかファン:↑同じく
一般人:これでまだCランクなの?
元メンバー:これが終われば即昇格だな
「香月さん。少し休憩する?」
「いえ、大丈夫です。進みましょう!」
「分かった。休憩が必要になったらすぐに言って」
「はい!」
改めて香月さんにお疲れ様と言ってから、俺たちは攻略を再開する。
そして、あと少しでゲートまでたどり着けるといった時だった。
「野田さん。あれ……」
「今日、俺たち相当持ってるな」
初回配信で倒した炎竜より一回り大きい竜が、俺たちの前に立ちふさがる。
鱗は炎竜と同じく赤いが、瞳の色は青ではなく紫。
「ここで炎竜王か……」
炎竜王――その名の通り炎竜の王であり、Sランクの魔物だ。
初回配信の最後に倒した氷竜よりも強さとしては上だろう。
一般人:炎竜王ってマジ?
一般人:野田、大丈夫なの?
元メンバー:さすがに分からん
りかファン:雅人、大丈夫と言ってくれ!
結論からいえば、俺一人でも何とかはなる。
だが、無傷でと言われれば無理だ。
加えて今回は香月さんを守りながらの戦闘になる。
そうなると、少しばかり分が悪い。
さて、どうしたものかな。
「野田さん。いいですか?」
「どうしたの?」
「私、戦ってみたいです」
「そうか、って、えっ……?」
香月さんの言葉に俺は自分の耳を疑う。
一般人:香月りか、大丈夫か?
一般人:さすがに無理だって
りかファン:これは俺も同意
りかファン:りかちゃんは隠れてて
元メンバー:↑それが得策
コメント欄の言う通り、香月さんにはさすがに荷が重い。
「香月さん。今回は――」
「ここで逃げたら、追い付けないままだから」
「香月、さん……?」
香月さんの雰囲気が変わった。
人生の大きな分岐点に立たされているような、そんな真剣さが感じられる。
これは断ったところで、絶対にうんと言ってはくれないだろう。
それに、勝率を上げるという点なら、香月さんに参戦してもらった方が良いのは確かだ。
ただ、そうはいってもせめて理由くらいは……
「理由は後日、絶対にお話しします。ですから、お願いします」
「――分かった。だけど、足を引っ張ると思ったらすぐに逃げるよう指示するから、それは守って欲しい」
「ありがとうございます……っ!」
「それじゃ、行こうか」
一般人:おいおいマジかよ
りかファン:雅人、信じていいんだよな?
元メンバー:こうなった以上は、信じて待つしかない
元メンバー:頼んだぞ、学生リーダー
視聴者に背中を押されながら、俺は炎竜王に向かって先陣を切るのだった。




