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第一章9 王都ラグナメイア

 私はラークんと離れ、王都ラグナメイアの正門付近にたる森へと転移した。セルシアと正体を明かすわけにはいかないため、遠回りになってしまうが森の中から王都へと入ることを決めていた。


 しばらく歩き、王都ラグナメイアの巨大な白石造りな大門をくぐった瞬間、胸の奥がふっと軽くなる。

 ——やはり、この街は特別だ。私の生まれ育った故郷であるからな。

 王都の象徴である蒼銀色の塔が陽光を反射し、無数の魔導路が大通りを走り、空には配送用の浮遊台車がゆっくりと流れている。


 うぅ……、離れてすぐにもう寂しいなんて……私はどれだけラークんに弱いんだ。


 頬を叩き自分に活を入れた。今日は“姉”としてここへ来たのだ。


「ええと、魔導書店と、ついでに……ラークんが喜びそうなものがあればいくつか買って帰ろうかな」


 つい独り言が漏れる。


 大通りを歩けば、香ばしい焼きパンの香りや、甘い菓子屋の匂いが風に乗って流れてくる。

 あれも好きそう、これも食べさせたい……と考えている自分がいる。……だめだ。母親みたいだ……いや、姉だからいいのか?


 自分の頭の中が忙しい。


 ラグナメイアの中心街は活気に満ちている。

 魔導書専門店、魔杖工房、魔法教導学院の若い魔法使いたちが行き交う広場。

 脳裏には、ラークんが初めて外の世界を見たらどんな顔をするのか、そんな光景ばかり浮かんでくる。


 ラークんと一緒に来られたらどれだけ楽しいんだろうか。やはり連れてきたかった。

 だがすぐに、父上の言葉が脳をよぎった。


 ——お前が責任を持ってラークを保護せよ。


 セルシアは無意識に胸元のペンダントを握る。王族が有事に使う魔力同調の護符だ。


「……父上が私にこのことを一任させた以上、いっときの迷いで危険に晒すなど言語道断。この判断で正しかったはずだ」


 そう呟いたとき、視界の端に一つの光景が目に入った。


 城下の掲示板に、新しい通達の札が張られている。淡い青光を放つ札は魔法庁が発布する“警戒情報”だ。


『最近、王都周辺で不審人物の目撃情報が複数寄せられています。魔力測定では“異質性”が確認され、正体は未確定。一般市民は単独行動を避け、夜間の外出は控えるように』


 胸がざわりと揺れた。


 異質性……?まさか、ラークんのことではないな?


 誰にも聞こえないように小さく息を呑む。だが、すぐに頭を振った。


 落ち着け、セルシア。ラークんは別荘にいる。森は魔物の巣窟だ。誰も近寄らないはず。玄朧影も巡回している。大丈夫……大丈夫なはずだ。


 自分に言い聞かせるように深呼吸した。


「さて……魔導書店に行こう。それから、ラークんの好きそうなものを——」


 言いかけたとき。ふと、胸の奥がひやりと冷えた。


 ……なぜだろう。


 とても小さな違和感が、心のどこかに引っかかった。


 ……嫌な予感、か?いや、気のせいだろう。


 セルシアは気持ちを切り替え、小さく息を整えてから歩き出した。

 まず向かうのは、魔法教導学院の協力店──『フォルメル魔導商会』。魔法理論の教科書から初級魔導書、子ども向け魔力制御の訓練具まで揃う専門店だ。


 店に入ると、魔道具特有の静電気のような空気が鼻をくすぐる。


 「いらっしゃいませ……あ、あの……?」


 店員の青年が、私の姿を見て一瞬固まる。


「……っ、決して怪しくない。大丈夫な者だ!」


「は、はぁ……」


 店員が混乱していた。やはりラークんの言った通り不審者に見えるのだろう。だが私はこの人にどう思われていようが心底どうでもいいのでそのまま店内を見て回った。


 どれがラークんに適切なのだろうか。私が決めかねていると先ほどの店員から声をかけられた。


「えと、何かお探しでしょうか?」


「ああ。初級魔導学、魔力制御系の書籍をいくつか。それと……子供向けの魔力練習具はあるだろうか?」


「子ども向け、ですか。年齢は──?」


「……十三歳前後だ。細身で、魔力量は高めだが制御は未熟だ」


「ああ、なるほど。でしたらこちらが良いかと」


 青年は軽く手を動かし、棚から数冊、多属性向けの基礎魔導書を引き寄せる。

 さらに棚の下段から、丸い透明球の魔力練習具──“マナ ・クリスタル”を取り出した。


「この水晶の内部で魔力を燃焼させ、色で制御の安定度がわかります。青は安定、赤は暴走気味、黄色は過集中状態ですね」


「なるほど……使いやすそうだな。これを一つ頼む」


 私は必要な物を次々と選び、店員のメモに記されていく。

 普段なら私ではなくメイドがやる仕事だが、こうして自分で選ぶのも悪くない。

 ラークん、喜ぶだろうか……いや、絶対に喜んでくれるはずだ。

 喜ぶ姿を妄想し、勝手に胸が自然とほころんだ。


「お会計はこちらになります──」


 店員が言いかけた瞬間。


ガチャァン!


 店の奥でガラスの割れる音が響いた。


「なに……?」


 店員は青ざめる。


「この店にも……っ、最近多いらしいんですよ……盗人が……!」


 盗人──最近王都で増えているのか。なるほど、私が最初に警戒されていたのはこれだったのか。


 私は盗人のいる方角の通路を見やった。

 数人の男たちが顔バレしないためか、仮面姿で棚を荒らしている。


 ……これは、まずいか。……店を放ってはおけないだろう。王都の商人は国を支えてくれている人々だ。


 私はフードの奥で目を細めた。


 ……仕方がないな。少しだけだ。ほんの、少しだけ手を貸すとしよう。民衆の前で王族の力は使えんが、生憎私は剣術の方が得意なのでね。


 私はローブの裾をひるがえし、店の奥へと歩いた。盗人たちはまだ私には気づいていないようだ。


 盗人の癖に気配に甘いとはな。向いていないことを何故してしまうのだろうか。このレベルの奴らなら堂々として出ていっても構わないだろう。


 私はズカズカと好き勝手に魔道具などを袋に詰め込もうとしているところへ出ていった。


「……おい……そこで何をしてるんだ?」


 私が話しかけるとそいつらはビクビクした様子でこちらの動きを伺っていた。


「な、なんだお前は⁉︎」


「おい、刺激するのやめろよバカ……!妙に雰囲気あるぞ……あれ……やばいタイプだ……!」


 盗人たちがざわつく。


 ……ラークんが言っていた、“不審者”のように見えると。だが今はそのほうが都合がいいようだ。

 私は静かに片手でレイピアの柄を握り、抜刀する手前で忠告をした。


「この店で悪さをするなら、相応の覚悟をしてもらうぞ」


 声を低くした瞬間、魔力がそっと空気に滲む。店員は息を呑み、その様子を伺った。


「な、なんだ……この圧……!」


 盗人の一人が叫ぶ。この星では記憶格子の影響か、魔力の強い人間が凄むと、周りの空気がピリピリとわかりやすく圧を感じるようになっている。

 これは強者が為せる業だ。


 盗人達は後退りをした。


「ちっ……分が悪い!逃げるぞ!!」


「あ、ああ!!他の店で我慢してやんよ!」


 彼らは慌てふためきながらこの店を出て行こうとした。私はその様子にため息を吐き呆れた。


「……はぁ、哀れだな。お前達は動き出すのが百歩遅かったようだ」


 威圧だけで済まそうと思ったが、他の店でも悪事を働くと耳にし、そんな悪人をみすみす逃すほど私は愚かではなかった。


 私は足に魔力を溜め、地面を蹴り上げ空気を切り裂いた。すぐに盗人達へと追いつき、首裏を的確にレイピアの刃のないところで叩きのめして気絶をさせた。


「……トロい」


「た、助かりました……!ありがとうございます!」


 店員が深々とお辞儀をし、礼を伝えてくる。感謝をされるのは嬉しいが、王族として当然のことをしただけだ。

 私は先ほど買おうとしていた商品を会計カウンターへと持っていった。


「いや、気にするな。そんなことより、会計を頼む」


「い、いえ!今回そちらの商品はお礼と言うことで、タダで差し上げさせていただきます!!」


「む、そうか。ならそうさせて貰おう。後始末の方は頼んだぞ」


 私は淡々と商品を受け取り、店を後にした。



◇◆◇◆◇



 良くあの度胸で盗みを働けるものだ。私は怒りというよりも呆れが勝った。


 しかしこのような者が居ては、まだうまく魔法も使えないラークんを街に出すのは危険だとはっきりした。連れてきていたら怖い思いをさせていたかもしれないと思うと私は連れて行かなくてよかったとホッとした。

 

 さて、買わなければいけない物は買ったが……ラークんとここへ来る際どこに行くか下見をしなければな。ラークんにとってはここに来て初めての街なのだ。完璧なエスコートをし、最大限楽しんでもらわないといけない。


 しかし私とバレて、ラークんが公に注目を浴びるわけにはいかない。ラークんが私の名前をセルシア姉さんと呼んでいる課題もなんとかしなくてはいけない。


 だからお姉ちゃん呼びをして欲しかった、と後付けもできる。なんて完璧な問題解決なんだ。

 我ながら天才だと自分で自分を褒め称えた。

 よし、帰ったら早速"お姉ちゃん"呼び特訓を始めさせよう。うむ、それがいい。


 王都ラグナメイアは昼に近づくほど活気を増していく。

 大通りはいつの間にか人で賑わい、魔導車や浮遊輸送台車が空をゆっくり縫うように飛び、地上には魔法学院の制服を着た学生たちが笑いながら行き交っていた。


 ……にぎやかだな。ラークん、こういうの好きそうだ。


 自然と想像してしまう。初めて来る王都の景色にキョロキョロして、手を離したらすぐ迷いそうな、そんな姿が簡単に浮かぶ。


 ……ああ、だめだ。今の想像だけで頬が緩む。


 私はさりげなくフードの奥で口元を押さえた。

 変装している身でこれ以上ニヤニヤしていたら、確実に怪しまれる。変質者として治安魔導局に捕まってしまうだろう。私は一度深呼吸をして心を落ち着かせた。


 ……昼食でも食べよう。


 思い立った私は大通りを進むと、屋台が並ぶ賑やかな通りに入った。

 串焼きの香り、甘いタルトの匂い、炭酸飲料のポップな音。


「……これはラークん、全部好きだろうな」


 思わず呟く。

 一緒に歩けばきっと「これ何?」「あれ食べたい!」と無邪気に言うだろう。


 その光景を想像するだけで胸がじんわりと温かくなる。

 まるで自分の弟が初めて遠足に行くのを見守るような……いや、もしかしたらそれよりずっと特別な気持ちだ。

 昼食がてら、味の確認ということでここの串焼きを買うとしよう。


「すみません、ここのこれと、……あれと、それと……」



◇◆◇◆◇



 私は串焼きを頬張りながら、次に向かったのは王都でも有名な魔杖工房の並ぶ通りだ。

 槌音が響き、職人の怒号と火花の匂いが入り混じる。

 ラークんのための杖も、いずれはここで誂えてやりたい。

 でもまだ早いな……まずは基礎の基礎。それができてからだ。だが、ここでどんな杖にしようかと一緒に選ぶのもまた一興だな。よし、ここにもラークんを連れてくるとしよう。

 そう決めてから私はそのまま通りを外れた。


「しかしこの串焼き美味しいな。二十本買って正解だった」


 口をずっとモゴモゴとさせながら王都を練り歩いた。


 ──気づけば、私は自然とラークんのことばかり考えていた。


 それは仕方がないだろう。ラークんと来た時の下見に来たのだ。どの店を見ても「ラークんは好きだろうか」「食べるだろうか」「欲しがるだろうか」と、そんなことばかり考えてしまうのも無理もないだろう。

 ……しかし、これが姉ってものなのだろうか。


 胸がきゅうっと切なくなる。

 離れてまだ半日しか経っていないのに、もう会いたいと感じてしまう。私にも姉上がいるのだが、ここまで会いたい衝動に駆られたことはなかった。


「……集中しろ、セルシア。お前は何のために下見に来ているんだ。ラークんと一緒にお出かけするためだろう⁉︎」


 小さく自分を叱咤し、気を引き締めた。


 私は遠回りして、王都中央区へ向かう。

 目的はただ一つ──“ここをラークんと歩く日のための下見”だ。


 中央広場は、王都の象徴とも呼べる場所だ。

 噴水からは魔力と水が融合した光の粒が舞い、幼い子供たちが追いかけて遊んでいる。

 カップルが手を繋いで歩いている姿も多い。


 ……ラークんと来たら、手を繋いで道案内してやらないとな。人混みで迷ってしまうかもしれない。


 そんな保護者じみた心配を心の中で呟きはしたが、心の奥底にあるのはラークんとただ手を繋ぎたいという自己満足のための言い訳でもあった。


 そして──

 私はさらに足を進め、街の奥、少し高台になった場所に出た。


「……はぁ……やっぱり、この景色は……」


 蒼銀塔を中心に広がる王都の全景が、風と日の光に照らされていた。

 塔から伸びる魔導線が街全体に光を反射し、薄い靄を染めるように幻想的な色彩を作る。


 ……見せたい。本当に、見せてあげたい。


 心の底からそう思った。


 ラークん。この塔の光を見れば、きっと目を丸くして、「きれいだね」と笑ってくれるだろう。


 その顔を想像すると、胸が甘く、痛いほどにしめつけられる。


 ……なんでこんなに……。


 寂しさなのか、恋しさなのか、姉としての情なのか。

 そのどれもが混ざり合って、胸がざわつく。


 私は胸元のペンダントをそっと握った。


「……約束したからな。夕方までには必ず帰る」


 風がローブを揺らし、髪を撫でた。

 私が見せたい場所の下見はここが最後だったため、帰宅をすることにした。



◇◆◇◆◇



 夕陽が傾き始め、夕方になり始めていた。私は急いで転移魔法を使うために裏路地へと入った。そして、周りに誰もいないことを確認してから転移魔法を顕現させた。

  淡い光が周囲を包み、次の瞬間、私は無事に自宅の別荘の近くへと到着した。


 周囲を確認したところ、別荘の外にはラークんの姿は見えなかったので、そのまま別荘の扉を開け、室内に足を踏み入れた。


「ただいま、ラーく……っ」


 静かな空間に、いつものぬくもりがあるはずだった。だが、視線を動かすと違和感が胸に突き刺さる。


 私は買ってきた魔導書や魔道具をテーブルに置こうとしたとき、目を疑う光景が目に入った。


 そう、テーブルの上に置かれた食事がまだ手をつけられていなかったのだ。

 胸の奥がひやりと冷えた。心臓が強く脈を打つ。私はしばらくの間言葉を失った。


 ラークんが、消えた——。

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