第一章6 出会い
出会いは唐突だった。それは、私が転移魔法を使って様々なもの星の物を取り寄せていたときに、突然訪れることになる。
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私の父上は現在、ネサロンの王である『シデラ・ラグナロク』だ。父上は周りから敬意を込められ、魔法の王として、『魔王』と呼ばれていた。私はその魔王の子であり、第三王女としてこの世界に生を享けることになった。そのため私は、代々受け継ぐとされてきた『記憶継承の儀』を今までに三度ほど行ってきた。
記憶継承の儀とは、王家に伝わる先祖達の記憶の一部を継承し、後世に魔法を伝える儀式のことだ。
この儀式を受けると、まるで他人の人生を実際に体験しているような感覚に陥るため、脳の中に情報がたくさん詰め込まれる。それのせいか、儀式を終える度にいつもヘトヘトとなってしまうのだ。
先月、その三度目の儀式を終えてから継承できた魔法がそう、この転移魔法だった。私はまだこの魔法の熟練度が高くないため、様々な場所でこの魔法を使っては転移を繰り返していた。
そこである時、座標の位置を大きくずらし、他の星にも転移魔法を扱えるのではないかと思いついた私は様々な星に転移魔法を使い、様々な物を取り寄せてみたりもした。
それが案外楽しくて、私の趣味はいつしか変わった物を集めることが趣味へとなっていた。
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私は今日も予定がなかったので、最近の趣味を没頭することに決めていた。そこで私は別荘の庭へとやってきていた。
「次はこの辺りにでも座標を設定しようかな」
最近の私の趣味は物集めだ。こうして転移魔法を使うことでネサロンでは到底手に入らない希少な物を手に入れることができるからだ。
この世界では記憶こそが価値の世界、それはこの世界を構成する物質、記憶格子による影響によるためだ。多くの経験が記憶となり、魔力に変換され『過去の具現化』、つまり『魔法』を使うことができる世界となっている。
だから私はこれらの希少な物を新たな経験値として記憶し、新しい魔法の開発に繋がる可能性を模索したりしていた。
「この座標の星からは確か……ああ、そうだ。確か黒色の鏡のようなものと、白色の耳飾りのような何かだったか……」
私は何が転移してくるのかワクワクと期待に胸を膨らませ、鼻歌を口ずさみながら転移魔法の魔法陣を展開した。私のテンションとは裏腹に空は少し曇り、何かの前触れのように風は止んでいた。
いつものように紫色の魔法陣が芝生の上に浮かび上がる。私は指定した場所である魔法陣に何らかのモノが乗っていることを確認して、さらにそれが動いてないことを確認すると、私は魔法を発動させた。
——そう、これが最初の出会いであり、私の人生を大きく動かす全ての始まりでもあった。
魔法陣はギラギラと輝きを放ち、紫の光が空気を震わせながら地面から立ち昇る。空気中の記憶格子がざわざわと反応し、まるで世界そのものが呼吸を止めているような、奇妙な静寂が満ちた。
次の瞬間——“それ”は落ちてきた。
どさっ、と草を押し潰す重い音。私は一瞬、理解が追いつかず目を瞬かせた。
「……え?」
そこに現れたのは、鏡でも耳飾りでもない。
ましてや物ですらなかった。
——一人の、人間の少年だった。
頭や腕、足は傷だらけで血がダラダラと垂れていた。そしてボロボロの布切れを身にまとい、肌は青ざめ、火傷の跡もあった。手足は投げ出され、気を失っているようだった。
そして何より、魔力の波形が異常だった。
「……記憶の密度が……この星のものじゃないな……」
私は、思わず息を呑んだ。
魔力はその者の「記憶」の濃さ、積み重ねた魂の形で決まる。だが彼の魔力は、この世界の誰とも違っていた。私は震える指先を伸ばし、慎重に彼の頬へ触れた。
熱はある。息もある。だが……
「……意識がない。苦しそうだ……」
魔力の流れも乱れている。私は咄嗟に彼の体へ手を添え、魔力調整の補助魔法を展開した。
「落ち着け……大丈夫だ。私が助けてやるからな」
柔らかな光が少年を包み、乱流していた体内の魔力の渦がゆっくりと静まり始める。その過程で私は確信した。
——この子は、今助けなければ死ぬ。
そして助けた以上は、私が保護しなければならない。王族としてではなく、一人の人間として。
光が収まり、少年の呼吸は少し穏やかになった。
「……君は、一体……なんという星から来たんだ……?」
思わず問いかけてしまうほど、彼はあまりにも不思議で、あまりにも脆く、そして、なぜだか放っておけない存在だった。
少年の胸が上下し、か細い息が漏れる。
「大丈夫、私が守る」
その言葉は、思ったよりも自然に口からこぼれた。見知らぬ少年を抱きしめるようにして、私はそっと彼を胸に寄せた。
私は転移してきた少年の容態を安静にするため、すぐ側にあった私の別荘へと運びこんだ。そして傷を癒すためのヒーリング魔法を使い、血を止め、応急処置を施した。私はひとまず、転移させた自分の服を少年に着せて、ベッドで寝かせることにした。
私は少年の容態が悪化しないかと見逃さないため、一日中付きっきりで看病した。水を飲ませたり、治りきってない傷を癒したりを何度も繰り返した。その成果は功を奏したのか悪化はせず、一命を取り留めることに成功した。しかし、それとは裏腹に目の前の少年は、一向に目を覚ますことはなかった。
一日経って、容態も安定してきた頃合いだった。私はこの少年について王族としての報告義務があるため、父上に報告しに行くことを決意した。目を覚ました時の保険として、安静にしていてもらうため、ベッドの側に置き手紙を置いてから私は王宮へと転移した。
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「失礼します。父上、急ぎの報告がありここを訪れました」
「……それで、報告とは何事だ。申してみよ、我が娘セルシアよ」
私の元に突如転移して押しかけてきたのは、私の三人目の子であるセルシアだった。セルシアがこのようにして私の元に出向くことは非常に珍しかった。幼い頃は甘えたさからか度々訪れることはあったが、母に似たのか、十を超える頃からは甘えることはなく、私の前に現れることは必要最低限の報告か儀式の時に限られていた。
——そのセルシアが、このように息を切らせた顔で現れたのだ。
私は玉座の肘掛けから手を離し、ゆっくりとした動作で身を起こした。
「顔色が優れぬな。何があった」
セルシアは一拍置き、唇を噛むようにしてから口を開いた。
「……父上。これは私と父上の二人で話したい内容です。どうかご理解いただきたい」
「……よかろう」
セルシアがここまで言うとは——。私はセルシアの意見を受け入れ、臣下達を控えさせた。
私と二人きりになり、セルシアは真剣な眼差しを私へと向けると口を開いた。
「実は……私の転移魔法で“人間”を、別星域から呼び寄せてしまいました」
「……ほう」
私は眉間に皺を寄せた。これはまた大きな問題だ。別星域からの生命体がこの星に来たことは記録上ただの一度も存在しなかったからだ。その理由は転移魔法を扱える人間はそもそも王族しか存在せず、向こうの世界へと転移することは度々あれど、連れてきたという記録は今までで一度もなかった。
「その者の状態は」
「瀕死でしたが、私が応急処置を施しました。今は安定しています。ですが……記憶格子の密度が、ネサロンの人間とは根本的に異なっています」
セルシアの言葉は震えているようでいて、その実、的確で冷静だった。
——この娘は、やはり王家の子なのだ。
私は目を閉じ、ほんの一瞬だけ思考を巡らせた。
見知らぬ生命体。
異星からの転移。
娘が直接保護してしまっている事実。
もしその存在が害を成すものであれば、娘の身が危険に晒されていることになる。だが、彼女が自ら私のもとに報告に来たということは、彼女なりに判断し、守り、信じたいと思える“何か”がその少年にあったのだろう。
だが王としては、善悪の判断を曖昧なままにはしておけなかった。
私はゆっくりと目を開きセルシアに告げた。
「セルシアよ。まずはよく報告に来た。お前の判断は正しい」
娘の肩がわずかに震え、安堵の色が見えた。
「……では、父上。この件は……どうすれば」
「まず、その者の正体を知る必要がある」
私はゆっくりと玉座から降り、石造りの床を踏みしめながら娘の前に立つ。
「記憶は偽れぬ。魂が歩んできた道は、そのまま魔力に刻まれている。——お前ならば、覗けるはずだ」
セルシアははっと息を呑んだ。
「記憶……継承の儀を、個人対象に応用せよと?」
「そうだ」
私は娘の肩に手を置いた。
「父としては、見知らぬ異星の者を安易に信用することはできぬ。だが王としては、未知が害か否かを即断する材料が欲しい。そして何より――お前が心を揺らした存在であるならば、なおさら知るべきだ」
娘の瞳が揺れた。
セルシアは強いが、強いが故に、迷うことを人に見せない。ここも母と似ている。
私は続ける。
「その少年の記憶を覗き、何者であるか、何に怯え、何を背負い、どの世界から来たのか。すべてを知れ」
「……ですが、記憶を覗くのは、その者に大きな負担が……」
「心得ている。だからこそ、私がお前に許可を与える。軽度の接触のみでよい。深層まで踏み込むな。ただ、その者が“害を成す意思を持つ存在かどうか”――それだけを見極めよ」
セルシアは深く息を吸い、そしてゆっくりとうなずいた。
「……かしこまりました。父上」
その返事は、王に向けたものというより、一人の人間として覚悟を決めた声だった。
私は玉座の間の中央から光の転移陣を展開する。
「行け。セルシア。そして——その者の記憶を知り、己の目で判断せよ」
「はい!!」
紫の光が彼女を包み、娘の姿が霧のように消えていった。
残されたのは静寂と、私自身の胸に生じた小さな不安。
——その者が、娘の運命を変えることになるのか、それとも。
私は深く息を吐き、ひとり呟く。
「未知とは、いついかなる時も恐ろしく……そして魅力的なものだな」
今はひたすら、娘の報告を待つとしよう。
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王であり父上である、『シデラ・ラグナロク』から許可が下されたのは記憶の覗き見。転移してきた少年は何者でどのような星からきたのか、害を仇なす人間か否かの審判を判断するよう命じられた。
「あの少年の記憶を覗く……か」
私は転移魔法によりそのまま別荘へと戻ってくると、転移してきた少年のいる自室のベッドへと歩みを進めた。自室へと着き、扉を開けると、その少年は未だ深い眠りを続けていた。
私はその少年へと近づき、整った幼い顔の頬を撫でた。
「勝手に君の記憶を覗き見てすまない。私の身勝手をどうか許して欲しい」
私は魔法、《メモリースコープ》を発動させ、目の前の少年の記憶を垣間見た——
少年は母、父、そして妹と四人で青い空、青い海に覆われた星で暮らしていた。それはあまりにも眩しい家族との思い出だった。
少年は多くの時間を家族と共に過ごし、食事をし、笑い、時には涙を流し、順風満帆な生活をしていた。
印象に残ったのはこの青い星で生きる魚達に囲われた場所で、ゆらゆらと揺れ動く透明な、それでいて美しい幻想的な生物とともに一つの一枚絵として記録し、笑い合う家族の姿だった。
「見て!ラークお兄ちゃん!!ルアナのこのクラゲと一緒に写っている写真!とっても綺麗!」
「うん、すごく綺麗だよ!流石は僕の妹だ!」
家族のやり取りはとても微笑ましく、それでいて美しい思い出だった。
そして少年には他に親しい友人もいた。幼馴染のようだ。天真爛漫な男の子とおっとりした女の子だった。公園では三人で駆け回っている姿がとても微笑ましかった。
そんな綺麗な思い出で埋め尽くされていたが、直近の記憶になるとそれは一変された。
まるで地獄のような有様だった。辺りは焼かれ、建物は崩れ、綺麗だった景色はどこにも残っていなかった。
空には鳥のような物が何かを落とし、辺りを爆発させていた。
逃げ惑った少年達は大きな建物が崩れ、下敷きになってしまった。家族は瓦礫に埋まり亡くなっていた。まるで少年を助けるようにして。少年はそれを目の前にして泣き叫んだ。なぜ自分だけが生き残ったのか、なぜ家族は死ななければならなかったのかと、血が出るほど瓦礫に自分の拳を打ち付けていた。
しばらくして、少年の滞在していた建物の崩落が進み、少年は瓦礫の破片に頭を打ち気を失った。
その後、少年は頭を瓦礫に打ちつけられたことによって、一部記憶障害を起こした状態で目を覚ました。どうやら今いるところを夢だと思い込んでいた。
少年は記憶を思い出したくないのか、周りに目もくれず、ただひたすら歩んだ。そして、夢だと思い込んだ状態で私の魔法陣に歩みを進めたところで記憶は途切れた。
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ただ、ひたすら頭が痛かった。私は目の前の転移してきた少年の記憶の断片を見て、片手でズキズキと痛む頭を抱えた。
気がつけば私の瞼から涙が流れた。
何故この少年はこのような仕打ちを受けなければならなかったのか。私は胸の奥がひどく締めつけられるのを感じた。
息を吸うことさえ、ただ痛いと感じてしまった。
「……こんな記憶は……あまりに……よく、生きて……」
私はベッドの端に手を置き、震える指先を無理に押さえつけた。
王家の血を継ぎ、幾代もの記憶を継承してきた私は、どれだけ悲劇を見ても泣かないと自負していた。
だが――この少年の“喪失”は、あまりにも理不尽すぎた。
彼が見た炎。
彼が聞いた悲鳴。
彼の前で崩れ落ちた家族の姿。
「……こんな……幼い君が背負うものじゃない……」
まるで自分の胸の中に、同じ瓦礫が落ちてきたかのようだった。
私は堪えられず、少年の小さな手をそっと握りしめる。
「君は……本当に、生きていてくれたんだな……」
涙がぽたりと少年の手の甲に落ちる。それに対して彼の魔力が脆く震え、まるで返事をするように微かに温度を帯びた。私はその温かさを、胸に抱きしめたくなった。
「こんな記憶を……ひとりで……」
私は顔を上げ、少年の寝顔を見つめた。安らかで、傷だらけで、それでもどこか優しさを湛えた寝顔。
「……君は、強い子だ」
そのとき、ふと脳裏に父上の言葉が蘇る。
——“お前が心を揺らした存在であるならば、なおさら知るべきだ”
私は自分の胸に手を当てた。
——揺れた。
確かに、私はこの少年に心を揺さぶられた。理由は単純。
この子を——守りたいと思ってしまったからだ。
「……ラーク。君の名前はラーク、だったな。私が……君を守る」
初めて名前を呼んだ。もちろん彼にはまだ聞こえない。だが、呼ばずにはいられなかった。
もう一度、彼の手を優しく包み込む。
「君が生きたかった家族の分まで……君が守れなかった世界の分まで……私は、君を生かす。守る。支えてみせる」
言葉にして初めて、胸の奥で熱い何かが灯るのを感じた。
「君は……もうひとりじゃない」
私は立ち上がり、震えの残る指を胸の前で組んだ。そして、静かに誓った。
「私はセルシア・ラグナロク。記憶の価値を知る王家の娘として——君の記憶を、無駄にはしない」
それは、ただの誓いではなかった。
もっと深く、もっと強い——自覚を持てば危ういほどの感情だった。だが私は、止めなかった。止められなかった。
「……ラーク。君が目を覚ましたとき……泣いてしまうかもしれないぞ」
自嘲気味に笑い、私は少年の髪を一度撫でた。
「……君の未来は、私が守ってみせる」
そう言い残し、私はそっと彼の額に治癒の光を残した。記憶の覗き見は終わった。
けれど、私とラークの物語はここから始まった。
私は転移してきた少年ラークについて、父上に報告をせねばならないため、しばらく繋いでいた手を離し、もう一度王宮へと出向いた。




