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第一章5 修行


 朝の日差しがカーテンの隙間から差し込んできた。それに対して僕は身じろぎをし目を擦る。悲惨な夢と綺麗な夢、まるで実際に体験したかのように記憶から消え去ることはなかった。

 とんでもない夢だったからなぁ、覚えていても無理はない。

 僕はグッと背伸びをしようと体を伸ばそうとするがまるで何かに掴まれているかのように体は動かなかった。何かがおかしいと感じ少しずつ脳が覚醒し、視界もぼやけなくなっていくとこの状況をしっかりと理解することができた。ひとまず、自分の頬をつねってみたが別に痛かった。


「……あれ、まだ続いてるんだ……?」

 

 セルシア姉さんが僕の体をガッチリとホールドしていて動くことがままならなかった。

 てかこの人普通に力が強い。まあ、この世界に来て二日目が始まったのは悪くはない。


 なんならもっとこの世界で魔法に触れてセルシア姉さんとの生活も楽しみたかったからだ。僕は彼女を起こすつもりで頬をツンツンと突いてみた。


「起きてー、セルシア姉さん。動けないよー」


「んぅ……」


 セルシア姉さんはどうやら朝が弱いらしい。頬を突いても肩を揺すっても身じろぎはするが特に目を覚ますことはなかった。


「参ったなぁ、どうしよう。僕だけ起きていても朝ごはんすら用意できないからなぁ」


 この世界に来て食事は全て転移魔法によって用意されてきた。つまりこの家には何の食糧もないのだろう。だからセルシア姉さんを起こさなければ何も進まないはずだ。とは言ったものの予定などは何も決まってない訳だが。


「よし、こういう暇な時はチキンレースでもやってみるか」


 普段は言えない恥ずかしいことを言ってみたりするやつだ。プライドを捨てて今の内側にあるもの全て吐き出しておくのだ。何事も溜め込むのは良くないことを僕は熟知しているのだ。……さてと、何から言おうかな。


「……セルシア姉さんはアワアワしてる時、とても可愛い」


「……」


 よし、寝てるな。すぅすぅと息を立て、それでいて身体は一切動いていなかった。つまり一回目は成功だ。何だかこの背徳感思ったより楽しいな。癖になりそうだ。起きてしまうかもしれないと、ハラハラドキドキを抱えながらもう一回挑戦してみた。


「……ご飯食べてる時口いっぱいに頬張ってるところも好き」


「…………」


 なんだかグッと僕をホールドする力が強くなった気がした。もしかして起きてる……?ま、まさか起きてる訳ないよね……?

 僕は少し冷や汗をかきながら恐る恐るとセルシア姉さんの頬を突いてみる。しかし彼女はビクとも動かなかった。

 僕の予感では起きてるような気がしてきた。……やっぱりもうやめようかな。


「……うーん」


「…………もう終わるのか?」


  辞めるか辞めないかの瀬戸際でどうするか頭を捻っていると、突然セルシア姉さんが声をかけてきた。


「………………え?」


 セルシア姉さんは目を擦りながらグッと背伸びをしてから僕をニヤニヤした顔で見つめてきた。


 あぁ、終わったんだ。今回は言い逃れができない……。


 僕は何でこんなことをしてしまったのかと過去の自分を恨みながらセルシア姉さんから慌てて目を逸らした。


「ラークんはかなり私のことを好いてくれているようだな。ふふ、私にもっと甘えてくれても良いのだぞ」


「うぐ……あ、あー!朝ごはんタベタイナァー!」


「ふふ、そうだな。私が寝たふりをしていたのが悪かった。少し遅くなってしまったが朝食にするとしようか」


 今回は僕が恥ずかしさで死にそうなことを察してか、朝ごはんの支度をするためにセルシア姉さんは起き上がっていた。機嫌が良さそうで、ずっと顔をニコニコとさせたセルシア姉さんに対して、僕は頷いて後を付いていくロボットになっていた。


 ―――――――――――――――――――――


 馬鹿して痛い目に勝手に遭ってしまったがなんとか気持ちを落ち着かせ、顔を洗ったりなどの朝の身支度を済ませてからリビングの席へと着いた。対面するセルシア姉さんは転移魔法を使って用意されていた朝食を出していた。


 席に座って待っていると、キッチンからふわりと甘い香りが漂ってきた。蜂蜜に似ているけれど、もっと澄んだ、喉に透明な光が流れ込むような香りだ。

 

「お待たせ、ラークん。朝食だぞ」

 

 セルシア姉さんがテーブルに置いた皿には、淡く光を帯びたパンケーキが積み重なっていた。薄い金色の蜜がとろりと流れ、光がぽつぽつと粒になって弾けている。

 

「……おお、なにこれ。光ってる……?」

 

「ふふ。ネサロンではルミエスハニーと呼ばれているんだ。魔力を整える作用があってな、甘くて食べやすい。ラークんでも問題なく食べられるように薄めてあるぞ」


「そうなんだ!気を遣ってくれてありがとう!」


「別に礼を言われるまでもない。姉弟なのだから当然のことだ。さ、朝食を食べるとしようか」


「うん!」


 セルシア姉さんは当たり前のように手を合わせていた。僕が経験してきた文化、食に対して感謝を込める動作を自然とするようになっていた。


「いただきます!」

「いただきます」


 僕は目下のキラキラとした輝きを放つパンケーキを食べやすいサイズにカットしてから、一気に口へと放り込んだ。口の中に広がった瞬間、僕は思わず声を漏らした。

 

「……んん〜!!!なにこれ……!」


 まず、パンケーキ自体はふわふわで軽い。押せば音がしそうなくらい柔らかいのに、噛むと少しだけ弾力があって、口の中でゆっくり溶けていく。

 そして——問題はこの光る蜜だ。

 甘いのにくどくなくて、蜂蜜よりも透明感があって、後味はすっと消える。喉の奥を通る時に、ほんの少しだけあったかくなるのが不思議だ。


「これ……舌がじんわりして……なんか元気になる感じがする……!」

 

「ふふ、それがルミエスハニーの効果だ。魔力の流れを軽く整える。ラークんにはまだ魔力が馴染んでいないから、これくらいが丁度良い」

 

「なるほど……すごいなぁ。この星の食べ物には驚いてばかりだよ」

 

「そうかもな、見た目で判断してはいかんぞ?」

 

 セルシア姉さんは、意地悪そうに笑いながら自分のフォークを動かす。

 ぱく、とパンケーキを食べるたびに、彼女の白い頬がふにっと動いて、なんだか幸せそうだった。

 

「はぁ……朝からこんなの食べてたら太っちゃいそう」

 

「太る心配はしなくていい。魔力に変換されるから、むしろ体力がつくぞ」

 

「カロリーゼロのパンケーキだ……!」

 

「カロ……? よく分からんが、そういうものだと思っておく」

 

 くすっと笑ったセルシア姉さんは、続けて僕の前に小さなカップを置いた。

 淡い乳白色の液体――これは、牛乳!?

 

「ラークん、これも飲むといい。身体が落ち着く」

 

「うん……あ、いい匂い」

 

 カップを近づけると、かすかに甘い匂いがする。

 口に含んだ瞬間、ひんやりしているのに、喉の奥に入るとほわっと温かい。不思議で、でもすごく飲みやすい。

 

「落ち着く……なんか、眠くなるような、安心するような……」

 

「昨日は色々あっただろう? 精神を整える作用もある。私が小さい頃もよく飲んでいた」

 

「へぇ……セルシア姉さんの子供の頃か……気になるなぁ」


「まだ私は15歳だから子供ではあるがな」


「それはそうかもだけど、幼少期の話だよ」


 今でも充分に可愛げがあるが、この人の幼少期はそれはそれで天地を揺るがすほど可愛いだろう。王様に会えたら是非とも過去エピソードを聞きたいところ。


「別に昔の私に面白い話はないぞ」


「でも、セルシア姉さんだから絶対に可愛いよ!」


「そ、そうか」


 目を泳がせ、少し頬を染めるセルシア姉さん。こういうところは、やっぱり姉というより可愛い女の子だと思う。

 パンケーキをもう一口食べながら、僕はぽつりと呟いた。

 

「……すごい、美味しいし……なんか、ちゃんと“朝”って感じがするよ」

 

「それは良かった。ラークんと初めての朝を、ちゃんとした形で迎えさせてやりたかったからな」

 

 そう言ってセルシア姉さんは優しく微笑む。胸の奥がじんわり熱くなった。

 昨日、恥ずかしさと驚きでぐちゃぐちゃになった全部が、この優しさで溶けていくような気がした。

 

「……ありがとう、セルシア姉さん」

 

「うむ。礼はいらないがな。それから、食べ終わったら少し外に出るぞ。ラークんの魔力の有無を確認してみたい」

 

「えっ、もしかして……修行?」

 

「修行だ」

 

 にこっ、と嬉しそうに笑うセルシア姉さん。その顔を見た瞬間、僕の心臓はまた忙しくなった。

 ……今日は、また色々ありそうだ。



 ―――――――――――――――――――――


 穏やかな日差しに包まれた庭へとやってきた僕は、セルシア姉さんの指導の下で魔法の修行を行っていた。

 草木が揺れるたび、葉の影が地面に揺れ落ちる。どこか幻想的で、空気そのものが魔力を含んでいるように感じられる。

 セルシア姉さんは僕のすぐ隣に立って、時々肩に触れたり、手の角度を直したりしながら丁寧に教えてくれていた。

 なんというか……近い。距離が近い。

 そのせいで集中すべき魔法の気配はよく分かるのに、意識の半分は姉さんの体温に向かっているような気がした。

 

「『ゆらめく光よ……記憶の海より……いま、形を成して、僕の前へ――《ルミナス=ジェリー》』!」

 

 僕は胸のあたりに意識を集め、手のひらから魔力を押し出すように唱えた。

 淡い光がぽうっと広がり、半透明のクラゲのようなものが生まれる。

 

「おっ……!」

 

 けれど喜んだのもつかの間、それはふわりと揺れただけですぐに霧散してしまった。

 魔力の光が風にほどけるように消えていくのを見て、僕は肩を落とす。

 

「そうだな、この世界に来て四日ほど経っているから魔力自体はあるはずなんだが……」

 

 セルシア姉さんは僕の手をそっと包むように取り、掌に軽く触れたまま魔力の流れを探る。

 指先からくすぐったいほど柔らかい魔力が流れ込んできて、僕は思わず背中を伸ばした。

 

「やっぱり制御ができていないのかなぁ」

 

「それも理由の一つだろう。私も最初は制御ができなかったからな。ならば、今は数をこなすことが大事、か」

 

 セルシア姉さんは柔らかく微笑んだ。

 その表情を見ると、失敗したのにむしろ安心するから不思議だ。

 

「わかった!とにかく何度もやってみる!」

 

「ああ、ひとまずは五秒保てるように制御をしてみよう」

 

 姉さんが僕の背中に手を添えてくる。

 魔力の流れが整うように、彼女の魔力がほんの少し重なるようにして入ってきた。

 

「……これ、なんだか不思議。身体が落ち着く感じがする」

 

「ふふ。指導者と魔力量を同調させると、初心者は安定するんだ。私がやっているのは、それだけだ」

 

「いや、十分すごいよ……」

 

「なら、そのすごい魔法使いに見守られながら、もう一度やってみるといい」

 

 からかうように言いながらも、優しい手つきをしていた。僕は息を整え、もう一度両手を前に出した。

 

「っ……よし、もう一回!」

 

 魔力を集める。胸の奥がほんのり熱くなる。手のひらに風が集まって、光がふくらんでいく。

 

「——《ルミナス=ジェリー》!」

 

 ふわりと、先ほどよりも濃い光が生まれ、クラゲが形を成した。今回はすぐには消えない。揺れながら、僕の前で光っている。

 

「……おお……っ、できた?」

 

「まだだぞ。五秒、保てるか?」

 

「う、うん……!」

 

 クラゲはふるふる震えながらも、僕の魔力を吸って存在を保とうとする。

 一秒、二秒……

 汗が頬をつたう。三秒目でクラゲが大きく揺れた。

 

「くっ……!」

 

「落ち着け。魔力を力押しするのではなく、包むように優しくだ」

 

 セルシア姉さんの声が耳に優しく響く。

 その瞬間、ぐらついていた魔力が少しだけ安定した。

 四秒、五秒——そして。

 

「……っ、消えた……!」

 

 霧散したクラゲの残光を見届けたあと、僕はその場にへたり込んだ。

 

「でも……五秒、いった……よね?」

 

「ああ。初めてにしては上出来だ、ラークん」

 

 セルシア姉さんは嬉しそうに僕の頭を撫でた。風に揺れる髪が頬に触れる。

 なんだか褒められてる犬みたいで少し恥ずかしいけど——でも、悪くないかも。

 

「続きは少しだけ休んでからにしよう。魔力は使いすぎると、倒れることもあるからな」

 

「うん……でも楽しいよ。魔法を使うって、すっごく楽しい!」

 

「そう言ってくれるなら、教える私としても嬉しい。次は私の補助なしで5秒だな」

 

 セルシア姉さんはそう言って、僕の隣に腰を下ろした。肩がほんのり触れる距離。日差しが二人の影を重ねていく。

 修行はまだ始まったばかり。でも僕は確信した。

 ——この世界での時間は、きっとすごく特別なものになる気がする。


 ―――――――――――――――――――――


 僕は何度も《ルミナス=ジェリー》を発動させたが、上手く5秒保つことはできなかった。3秒までなら保てるようになっているのでこれは進歩しているとも言えるだろう。

 僕は修行をしていて気になったことがある。それは、『人の魔法は真似できるのか』だ。僕の魔法はかなり特殊な魔法らしく、この世界にはいない生き物だ。


 そこでセルシア姉さんに聞いてみると、『その魔法に対してそれぞれどんな経験を得て、何を見て来たのかによって記憶式が違うからな』と言っていったため、魔法のコピーはできないらしい。


 似たような魔法、例えば火を出す魔法だったり、水を出す魔法だったりは、一般的なもので言えば魔導書などに記載されており、皆この世界における教育機関である魔導学院によって、子供のうちに指導され、同じ経験を記憶させて統一した魔法を使うそうだ。


 僕の年齢的に今から学院に入るのは、他生徒と知識差が離れすぎていて、置いていかれる可能性があるため、セルシア姉さん指導の元独自のカリキュラムで進んでいくらしい。


 セルシア姉さんは昼食の準備をしてくると言って家の中へとすでに入っていて、僕は庭で最後にもう一度、魔法の形だけでも確かめておこうと思い、僕は手を前にかざした。


 静かな風が流れ、さっきまでの修行の熱がまだ体の内側をくすぶっていた。

 

「よし、『ゆらめく光よ……記憶の海より……いま、形を成して、僕の前へ——《ルミナス=ジェリー》』」

 

 光が揺らぎ、半透明のクラゲのような魔法生物が生まれる。

 僕は最初の時のようにクラゲのより印象的に残った記憶を思い起こした。だが、どうしてもそこにノイズ要素が加わってしまい、脳に少しピリピリとした感覚が押し寄せた。

 それのせいか、ルミナス=ジェリーはさっきよりもずっと不安定に震えていた。

 

「うわ……また、ふらついてる……」

 

 魔力が乱れているせいか、クラゲはぎゅるりと奇妙に歪んだ。触手がねじれるように伸び、まるで別物の影みたいな姿に変わっていっていっていた。


 その刹那、庭の木陰で何かの気配を感じた。僕はすぐに振り返ったが、その時には何もいなかった。ただ一瞬だけ、草が一瞬だけ逆向きに揺れていたくらいだった。


「……え?気のせい……かな?」


 胸がざわついた。そしてすぐにクラゲに意識を戻した瞬間、クラゲは強い光を放ちながら霧散した。


「……あぁ、また消えたぁ……」

 

 僕は深くため息をつき、それ以上魔法を使うのは諦めて家へ戻ることにした。


 ―――――――――――――――――――――

 

  あれから日が暮れるまでの間に何度も試みたが、上手くいったのはセルシア姉さんの補助があった時だけだった。それでも僕はセルシア姉さんと一緒に魔法を扱う楽しさが勝り、悔しさも抱きはしたがまだこの世界で目が覚めてから二日目でもあるため、そこまで気に病むことはなかった。

 

 しかし、セルシア姉さんは僕の気が滅入っているのではないかと心配だったようで、明日は魔法指導の教科書みたいなものを街へと買いに出かけると夕食を食べてる間に言っていた。


 セルシア姉さんは確かに良い人だ。だが、何故見ず知らずだった僕をこんなにも大切にしてくれたのだろうか。僕は彼女と関わっていくうちに良いところ、悪いところを共に知っていき、大切な姉であることを自覚し始めた。


 でも彼女は僕がここに転移して三日間、寝ている間も世話をしてくれ、さらにここに住まわせてくれたのだ。その理由を僕は知る時が来るのだろうか。


 僕は綺麗な紫紺色の髪を梳かし、彼女の髪を洗っている時にふと、そのようなことを考えていた。何故なら、そうやって他のことを考えないとセルシア姉さんとのお風呂なんて持つはずがないからだった。


「ラークんはなんだか髪を洗うのが上手いな。とても心地がいい」


「セルシア姉さんが喜んでくれるなら良かったよ!」


  僕は慎重に指を動かしながら、彼女の髪を優しく撫でるように洗っていく。泡が手のひらを滑り、細く柔らかな髪が指の間を流れていく。距離が近い。それだけで胸がどくどくする。そう、これもある意味修行と言えるだろう。

 

「……ふふ」

 

「え? な、なに?」

 

「嬉しくてな。ラークんが私のために、こんなにも丁寧に髪を洗ってくれていると思うと……つい、笑みがこぼれてしまう」

 

 セルシア姉さんは目を閉じたまま、ほんの少しだけ後ろに首を預けてきた。

 ——ずるいよ。そんな無防備な姿、見せないでよ。

 

「い、いや、それは……ほら、セルシア姉さんには色々してもらってるし……恩返しの一つというか……」

 

「恩返し、か。それはもちろん嬉しいが……」

 

 セルシア姉さんは振り返らないまま、少しだけ声を落とした。

 

「私は、ラークんが“したいと思って"してくれているのなら……そちらの方がもっと嬉しい」

 

「っ……」

 

 そんなこと言われたら、まともに返せるわけがない。

 頬が熱くなるのを自覚しながら、僕は泡だらけの手を止めてしまった。

 

「ラークん?」

 

「あっ、ごめん! つい……その……」

 

「ふふ、可愛いぞ。続けてくれ」

 

 耳の先まで赤くなるのを感じたけれど、拒否はしなかった。

 むしろ――どこか誇らしくすらあった。

 だって、セルシア姉さんが僕にだけこんな顔を見せてくれているんだと思うとさ。僕はとても役得だな。

 

「……よし、洗い終わったよ。流すね」

 

「ああ。任せる」

 

 シャワーの優しい水音が響き、泡がおちていく。

 水流の向こうで、セルシア姉さんの紫紺の髪が揺れ、その美しさに一瞬見惚れてしまった。

 

「ラークん、そんなに見つめられると照れるのだが……」

 

「ご、ごめん!!見てたつもりは……」

 

「嘘は下手だな。だが……嫌ではない」

 

 いたずらっぽい笑みを浮かべながら、セルシア姉さんはそっと僕の頬に手を触れた。

 

「いつか……ラークんが私に抱いている疑問にも、ちゃんと答える日がくる。だから今は……信じて、甘えてくれると嬉しい」

 

「……うん」

 

 セルシア姉さんの言葉は、あたたかくて、少し切なくて。理由は分からないけれど、胸の奥がじんと熱くなった。

 

「さ、次は私がラークんの髪を洗う番だな」


 柔らかい笑みとともに、セルシア姉さんの指先が僕の頭にそっと触れた瞬間、全身の力がすっと抜けて、心地良さに目を細めてしまった。

 ——この時間が終わらなければいいのに。

 気がつけばそう願っていた。

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