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第一章4 一日目の終わり

 なかなか興奮が冷めることはなかったが、ひとまず落ち着くことに成功した。そんな僕の様子を見て判断したのか、セルシア姉さんが口を開いた。


「それで、先の質問に答えよう。魔力回路とは何かについてだ。これは体内を循環する魔力器官のことを指す」


「そんな器官があったんだ⁉︎」


 僕はいつの間にか自分の体にできていた謎の器官に驚愕した。僕が学校で習った体の器官には、そんなのは存在してなかったはずなんだよね。


「ああ、目には見えないがな。君は最初この星に来る前、魔力回路が存在してなかったはずだ」


「だから僕の星では魔法が使えなかったってことか」


 僕の住んでいた星、地球ではなぜ魔法が使えないのかが判明した。夢なのに細かい設定が盛りだくさんだ。多すぎる情報量に頭がパンクしそうだよ。


「そうなるな」


 僕はここでまた疑問が思い浮かんだ。何故今の僕には魔力回路が存在しているのだろうか。


「それなら、僕はどうして今は魔力回路が存在してるの?」


「ラークんはこのネサロンで、"記憶格子"なるものを取り入れることによって、魔力回路が後天的に体内で作られ、魔法を行使できるようになったと推測できる」


 僕の質問には毎度のように回答が存在していた。

 それはそうか、僕の見ている夢なんだ。自分で答えれなくてどうするってんだ。……でも僕、こんなの考えたことないけどな……?魔法のことならまだしもね。


「その、"記憶格子"っていうのは?」


「記憶格子とは、言わばこの星の自然的な魔力の情報網だ。ネサロンの地脈や大気には記憶格子が張り巡らされている。そのおかげで私たちは魔法を使うことができるわけだ」


 ということは、記憶格子の存在しない場所では魔力回路が存在しても魔法は使えないのかな。


「じゃあ、セルシア姉さんも他の星だったら魔法を使えないってことになる?」


 僕の問いに、彼女は顎に手を当て少し考えてから回答した。


「星によるな。記憶格子のようなものがあるなら魔法を使えはするだろう」


「僕の星に来ていたらセルシア姉さんは帰れなくなってたかもしれないってことか」


「そうだな。あの時私がなんの準備もなく転移していたなら、魔力が切れ次第帰る術はなくなるだろうな。その星で他に転移できる術があれば話は変わるがな」


 もし現実世界で一緒に暮らすことになったら、それはそれで楽しそうだな。一緒に学校とか通ったりとかも楽しそう。この素敵な夢が醒めてもセルシア姉さんと一緒に居たいなと思ってしまう。


「てことは、この星限定的な感じなんだね」


「まあ、そういうことになるな」


「地球で使えない理由もわかったし、魔法についてかなり理解できた気がする!ありがとうセルシア姉さん!」


  胸の奥にあったもやが晴れ、視界が開けたような感覚だった。

 記憶が魔力に変わるという不思議な理屈も、セルシア姉さんの丁寧な説明のおかげでようやく整理できた。

 それに——この世界の魔法は本当に美しい。

 僕の言葉に、セルシア姉さんはどこか満足げに微笑んだ。


「どういたしまして。これで説明することはなくなったか。他に何か聞きたいことはないか?」


 ——そういえば。ひとつだけ、どうしても聞いておきたかった疑問があったことを思い出した。


「……あ、そう言えばセルシア姉さんって、無詠唱で魔法を使っていたよね。どうして詠唱を唱えずに使えたの?」


 これはこの世界に来てからずっと抱えていた疑問だった。僕が魔法を使う時は、はっきりしたイメージと短い言葉が必要だった。

 でもセルシア姉さんは、指を鳴らすだけで光を生み、手を翳すだけで空間を跨ぐことができる。その差は、あまりにも決定的だった。

 問いかけると、彼女はほんの少しだけ視線を伏せる。


「ああ、そうだったな。確かにこの話をしてなかったか。記憶式の記述にも、実はいくつかタイプがあるんだ」


 言葉と同時に、セルシア姉さんの声色が少し落ち着いて、空気が引き締まった。専門的な説明に入る時の“講義モード”だ。僕は自然と姿勢を正した。


「まず一つ目は……君もやった“呪文型”だ」


 そう言って、姉さんは胸の前に手を添え、軽く口を開く。詠唱を始めるわけではなく、ただ“言葉を紡ぐ動作”を示すように。


「記憶を言葉で結び、その言葉を媒体に魔法を発動させるタイプだ。詠唱は長いが、創意工夫が利いて、慣れてくると“技の名前だけ”で発動できるようになる」


 たしかに、僕がやった方法だ。わかりやすい。


「二つ目は“魔導書型”」


 今度は手を本のように開き、ページをめくる仕草を見せた。


「記憶式を自分の脳で組み上げず、魔導書に記述された式を借りて発動するタイプだ。一般人の多くがこれを使う。火・水・雷など、形のはっきりした魔法が扱いやすい」


「魔導書に記憶を代わりに覚えさせるってこと?」


「そういう理解でいい。ただし威力は、術者の“記憶の深さ”に大きく左右される。火にどれほど思い入れがあるか……恐怖か、憧れか、日常か。そういった感情がそのまま出力に反映される」


 なるほど、感情によって魔力が変わるのはわかりやすい。


「そして三つ目は“魔法陣型”」


 そう言うと、姉さんは床の上に指先で円を描く。

 魔力は使っていないのに、ただの動きだけで、そこに見えない紋様が浮かぶような錯覚を覚えた。


「記憶式を地面に直接書き込むタイプだ。発動には時間がかかるが、そのぶん構築の自由度は高い。重ねがけも複合魔法も可能で、威力も最大級だ。ただし……」


「失敗したら発動しない、とか?」


「ああ。一筆でも式が間違っていれば終わりだ。だから扱える者は極めて少ない。研究者くらいだろうな」


 三種類の魔法体系を語り終えると、セルシア姉さんは「どうだ」と言わんばかりに胸を張り、腕を組んでドヤ顔をしてみせた。


 普段は王女らしい落ち着きがあるのに、こういうところで歳相応というか、どこか子どもっぽい仕草を見せてくるのがずるい。さっきまでの講義モードとのギャップに、思わず笑みが溢れた。


「これで大まかな分類は理解できたか?」


 自信に満ちた声音。確かに、専門的な説明だったのに不思議と頭にすっと入ってきた。


「うん、すごく分かりやすかった!でも……無詠唱はそのどれでもないよね?」


 僕が首を傾げながら尋ねると、姉さんの表情がふっと和らいだ。

 

「ああ、それは私が王族だから……かな。まあ、ごく稀に無詠唱ができる人も現れるらしいが……」


 さらりと言われたが、それはつまり——、無詠唱はごく一部の天才だけが扱える領域ということだろう。セルシア姉さんがどれほどすごいのか、改めて思い知らされた。胸の中がスッと軽くなる。

 

「ありがとう、これで疑問はないよ!」


「そうか。力になれたなら良かった。ではここから、私の保有する倉庫に案内しようか」


 そのままセルシア姉さんは、当たり前のように僕の手を取り、俗にいう恋人繋ぎをして先導された。


「うぇ!?」


 彼女の手の体温が直に伝わってきて、思わず僕はそれに意識を持ってかれて、変な反応をしてしまった。それに対してセルシア姉さんは疑問に思ったのか首を傾げた。


「ん……?どうかしたのか?」


「えっと……!手の繋ぎ方にびっくりしちゃっただけだから、その、なんでもないよ!」


 僕の目は泳ぎ、顔は赤くなる。僕はなんてわかりやすいのだろうか。自分でもそう思う。けれど文化が違うのか、セルシア姉さんは不思議そうな顔をしていた。


「……?そうなのか。何かあったら言ってくれて構わないからな」


「うん、ありがとう」


 相変わらず初心な反応をしてしまう僕を許して欲しい。恋人なんてまだできたことない上に、こんな美人さんと人生で初めての恋人繋ぎをしたんだ。こうなってもしまうよ。……え?そんな人とハグしてただろって?それはそれ、これはこれなんだから、黙ってて欲しい。


 そんなこんなで、ドギマギしながら倉庫へと歩みを進めた。


 ―――――――――――――――――――――


 歩くこと二分ほどで、目的の場所へと到着した。


「着いたぞ、ここが私の倉庫になる」


 セルシア姉さんが指差した先に立っていたのは、家より一回り大きい木造の建物だった。外壁は昼の光を柔らかく吸い込み、森の奥にひっそりと佇む山小屋のような雰囲気がある。古びてはいないが、どこか暖かく、自然と調和した佇まいだった。


 姉さんはドアの前に立つと、何もない空間へふっと手をかざした。次の瞬間、静かに空気が震え、小さな魔法陣が花を咲かせるように現れる。淡い光がドアノブを包み、カチリと鍵の外れる気配が伝わってくる。


「よし、ロックを解除した。これでこの中に入れるぞ」


「魔法で鍵をかけてたんだね」


「ああ、ここは色々危ないものもあったりするからな。誰にも入らせないように、王家が代々受け継ぐ“鍵をかける魔法”を使ってある」


 王家の魔法、と言われても……建物が木造なだけに、不安が残る。外側を壊されればどうしようもないんじゃ……と、素朴な疑問が浮かんだ。


「でも、木だと簡単に壊されちゃいそうじゃない?」


 僕の言葉に、姉さんはひらりと手を振って否定した。


「鍵をかけると言っても、物理的にというわけではないんだ。その物を保存するために、“記憶に鍵をかける”ような感じだな。だからいくら壊そうとしたところで何も起こらない」


「え!?それってとんでもない魔法だよね!?便利すぎない!?」


 まるで時間停止に近い現象じゃないか。脳が理解を追いつかせる前に口が反応してしまった。


「確かに鍵をかけることにおいては良い魔法だ。しかしな、鍵を開けなければ触れても動かなかったり、使用できないといった点もある。だから、便利すぎる魔法というわけでもないんだ」


「あー……確かにそれは場合によっては不便になるかも」


 いちいち魔法を使わないと何も触れないとなると、確かに手間は多い。

 “便利”と“面倒”が共存した魔法らしい。


「そうだな。使い方次第ってやつだ。では、中を案内しよう。ついてきてくれ」


 姉さんの背中を追って中に足を踏み入れると、ひやりとした空気と木の香りがふわりと肌を撫でた。広い空間の中には、異世界と地球の遺物と思われる品々が雑然と並んでいる。整頓されているようでいて、どこか混沌とした展示室というか……宝物庫に近い雰囲気だった。


 青く淡い光を放つ鉱石、芸術品のような歪な埴輪、笛だと思われるが形が妙に複雑な管楽器——見慣れない物が視界に溢れ、胸がわくわくと高鳴ってくる。


「どうだ、面白い物が多いだろう?」


「うん、なんだか美術館でも見ている気分だよ」


「これらは全て私の転移魔法を使って取り寄せた物だ。出所は不明だ」


 言いながら腰に手を当て、誇らしげに胸を張る。

 そのドヤ顔はいつも通り可愛い……のだが、言っている内容が急に怪しく感じてきた。


 ——いや、ちょっと待って。

 “出所不明の物を転移で持ち帰る”って、冷静に考えるとほぼ窃盗……。

 セルシア姉さんが悪気はなくても、やってることは普通にアウトなのでは……?

 僕を連れてきた件も含め、夢だから許されてるけど、現実だったらアウトだよなぁ……。

 一応次の被害者が出ないように、ここは僕が少しこのお茶目な姉さんを止めておかねば。


「……その、セルシア姉さん。これからはそれ、やめた方がいいかもね」


「む、どうしてだ?これをすることによって、他の星に行かずとも様々な星の記憶や文化に触れられるんだ。そして、私の経験の糧ともできるんだぞ?辞める理由はないはずだが……」


 姉さんは本気で不思議そうにしていた。

 この世界では“記憶”そのものが価値になる。だから他の星の物を持ち帰ることは、悪事というより研究や学習に近い感覚なのだろう。

 でも……だからこそ説明する必要がある。


「じゃあ、セルシア姉さんの場合、弟である僕が突然魔法陣によって連れ去られたらどうするの?」


「!?……そんなの、取り返すに決まってるだ……ッ!?」


 はっと目を見開き、姉さんの顔が一気に青ざめた。

 手も足もそわそわと落ち着かず、見るからに動揺している。


「ラ、ラークん……ど、どうしたら良いと思う!?私、やってはいけないことをしてしまった……!!」


 慌てふためく姿があまりにわかりやすく可愛い。

 これでは、怒る気も削がれてしまう。


「わかった。とりあえず、転移魔法で他の星の物を“取る”のは禁止にしよう。やってしまったことは仕方ないから、これから気をつけよ?」


「面目ない……これからはやらないようにしよう」


 しょんぼりとうなだれるセルシア姉さん。王女のイメージとは真逆の、素直で優しい子の反省の仕方だ。

 僕は背伸びして彼女の頭にそっと手を置き撫でてあげることにした。反省をすることで人は成長するのだ。


「もしさ、返すことができるようなら、僕も手伝うから!一緒に頑張ろ?」


「ああ、ありがとうラークん。やはり君を弟として迎え入れたのは正解だった。おかげで自分の愚鈍さに気付けた」


「もう、セルシア姉さん!!そこまで自責しないの!今は切り替えてさ、ここにある物紹介してよ!」


 僕が少し強めに促すと、姉さんは瞬きをしてから小さく笑った。


「ああ、そうだな。ウジウジしていても仕方がないからな。紹介していくとしよう」


 そこからは、小さな博物館巡りのような時間が始まった。

 まず見せられたのは、未知の昆虫が閉じ込められた琥珀。……閉じ込められているはずなのに、内部の昆虫がゆっくり体を動かしている。不気味だけど、眼が離せなかった。


 次は星図結晶。触れた瞬間、立体映像で宇宙が広がり、天井いっぱいに星が瞬いた。プラネタリウムよりずっと鮮明で、圧倒的に広大だった。


 そんな美しい品の後に、急に生活感のある“地球の電化製品”が並んでいるのもギャップが激しい。

 電子レンジ、冷蔵庫、炊飯器。

 まるで家電量販店の一角だ。


「どうだ、これはよくわからないから物入れにさせてもらっている」


 三つとも小物が適当に突っ込まれていて、ほぼ物置状態だった。


「これ、僕の星にあった奴で電気を流せば多分使用できると思うよ」


「おお!本当か!……よし、今度雷を扱うのが得意な友人に試してもらうとしようか」


 きらきらと目を輝かせ、期待を隠せずにいるセルシア姉さん。テンションの上がり方が子どもみたいで微笑ましい。

 さらに奥へ進むと、充電切れのスマホやワイヤレスイヤホンまであった。


 セルシア姉さんはスマホを“黒い鏡”、イヤホンを“耳飾り”と信じて疑わないらしい。


 あまりのズレっぷりに僕はつい吹き出してしまい、それを見て少し頬を膨らませるセルシア姉さん——その姿もまた可愛いかった。


 そんな他愛のないやり取りを続けていると、ふと倉庫の窓から差し込む光が赤く色づいていることに気づいた。

 外はもう夕焼け。

 空はオレンジ色の光に満たされ、セルシア姉さんの髪を暖かく照らしていた。

 知らず知らずのうちに、随分長くここで過ごしていたようだ。

 

 ――――――――――――――――――――――――


 日が完全に落ちる頃、僕たちはセルシア姉さんの持つ別荘へと戻ってきた。外は静かで、昼間の喧騒が嘘のようだ。この世界の夜空には“月”がない代わりに、天上で淡い光の帯がゆらゆらと揺れ、まるで常にオーロラがかかっているかのようだった。その幻想的な光が、森と家を柔らかく照らし、影を色づけていた。


 ……夢みたいな光景だな。本当に夢なんだけど……。

 

 そんな余韻に浸っていた矢先——


「ラークん、この後は共に身体を清めにシャワーを浴びるぞ」


「え?」


 あまりにも自然な口調で、姉さんは爆弾を落としてきた。僕の心臓は一瞬で跳ね上がり、数拍遅れてドクンと激しく脈打ち始める。


 ——今、なんて?


「どうかしたか?」


 どうやら姉さんは本気でわかっていないらしい。

 首をかしげる動作に合わせて、紫紺色の髪がさらりと揺れる。その無自覚な仕草ひとつひとつが、僕の混乱をさらに増幅させる。


「その、いくら姉弟でも一緒にシャワーは流石に……」


「……?ネサロンでは親しい者同士、互いに身体を清め合うのは当然だぞ?」


 完全な悪気ゼロ。むしろ、本当に“常識を説明してるだけ”の顔だ。それがまた僕の頭の処理能力を削っていく。

 いや、常識って……いやいやいや、待って?


「それは、親しいには親しいのだろうけど……その、恋人とか夫婦がやる奴なんじゃ……?」


 自分でも若干情けない声だと思う。でも言わずにはいられなかった。

 すると——


「……なんだ、もしかして裸で入ることを想像したか?ふふ、ラークんは案外ヤラシイのだな」


 姉さんの表情がくるりと変わった。ついさっきまでの首傾げ無垢モードから一転、妙に楽しそうな、いたずらっぽい笑みへ。

 あ、この人……わざと言ったな!?


「ちょ、セルシア姉さん!!揶揄わないでよ!だって仕方ないじゃん!ここの文化知らないんだもん!」


「ふふふ、冗談だ」


 さらっと言うが、完全に僕で遊んでいた顔だ。頬が熱くなる。耳まで熱い。たぶん頭から湯気が出てる。


「もう!これ以上揶揄ったら一緒に寝ないからね!」


 思わず強めに言い返すと——


「なっ!?わ、悪かった!謝るからそれだけはやめてくれ!」


 ガタッと音がしそうな勢いで、セルシア姉さんの余裕が吹き飛んだ。さっきまで僕をからかっていた本人が、今度は本気で焦った顔をして、慌てて距離を詰めてくる。


 手をぎゅっと握られ、瞳がうるうると揺れて僕を見上げてくる。

 あ、かわ……いやそんな場合じゃない!……でも本当に可愛いから困る……。

 背中がむず痒くなるような距離感と必死さで、しおらしく謝ってくるセルシア姉さんを前にしたら、怒り続けるのは無理だと悟った。

 

 ——こうしてまた、僕は姉さんにペースを握られてしまうのだった。

 

 ――――――――――――――――――――――――


 なんだかんだあり、結局シャワーの使い方について教えると言ってタオルを巻いた状態でセルシア姉さんと共にシャワーを浴びた。


 シャワーの仕組みは記憶格子を駆使した魔導具の技術が行使されているらしく、すでに書かれている記憶式によって後は魔力を注ぎ込むだけで水が出る仕組みらしい。システムに感動してシャワーに対して夢中になっていたせいかセルシア姉さんとの混浴はあまり気にはならなかった。というかあまり見ないようにしていた。


 何事もなくシャワーを浴び終えて用意されていた水色のモコモコパジャマを着た後、僕らは奇々怪界な鍋を食べ、寝る支度へと移っていった。


「特にやることというのはないが、早寝早起きは大事だからな。寝不足など健康を損なうことは魔法にも影響を及ぼす可能性がある」


「わかった。じゃあ早めに寝よっか」


 そう言いながら僕達は同じベッドに入って行く。夢で寝るなんておかしいかもしれないが、そんなことを気にするべき段階はとうの昔に過ぎ去っていた。それよりも今、真隣でセルシア姉さんと一緒にベッドに入っていることの方が気になってしまうのだ。僕はつい背中を向けて寝転がる。


「……言ってなかったが、ラークんはここに転移してから三日間ほど目を覚まさなかったんだぞ」


「え、そうだったの⁉︎」


 驚愕の事実を聞き、僕は驚きのあまりセルシア姉さんの方に振り向いた。セルシア姉さんは最初からこっちの方を向いていたのか、振り返ると目が合った。


「ああ。目を覚まさないかと心配していたが、こうして元気になってくれて良かった」


 セルシア姉さんは目を細め、僕の頬に手を当てじっくりと僕の顔を見つめた。その仕草はとても慈愛に満ちていて、安心感が湧き上がった。


「ありがとう、セルシア姉さんは本当に優しいよね」


「……優しいか。そう言ってくれるのはとても嬉しいものだな」


 ただ、ずっと目を合わせているのは流石に恥ずかしいので顔を背けたかった。しかしそれをすることはなかった。セルシア姉さんは、僕が初めて魔法を使った時と同じ哀しい目をしていたからだ。


「……抱きしめて寝てもいいか?」


「……うん、いいよ」


「ありがとう」


 僕を離さないと言わんばかりに、しっかりと力を込めて、それでいて苦しくないくらいの力で思いっきり抱きしめられた。僕はこれにひどく懐かしさを覚えた。でも、誰にこれをされてたのか思い出せなかった。


「ラークんは暖かいな」


「セルシア姉さんもあったかいよ。すごく安心する」


「それは良かった。そのまま、安心して眠ると良い。おやすみ、ラークん」


「うん。おやすみ、セルシア姉さん」


 僕の瞼はそれからゆっくり閉じ、意識が深い谷底へと沈んでいった。


 悲惨な夢と、綺麗な夢。起きたらそのどちらもが『夢』として終わると思っていた。でも次に目が覚めた場所は、綺麗な夢の中で見た最後の場所だった。

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