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第一章11 魔王の存在

 薄暗い大広間。石造りの床にぞっとするほど冷たい空気が張り付き、どこか遠くで水滴が落ちる音が反響していた。魔力で灯されているのか、青白く滲む光が幾筋か垂れ、影と光が交錯する。そこに、鎖の金属音が短く鳴った。

 身体を動かそうとした瞬間、重い違和感が腑に落ちる。両手両足が鎖で縛られ、思うように動かせなかった。自分が縛られているという事実が、頭の中でやっと輪郭を結んだ。

 そうだ、あの男の人たちが家に来て、気を失ったんだった。


 視線を泳がせれば、部屋の端々に居並ぶ人物たち。見知った顔は一つもないはずなのに、どれも強烈な存在感を放っていた。自分がどれほど追い詰められているかを、全身の感覚が告げていた。


 まず最初に近づいてきたのは、黒い外套を翻す長身の男だった。表情は穏やかなのに、視線だけは刃物のように鋭い。彼の唇がゆっくりと笑った。


「おう、起きたんか。チビ助。おはようさん。今目が覚めるとかこれ、効きすぎちゃうか?」


 その声に応じるように、女の子の高い声が弾んだ。黒が基調で紫色のメッシュが入り、特徴的な髪型のふわふわな口調の女の子がゆらゆらと横に揺れながらとても明るい声で返した。


「えー?でもでもー!一般的な人はもっと早く起きるはずだよー?そういう風に調整もしたはずだけどなぁ?」


「この子……何か、特殊な魔力の流れ方をしてる」


 そのやり取りに、冷たい声で入ってきたのは、白銀の長髪をたなびかせた少女だが、かつて幽霊のように透けていた存在は、今はしっかりと実体を持って床に立っている。目は黒く、沈着とした闇を抱えているように見えた。


「俺にもそう感じるな」


 銀髪の青年がひと言呟く。彼は冷静そのものの目で、縛られた僕を観察していた。髪は銀、表情は無駄がなく、視線だけで状況を測る参謀のようだ。彼が言うたった一言が、ここにいる者たちの間に小さな重みを生んだ。


 やはり、ここにいる人達はかなり優秀なのか、僕が特殊な魔力をしていることを瞬時に見抜けるらしい。僕が特殊な理由は十中八九この星の人間ではないからだろう。


「お前さんたち二人がそういうんなら間違いないんやろな」


 黒外套の男は、銀髪の青年と白銀の少女の言葉を受け、ほんのわずかに目を細めた。それは驚きでも困惑でもなく、ただ事実を淡々と受け止めた者の反応だ。

 

 それに続けて、金髪のツインテール少女がぴょん、と跳ねるように僕へ近づく。

 黄色と紫の派手なフード越しに覗く表情は、天真爛漫というより“獲物を見つけた小動物”のそれに近かった。瞳がきらきらと輝いているのに、そこに温度はない。好奇心と悪戯心と、少しの狂気が混ざり合ったような色だと感じた。


「あー!!やーっとおきたー?きゃははー!おはよーん僕ちゃーん!寝覚めはどー?快適に眠れたかー?」


「……え」


 僕が目を覚ましたことに対してどこか楽しそうな様子で彼女は煽った。それに対して僕は返事にならない音を漏らしてしまった。

 煽られている。弄ばれている。それは分かっているが、思考が追いついていなかったのだ。


「やめろ、エルミナ。変に刺激するな。強張ってしまえば効率的な尋問ができないだろ。私の貴重な時間を無駄にする気か?」


 冷ややかな声が空気を切り裂く。アッシュグレーの長い髪を持つ青年が、エルミナを半眼で睨む。

 その声音には怒気すらなく、ただ“面倒を増やすな”という無機質な命令だけがそこにあった。


 確かに頭に来るような言い方を彼女はしていたかもしれないが、あいにく僕にはそこに割くほどのリソースがなく、今この状況をどう切り抜ければいいのかで頭がいっぱいだった。


 けれどエルミナと呼ばれていた少女は一瞬で顔をしかめ、むくれたように彼を指さした。

 

「はぁー?別にさー、オメーの時間なんて高くもなんともないじゃーん?」


「……なに?世界で一番の美貌を誇るこの私に対して、文句でもあるの?」


「はっ!キンモー!どんだけ自意識過剰なんだよー!」


 言い争う二人の声が、閉ざされた室内に響き渡り、僕はただ目を瞬かせた。

 ……何を見せられているんだ……?これ……。


 しかし、ここにいる他の連中——黒い外套の男も、銀髪の青年も、白銀の少女も——

 誰ひとりとして止めはしない。笑みを浮かべて面白がる者、興味がないとばかりに視線を逸らす者、観察だけを続ける者。この奇妙な言い争いは、どうやら“日常の一部”らしかった。


 騒がしい口喧嘩が続く中、僕の目の端で誰かがこちらへ近づいてくるのが目に入った。それも、一人や二人ではない。視線を向けると、少し離れた場所にいた三つの影と、一匹の巨大な獣がゆっくりと歩いてくるところだった。


 地下空間の冷えた空気を押しのけるように、熱を帯びた声が響く。


「なんだなんだ!騒がしいと思ったら、ようやく起きたのか!」


 真っ先に飛び込んできたのは、赤髪の青年だった。彼は口喧嘩しているエルミナ達の間を、全く躊躇なく通り抜けてくる。

 ……すごい胆力だ。いや、それとも——ただの空気読めない人……?


「ちょ、アグちゃん!なんでフツーに鉱石バカとあたしの間に堂々と入ってくるん!?」


 エルミナが、怒号に近い声で彼を睨みつける。だが彼は気にも留めず、目の前で腕を組んだ。


「あ?だって、起きたかどうか見えねーじゃん!」


 ……いや、この返し、純粋なだけなのか?それとも悪気ゼロで喧嘩売ってるのか……?

 さすがのエルミナも呆れたようで、「はぁ」と深いため息をつくだけで、追撃はしなかった。

 その横で、低い声が静かに割り込む。


「……待て、お前……私だけでなく鉱石もバカにしたのか?」


 鈍い鉄の光を宿す瞳。岩のような体格。灰色の髪を束ねた長髪の青年が、またもやエルミナを睨んだ。


「ああもおお!ややこしすぎんだよオメーは!!」


 エルミナは静電気のせいなのか、怒りのせいなのかわからないが、髪をバチバチと逆立てながら地団駄を踏み、銀髪の青年——ゼフィルの方へと全力で走っていく。


「助けてー!ゼフィー!あの鉱石バカがムカつくぅー!」


 彼女がゼフィルに対して抱きつこうと跳びついた瞬間——

 ゼフィルは息をするように、涼しい顔でそのまま一歩だけ横にずれた。

 エルミナは空振りをしながらつんのめる。


「……っのぉぉおお!!避けんなよぉおお!!」


 床を叩いて悔しがるエルミナ。だけどゼフィルは表情ひとつ変えず佇んでいた。僕はなんだか彼女が可哀想な気がしてきていた。まあ、どっこいどっこいなのだろうか。


 青みがかった長い前髪をふわりとかき上げ、どこか達観したような薄い笑みを浮かべる青年は喧騒を眺めて小さく肩をすくめ、隣にいた緑色のセミロングの少女へと目を向けた。


「……僕たちがここに来てもあまり意味はなさそうじゃないかい?」


 その声音は柔らかく、人を否定しない気遣いに満ちていたが、同時に“巻き込まれるのは御免だ”という明確な意思もにじんでいる。

 彼女も両手を腰に当て、呆れ半分、苦笑い半分で答えた。


「そうだねミレイオ。アグノスはどうせあそこにいると暴走するし……下手に混ざったら余計に場が乱れるだけだよ。ここは引っ込んだ方がいい」


 その後ろでは、白銀の毛並みを持つ大きな獣が、優雅に首を傾けていた。ただそこに立っているだけで、気高さが漂っていた。


「ええ、リィラの言う通りでしょう。混ざると面倒事の予感しかしません」


 ……しゃ、喋った……!?


 喋る獣は、落ち着き払った声で返事をした。理知的で澄んだ声なのに、微かに獣特有の響きが残っていて耳に残る。

 僕は縛られたまま瞬きを忘れ、口を半開きにして固まってしまった。


 ——喋るの!?獣なのに!?


 いや、待て。これがこの世界の“普通”なのか?さっきから情報量が多すぎる……!


「おい、はなーせーよー!!」


 すると赤髪の青年、アグノスと呼ばれた男の叫び声が飛んできた。リィラと呼ばれた少女が彼の腕を両手でつかんで、ずるずると引きずり始めていた。


「今はあっち行くよ!ほら!邪魔だから退散!」


「なんでだよ!?俺まだ何もしてねえ!」


「何かしたら面倒だからだよ!!……よし、グラシオンも戻るよ」


「了解です」


 青髪の青年、ミレイオはその様子を苦笑しながら見送り、喋る獣のグラシオンも尻尾を揺らして静かに続いていった。

 

「騒がしくて申し訳ないなぁ坊主。自己紹介がまだやったな。俺の名前はヴァルゼっちゅうねん。お前さん、どうして捕まってるのかわかってないやろ?」


「……はい」


 答えた瞬間、ヴァルゼの眉がひとつ動き、次の言葉に淡い圧が乗った。


「お前さん、あの家に女の子なんていないって嘘ついたやろ。嘘はよくないで、坊主」


 胸が跳ね上がる。僕はぎゅっと歯を食いしばって、必死に睨み返した。


「……っ、セルシア姉さんは……渡さない!」


 例え何をされても、この一点だけは譲れない。僕の瞳の奥に揺れた熱を、ヴァルゼは読み取ったのか、ふっと目を細める。


「あれー、今セルシア"姉さん"って言ったよねー?」


 ひょいと横合いから、紫メッシュのふわふわした言動の女の子が首を傾げた。

 軽い調子なのに、言葉の芯は妙に鋭かった。


「姉さんって言うけどさー?あの人、弟なんていなかったような気がするんだけどな~?」


「……でもそこは嘘をついてへんな」


 ヴァルゼの眼光が鋭く光る。僕の言葉の裏を覗こうとするような、底の読めない視線だ。僕の背筋を冷たいものが駆け上がる。

 なぜ“嘘じゃない”と見抜けるのか……?

 理由がわからない恐怖が、心臓を圧迫するようだった。

 

 しかしその一方で、僕の脳裏に一筋の考えが落ちる。姉の弟である、という“事実”が彼らに伝わったのなら、僕だけを押さえれば済む、と判断される可能性もあるかもしれないことに気がついた。


 よくある漫画や小説などで王族が狙われる理由、それは大抵の場合は王族の血のことである。つまり、相手にとって目的は既に達している可能性だってあるわけだ。


 僕はここからは何も喋らず、沈黙を選ぶことにした。僕がセルシア姉さんの弟である"事実"が相手に伝わった状況だ。これは、ある意味チャンスでもあると僕は思い至った。黙っていればそれ以上情報は出ないわけで、セルシアの弟という事実以外、全て有耶無耶にできるのだ。


 家族であるセルシア姉さんを守れるなら、どんな痛みでも飲み込んでみせる。僕は唇を固く閉じ、沈黙を選んだ。すべてを話すより、黙る方が何倍も難しいとわかっていてもだ。


「……はぁ、こりゃ、大問題やん」


 ヴァルゼは重たげに眉間を押さえた。どうやら、彼らの中で何か問題があるようだった。


「……ねぇ、何が大問題なの。私五体全部フル稼働してる。早く終わらせて欲しいんだけど」


 幽霊のように儚げに見える少女のフェルアが無表情でつぶやく。その声はひどく淡白なのに、存在感は研ぎ澄まされているようだった。


「だからあん時言ったやろ、フェルアには悪いって……」


 ヴァルゼが少しだけ申し訳なさそうに目を伏せる。と、そこへエルミナがケラケラと笑いながら割りこんだ。

 

「そもそもさー!ウチら全員配置するなんてヴァルちゃん、頭おかしくなっちゃったー??」


「それは同意見だ。この貴重なグランツの時間を割いてまでする必要はあるのか?」


 灰色の髪を肩に流した長身の青年——グランツが鼻で笑いながら同調する。彼の言葉は常にどこか自信過剰で、しかし妙に説得力がある声音をしている。

 ヴァルゼは二人の“問題児”をまとめて相手にしながら、深々とため息をこぼした。

 

「それがあるんや。この件、俺らの敬愛する"魔王様"から託してもらったんやで?俺らが試されている可能性も否定はできへん以上……とにかくやるしかないんや」


 その単語が、僕の心臓を鷲掴みにした。

 ——魔王。そこから推測できるに、この人達は魔王の部下ということになる。とんでもない展開になってしまった。よくあるRPGやアニメの魔王は物語でラスボスとして立ちはだかるものだ。そんな魔王の、明らかに強そうな側近の人達に捕まってしまったというのか。


「試されてるって、普通王女様を消しかけてまでするー?魔王様もハクジョーだよねー?」


「薄情なのかどうかなんて、俺らにはわからん話や。とにかくやれることやっとかな、あとで収拾つかんことになるかもしれん。俺らはそれを防ぐための組織やろ?な、セラティア」


「うん、そーだねぇー!やれることやらないといけないよねぇ!!」


「……これ魔王様になんて説明するかやなぁ。やっぱ最悪の可能性も考えといてよかったなぁ」

 

 最悪。その言葉だけが、嫌な形を持って胸に沈む。

 僕が“弟”であることが……最悪?どういう意味だ?


 すると、セラティアが疑問に思ったのかヴァルゼの袖をくいっと引っ張る。

 

「ねぇねぇ、最悪の可能性って、なんのことー?」


「……それはな、あの王女様とバトることになるってことや」


「へぇー、いいじゃーん!あたし、あの王女様と一度バトって見たかったんだー!」


 その言葉を拾ったのか、遠くからとんでもない勢いで足音が迫る。


「おい!!今バトるって言ったか!!!しかも、あの王女様とか!?」


 アグノスが、目を爛々と輝かせて駆け寄ってきた。その後ろで、半ば呆れたリィラが彼の襟首を掴んでいた。


「ちょ、いきなり走り出したと思ったら……どういう展開なの!?」


「——へぇ、僕も興味があるかな」


 続いてミレイオがひょっこり顔を出し、静かに興味を示す。


「はぁ、あなた達は戦闘が相変わらずお好きなようですね」


 そして、ため息まじりに言葉を落としたのは、白銀の毛並みを持つ獣、グラシオンだった。


 ヴァルゼは腕を組んだまま、落ち着き払った声音でさらりと言い放つ。


「そうやな。そん時はアグノス、ミレイオ、エルミナ、グランツの四人で食い止めて欲しいんやが、頼んでもええな?」


 その瞬間、空気が一段階熱を帯びた。そして、玄朧影の四人が揃って反応した。


「おう!よっしゃー、腕がなるぜ!」


 アグノスは嬉しさを隠そうともせず、拳をぶんぶんと振り回した。額に走る傷跡すら、今はまるで戦いを待ち望む戦士の勲章に見える。


「ひっさびさに体動かしたかったんだよねぇー!」


 エルミナは猫みたいに背を反らして伸びをし、髪をゆらゆらと揺らす。その目は完全に“遊びに行く前の子ども”のそれだった。


「……仕方ないな。私が必要なら手伝ってやろう」


 グランツは長い灰銀色の髪を掬い、ため息とともにそっとかき上げる。言葉こそ淡々としているのに、瞳の奥では戦意がきらりと光っているように感じた。


「わかった。準備運動くらいはしておこうかな」


 ミレイオは立ち位置をずらし、すでに肩の可動域を確かめるように回し始めていた。その仕草は落ち着いているが、内側では静かな火がともっている。

 そんな四人の高まる気配を見て、ヴァルゼは釘を刺すように続けた。


「しかし、やるにしても気絶までやからな。手が滑って殺してもうたら俺らが魔王様に逝かされちまうからな。気いつけや」


 その忠告にも、四人は揃って雑すぎる返事を返した。


「任しとけって!」

「へーいへいへい!」

「殺すわけないだろ」

「大丈夫だよ」


 誰ひとりとして“任務の重さ”を真正面から受け止めている気配がないように感じる。

 それでも、この人たちが本物の化物じみた強者なのは、そのゆるさをもってしてもわかる。


 僕はその光景を見ながら、身体の奥底がひゅっと冷えた。ここにいる全員が、本当に戦えばきっと、王都をひっくり返すだけの力を持っている可能性がある。

 そしてその矛先は、場合によっては——セルシア姉さんだけに向く。胸が強く締めつけられた。気絶まで、と言っていた。でも……そう上手くいくとは限らない。


 ……魔王なんて、物語の中だけの存在のはずだったのに。いや、ここは夢なのだから、夢の世界では魔王が存在するのも納得ではある。

 どうか……どうか、セルシア姉さんだけでも無事でいてくれ。

 今はただ——姉さんの無事を願うことしかできなかった。

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