54話 大好きな姉の仇
「誰?」
青春の鬼気迫る憎悪を向けられた四鬼だったが、きょとんとしていた。
どうやら面識はないようだ。
「お前の顔は姉さんが残してくれたデータで知っている……妖魔神、四鬼。姉さんの仇だ……殺す!」
「青くん……」
黄緑は、いつも穏やかで表情を崩さない、そんな青春の憤怒の面構えを初めて見た。
恐れ、心配、そんな感情を抱くかと思いきや……
「怒った青くんもかわいい~カッコいい~! 好き!」
いつもと同じだった。
ぶりっ子みたいにくねくねして、青春にデレデレ。
目にはハートマークが浮かんでいる。
だが今の青春に、黄緑を構う余裕なんてなかった。
(落ち着け……相手は妖魔神。そう簡単に殺れる奴じゃない。今の時刻は六時少し前……六時になれば全開の力で戦える)
自らの力を発揮できる夜まであと少し。今すぐにでも殴りかかりたい衝動を必死に抑える。
本来妖猫ヒルダの顕現はフルパワーか、暗闇を作れた時にしかできない。だがどれも満たしてないのに顕現を可能にしていた。
それは青春の怒りが、憎悪が、彼の魔力をわずかばかし漏れさせ、自力で何割かの力を引き出せていたからだ。
「二鳥。この小僧は?」
四鬼が問うと、二鳥は跪いて……
「は、一兎を始末したという小僧……闇野青春と思われます」
「サイクロプスとかも殺ったとかいう?」
「はい」
「ふーん闇野ねえ……」
四鬼は青春の姉、闇野春火を記憶ごと喰って殺したと言われている。
つまり、春火と戦闘した経験があるはず……
「聞いたことない名前だね。有名な妖魔退治の家系でもなさそうだ」
春火と同じ名字の闇野と聞いてもこの反応。本当に何も覚えていないのだろうか?
青春は覚えてない態度にむかっ腹たつも、必死に衝動を抑える。
六時までは……挑発だろうとのらない。
この場で今、一番冷静さを貫いていたのは冬黒だった。
この状況を冷静に分析しているのだが……
(まずいですね……四人こちらにいるとはいえ、妖魔神まで出てくるなんて、想定外ですよ)
二鳥と四人がかりで戦い倒す。それが一番だった。
まさかこんなところで御大将が自ら現れるとは思っていなかった。
四鬼のデータは組織内でもほとんどなかった。
それこそ所属していたと思われる、闇野春火以外は誰も会ったこともないし、どんな妖魔なのか、どんな能力なのかまったくの不明だった。
そう簡単に人前に現れず、人知れず暗躍しているものとばかり思っていた。
それがこんな街中のど真ん中で、部下の手助けにあっさり現れるなんて思うはずがなかったのだ。
(僕らを警戒し、暗躍してたとかそういうわけではないのでしょうか? 組織や人間などとるに足らない相手と思ってる。そうとしか思えない余裕を感じますね)
戦った闇野春火を覚えてない様子から察せる。
四鬼は人間をなめている。
正体を人前で明かす事に躊躇ないのだから。
ならなぜ今まで目撃情報などやデータが手に入らなかった?
答えは簡単だ。
(そうか……記憶ごと喰らう奴だ。目撃者の存在が消える以上、行方不明事件などにもならない。喰われた人々の記憶が消え、家族ですら忘れてしまうんですからね)
どれだけ人が消えようが、消えた人の記憶がなくなる以上誰も気づかない。
殺してしまえば何の証拠も残らないわけだ。
奴は人知れず暗躍してたわけではない。
堂々と人を殺しても誰も気づかないだけだからだ。
組織ですら、四鬼という妖魔がいるらしい……程度の、噂的な情報しかもってなかったのだから。
(例外は事情を知って、姉の事を紙に書きなぐり、情報を残していた闇野青春だけですか……)
闇野青春が四鬼を追ってるという情報から組織は、四鬼がちゃんと存在してる妖魔と把握した。
妖魔王のバックにいるという情報を手に入れたのもごく最近。
青春あっての四鬼の情報だった。
(ハッキリ言って、ここは逃亡するべきでしょうね。数ではこちらが勝ってるとはいえ、相手は妖魔王に妖魔神ですからね。……ただ、)
冬黒は周囲を確認。
辺りには逃げ遅れた民衆が見える。恐怖で腰が抜けた者、怪我で動けない者などだ。
(逃げるとこの人々を見捨てる事になりますね……)
逃亡するということは、民衆を見捨てる。それはあまり選びたくない選択だった。
(四鬼……まさかそれを見越して出てきたのか……?)
邪魔な連中を殲滅するため、逃げる選択肢を塞ぐ。人々を、ある意味では人質にとったようなものだ。
それを狙ってやったことだとしたら……
策士としか言えない。
「どうした? かかってこないの? なかなか臆病者なんだねえ」
安い挑発。無論のりはしない。
青春は腕時計を確認する。
秒針はゆっくりと……六時を差す。
青春は力を全開させ……動く。
「四鬼ぃ!」
「待て闇野! すぐに動かないでください!」
冬黒の制止を聞かずに青春は飛び出す。
「お姉ちゃんにお任せ!」
黄緑も青春に続く。
「闇野、闇野ねえ……はいご対面」
四鬼は自らの影からなにかを呼び出す。
ゆっくりと影から出てくるのは……一人の少女だった。
青春は走りながら闇空間を出そうとしていたのだが……
突然足を止める。
出てきた少女に、目を奪われるように……
少女は幼さを残すものの、とてもかわいらしい少女だった。
誰もが目をひかれるほど美しい。
そしてロングヘアーで美しい青い髪型をしていた。
……青春と同じ青い髪……
少女は青春を見ると、優しく笑いかけながら……言う。
『青くん』
その一言を聞くと、青春の目に大粒の涙がこぼれだす……
そして彼は叫ぶ。
「「姉さん!」」
青春はこの瞬間全てを思い出した。姉、闇野春火についての記憶を。愛しい姉の姿を……
そんな状況で見た姉の顔に、涙が止まらなくなっていた。
「はいマヌケ」
姉の記憶を取り戻した青春は、姉の姿に気をとられ、完全にスキだらけ。
四鬼は卑怯にもそれを利用し、仕掛ける。
何者をも切り裂くかのような、鋭い風の刃が青春を襲う!
「青くん!」
「「青春~!」」
黄緑は青春を突き飛ばしかばう。ヒルダは盾となって。青春の前に……
結果。
風の刃はヒルダを胴切り、黄緑の左腕を切り落とした。
「痛!」
黄緑は腕を落とされたというのに、ろくに悲鳴もあげなかった。
痛みも相当なものなはずなのに、凄まじい精神力だ。
まず黄緑は片手で泣いて動けない青春を抱え、逃げる。
両断されたヒルダは痛みにうめきつつ、青春の影に入り引っ込んでいく。死んではいないようだ。
「おい逃げるのか? じゃあ用済み」
四鬼がそう言うと、影に青春の姉らしき人物が引っ込む。
その瞬間、青春の様子がおかしくなる。
「う、うわあああ!」
「どうしたの青くん!?」
頭を抱え泣き叫ぶ青春にうろたえ、宥めようとする黄緑だったが……
「記憶が! 姉さんが!」
青春の頭の中から、またも姉の記憶が消失しだしたのだ。
せっかく思い出した、愛しき、大好きな姉の記憶がまた失くなったのだ。
一瞬思い出したからこそ、どれだけ姉を愛していたか、青春は理解できた。
それなのに、また記憶が失くなったのだ。
精神がおかしくなるのも当然かもしれない。
青春はまだ中学一年生の子供なのだ。姉を、記憶を弄ばれて、平気でいられるわけがないのだ。
「返せ! 返せよ姉さんを! 姉さんの記憶を!……かえ……せ。返し……て」
いつも冷静な青春が幼い子供のように泣き叫ぶ。
堪らなくなり、黄緑は自分の特大の胸にうずめさせるように青春を抱き締める。
「大丈夫! 大丈夫だから青くん! ワタシが! ワタシがいるから!」
「うわあああ! 姉さん! 姉さん……」
「冬黒くん! 悪いけど青くん連れて逃げるから!」
黄緑は冬黒にそう伝えると、大ジャンプしてビルを飛び越え、走り去っていく。
あの状況では青春は戦闘不能だろう。冬黒はそれを理解したからこそ、黄緑を止めるような事はしなかった。
そして、冬黒は叫ぶ。
「赤里さん!」
「OKでござる!」
秋葉はリストカットの要領で手首を切り、血を流すと能力を発動する。
血を津波のように高く大きく放出し、四鬼と二鳥にぶつける。
「うざ」
四鬼は風の刃で津波を切り裂くと……その瞬間発光!
目も開けていられないほどの眩しさ。
冬黒の目眩ましだろう。
光が止む頃には、すでに冬黒達の姿はなかった。
人々もその拍子で逃がす事に成功したようだった。
「逃げたければ逃げなよ雑魚共。見逃してあげる」
四鬼はこの場からいなくなった者達に捨てセリフのように吐き捨てた。
「じゃあ二鳥、後は頼むよ」
「はっ!」
四鬼は二鳥に指示すると、その場から去っていった……
――つづく。
「四鬼の奴~! 青くん泣かせやがって! 殺す!……でも泣いてる青くん……かわいい……ハアハア……」
「次回 立ち上がれ! 青くんに無理させないでよ」




