「グリーンランドってメルカトル図法だからでかく見えるだけで意外と小さいんだよw」と言ったら怒ったグリーンランドがやってきた
ある社会人カップルが町を歩いていた。
青太は26歳、恋人の真白は25歳。会社で知り合い、休みの日にはこうしてデートをする仲である。
二人は近いうちに結婚も考えている。
ふと、青太が自分のスマホの画面を真白に見せた。
「これ見てくれよ」
「なにこれ? 世界地図?」
「そう。これはメルカトル図法ってやり方で描かれてるんだけど、角度が正確だから、航海ではすごい役に立つんだよ」
「へぇ~」
「だけどその代わり、面積は結構いい加減なんだよな」
「そうなの?」
真白が首を傾げる。
「例えば下の方。南極は地球の南を覆い尽くす巨大大陸みたいになってる」
「あー、すごいね。これ」
「高緯度になるほど、面積が拡大されちゃうんだな。だから、ほらグリーンランドも……」
青太はグリーンランドを指差す。
日本を中心にした地図なので、右上に描かれている。
「アフリカや南アメリカ並みにでかく描かれてるけど、実際はオーストラリアよりも小さいぐらいなんだ」
「へぇ~、そんなに変わっちゃうんだ」
「でかく見えるけど意外と小さいんだよ」
青太は得意げになり、真白は感心する。
青太からすれば気まぐれに自分の持っている豆知識を披露しただけであった。
しかし、これがとんでもない出会いを生むことになる。
しばらく歩いていると――
「ん?」
“それ”はいた。
見た目は――グリーンランドだった。
色は薄い緑色で、地図に掲載されているグリーンランドを1メートルぐらいの大きさにし、手足を生やしたような外見だった。
青太と真白は困惑する。
「なんだあれ……」
目の前に立ちはだかる“それ”に青太は声をかける。
「な、何か用?」
“それ”は言った。
「オレはグリーンランドだ」
「え!!?」
青太と真白は驚く。
「いやいや、グリーンランドって意味分からん。グリーンランドは島だろうが。こんなところに来られるわけがない」
「グリーンランドの分身とでも理解しておけ。人間もよく、自分の魂の一部を分身として具現化して、遠くに飛ばしたりするだろう」
「いや、できねえよ。そもそもグリーンランドなのになんで日本語喋ってるんだ」
「つまり、オレは本物のグリーンランドなんだ」
青太のツッコミは無視され、真白が尋ねる。
「ところで、あなたは何をしにきたの?」
グリーンランドは言った。
「お前さっき、オレのことバカにしてたよな?」
「え!?」
青太はドキリとする。
「メルカトル図法がどうとか、意外と小さいとかなんとか……」
「いや、それは確かに言ったけど……」
「他国の面積を侮辱する。これは重大な国際問題にもなりかねない失言だ。だから、指導しにきた」
「えええええ!?」
青太は焦る。
「ちょっと待ってくれよ! 総理大臣とかが言ったならともかく、俺みたいな一般人が言っても国際問題になんかならないだろ!」
「オレは細かい男なんだ。お前のような奴の失言でも決して見逃さない。しかもいつまでも根に持つ」
「ぐ……!」
青太は「本当に小さいじゃねえか」と言おうとしたが、なんとか踏みとどまった。
グリーンランドは続ける。
「せっかく日本に来たし、今日はお前たちにグリーンランドのことをレクチャーしてやろう」
「いや、いいよ。デート中だし……」
しかし、真白は――
「まあいいじゃない。レクチャーしてもらいましょうよ」
「ふん、そちらの女性は見所があるな。これが大和撫子というものか」
恋人が乗り気なので、青太にもグリーンランドの提案を拒否する理由はなくなった。
「うーん、まあいいか」
グリーンランドは胸を張る。
「まず、お前」
「青太だけど」
「青太、お前はどうせグリーンランドは緑ばかりの島だと思ってるんだろう」
「いや思ってないけど」
「そこが素人の浅はかさなんだ。名前がグリーンだから、土地もグリーンだと決めつけてしまう」
「決めつけてないって」
「グリーンランドは氷が多い。つまり、どちらかといえば白いんだ。よく覚えておくんだな」
「……はい」
青太はしぶしぶ納得した。
「お前のような半端者がグリーンランドに来たら一瞬で凍死するだろう」
「一瞬て。さすがにそこまで寒くないだろ」
真白が手を挙げて質問をする。
「私は真白って言うんだけど、他にも色々と教えてよ!」
「いいだろう。じゃあ、グリーンランドはどこの領か知ってるか?」
まともなクイズが出されたので、青太は悩む。
「え、と……北欧のあたりだと思うから……」
「デンマークだ。よく覚えておくんだな」
「あー、デンマークか! 分かった、覚えておく」
「ただし高度な自治が認められているがな……すごいだろ」
「すごいのはグリーンランドの人々であって、お前じゃないと思う」
グリーンランドのレクチャーは案外楽しいものだったので、青太と真白はますます乗り気になる。
「他にも教えて!」
「そうそう。人口は何人とか、名産とか、歴史とか……」
「スマホで調べてくれ」
「は?」
「レクチャーしてくれるんじゃないの?」
「ネットで調べた方が確実だ。ネットは嘘をつかないからな」
「こいつ、陰謀論とかにすぐ染まりそうだな……」
レクチャーが終わってしまったので、青太が言う。
「じゃあ予定通り、寿司でも食べに行こうか」
「そうね!」
「グリーンランド、お前も来いよ」
「回らない寿司か?」
「いや回るやつだよ」
「できれば回らないやつがよかったが、仕方あるまい」
「おごってやるんだから文句言うなよな」
近くにあった回転寿司屋に入った三人。
青太と真白はそれぞれのペースでネタを食べるが、グリーンランドは備え付けのガリばかり食べている。
青太が顔をしかめる。
「おいグリーンランド、ガリばかり食べてないで、他のも食べろよ」
「そうよ、お店の人に文句言われちゃうかも」
すると、グリーンランドは――
「ガリーンランド」
「……は?」
青太は唖然とする。
グリーンランドは渾身のネタを披露して満足したのか、普通のネタをパクパクと食べ始めた。
一時間ほどして、三人は店を出た。
グリーンランドは腹をポンポンと叩く。
「美味しかったよ」
「くそっ、大トロだのウニだの高いのばかり食べやがって……!」
財布を見てうなだれる青太に――
「青太、この借りは必ず返そう」
「へえ、意外と義理堅い奴なんだな」
「ギリーンランド」
「……っ!」
青太は拳を握り締めたが、国際問題になるとギリギリのところで思いとどまった。
しばらく、三人は町を歩いていたが、突然グリーンランドが苦しみ始める。
「うぐぐ……!」
両手で腹を押さえ、うずくまってしまう。
「お、おい、大丈夫か!?」
青太が声をかけるが、グリーンランドはうめき声を上げるだけ。
「やっぱりガリを食べすぎたんだよ……。どうすりゃいいんだ……」
真白があることを閃く。
「あ、分かったぁ!」
「何が分かったんだ、真白!?」
「お腹を壊してゲリーンランド、でしょ!」
「その通りだ」
親指を立てるグリーンランド、大喜びする真白。
それについていけなかった青太はなぜか悔しくなった。
少し時間が経って、今度はグリーンランドが自分の胸を両手で叩く。
「ウホ、ウホホッ!」
青太の目が鋭く光る。
「分かった、ゴリーンランドか!」
グリーンランドは嬉しそうにうなずいた。
「青太、お前もようやくノリが分かってきたな」
「青太君、おめでとう!」
「へへへ……」
嬉しくなった青太はついこんなことを口走る。
「ノリーンランド」
「は?」とグリーンランド。
「青太君、今のはちょっと……ないわー……」
真白にまで呆れられ、青太は絶叫した。
「なんでだよォ!!?」
それからも三人は奇妙なデートを楽しみ――やがて、グリーンランドと別れの時が来た。
「今日は楽しかったぞ」
青太と真白は笑みを返す。
「俺たちもな」
「最初はビックリしたけど楽しかったわ!」
グリーンランドは二枚の券を手渡す。
「このチケットをあげよう」
「これは?」
「グリーンランド無料招待券だ。これがあれば、タダでグリーンランドまで行き、一週間は滞在することができる」
「マジかよ!?」
「ありがとう、グリーンランド!」
二人の礼を聞くと、そのままグリーンランドは煙のように消えてしまった。
青太は寂しげな眼差しになる。
「行っちまったな……」
「うん……いい人、というかいい島だったね」
「ああ、いつか行ってみるか。グリーンランド!」
「そうだね!」
***
一年後、青太と真白は結婚した。
そして、新婚旅行先に選んだのはなんとグリーンランド。
グリーンランドが渡したチケットの効力は本物で、二人は無料でグリーンランドまで行くことができ、宿泊料も取られなかった。
およそ一週間、二人はすっかりグリーンランド観光を楽しんだ。
「気温は低かったけど……楽しかったね~!」
「うん、来てよかったよ。しかも、タダだったしな」
「彼には感謝しないとね~」
「まったくだ。ちょっと寿司おごっただけでグリーンランド旅行が楽しめちゃうなんて気前がよすぎる」
青太がしみじみと言う。
「グリーンランド、綺麗だったなぁ」
「ホント、綺麗だったよねえ」
この時だった。
――クリーンランド……。
二人の耳にもこの“つぶやき”は届いていた。
「え!? 今……!」
「私にも聞こえた! 確かにあの声だったわ!」
青太はふっと微笑んだ。
「どうやら相変わらずみたいだな……」
おわり
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