7
お待たせいたしました。
ようやく更新です。
「……なんでしゅかキミは」
「チューン?」
冒険者ギルドの受付嬢ナナリーは黒いモフモフと邂逅した。
小さくきらきらとした瞳がこちらを見つめる。そのつやのある黒い毛並みは触ったらとても気持ちよさそうだ。
「……だめです。今はリナさんを探しているのです、キミにかまっていてはいられない」
「チュ~ン」
「くっ!なんてあざとい!」
などと言いながらその手はすでにクロまめを撫でまわしていた。
かわいいの前に仕事や責任など無力である。
「……えーっと、ナナリーちゃん?」
背後から声が聞こえ、モフモフを堪能していたナナリーの肩が跳ねる。
彼女はすくっと立ち上がると、リナに向き直り姿勢を正す。
「……こほん。おはようございますリナさん。昨日の薬草の件でギルド長が話したいことがあるそうです。いつでも構いませんので、また冒険者ギルドへお越しください」
「えっ、あ、う、うん……。そうだね、今日のお昼過ぎ…2時ぐらいにお伺いしてもいいかな?」
「かしこまりました、そのようにお伝えします。では、失礼します」
要件だけ伝え何事もなかったかのように去っていくナナリーを、リナとクロまめは呆然と見送る。
と、思ったらナナリーがつかつかと戻ってきた。
「……先ほど見たものは他言無用でお願いします」
「あ、うん…」
**
「わざわざ来てもらって悪いねリナ君」
「いえ、こちらこそお時間いただきありがとうございます」
お昼過ぎに冒険者ギルドに行ったリナはすぐにギルド長室に案内された。
「ナナリーから聞いていると思うが、君の採取してきたスピリナ草のことで話があってね。まず昨日のもの買い取り価格だが、一株で金貨3枚、合計で金貨45枚で買い取ろう」
「ナナリーがちゃんに言われた額よりも高い…!ギルドの資金大丈夫です?」
「ははは!心配してくれるのはありがたいが、この程度で傾くことはないよ」
そう言われリナは胸をなでおろす。
採取困難で希少な薬草だと言われてもリナからすればやはり道端の草なのである。それ一株が数か月分の食費が賄えるくらいの金額になってしまうのだ、支払う側を心配するのも無理はない。
……この感覚はリナだけだろうが。
リナは書類にサインし金貨の入った小袋をもらう。小さな硬貨なので45枚あっても重くはないが、思わず両手で受け取った。
魔道具の特許利用料といい、魔術塔を出てから大金が懐に入りすぎである。ほぼ無一文だったので有難いのだが、金銭感覚が狂いそうで怖い。
「さて、ここからが本題なのだが、このスピリナ草の採取について、君に指名依頼がきている」
「指名依頼、ですか。…わたしまだ仮登録ですよね。受けられなくないです?」
「そう、そこが問題なんだ…」
指名依頼とは、文字通り冒険者個人またはパーティを指名した依頼のことである。掲示板に張り出される依頼とは違い小銅級以上という受託条件として設定されているため、冒険者になってすぐに受けられるものではない。
冒険者のランクは高いほうから白金、金、銀、銅、鉄に分類され、鉄級以外はさらに大と小に分かれている。指名依頼の条件である小銅級は下から2つ目にあたり、鉄級の依頼をこなし最低限冒険者として経験や実績を積んだぐらいのランクだ。
ではリナはどうなのかといえば、まだ最低ランクの鉄級未満、仮登録である。受託の条件どころか正規の冒険者ですらない。
指名されているとはいえ、受けるのは不可能なのである。
「普通、仮登録の冒険者に指名依頼なんてこないんだけどね」
「そうですよね…どなたからの依頼です?」
「アスタリア王家からだ」
それを聞いたリナは特に驚くこともなく納得の素振りを見せ、同時に困ったような表情を浮かべた。
「あー…わたしの知り合いです。無理言ってすいません…」
「王家とも知り合いなのか…薄々感じていたが、リナ君かなり顔が広いね」
「学生時代に色々ありまして。それで、今回のようにギルドが買い取って、ギルドが依頼者に販売するのはいけないのですか?」
「冒険者ギルドはあくまで中立を取らないといけないからね、王家といえども特定の相手に独占的に販売することができないんだ」
「そうですか…」
さすがは国をまたぐ独立組織、そこは徹底しているらしい。
「かといって王家の依頼を無下にするわけにもいかないしなぁ…リナ君はこの依頼、受けられるなら受けたいかい?」
「ええ、ぜひ」
「そうか、そう言ってもらえるとありがたい。では、やはり君にはこの依頼を受けてもらうとしよう」
そう言ったアレックスにリナはピンときた。
「…あるんですね、抜け道」
「あるんだよ、これが」
「フフフ。ギルド長もお人が悪い」
「ハハハ。規定内だ、何の問題もないさ」
受付業務が済み、やってきたナナリーが部屋の扉を開けた時、そこにいたのは2人が不気味に笑っている姿だった。
そっと扉を閉じ、ナナリーは見なかったことにした。
「_____というわけで、リナ君には小銅級昇級の特例試験を受けてもらおうと思っている」
「何がというわけでなんですか。ヘタクソな悪代官ごっこはやめてください。リナさんも乗らないでくださいよ」
「ごめん言い始めたのわたし」
「リナさんっ!!」
結局連れ戻されたナナリーは寸劇をしていた2人に怒りながらもテキパキと特例試験の書類を準備してくれる。
なんだかんだ優秀な職員である。
「それで、その特例試験というのは何なのでしょう?」
「試験官の同伴の下でこちらの提示した依頼をこなしてもらう、それだけの簡単な試験さ」
「また随分と都合の良いものがありますね…」
「と、思うだろう?だがこの試験で選ばれる依頼は小銀級の討伐依頼だ。しかも試験官も基本手助けしてくれない、すべて自分でやってもらう」
「パスさせる気がないじゃないですか」
小銀級は小銅級よりも2ランクも上だ。冒険者としてはベテランのクラスであり、そんな彼らに向けた依頼の達成など冒険者になりたての鉄級では到底不可能である。
「元々は合格させないことが目的の試験だからね。あまりにも自信過剰だったり、碌に依頼も達成していないのに小銅級にさせろと言ってくる不届者の鼻を折るための制度だから」
「うわぁ…なんてえげつない」
「そして君にはそれに合格してもらう」
「……わたしの負担大きすぎません?」
「気のせいだな」
これは思った以上の無理難題を安請け合いしてしまったようだとリナは後悔した。
が、受けてしまったものはしょうがない。やるからには必ず合格しようとリナは気合いを入れるのだった。
「そういえば、もし合格できなかったらどうするんです?」
「その時は…まぁその時だな」
「まさかの見切り発車」
「大丈夫だ、君ならできる」
「がんばれーリナさーん」
「鬼だこの人たちっ!!」
**
そんなこんなで次の日、リナは試験を受けるため朝早くから冒険者ギルドに来ていた。
「お待ちしておりました、リナさん。本当に昨日の今日で大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。こういうのはさっさと終わらせた方が気が楽だから。ナナリーちゃんの方こそ、準備急かしちゃってごめんね」
「お気になさらず。試験用の依頼も試験官も目星はつけてましたから。それで、試験の依頼はこちらになります」
ナナリーから依頼書を受け取る。
そこに書かれた内容を見て、リナは少しホッとした。
「『ゴブリンの集落掃討』ですか。よかった、ちゃんとした小銀級依頼だ」
「そりゃそうですよ…。でも気をつけてくださいね、小銀級の依頼にはそれ相応の理由がありますから。たかがゴブリンだと侮ってはいけませんよ」
Homo diabolica msp.goblinus、通称・ゴブリン。亜人種と呼ばれる魔物の一種で、銅級冒険者でも簡単に倒せる魔物である。しかし集団となると途端に強力になり、罠や連携を駆使して逆に人を狩り始めるまでになる。
今回は『集落』とのことなので数はおよそ10体前後だろう。だがこれは発見時点での数であり、繁殖や合流などによって数が増えている可能性も否めない。
小銀級にふさわしい、気を引き締めなければならない依頼だ。
「それで、試験官なのですが……お、いらっしゃいましたね」
「お待たせしました」
そこにやってきたのは3人組の冒険者パーティ。リナはその中に最近会った顔があるのに気が付いた。
「イルマさん!」
「やっほーリナ、2日ぐらいぶりね。まさかこんなに早くあなたの昇格試験があるとは思わなかったわよ」
「あはは…。イルマさんがいるということは」
「ええ、試験官は『炎』の方々です」
ナナリーに紹介され、真紅の髪を一つに束ねた青年から挨拶をしてくれる。
「小金級パーティ『炎』です。僕はアーリンス、リーダーを務めています」
「斥候のイルマよ、改めてよろしくね」
「カルバン。盾士」
「カルバンはいつもこんなだから気にしないでね」
「冒険者未満のリナです。よろしくお願いします」
リナも挨拶を返すが、冒険者未満というのはなんとも締まらない。小銅級でもいいので先に冒険者の本登録をしたかったなと思ってしまう。
「ギルド長から経緯は聞いているけれど、試験だからしっかり監督させてもらうよ」
「もちろんです」
「にしても、あなたも災難ね…指名依頼をもらったせいで昇格を急かされるなんて」
「わたしがやりたくてやっていますから。がんばります!」
そうして一時的に『炎』とパーティ登録を行い、リナの試験が始まった。
依頼にあるゴブリンの集落は、王都から馬車で一時間ほどの森林地帯で確認されたらしい。4人ももちろん辻馬車に乗り、目的地に向かう。
「リナさんの装備ですが…見たところ短剣だけのような?」
「ああ、これですか。そうですね。基本はこれで、ポーチに投擲針が入ってます。あと従魔という名のペットが一匹います」
「ペット?」
「クロまめくん、カモン」
「チュン!」
リナの掛け声に合わせ、彼女の影からクロまめが顔を出す。
「何この子かわいい!!」
そしてイルマが釣れた。
「影魔法使いのトーカマウスですか。珍しいですね」
「本当は連れてくるつもりなかったんですけどね。ついてくるっていきかないものですから」
今朝冒険者の試験があるという話をしたところ、クロまめが行きたがったのだ。小銀級の依頼は危険だからとリナは渋ったのだが、クロまめも一歩も譲らず。影魔法が使えるクロまめがいるのは何かと心強いのも事実だと折れたリナが従魔という体で連れてきたのだ。
なお、従魔は武器という括りなのでパーティ登録は不要である。
「短剣も投擲針も小細工してあるので、問題はありませんよ」
「そうですか。でも何かあったらすぐに止めますからね」
「わかりました」
そうこう話しているうちに森林の入り口が見えてくる。少し離れたところで馬車を降り、4人と1匹は森に足を踏み入れた。
森の中はうっそうとしており、まるで別世界のようだった。先頭を任されたリナは短剣でザクザクと蔦を薙ぎ払いながら道なき道を進んでいく。
「みんな、ちょっと待って。何か変よ」
少し進んだところでイルマが皆を止める。
「どうしました?」
「この森に入ってから動物の気配がしないの。あなたたちも鳥の鳴き声、聞いてないでしょ?」
「確かにそうですね…以前来た時には小鳥のさえずりぐらいはしていましたが」
「……でも、魔物はいるようですよ」
そう言ったリナの視線の先にはゴブリンの姿があった。
数は3。おそらく、斥候部隊だろう。
「こんなに浅いところに出てくるとは…森に何かあったことは間違いなさそうですね」
「どうします?」
「試験ということもありますので、ここはリナさんにお任せします。やりたいようにやってみてください」
「わかりました。森から出られても厄介なので、あのゴブリン討伐してきます」
そう言うと、リナの姿がふっと消える。次の瞬間には彼女はゴブリンたちの背後をとっていた。
『『『ギギャッ!?』』』
「おそい」
カチリと柄頭を押し込み、リナは短剣を振り抜く!
5倍にも伸びたその刃はいとも簡単に3匹の頭を刎ね飛ばした。
それは、まさに一瞬の出来事だった。
「おわりましたー」
ゴブリンの頭が転がる惨状の中、無邪気にこちらに手を振るリナに『炎』の3人はあきれてものも言えなかった。
ゴブリンの学名は創作です。
「msp.」は魔物種「monstrumspecies」という意味です。もちろん造語です。




