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冒険者(仮)になった次の日。
「おはようナナリーちゃん。朝って大変なんだね……」
「おはようございますリナさん…。ええ……受付嬢は朝が地獄なのです……」
朝一番に冒険者ギルドに来たリナは、戦場と化したギルド内の様相にビビっていた。
冒険者の受ける依頼は早い者勝ち。そのため朝は報酬が良い依頼を目掛けて冒険者が雪崩れ込み、取り合いだの喧嘩だのと賑やかになる。
受付が空いてきた頃には早くも受付嬢全員の顔に疲労の色が見えていた。
「お疲れ様です。……と、ポーションは渡しても飲めなかったね」
「もう始末書はこりごりです。……でも、リナさんのポーションなら疲れとか一気に吹き飛びそうですね」
「そんなやばいポーションは持ってません」
そんなものを作ってみろ、一生寝ずに研究に没頭するぞ。誰がって自分が。
己が身のことながら考えただけでもゾッとするので開発すらしたことがない。
「雑談もほどほどにして、リナさんのご用件は何でしょうか?」
「そうそう、昨日採取したものを提出していないことに気がついてね」
リナはカバンから皮袋を取り出した。枯れていないかを確認し、袋ごとナナリーに手渡す。
「この薬草の査定と買取を願いします」
「かしこまりました、お預かりいたします。中身を確認いたしますね」
ナナリーは袋を覗き込み……そのままフリーズした。
その様子にリナが訝しむ。採ってきた薬草はそれほど変なものではない、むしろどこにでも生えているはずだが……。
「大丈夫?」
「…はっ!すいません、思っていたよりもかなり大物が入っていたのでつい……」
「大物って大袈裟な。普通の薬草ですよ」
「これが普通だったら他の薬草は雑草ですよ!!」
ナナリーの声がギルド内に響き渡る。何事かと冒険者達の注目を浴びたナナリーはこほんと咳払いをすると笑顔になる。
……いや、これは笑顔であって笑顔ではない。すごいニッコニコなのに目が笑ってない。
思わず後ずさるリナの腕ががっちりと掴まれる。振り解けないそれに、リナは冷や汗が止まらない。
「……リナさん。少し場所を変えましょうか」
「お手柔らかにお願いします……」
**
「……まずリナさん、この草のことはご存知ですよね?」
個室に入り、紅茶で2人は一息入れた後、ナナリーはリナに尋ねる。
もちろん知っている。伊達に研究者にやってきたわけではないのだ。
「Dracsetum somneris 、一般名称“スピリナ”と呼ばれるトクサ類の魔法植物です。春先に強力な睡眠作用を持つ胞子を有する胞子茎、ツクシですね、を作り、初級ポーションの材料としてよく用いられる近縁種メディナの群生地にそれを伸ばすことでメディナを食べる動物や魔物、採取をする冒険者を眠らせる特性を持ちます。本体である栄養茎はカクレタケの近くに生息し、カクレタケの持つ幻影能力でその姿を隠します。栄養茎と胞子体とは横に長い地下茎で繋がっており、胞子茎の睡眠作用に自身が影響されないよう、栄養茎は独自の抗睡眠物質を蓄えることが知られています。メディナとは胞子茎を作るための栄養を享受してもらう代わりに胞子を使ってメディナの繁殖を保護する相利共生関係を築いていますが、カクレタケとは一方的に幻影能力を間借りしている片利共生関係です。他にも……」
「待って待って待って!!貴女は図鑑ですか!!?」
息次ぐ暇もなく説明をし始めたリナをナナリーは思わず止める。
止められたリナは話し足りないと悲しげな目を向けた。
「続きはまた聞きますから……とにかく、この薬草、『スピリナ草』は採取されるのが稀なものなのです。それをいきなりこんなに持ってこられたら誰でも驚きますよ」
スピリナ草はどこにでも自生する植物だが、姿を見えなくするカクレタケのせいでとにかく見つからない。そのため採取が非常に困難であり、そこらへんの草とは思えない金額で取引されていた。
「しかもリナさんのこれ、品質が良すぎるんです。詳しくは鑑定士に査定してもらう必要がありますが、1株で金貨2枚、2万アウル以上にはなりますよ」
「2万アウル!耐火レンガ100個買えるじゃないですか!!」
「換算が独特ですね!!?」
リナの例えでは全く分からないのでわかりやすい例を出すと、手のひらサイズのパン1個が銅貨1枚、100アウルである。2万アウルもあれば一か月は食うに困らないだろう。
リナが採取したのが袋いっぱい15株。それだけで金貨30枚、30万アウルだ。
……本当に近所に生えている草とは思えない金額である。
「……でも、あの件に関しては渡りに船、ですね…」
「何かあった?」
「ああいえ、なんでもありません。とりあえずこちらは買い取りいたしますが、詳しく鑑定した後の査定になりますので支払いは後日になります」
「わかりました。急ぎではないのでそれで結構です。
……それで、今日もスピリナ草採取してきてもいいかな…?」
おずおずと聞かれた一言にナナリーが再び固まる。
「…リナさん、もしかしてですけれど…昨日のポーション瓶改良の件、そこまで急ぎじゃなくてもいいんですよ?」
「ふぇ!!?…ああ、違う違う、違います!!確かに研究費はないけどこれはそういうことじゃないよ!!」
申し訳なさそうなナナリーにリナは全力で否定する。
研究費は確かに欲しい。作りたいものもいっぱいあるし、研究途中のものだってある。お金が欲しいというのは否定できない。
だが、リナがスピリナ草を採取してくる理由はもっと別にある。
「お金が必要なんじゃなくて、これが一番簡単に採取できる薬草なの…」
そう、このスピリナ草、リナにとってはどの薬草よりも見つけやすいのだ。
市販のポーションや薬剤に使われる薬草は魔力量少なく、魔力量でものを見るリナの目ではほかの草と区別がつきにくい。
それに対し、スピリナ草の魔力量は周りとはくらべものにならないくらい多く、暗い平原内でそこだけ光っているように見える。カクレダケの幻影などあってないようなものだ。
彼女にとってどちらが採取しやすいかは一目瞭然だろう。
「…納得はできませんが、そういうことにしておきましょう。うん、リナさんはどこまでも規格外な方のようです。もちろんいい意味で、ですよ?」
「あはは…それで、採取は……」
「自重していただけると助かります。高頻度で持ってこられたらギルドの資金が底をつきそうです」
「だよねぇ……」
**
薬草採取に待ったがかかってしまったので、リナは別の目的を果たすことにした。
冒険者ギルドを出て商業地区へ。到着したのは商業の中枢・商業ギルドだ。
商業ギルドには魔道具の販売でお世話になっている。挨拶はしておくべきだろう。
「すいませーん、ギルド長に会いたいのですが……」
「申し訳ございませんが、アポがないのであればお引き取り願います」
「ですよねぇ……」
若い受付に睨まれ、リナは小さくなる。
それもそうだ。いきなり来てギルド長に会わせろというのはいくらなんでも虫が良すぎた。
今日は出直そうとギルドの出口を目指したその時、聞き覚えのある声がリナの耳に届いた。
「あれ、リナ?」
「ほんまや!おーいリナー!!」
「カイン、トーリ!!」
それはカインと、同じくリナの学生時代の友人である青年トーリだった。
「ほんまに帰って来とったんかリナ!てっきりカインが会いたいあまりに幻覚でも見たんかと思っとったわ!!」
「っんなわけあるか!!」
驚いたように言うトーリにカインが勢いよく突っ込む。あの時と変わらぬ光景にリナは嬉しくなった。
「カインはなんでここに?」
「侯爵家のおつかい、かな。トーリはいてくれると何かと便利だから連れてきたんだ」
「ワイはどこぞの猫型ゴーレムとちゃうで」
「ギリギリ世界観を壊しそうなことは言わないでくれ……。リナは、魔道具のことで?」
「うん。ギルド長に挨拶はしたほうがいいかなって思ったんだけど、やっぱりアポがないとだめだね」
「そうか?呼んだらすぐ来ると思うで」
そういうとトーリはカウンターに行き、先程の受付に何かを言う。すると、受付の彼の顔がみるみるうちに青くなり、慌てて奥に入っていった。
「……なんて言ったの?」
「なんも?金の生る木が来たって言うただけや」
「ほんとかなぁ…」
飄々としているトーリを訝しんで見ていると、バタバタとしたカウンターの奥からギルド長が走ってきた。
「…ああ!リナさん、お久しぶりです!!先程は申し訳ございませんでした!!」
その場で頭を下げる商業ギルド長にリナは驚く。本当にとなりの糸目男は何を言ったんだ。
「ギルド長!?頭をお上げください!」
「そういう訳にもいきません!ささ、こちらへどうぞ」
ギルド長に勧められるがまま応接室に案内される。関係者ということもあり、カインとトーリも同室することになった。
「改めて、先程はうちの者が大変失礼いたしました」
「い、いえいえいえ!むしろ先ぶれも出してないわたしが悪いんですから!!そちらに非はありませんよ!!」
「そう言っていただけると恐縮です」
ギルド長はようやく頭を上げ、リナも胸をなでおろす。
「トーリが何を言ったか知りませんけど、わたしはそんなかしこまられるような人間ではないですから」
「いや、リナ結構大物やで」
「…え?」
「三種の神器の生みの親が大物以外のなんになるねん」
「そうですよリナさん。水杖に点火杖、それに風砕機はこの国の生活水準を引き上げるほどの品で、この商業ギルドでも主力商品です。それを作り出したリナさんは神と言っても過言ではございません!」
「それは過言です!!」
思わず大きな突っ込みが出る。応接室が防音でよかったと思うくらいには大きな声に自分でもびっくりする。
「まあまあ、リナも落ち着きなさい。はい、深呼吸」
「……ふぅ、ありがとカイン。ギルド長もすいません…」
「こちらこそ失礼いたしました。それで、本日のご用件は?」
「ご挨拶と謝罪をと思いまして。この度は魔道具『水杖』『点火杖』『風砕機』の発売をしていただき、誠にありがとうございます。そして、発売にあたり何の連絡もお返事もせず大変申し訳ございませんでした」
「その謝罪、確かに受け取りました。本当は謝っていただく必要はありませんが、リナさんの場合は受け取らないと気にしてしまいそうですから」
「うっ、その通りです…」
がっつり思考を読まれているリナ。そんなにわかりやすいだろうか、と考えているのも顔に出ている。なんともわかりやすい。
「こちらこそ特許所有者であるリナさんの言葉を待たずに発売をしてしまい申し訳ございません」
「それこそお気になさらず。ライセンス契約を結んだ時に販売タイミングはそちらにお任せしていたので問題ございませんよ」
「ありがとうございます。では、謝罪をし合うのはここまでにしましょう」
そう言って商業ギルド長が出したのは一枚の書類。リナには見にくい羊皮紙ではないあたり、しっかり配慮をしてくれている。
「こちらがリナさんへの利用料になります。ご確認ください」
「拝見いたしま…えっ!?」
受け取ったリナが固まった。
「どうしました?もしやご不満が…」
「………、……!!」
「大丈夫です。驚きすぎて声が出てないですけど不満はないそうです」
「……!……!?」
「もらいすぎじゃないかと不安だそうです」
「なんでわかんねんっ!?」
なめらかに通訳するカインにトーリがツッコむ。しかも通訳は間違っていないらしい、リナはうんうんと頷いている。そこまでできるなら自分でしゃべれ。
「そのことでしたらご安心ください。そちらが契約通りの利用料ですので」
「…でも月5千万、年間で6億アウルですよっ!!?」
「お、声出た」
「なんや思ったより少ないな。3種類あるんならもうちょっとあるかと思たけど」
「本当はもっとお渡ししたいんですけどね…利用料の料率が低いからこれだけなんですよ」
「ほらー、あの時もっと強気にならなあかん言うたやんかー。これならもっとふんだくれるで」
「あれぇ!?驚いてるのわたしだけなの!?」
思わず金額まで言ってしまっているのに周りの反応が思っていたのと違う。
自分がおかしいのかとオロオロしているリナにカインが声をかける。
「リナの気持ちもわかるけど…水杖と点火杖なんてこの国ではどの家にもあるような生活必需品になってるんだよ。風砕機だって市場こそ狭いけどかなりのヒット商品になっているんだし、これは正当な金額だよ」
「……そっか。これだけ魔道具は使われているんだね」
「せやせや。魔道具はぎょーさん使われとるんやから、もっと胸張り」
「そうだよ、リナの魔道具はすごいんだ。魔道具特許の後ろ盾になっているソーディス侯爵家の俺が言うんだから間違いない」
「うん、わかった。カインの言うことは信じる」
「ちょ待てい、ワイの言うことは信じへんのか!?」
「えー、なんか胡散臭い」
「なんやとぉ!!」
トーリとリナは商業ギルド長そっちのけでぎゃいぎゃいと言い合いを始める。カインが止めようとするも巻き込まれ、応接室は賑やかになった。
「ははは。相変わらず、仲のいい人たちだ」
初めて会ったときと変わらない騒がしさに、商業ギルド長は懐かしさを感じた。
「あれ?わたし冒険者で稼ぐ必要なくない??」
1アウル=1円ぐらい
スピリナの学名等は創作です




