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ちょっと長めです。



 街に戻った頃には日は沈み始め、早めに点けられた店の灯りがちらほらと見える。薬草を採取しほくほく顔のリナが冒険者ギルドに入ると、そこは依頼終わりの冒険者で溢れていた。

 冒険者は鎧や武器を身につけている人が多い。何の防御性能もなさそうな普通の服を着ているリナの方がやはり珍しく、周りから視線を感じた。魔術塔では1人のことが多かった分、なんだか落ち着かない。



「あなた新人さん?」

「あ、はい。そうです」


 ソワソワとしていると、1人の女性冒険者が話しかけてきた。


「使わなくても武器は装備しておくと良いわよ。丸腰は危険だし、持っているだけでも牽制にはなるから」

「なるほど、ご助言ありがとうございます」

「女性のソロ冒険者は何かと下に見られがちだからね。些細なおせっかいよ」


 リナは早速バッグから短剣を取り出すと腰に挿す。

 戦闘には向かなさそうな小さいナイフだが、装備をすると確かに冒険者っぽい。


「あら、いい短剣ね。似合ってるわ」

「ありがとうございます。お姉さんもソロの冒険者なんですか?」

「元はね、今は『(ほむら)』っていうパーティにいるわ。私はイルマ、よろしくね」

「今日から冒険者を始めたリナといいます。よろしくおねがいします」


 しばらくイルマと談笑していたところ、ふとリナを呼ぶ声が聞こえる。見ると、冒険者登録をしてくれた受付嬢がこちらにやってきた。




「あらナナリー、どうしたの?」

「イルマさん、お話し中すいません。リナさんに少しお話がありまして…」

「そうなの?じゃあわたしはそろそろ失礼するわね」

「イルマさん、ありがとうございました」

「いいえ。またお話ししましょうリナ」


 ひらひらと手を振るイルマを見送る。


「それで、お話ってなんでしょう…えっと、ナナリーさん…?」

「そういえばちゃんと名乗ってませんでしたね。ナナリーと申します、以後お見知りおきを」

「ご丁寧にありがとうございます。改めまして、リナです。よろしくおねがいしますナナリーさん」

「ナナリーで構いませんよ。さて、本題なんですが、ギルド長がリナさんに聞きたいことがあるそうです」


「ギルド長って…ここで一番偉い人だよね?なんでわたしに?」

「すぐにわかりますよ。二階にご案内しますね___」




**




「イルマ」


 リナと別れぶらぶらしていたイルマは声をかけられる。振り向くと真紅の髪を一つに束ねた青年がこちらに手を振っていた。『炎』のリーダー・アーリンスだ。

 

「アーリンス。報告終わったの?」

「ええ。素材の買取も問題ありませんでした。カルバンは?」

「さっきギルドの外に行ったわ。妹さんのお土産探しじゃないかしら」

「なるほど、では僕達も行きましょうか」


 そう言うアーリンスについてギルドの扉に手をかけようとしたイルマはふと、その手を止めた。

 さっき話していた女性冒険者がギルドの2階に連れて行かれるのを見たからだ。




「あれは、リナ……?」


「知り合いですか?」

「ええ、さっき話したの。今日冒険者になったんですって」


 ギルドの2階はギルド職員用の会議室と仮眠室、それとギルド長の執務室がある。冒険者が足を踏み入れることは滅多にない。

 あるとすれば、ギルド長直々に呼び出された時くらいなのだが……。


「……何をどうすれば冒険者になってすぐにギルド長に呼び出されるのでしょうか」

「さあ……悪い子ではないと思うけど」

 

 気になった2人はもう1人のパーティメンバーであるカルバンが帰ってくるまで待ってみることにした。

 そこから1時間経ち、カルバンが戻ってきても2階から降りてくる人影はなかったため、謎は深まるばかりだった。






**


 


 入った時以上に冒険者の方々の視線を感じながら2階に案内されたリナ。

 広々としたロビーのある一階とは違い、二階は廊下が一本あり、その両側に小さな部屋が並ぶ。ナナリーに案内されたのはその中でも最も奥、一番大きな部屋だった。




「ギルド長、仮冒険者リナさんをお連れしました」


 ナナリーがドアをノックすると「入れ」と低く落ち着いた声が聞こえてくる。



「失礼します」

「失礼します…」


 ナナリーに続いてリナが入室すると、そこにいたのは30代半ばほどの体格のいい男性。ジャケットを脱いだシャツ姿で、少し捲った袖からはがっしりとした筋肉がのぞく。

 部屋の隅に立てかけてある大剣は得物だろうか、優に2メートルはありそうなそれを振り回せるとは、相当な実力者なのだろう。



「君がリナ君だね。僕はアレックス、この冒険者ギルドのギルド長を務めている」

「本日冒険者の仮登録をしました、リナと申します」

「かしこまらなくても構わないよ。とりあえず座ってくれ」


 言われるがまま座るとナナリーがささっと紅茶を用意する。

 部屋から出ていかないあたり、彼女にも関わりがあることのようだ。


「さて、君を呼んだのには理由があってね。この瓶に見覚えはあるかい?」


 アレックスが取り出したのは細かな意匠が施された空の瓶。見覚えがあるも何も、それはリナがナナリーに渡したものである。


「はい、わたしがそちらのナナリーさんに渡したものです。飲んでくれたんだね、ナナリーちゃん」

「おいしゅうございました」


「…規定上、もらったものはその場で飲んじゃいけないんだが」


 ジト目で見るアレックスにナナリーは目をそらす。「後で始末書な」と言われ、彼女は肩を落とした。




「……渡すの、まずかったですか?」

「なるべく自重してもらえると助かるかな。以前、別のギルドで毒薬を渡されたことがあってね、個人的な贈物には気を付けなければならないんだ」

「そうでしたか、すいません…」

「謝らなくていいよ。君が善意で渡したのはわかっているから、次からは気を付けてほしい。

 さて、贈物についてはこのくらいにして、本題はこれの中身のことだ。ナナリーはこれを飲んですぐに魔力欠乏の症状が収まったらしい。だよな、ナナリー」

「はい、頭痛も虚脱感もすっかりなくなりました。ですが今は始末書のせいで頭が痛いです」

「それは自分のせいだろう…。それはさておき、僕が知る限り、そのようなポーションは存在しない。研究している者も知っているが、完成には至っていないと聞いている。が、現に目の前にこのポーションがある。

 ____そこで本題なのだが」




 その時、部屋全体がズンッと重くなるような感覚が襲う。




「リナ君、このポーションをどこで手に入れた?」




 そう問いかけるアレックスは射抜くような眼差しでリナを見つめた。自分に向けられたものではないはずなのに、ナナリーは冷や汗が止まらない。仕事でなければ今すぐここから逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。



 しかし、それを直に受けているはずの少女は全くおびえる様子もなく、きょとんとした顔で言った。



「えーっと…その中身、ただの魔力ポーションですよ?ポーション屋の市販品」







「「……え?」」



 部屋全体を覆う威圧が霧散する。


 予想だにしない一言に呆然とする二人にリナは補足する。



「そのポーション、瓶に仕掛けがあるんですよ。さすがにポーションのことはわからないので中身は市販品なんです」

「瓶…?」

「はい。”魔力変換(コンバーシオマギア)”の応用で魔力を事象体に変換して、飲む際に”治癒水(アクア・サナーレ)”の原理で吸収…えっと、簡単に言えば…この瓶は魔石の魔力をポーションに溶かして、飲めるようにする魔道具なんです」


「魔道具…君が、作ったのか?」

「はい!これすごく大変だったんですよ!ポーションに魔力を溶かすことは他の魔道具の流用ができたので良かったんですけど、そのままだと身体に吸収されなくて…薬師ギルドとの共同研究が魔術塔に打ち切られたせいで全部一人でやらないといけないからもう大変で大変で……!」


 火が付いたように饒舌になるリナ。後ろでナナリーが苦笑いをしている。




「薬師ギルド…共同研究……魔術塔…」


 だがアレックスはその言葉を聞き逃さなかった。

 もしや、この少女は____


「リナ君、その共同研究者はファルシエルという名前ではないかい?」

「はい、そうですが…」



「…そうか……はははは、そうかそうか!!」


 リナの返答を聞き、アレックスは突然笑い始める。驚いたリナは座っている長椅子ごと倒れそうになった。



「ああいや、すまない。ファルは僕の友人でね、魔術塔研究員と即効性のある新しい魔力ポーションの研究をしているという話は聞いていたんだ」


 その際、その魔術塔研究員についてもファルシエルは話していた。名前こそ言わなかったが、魔石を用いた不思議な道具をたくさん作り、魔術塔では珍しくなった魔法を人々の役に立てようと研究する少女だったそうだ。



「君がその共同研究者なんだね」

「ファルさんから聞いていたのですか…!そうです、ファルさんにはお世話になりました」

「やはりそうか!しかし、当時ものすごく難航していたときいていたけれど、まさか完成させていたとは思わなかったよ。それもポーション瓶を加工するとは」

「意地で作っただけですよ。いやはやお恥ずかしい」


 ばつが悪そうに笑うリナだが、その意地でできてしまっているのだから恐ろしい。

 ポーション研究の第一人者でもあるファルシエルが彼女を天才と称していたのも納得だ。





「それで…わたしの疑いは晴れたのでしょうか?」

「いや疑ってはいなかったのだが」

「だってさっき威圧使ってたじゃないですか。ナナリーちゃんがかわいそうでしたよ」


 そこは自分ではないのか。


「そうだそうだ!もっと言っちゃってくださいリナさん!」


 そこにナナリーも加勢する。リナに効かなかった以上、唯一の被害者は彼女だった。


「それは、そうだな…すまない。多少疑ってはいたが、今はそうは思っていないよ。ナナリーも悪かった」

「じゃあ始末書もなしで!」

「それとこれとは別だ」


 どさくさに紛れて始末書から逃げようとするナナリーだった。


 ちなみに、受付カウンターの下には予備の魔力ポーションが入っており、魔力枯渇状態なら普通の魔力ポーションでも効きが良い。わざわざ危険を冒してまで得体のしれないポーションを飲む必要はなかったのである。



「しかしよく威圧に耐えられたね。威圧の強さには結構自信があったのだが」

「わたし、魔力が流れない体質上威圧が効かないんですよ」


 威圧とはいわば魔力の塊だ。それを相手にぶつけることで重力が強くなったかのようなプレッシャーを与えることができる。

 だが、魔力が流れないリナの場合はその重みも感じなかった。



「流れにくいのではなく流れないのですか…どおりで登録に苦労するわけです」

「それについては本当にごめんなさい」

「お気になさらず。仕事ですし、何より面白いポーションもいただけましたから。始末書は嫌ですけど」

「まだ言うか。そんなに嫌なら最初からカウンター下のポーションを使いなさい」

「えー。だってー」

「だってもない!子供か!!」


 ぎゃいぎゃいと言い合う二人を、リナは苦笑いで眺めていた。




「そうだリナ君、このポーション瓶を売る気はないのかい?」


 言い合いの末、ナナリーに言い負けそうになったアレックスがリナに話を振る。ギルド長よ、それでいいのか。

 しかしこれはナナリーも気になることだ。このポーション瓶で既存の魔力ポーションが大きく進化する。皆が欲しがること間違いなしなのだ。


「このポーション瓶を、ですか…難しいと思いますよ」


 だがリナの返答は芳しくなかった。


「これの細工、めちゃくちゃ細かいんですよ。魔法陣を極力減らしてはいるのですが、それでも羽ペンで描くと机一枚分になります。しかもそれが両面。それを一本作るのにもかなり時間がかかったんです」

「そんなに細かいのか…」


 アレックスは瓶に巻かれた金属板を見る。すると確かにとても細かい魔法陣が描かれていた。確かにこれは、かなりの腕が求められそうだ。


「使いまわしはできますが、今のままでは初期コストが重すぎるんですよ」

「そうだったのか。専門でもないのに勝手なことを言ってすまなかった」

「いえいえ!むしろそんなことを言ってもらえるなんて思っていなかったのでうれしいです。…この瓶、魔術塔では評判が良くなかったですから」


「そうなのですか?むしろ魔法の研究者のほうが喜びそうな気がしますが…」

「魔力の回復量が魔石の魔力量に依存するからね、瓶に付けられるサイズの魔石では魔術塔の研究者には少なすぎたみたい。あらかじめ魔力ポーションを飲んだほうが効果的だって言われちゃったの」

 

 確かにリナのポーション瓶を使うと即時的な魔力の回復ができる。しかし魔力の効率を良く体内に取り込めるようにする普通の魔力ポーションは服用者の魔力量で回復量が変わるのに対し、リナのポーション瓶では回復される量は取り付けられた魔石の魔力量だけだ。最終的な回復量なら一般人でも普通の魔力ポーションのほうが上、魔力量が多い魔術塔の研究者たちではより顕著に回復量に差が出てしまう。


 すぐに回復できるとはいえ、回復量が雀の涙では使い物にならない。そのため、リナのポーション瓶は無用の長物だと蔑まれてきたのだ。


「はっ。それは碌に戦ったことのないバカの発言ですね。これだから温室育ちのボンボンは。リナさんもそんなヤツらの話、まともに聞いちゃダメですよ」


 リナの説明を聞き、ナナリーが魔術塔の研究者たちに悪態ついた。突然の豹変にリナはビビり、アレックスはため息を吐く。


「口は悪いがナナリーの言うとおりだ。とても口は悪いが。

 確かに回復量が少ないというのは魔法の研究者には困るのかもしれない。だが、魔力を即時回復できるというのは冒険者や騎士には千金、いや、それ以上に値するだろう。その少しの魔力でも生き残れる可能性が飛躍的に上がるのだからな」


 アレックスは瓶を手に取る。夕日に照らされ、蓋の魔石がきらりと輝いた。


「物事の価値は一面では決まらない。魔術塔では役に立たなくとも、これは戦いを生業にするものとって救世主になりうるものだ。リナ君は誇っていい」

「ありがとうございます。……うん、これも量産できるように改良を続けてみます!!」

「そうか!いつかこのポーションを皆が使える日を願っているよ」

「がんばります!!……まあ、お金がないのでまずは冒険者として稼ぐところからですけどね」




**




 リナたちが退室し、静かになった部屋でアレックスは執務机からある資料を眺めていた。


「…あった。聞き覚えがあると思ってはいたが、やはり彼女だったか」


 それは魔道具の特許資料だった。魔道具に使う魔石の取引の際に商業ギルドからもらったものだ。

 水杖、点火杖、風砕機。世間を騒がせたこの3種類の魔道具は特許所有者欄に同じ個人名が記載されている。


「リナ君、君が魔道具の生みの親だったのか」


 商業ギルドと交渉した際、魔道具販売を提案した商会の者が言っていた。『魔道具を作ることは技術があればできるが、開発ができるのは発案者のリナだけだ』と。

 この瓶を彼女が魔道具だと言ったときにもしやと思ったのだ。


「また素晴らしいものを作ったものだ。まったく、彼女はどれだけ世界を変えるつもりなんだ?」


 既存の魔力ポーションを魔力を即時回復するものに変えるポーション瓶。これが広まれば、魔力回復が間に合わなかったために命を落とす冒険者が間違いなく減るだろう。

 魔道具に続いて、またしても冒険者を変える道具にアレックスの心は踊っていた。



 魔道具は冒険者ギルドの救世主だった。

 それは魔道具の原動力、魔石をめぐる問題に終止符を打ったからだ。


 低級の魔物から得られる小さな魔石は、「ゴミ魔石」と呼ばれるほどに価値がなかった。特にゴブリンなどの魔物はそのゴミ魔石以外素材もとれないので、冒険者も討伐したがらないのが常だった。

 しかし、そんな魔物たちに限って繁殖力が強く、増えたときの被害が大きい。気が付いたら村一つ滅ぼす規模になっていた、なんていうこともザラにある。そんな時に真っ先に被害にあうのは、戦う力のない一般人なのだ。


 冒険者ギルドとしてもそんな魔物たちを討伐してもらうためゴミ魔石であろうが極力高値で買い取ってきた。しかしそれにも限界があり、冒険者ギルド内でも悩みの種になっていた。



 そこに彗星の如く現れたのが魔道具たちだ。彼らの原動力は魔石、それもとても小さいものだった。大々的に発売されたその日から、ゴミ魔石は生活の基盤を支えるエネルギーの源に変わったのだ。

 買取価格も数倍に上がり、冒険者もこぞって低級魔物の討伐に乗り出すようになった結果、魔道具の発売から一年、低級魔物の群れによって地図から消えた村が現れることはなかった。



 それだけではない。ゴミ魔石が高値で取引されるようになったことで低級冒険者の懐も満たされるようになり、生活のために無理をして強い魔物に挑んだり、危険な依頼を受ける者が減った。その結果、常に高かった低級冒険者の死亡率も大きく減ったのだ。



 魔道具によって人々の生活はもちろん、冒険者を取り巻く環境も大きく変わった。アスタリア冒険者ギルドのギルド長として、彼女には感謝しかなかった。


「そんなリナ君が冒険者か。ははは、これからが楽しみだな」



 その期待の少女に次の日から頭を悩ませることになるとは、この時の彼には知る由もなかった。



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