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 朝と言うには日が高くなりすぎた頃




 久々にぐっすり眠り、頭がスッキリとしたリナは昨日のことを思い返して赤面した。



 カインの前で年甲斐もなく大泣きし、そのまま寝落ちしてしまったのだ。恥ずかしくて穴があったら入って住み着きたい。

 それに、勢いでカインの水杖ももらってしまった。優秀な水魔法使いであるカインならなくても困ることはないだろうが、ただもらうだけというのはどうしても気が引ける。


 迷惑料もかねて水の魔道具を作ろうとリナは心に決めた。

 すると、お腹がぐぅと鳴る。まずはご飯だと、リナは食堂に向かうのだった。




「おはよー」

「おはよう、よく寝たわね」


 食堂ではリズベットが昼食の支度をしていた。

 ハルファウナと子供たちはもう朝食を済ませ買い出しに行っているらしい。



「リナの朝食とってあるわよ」

「ありがとう、片付かなくてごめんね」

「いいのいいの。早く食べちゃいなさい」


 リズベットに急かされサンドイッチを口に運ぶ。

 

 塩気のちょうどよいハムにシャキシャキのレタスのハーモニーが美味しい。子供達が頑張ってかき混ぜて作るマヨネーズは少しマスタードが効いていてどちらにも合う。



 まともな朝食などいつぶりだろうかと思いながら、リナはペロリとそれを平らげた。


「ご馳走様でした」

「はい、お粗末さま」

 


 お皿を洗ってから出かける準備をする。

 部屋で鞄をいじっていると、リズベットが部屋の扉をノックし入ってきた。



「リナは今日どこに行くの?」

「冒険者登録してこようと思ってるの。いつまで何もしないわけにはいかないからさ、とりあえずやってみようと思って。……まあ、魔術塔研究員の身分証が使えないから、新しい身分証が欲しいっていうのもあるけどね」


 

 冒険者とは冒険者ギルドに登録し、ギルドの出す依頼をクリアしたり、魔物を討伐し素材を提供したりする仕事である。今となっては少数だが各地に点在するダンジョンや未踏の地を文字通り冒険する者もいるらしい。

 登録料を払えば10歳以上なら誰でも登録が可能で、強い冒険者を目指し実力を磨く人から、小遣い稼ぎをしたい子供達まで、多くの人が冒険者ギルドに登録している。


 また、魔法で個人情報を紐づける冒険者証は身分証として使うことができる。身分証がないと入市税を払う必要があったり、商売ができなかったり、宿屋が割高になったりと何かと不便なので身分証目当てに冒険者になるものも多い。


 手っ取り早くお金を稼ぐことができ、身分証も手に入る。今のリナにとって冒険者に登録することはこれ以上にない得策だった。

 そう思いリナは話していたが、リズベットには思うところがあったのだろうか、その表情が少し暗いことに気がついた。



「リズ姉さん?」

「……ううん、なんでもないわ」


 リナに声をかけられ、リズベットはいつもの笑顔に戻る。



「いいじゃない、冒険者。リナならきっとすぐに高ランクになれるわよ」

「またまたぁ。でも、そうなれたらいいな。頑張ってみる」


 そう談笑しているうちにリナは支度を終えた。



「…よし!それじゃ、いってきます!」

「いってらっしゃい、リナ」


 元気に部屋を出ていくリナをリズベットは微笑んで見送った。




「……あなたは、絶対に帰ってくるのよ」




 そう呟かれた言葉は、誰の耳にも届かぬまま消えていった。









 孤児院を出てのんびりと歩くこと十数分。


 リナの目の前に大きな建物が見えてきた。一階の屋根には星の意匠が施された2本の剣が交差したレリーフ。両開きの大きな扉からは剣を担いだ屈強な人からローブに身を包んだ魔法使いと思われる人まで、様々な人が行き交う。



 ここがアスタリア冒険者ギルドハイディア支部。アスタリア冒険者ギルドの中でも最大規模のギルドだ。


 少々不思議な言い方だが、実のところ各国にある冒険者ギルドは独立組織「冒険者ギルド本部」を親にもつ関連組織である。冒険者ギルド本部は冒険者証の発行・管理や各国のギルドの統括を行い、各国のギルドはその中でそれぞれの国にあった形の運営を行っている。


 そのため、冒険者はどの国にいても同じ冒険者証を使え、依頼を受けることができる。ただし、各国のギルドはその地域特性や国民性によって雰囲気が大きく異なり、荒くれものが多く治安が悪いような場所もある。



 その点、アスタリア冒険者ギルドはかなり治安が良い場所だ。

 



 「____ほほう、かなり頑丈なレンガ造りですね、繋ぎ目が薄く魔力を帯びているということは、モルタルに砂状の魔鉄が混ざっている?強度を上げるために添加したのですかね。だとしたら割と最近の建物ですね。魔鉄の魔力によるモルタルの強度増強は50年前には実証されていましたが、配合比率や費用対効果のことで揉めに揉めて実用化までにかなりの時間を要しましたし。うーん、築20年といったところでしょうか…」




 今ここに建物の壁を観察しぶつぶつ言う変質者がいるけど……。






 魔力の流れがあるとついつい気になってしまうのがリナである。






 リナはしばらく建物を眺め、満足した顔でようやくギルドに入る。




 正面には受付の窓口があり、右手側にはたくさんの依頼が貼られるであろう掲示板、左手側には待合所を兼ねた酒場がある。ほぼお昼ということもあり依頼の紙はほとんどなく、冒険者の数も疎らだ。受付も一ヶ所しか開いていない。



 受付のカウンターに近づくリナに気がつくと、金の髪を左寄せのサイドテールにまとめた受付嬢はにこりと微笑んだ。



「いらっしゃいませ。依頼の発注ですか?それとも新規冒険者登録ですか?」

「冒険者の登録をお願いします」

「かしこまりました。では、こちらの用紙と誓約書にご記入をお願いします」


 受付嬢はカウンターの下から2枚の紙を取り出す。魔力を帯びた植物紙だったのでリナは安心した。羊皮紙だと魔力がないのでリナの目では文字が読めないのだ。



 用紙とペンを受け取り書き込む。魔力で色づいた紙にインクの黒がスラスラと乗っていく。


 用紙の記入は名前と年齢、性別など簡単な内容だったが、なんと公用語以外に3種類の言語で書くスペースがある。さすがに冒険者証が世界中で使えるだけある。


「一か所記入いただければ、あとは代筆いたしますよ」

「いえ、これくらいなら書いちゃいます」



 そう言うとリナはサラサラと記入していく。この国の貴族でもあまり使わない言語すら流暢に書く様子に、受付嬢は呆気にとられる。


 それもそのはず、リナは少数言語を含め10種類ほどの言語が操れるのだ。魔法の研究者たるもの、他国の論文だろうが原本を読みたい。そう思い辞書を片手に翻訳をしていた結果、いくつもの言語を操れるようになっていた。





 魔法のことなら何でもできるようになるのがリナである。





 用紙の記入を終えたリナは、次に誓約書に目を通す。誓約書にはおおまかに重複登録の禁止や犯罪およびその加担の禁止、盗品等の提出の禁止などといった禁止事項とそれら違反した際の罰則内容などが書かれている。もちろん、リナはそんな馬鹿なことをするつもりなど毛頭ないので気にせずサインする。



「…うん、おっけい。できました」

「確認いたしますね」


 書き損じがないかをざっと確認してからリナは受付嬢に紙を渡した。

 受け取った受付嬢も内容を確認する。



「リナさんですね。…字、きれいですね。言語も堪能そうですし、冒険者ではなく受付の仕事やってみませんか?」

「へっ!?」

「冗談ですよ。…っと、不備はございませんのでこのまま受理いたします、少々お待ちください」


 受付嬢はにこりと微笑むと用紙を持ってカウンターの奥に向かった。

 リナは気づいていた。受付の仕事をやらないかと言った彼女の目が本気だったことに。


「人手、足りないのかな……」






 あたりを見回し待っていると、受付嬢が戻ってきた。

 

「お待たせいたしました。こちらがリナさんの仮冒険者証になります」


 リナはストラップのついた木の板を受け取る。まだ仮のものなので大層なものではないが、自分の名前が彫ってのを見ると少しうれしくなる。



「一度情報を紐づけますので、用紙のスペースと仮冒険者証の裏に血判をお願いいたします」


 受付嬢から針を受け取り右の親指に躊躇なく刺す。少し血が出たのを確認して用紙と仮冒険者証にそれぞれ指を押し付けた。

 


「それでは、失礼します」


 受付嬢は2つの血判に手をかざすと魔力を流し始めた。



 だがしかし






 血判に魔力が流れない。

 





 彼女は徐々に流す魔力を増やしていく。白い光と共に濃密な魔力の色が辺りを包み込むが、それでも魔力は流れない。



(……あ、やべ)


 受付嬢の魔力を眺めていたリナは大事なことを思い出し、右人差し指につけた指輪の中石を押し込む。すると指輪から魔力が広がり、受付嬢の流す魔力と混ざる。その途端、先ほどまで魔力が流れなかったリナの血判に驚くほどするすると魔力が入っていった。



「“結束の光(ルーメン・リガーレ)”!」


 受付嬢はすかさず魔法を発動させる。魔力がひも状になり、血判同士を繋いだ。


 “結束の光(ルーメン・リガーレ)”、主にパーティ登録などに使う魔法である。魔力同士を結びつけるという単純な魔法であり、”結束の光(ルーメン・リガーレ)”の場合は結ばれた魔力は光の線として見える。





「……はぁ、はぁ……ふう、お待たせしました」


 滝のような汗を流しながらも、受付嬢は変わらぬ笑顔で仮冒険者証を手渡してくれる。その手が少し震えている、おそらく魔力切れ一歩手前なのだろう。これ以上魔力を使ったら倒れてしまう。


「ごめんなさい。キツかったよね」

「お気になさらないでください。魔力が流れにくい方は多いのでこのくらい何ともありませんよ」


 受付嬢はそう言うが、指輪の起動が遅かったばかりに魔力を大量に使わせてしまったのだ、リナは申し訳なさでいっぱいだった。



 リナが魔力を持たないのはそれを溜めることができないからではない、そもそも魔力が体に流れないからだ。それはリナの血液も同じで、魔法という事象に変換しないと永遠に流れることはない。

 リナの使った指輪は魔力を一時的に魔法と同じ事象に変換する術式”魔法変換(コンバーシオマギア)”を使うための魔道具だ。魔法陣の一部分だけなので魔法とは呼べない代物だが、これを使うことでリナの血液や身体に魔力(正確には魔法化した魔力)を流すことができる。


 ここ最近はめっきり使う機会がなかったので忘れていた。そのせいで彼女に必要以上に魔力を使わせてしまったのだ。

 この特異な体質と、それを忘れ、人に迷惑をかける自分がつくづく嫌になる。



「気を取り直して、これで冒険者の仮登録は完了です。本登録は本部で行うので3日ほどかかります。何か質問はございますか?」

「えっと、仮登録でできる活動ってありますか?」


「そうですね、依頼などは受注できませんが、薬草や魔物素材、魔石の買取はいたしますよ。ただし仮冒険者証は身分証にはなりませんので、入市税はかかりますからご注意ください」

「わかりました、色々とありがとうございます」

「いえいえ、お気をつけていってらっしゃいませ」



 そう見送られたリナはふと思いつきカウンターに戻る。不思議そうな顔をする受付嬢を尻目に鞄から青色の瓶を取り出すと彼女に手渡した。


「あのこれ、魔力ポーションです。使ってください」

「っい、いえ!悪いですよ!!大量に魔力を使うことはよくありますから!」

「でもあれは私にも非があるといいますか…とにかく申し訳なくて。要らなかったら捨てていただいても構いませから!!」


 半ば強引に押し付ける。


「開栓後はすぐにお飲みください!では!!」

「あ、ちょ…!」


 清涼飲料水のラベル表記のようなことを言うと、足早にリナはギルドを後にした。

 完全なるおせっかいだが何もしないで立ち去るにはどうしても罪悪感があった。不審だったかなとも後悔しつつ、しない後悔よりはましだと言い聞かせリナは町の外に足を向けた。


 まだ仮とはいえ、せっかく冒険者になったのだ。記念に薬草でも買い取ってもらおうかと採取に向かうのだった。




 


**







「行ってしまった…」



 受付嬢ナナリーは行く宛もなくなった手を下ろす。

 目の前には青色の瓶。つい先ほどまでここで冒険者の登録をしていたオレンジブロンドの髪の女性、リナがお詫びがてら置いて行ったものだ。



「無理していたの、バレてましたかね」



 心配そうな顔をする彼女の手前、よくあることだと誤魔化したが、ここまで激しく魔力を持っていかれたのはナナリーの受付嬢人生で初めてだった。正直、魔力はほとんど残っていない。魔力枯渇状態特有の強烈な頭痛と倦怠感にずっと襲われており、手指は震え立っているのもやっとの状態だ。

 受付に来る人のいない昼でよかった。これが朝や夕方なら確実にぶっ倒れている。

 

「かといってそんなに早く魔力も回復しないし、この後は受付フル稼働…変わってもらえるわけがない。やっぱり受付嬢にリナさんほしいですね」


 カウンターに突っ伏しため息を吐く。

 言語が堪能で文字もきれい、それに書くのも早かった。ここだけでも受付としては即戦力間違いなしだ。リナが受付嬢に来てくれたらどれだけ楽だろうかとナナリーは考え、頭痛を悪化させる。





「…やはりこれを飲むべきか」


 その視線の先には青い瓶。リナの置いて行った魔力ポーションがある。瓶には細かい意匠が凝らされなんだか高級そうだが、中の液体は魔力ポーション特有の薄青色をしている。



 だがしかし、これは今日初めて会った人から突然もらったものだ。そんなものを飲んでいいものか。もし媚薬や睡眠薬、毒薬などの何か厄介な薬だったら取り返しがつかない。

 アスタリア冒険者ギルドではないが、ギルドの受付嬢に媚薬や睡眠薬が盛られた事件は過去に何件もある。そのため冒険者ギルド本部は厚意だろうが冒険者のくれたものにはすぐに手を付けないようにと周知している。


 そもそも魔力ポーションでどうにかなるものだろうか。魔力ポーションは体内に取り込む魔力の効率を一時的に良くする薬だ、即効性があるわけではない。

 それがわかった上で先程の女性はこれを置いていったのだろうか。



「……ダメだ。もう頭回んない」


 ナナリーはおもむろに瓶をつかみ栓を開ける。中の液体がうっすら光ったが彼女は気にしなかった。


「死んだらその時」


 どうせこの状態では夕方に激務で死ぬ。これがやばい代物でも取れるのが少し早くなるだけだ。周りに迷惑かけるのは一緒である。

 そう自分に言い聞かせ中身を一気にあおる。


「!!」


 それを飲み込んだ瞬間、頭の激痛が一気に澄み渡る。

 手の震えも止まり、立つのがやっとだった足もすんなりと立てる。



「“光生成(ルーメン・エミット)”」


 もしやと思い唱えると強い光が手の中に現れる。

 間違いない、一瞬で魔力が回復した。あのポーションには即効性があったのだ。



「これは…別の意味で厄介なポーションだったみたい。ギルド長に報告しなきゃいけないですね…ああ、絶対怒られる……」


 

 長い溜め息を吐き、ナナリーは空のポーション瓶を持ってギルド長室に向かうのだった。


 

 

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