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2-1

長くなってしまったので2つに分けました



 

「____そう、そんなことになっていたのね」



 リナはハルファウナ、リズベット、カインの三人にこれまでの経緯を話した。

 魔術塔での研究生活のこと。敬愛する師であるファウストが亡くなったこと。それからすぐに追い出されたこと。


 自分の研究は認められなかったこと。魔道具は魔法への冒涜だと批判され続けたこと。

 

 自分のせいで師を悪く言われたこと。



 言葉にすればするほどリナの表情は暗くなっていく。

 そんな彼女の頭をハルファウナは優しくなでた。




「がんばったね、リナ」



 なでながら言われたその一言で、リナはとうとう泣き出した。一度堰を切ったらそれは止まらなかった。

 ずっと我慢していた。批判の言葉を、侮蔑の言葉を、すべて無視できるほどリナは強い人間ではない。でも大丈夫だったのは師匠のファウストがいたからだ。彼がいなくなった今、彼女は我慢することしかできなかった。

 

 やっとそれを吐き出せた。がんばったねと言ってもらえた。

 ほっとしたような、嬉しいような、いろいろな気持ちが混ざったその涙は、悔しさで泣いていた昨日までのものよりもはるかに温かく感じた。



 結局、子供たちが呼びに来るまでリナの涙は止まらなかった。

 食堂に着いたとき、リナの目は真っ赤に腫れていたが子供たちは誰も追及しなかった。

 本当に気の使えるいい子たちである。





 子供たちに誘われ、リナは夕食をいただくことになった。突然お邪魔したのだ、夕飯までいただくのは悪いとリナは遠慮したのだが、そんな気は使わなくていいとハルファウナに怒られてしまった。

 なお、今日はカインも食べていくそうで、いつもよりもにぎやかな夕飯だとリズベットは楽しそうだ。

 大きなテーブルをみんなで囲むように座り、祈りを捧げてから食べるのはずっと変わらない。


 食事もいつも簡単なものを押し込むような生活だった。半分はその時間も研究にあてようとしたリナの自業自得ではあるのだが、やはり一人で食べるというのは寂しかった。

 そんなリナに久々の団らんと温かいご飯が沁み、また涙で視界が歪む。今日はなんとも涙腺が緩い日だとリナは思ったが、それも悪くはなかった。




 夕食後、話題の中心はやはりリナについてだった。

 とはいっても、今までのことではない。これからのことだ。


 しかしリナは突然追放された身。これから住むところも働き口もない。



「どうしようかなぁ……」


「住むところがなければここに戻ってこれば?わたしみたいに」


 そう言ったのはリズベット。彼女は一度この孤児院を出て戻ってきている。ただしその時はシスターとして、だ。残念ながらリナにはその身を神にささげる覚悟はない。


「でも、わたしシスターにはならないよ」

「別にシスターになる必要はないわ。これはわたしのけじめだから」


 そう言った時、リナにはリズベットの表情が一瞬だけ暗くなったように見えた。しかし次の瞬間にはリズベットはいつもの明るい笑顔に戻り、ハルファウナに話を振っていた。


「ね、ハルさんもいいですよね?リナをここに住まわせるの」

「もちろん、リナが帰ってきてくれたらわたしもうれしいわ。リナが良ければでいいから、またここに住みなさいな」



「…うん、うん!!わたしここに住みたい!掃除でもなんでも手伝うから!!」


 こうしてリナは再び孤児院に住むことになった。

 そんなリナの袖を子供たちが控えめに引っ張る。


「リナおねえちゃん、またここに住むの?」

「うん、またよろしくね」

「やったー!」


 子供たちは素直に喜んでくれる。


「手伝いが減る!遊ぶ時間ふえるぞー!!」


 ……なんだか打算的な子もいるが、リナは気にしないことにした。

 なお、手伝いが減った結果、子供たちは勉強の時間を増やされることになるのだが、それはまた別のお話。





「よかったね、リナ」



 喜んでいる子供たちを眺めながらカインが言う。


「うん。これで野宿せずに済むよ」

「せめて宿屋に泊まろうか!?」


 笑いながら言うリナに思わず突っ込みを入れる。女の子一人の野宿なんて危険すぎる。魔物だっているのだし、なにより酔っ払いや変な男に襲われかねない。しかもリナの場合、冗談かと思ったら本気のことがあるので気が抜けない。

 リズベットが孤児院に戻ることを勧めてくれてよかったとカインは心の底から思った。

 

 そんなカインの気持ちなどつゆとも知らず、リナは子供たちのところへ遊びに行く。ただ楽しそうに子供たちと戯れるリナの様子に、カインは肩をすくめて笑うのだった。




 しばらくは穏やかな時間が流れていたが、ある子の一言でその時間は終わる。


「リナおねえちゃん、なんか匂うよ」



 一瞬、部屋中が静寂に包まれる。その静寂をハルファウナが破る。

 

「リナ、最後に体を流したのはいつだい?」

「え、えー…っとね…」

「忘れるくらい前のようだね。子供たちはリナをお風呂に入れてきてちょうだい。しっかり洗うんだよ」

「「「はーーい!!」」」

「え…ちょ…っ!?できるっ!わたし一人でできるからっ!!」


 ぎゃーぎゃー騒ぎながらリナが子供たちに連行されていく。シスター二人はやれやれといった様子で、そしてカインは苦笑いで彼女を見送った。


「なんというか…やっぱりリナですね。自分のことに無頓着すぎる」

「あの子が帰ってきたって実感するわ。さて、わたしとリズベットはリナの服の洗濯でもしようかしら」

「じゃあぼくは食器洗っておきますね。ぼくまで参加しちゃうのは、さすがにリナがかわいそうですから」



 ハルファウナたちを見送り、カインは一人台所で食器を洗う。

 侯爵家の人間に洗いものなど、と思うことなかれ。水魔法に秀でた家系であるソーディス侯爵家の人間は修行の一環として掃除や洗い物を行っている。そのため、カインにとって食器洗いなど当たり前なのだ。


「”水生成(アクア・エミット)”」


 目の前に水の玉を生成し、そこに汚れた食器たちを放り込む。水流を操作し、汚れた部分を的確に洗い流すと、カインはそれらを水の玉から取り出し重ねていく。最後にパンと手をたたくと水気がはじけ飛び、食器は新品のようにピカピカになった。

 ものの数分で食器を洗い終えてたカインは、台所の桶もきれいに掃除する。それもすぐに終わってしまい、時間が余ってしまった彼は礼拝堂の長いすに腰掛けると、リナたちが出てくるのを待っていた。




 しばらくすると、子供たちによってもみくちゃに洗われクタクタになったリナが出てきた。


「つ…つかれた……」

「自業自得かな。研究に熱が入ると私生活をおろそかにするのは学生のころから変わってないみたいだね」

「うう…だって次々にアイデアが降ってくるときって手を止めたくないじゃん…カインならわかるでしょ?」

「気持ちはわかるけど、あいにく俺はちゃんと規則正しい生活を送ってます」

「侍従さんいないと徹夜する癖に」

「バレたか」


 そう言って二人で笑いあう。



 

 それからしばらくの後、リナがポツリと尋ねた。


「____ねえカイン。カインはさ、学園の教師なのにどうしてここで勉強を教えてるの?」

「これはまた唐突だね」

「ごめん、なんか気になって」


 そんなリナの問いにカインは少し考えてから答える。

 

「…俺たちの学園って貧富の差を問わずに門戸を開けているにも関わらず、入ってくるのは貴族の子息女のほうが圧倒的に多いでしょ?それはさ、受験の段階で学力に大きく差があるからなんだよ」


 リナたちも通っていたレティクル学園は入学試験さえ合格すれば貴族平民問わず入学することができる。孤児のリナと侯爵令息のカインが会えたのもこのためだ。

 しかし、この入学試験が平民では到底答えられないほどに難しい。算術や歴史はもちろん、礼儀作法や隣国語の試験まであるのだ。貴族の子息女なら小さい頃から家庭教師がついて勉強するため簡単なのだが、平民だとそうはいかない。家庭教師が雇えるほど裕福な商家の子供や、身近に勉強を教えてくれる大人がいないと入学は夢のまた夢という状態なのだ。


「そのせいで学問に興味があっても合格できないでその道をあきらめる子がいっぱいいるんだ。俺はそんな子たちに夢をあきらめてほしくない。だからこの礼拝堂を借りて無料で勉強を教えてるんだ。

 それに、学園に行かなくたって教養ってあるに越したことはないからさ、将来の選択肢が増やすためにも何か教えたいなって」


 ここまで語ったカインは「自分で言ってると照れるな」と頬をかく。

 本当にカインは先生が似合うな、リナはそう思った。


「カインはすごいね、自分のことだけじゃなく子供たちのことまで考えてるなんて。2年間、身勝手な研究に費やしてたわたしなんかとは大違い」


 リナはそう言うと自嘲めいた笑みを見せた。

 それを見たカインは少し強めにリナの頭に手を置き、わしゃわしゃと撫でまわす。


「うわっ!?何するのさ!!?」

「…あんまり自分を卑下しない。リナの言うその身勝手な研究が、みんなの生活をどれだけ変えたと思う?」

「??」


 よくわかってなさそうなリナの様子にため息をつくと、カインはポケットから細長いものを取り出す。ペンのような見た目で、側面にボタンが付いたそれはリナも見覚えがあった。


「それは…アクアエミッター?」

「大正解」


 アクアエミッター、ボタンを押せば魔法”水生成(アクア・エミット)”によって水が出るという極めてシンプルな構造をした魔道具である。名前もそのままである。

 しかしカインの持っているそれはリナの作ったものではなかった。


「このアクアエミッターは水杖(すいじょう)という名前で売られている量産品だよ。今じゃどの家庭にもある生活必需品にもなってる」

「へぇ、販売始まってたんだ」


 リナのまさかの返答に思わず固まる。

 水杖ことアクアエミッターは学生の頃にリナが友人である商家の令息に勧められて特許申請をしたもののひとつだ。当事者である以上、てっきり販売も知らされていると思っていたのだが……


「……知らなかったの?もう半年以上前のことだけど…」


 恐る恐る聞いてみると、リナは少し考えてから答えた。


「…わたしさ、去年あたりから塔の外に出られなくなったの」

「…え?」

「研究データの流出事件があってね、それ以降塔の外出が制限されたんだ。流出先が民間の研究施設だったみたいで、特に平民の知り合いが多い師匠と平民のわたしは全く外出も面会もできなくなっちゃったの。試料とか魔石は塔でまとめて取り寄せられたから何とかなってたけど、おかげで最近の世間の動向とか全く分かんないよ」

「そんなことが…商会とか商業ギルドから手紙とかはなかったの?」

「わかんない。ここ1年は手紙とか届いたことないからなぁ」


「そっか…」



 なんてことのないように話すリナだが、彼女の置かれた環境は想像以上に酷かったようだ。


 いくら民間への情報流出があったからとて、平民と繋がりがあるから、平民だからという理由で外出も面会も一切不可というのはやりすぎだ。それに手紙が届いたことがないというのもありえない。だってカインもリナに手紙を送っているのだから。



 とどのつまり、リナは塔の連中によって一年間も軟禁状態にされていたのだ。



 カインは魔術塔に怒りを覚え、同時に自分のいたらなさを嘆いた。

 リナから手紙の返信がこないことにもっと違和感を持つべきだった。リナなら大丈夫だと勝手に思い込み、碌にコンタクトも取ろうとしなかった自分が恨めしい。



「…ごめん、リナ。気づいてやれなくて」

「なんでカインが謝るのさ。むしろ魔道具が売り出されてたこと、教えてくれてありがと」


 リナはそう言いながらも、視線はカインの手にある水杖にくぎ付けだった。

 カインがそれを渡すと、受け取ったリナはそれをまじまじと眺める。


「へぇ…魔法陣が外に見えないようにカバーしたんだ。確かに、傷がついたりしたら発動不全とかになりかねないもんね。魔石はむき出し…あ、ここで分割できるんだ…なるほど、魔石を変えるだけで使いまわしできるようにしたんだね。おもしろいことしてるなぁ」


 楽しそうに水杖をいじくり倒すリナに、カインは自然と笑顔になる。


「それ、あげようか」

「いいの!?」


 きらきらとした目でリナが勢いよく振り向く。


「もちろん。むしろ使いかけでごめんね」

「そんなの気にしないよ!ありがと!!」


 満面の笑みを浮かべるリナ。カインはそれを直に受け、思わず胸を押さえる。顔の火照りを必死に冷まそうとするカインに、水杖に夢中なリナは全く気が付かなかった。





 しばらくはそれぞれが別の理由で無言になっていたのだが、ふいにリナが口を開いた。




「…ちゃんと、使われてるんだね」



 零れ落ちるようにつぶやかれたそれに、カインは言葉を返す。


「使われているよ、水杖は。どこにいようが、水魔法が使えなかろうが、すぐに安全な水が飲める。井戸に並ぶ必要もなくなって、井戸に落ちる事故も、井戸水で腹を壊す人も減った。この道具が役に立たないわけがないんだよ。

 それに、使われてるのは水杖だけじゃない。他の二つだって、それに負けないくらい使われてる」

「それって、イグニスエミッターとウェントゥスラミナーも?」


 その言葉にカインは笑顔で頷いた。


 学生時代にリナの登録したのはアクアエミッターだけではない。”炎生成(イグニス・エミット)”を使い種火を作るイグニスエミッターと、”(ウェントゥス)(・ラミーナ)”を使い専用の桶の中に入れたものを細断するウェントゥスラミナー。やっぱりそのままの名前がつけられたこれら二つもまた、一般販売がなされた魔道具である。



「イグニスエミッターは点火杖(てんかじょう)、ウェントゥスラミナーは風砕機(ふうさいき)っていう名前にはなったけど、この二つも今じゃ当たり前に使われている道具になってる」




 点火杖のおかげで、魔力操作に誤って火事が起こることが減った、炎魔法が使えず寒い夜を過ごす人もいなくなった。

 風砕機は他の二つほど一般家庭に普及はしていないが、料理人や薬師の間ではマストアイテムだ。特に薬師からは高評価で、短時間で大量の薬草を破砕できるようになったことで、ポーションの品質向上とコストダウンに成功。町全体にポーションが行き渡るようになり、些細な怪我を悪化させ生死をさまよう人はいなくなった。




「塔で言われたことは忘れろ。リナの研究はみんなの役に立っている。魔道具の価値はこの国のみんなが保証してくれている」


「……そっか……私の研究、役に立ってたんだ」

「ああ」



 リナは塔の中で視界が狭くなっていたようだ。



 ___なんだ、塔から出たらこんなに認められているじゃないか。


 そう思った途端にリナの視界が滲む。せっかく着替えた服にぽたぽたと涙が落ちる。

 

「……もうやだ、今日泣いてばっかりだよぉ…」

「いっぱい泣いていいよ。我慢する必要なんてない」


 そういわれたらもう我慢はできなかった。リナはとうとう声を上げて泣き出す。


 自分の研究は無駄じゃなかった。



 ちゃんと役に立っていて、みんな認めてくれていた。周りに何を言われようとも、師匠の言葉を信じて、自分の目に映るものを信じて研究を続けてきたことがようやく報われた気がした。


 それがどれだけうれしいことか。



 静かに隣にいてくれるカインに甘え、泣き疲れて眠ってしまうまで、リナはただ泣き続けた。

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