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ここから本編開始です



「リナ、お前は今日で解任だ」


 今朝早くに副所長ディルス=アルポースに呼び出されたリナは、その言葉とともに辞令書を投げつけられた。辞令書には今日付けでリナを解任することが書かれていた。

 

「この私直々の解任状だ、ありがたく受け取れ。受け取ったなら荷物をまとめてさっさと出て行け」

「ちょっと待ってください!こんな突然、納得できません!!それにさっさとって、まだ研究途中なものがあるのですよ?引き継ぎなどもしないと……」

「…はぁ、これだからファウストの拾ってきた平民は」


 やれやれとディルスは一部の魔術論文を取り出すと、これ見よがしにリナの前でパタパタとあおぐ。その文字に見覚えがあるのも当然、それはリナが書いた魔術論文だった。


「お前の研究、魔道具だったか?選ばれし者だけが使うことのできる魔法を誰にでも使えるようにする道具など、魔法に対する冒とくだ。そんなものの研究をこれ以上続けさせるわけにはいかなくてね。

 もちろん、この論文も永遠に承認されないだろう。認められない論文に、価値はないと思わんかね?」

「あっ、やめ…っ!」


 リナが声を上げたと同時にディルスの手の中にあった魔術論文が燃え上がる。はらはらと流れ落ちる自身の論文の中でリナはぺたりと座り込む。


「そんな……」

「そもそもそんな道具、魔力を持つ我々には無用の長物。いったい誰が使うというのだ?

 __ああ、そうかお前か!お前には魔力がないんだもんな!」


 ディルスはリナを指さしわざと大きな声でそう言った。それを聞いていた周りの研究員からもくすくすと笑い声が聞こえてくる。

 完全に四面楚歌の中、リナは黙りこくっていた。その態度が気に入らなかったようだ、ディルスは立ち上がるとリナの肩に手を置き、耳元でささやいた。


「お前みたいな場違いに夢を見たあの老害が死んでせいぜいしたよ」


 それを聞いた瞬間、リナはディルスの胸ぐらをつかんでいた。腕のブレスレットが光を帯び、ディルスの体が持ち上がる。


「わたしが場違いなのはわかってる!でも師匠まで侮辱するのは許さない!

 __その言葉、訂正してくださいっ!!」

「ぐっ…訂正しなかったらどうするつもりだ?言っておくが、ここで事を起こしてもお前が死ぬだけだぞ」


 そう言われ、我に返るリナ。彼女の周りには無数の攻撃魔法がリナを狙って展開されていた。


「お前にはできん、やめておけ」

「……っ!」


 言い返せないリナはその手を離す。せき込むディルスに研究員が駆け寄った。

 皆の視線が突き刺さるような針のむしろの中、リナはこぶしを握りうつむくだけだった。

 そんな彼女に、副所長は絞り出すように告げた。

 



「さっさと出ていけ。ここにお前の居場所はない」







 研究室の扉を音を立てて開け、オレンジブロンドの髪をした女性が走り去っていく。研究室を見れば、せき込みながら地面に座り込む副所長と周りがそれを介助する姿が目に映った。


「何があったの?」

「ア、アマリア様!それが、あの平民がディルス様に手を上げまして…」

「…そう。彼女は?」

「……リナなら、たった今追放いたしました」


 そう答えたのはディルスだった。どれだけしてやられたのか、まだ少し声がおかしい。


「追放したの?」


 そんなディルスを特に心配する様子もなく、アマリアと呼ばれた女性は淡々と尋ねる。


「…ええ。この塔にとってあの者は異分子。ファウストがいなくなった今、もう居座らせる必要はありません」

「…そう」


 それだけ聞くと、アマリアは何もなかったかのようにその部屋を後にした。


 


**

 

 

「……」


 天を貫くかのようにそびえたつ塔を見上げる。

 アスタリア王国最高峰の魔法研究機関「魔術塔」。たった今そこを追い出されたリナは、大きめのカバンに詰められるだけ試料や研究メモを詰め込みその門を後にした。


「あ……」


 塔の窓に人影が見えた。遠くからでもわかるほどに鮮やかな赤髪をし、優れた研究成果を残した者が袖を通せる白いローブを身にまとう少女と呼んでも差し支えない年齢の研究員。

 弱冠16歳にして所長にまで上り詰めた天才、アマリア=アルマトリスだ。


「…すごいなぁ。わたしなんかじゃ足元にもおよばなかったや」


 こちらのことなど気にせずに歩き去っていく彼女を見てひとりごちる。片や最年少でありながらいくつもの魔術論文が認められた天才、片や魔法を冒とくしたと追放された木っ端研究員だ。

 そんなことを考えても仕方がないとリナは塔に背を向け歩き出す。自分が心血を注いだ研究への未練か、それが認められなかったことへの悔しさか、その足は少し重たかった。




 魔術塔から西に進んでいくとアスタリア王国の王都ハイディアがある。

 しかし、ハイディアまでは馬車に乗って一日かかる距離だ。徒歩のリナでは当然たどり着くはずもなく、その日は野営をすることになる。野営といってもテントなどはない。自作の結界魔道具を設置し、手ごろな木の上で眠るだけだ。

 しかし目がさえてしまったリナは、時間つぶしもかねて鞄の中をあさっていた。


 すると一枚の絵写しが出てきた。

 黒ずんでいてよく見えませんが、ここに描かれている人を間違えるはずがない。


 リナの師匠、ファウスト=エルドナンド。

 魔術塔の元所長にして、今世最強の魔法使い。魔法について深い智識とありあまるほどの魔力をその身に宿し、いかに魔法を人々の役に立てるかを生涯かけて研究した研究者だった。


 そんな彼が唯一弟子にしたのがリナだった。魔法が使えなくても、魔力がなくても魔法を使うための道具「魔道具」に未来を感じた彼は、貴族しか門をくぐることを許されない魔術塔に平民だったリナを招き入れた。

 リナはファウストを師と仰ぎ、彼の下で魔道具の研究にいそしんだ。自身が平民であることで周りから疎まれていたが、研究と頼れる師匠がいた彼女はそれをさほど気にすることはなかった。時にファウストと魔法について語り合い、時に失敗し二人で黒焦げになったり、リナにとってあの時間はかけがえのない思い出だ。



 しかし、そんなファウストは突然病に倒れ、先日亡くなった。あまりにもすぐのことで心の整理も追いつかないまま、今日リナは魔術塔を追い出された。

 




 

「悔しいなぁ……」


 リナの目から落ちた涙が絵写しをにじませる。


 無力だった。師匠が未来を見てくれた魔道具の研究を否定されても、尊敬してやまない師を悪く言われても、リナは何もすることができなかった。守ってくれていた師匠がいなくなった途端、魔術塔でのすべてを失った。木の上で魔物におびえ一人うずくまる今の自分の姿は、なんともみじめで弱かった。



 そんなリナの頭に何かが落ちる。魔物かと顔を上げるとそれは枝から落ちた枯葉だった。まだ色の残るそれは彼女の前でみるみるうちに黒くなっていく。なんてことのない、ただ葉に宿っていた魔力が抜けただけだ。

 リナの見る世界は他と違う。彼女の目は魔力の強さが明るさとして見えているのだ。

 その対価なのだろうか、リナの体には誰もが持つはずの魔力がなかった。

 リナはぐるりと辺りを見渡す。地面は薄暗い灰色で、木草や動物達が様々な明度で主張する。夜だというのに明るい空には穴が空いたかのように真っ黒な星達。そこに自分の真っ黒な手をかざすと、そこだけぽっかりと穴が開いたように見える。

 

 


 この体質もまた、魔術塔で疎まれていた原因だった。魔法を使うためになくてはならない魔力。それを持たないリナは魔法に見放された劣等種のように扱われていた。

 魔力が見えるというのも、証明するすべを持たないためにファウストに取り入るための嘘だといわれていたのも知っている。

 

 でも、ファウストはそれを信じてくれた。『個性』だと言ってくれた。その個性を生かした、リナにしかできないことがあると背中を押してくれた。

 その言葉に励まされ、リナは魔道具だけではなく様々な研究を行った。より効率よく回復できるポーション瓶、描くと少しだけ武器の切れ味が良くなる魔法陣など、一定の成果があったものもちらほらと存在する。


 しかしそれらも魔術塔に認められることはなく、そのほとんどは打ち切りにさせられたの。結局はこれらも魔法のまがい物、魔法を汚すなと言われたのも仕方ないのかもしれない。



 

 


 冴えてしまった頭で思い出すのは、何度もファウストに助けられたこと。でも、その恩を返すことはもうできそうにない。返すとしても、それはきっと仇で返すのだろう。


 



「……朝だ」


 そうしているうちに黒い太陽が顔を出す。それを特にまぶしそうにすることもなく眺めていたリナは出立の支度を始めた。


「いつまでもウジウジしてたらいけないな」


 頬を軽く叩き、歩き始める。

 目指すは王都ハイディア。そこから先は、ついてから決めよう。






**


 結局、ハイディアについたのは日が落ちかけていたころだった。

 道中でうっかり珍しい薬草を見つけ採取していたら辻馬車を逃し、仕方なしに歩いたらこの時間だ。自業自得なところはあるが、ふらふらと泥だらけで門に行くものだから、検問の門番に心配されてしまった。


 何はともあれ、ハイディアには到着した。



 さて、これからどうしよう……。


 道中考える時間はいくらでもあったはずなのに何も考えていなかったリナはここにきて初めて悩み始める。しかしそんなでは考えがまとまるはずもなく。



「ここで悩んでいても仕方ないか。とりあえず、ハルさんに相談かな」


 とりあえず相談することにした。

 ハルさんとは彼女が住んでいた孤児院の院長を務める女性だ。リナを拾って育ててくれた恩人であり、魔法の使えない私が魔法研究を始めたきっかけをくれた人でもある。

 ハルさんに全面的な信頼を置くリナは困ったときはいつも彼女を尋ねていた。塔に行ってからはファウストが代わりに相談に乗ってくれたため手紙こそ出せど孤児院に行くことはほとんどなかったが、この癖は存外抜けていないようだ。



 孤児院を目指し歩みを進めるリナだが…


「……お、この串焼き美味しそう。一本くださーい!」「わぁ、こんなところにジュース屋さんができてる。飲んでみよう」




 ものすごく寄り道をした。


 いかんせんハイディアにつくまでリナはまともなものを口にしていない。その上のんびり王都を歩くのは久しぶりなのだ。ちょっとお上りさんになっても仕方がなかった。



 結局色々と食べ歩きをしているうちに孤児院が見えてくる。町はずれにあるお世辞にも大きいとは言えない教会、その隣に併設されているのがリナの住んでいた孤児院だ。



 孤児院のベルを鳴らすと、桃色の髪をしたシスターが警戒しながら扉を開けて出てくる。それはそうだ、寄り道しすぎてもう真っ暗なんだから。

 しかしシスターはベルを鳴らした人物を見てすぐに顔をほころばせた。


「……リナ?リナじゃない!」

「リズ姉さん!久しぶり!」


 リズ姉さんことリズベットはリナが孤児院にきた少し後にハルさんが連れてきたシスターだ。子供の頃はこの孤児院で暮らしていた先輩なのだが、孤児院を出てから戻ってくるまでのことは聞いたことがない。そもそもここは孤児院だ。みんな何かあってここに集まっているのだから、自分が話したくなるまでは誰も聞かないのが普通だ。いつかリズベットが話してくれるまではリナも無理に聞き出そうとは思わなかった。


「本当に久しぶりじゃないリナ!元気にしてた?」

「元気には元気だよ!無職になっちゃったけど!」


 勢いに任せてそう言った瞬間、リズベットの笑顔が固まる。明るく言ってみたが、やはり聞き逃されはしなかった。


「詳しく聞かせてもらうわよ」

「……うん」


 リズベットは少し厳しめながらも優しい声と共にリナの頭を撫でる。温かい手にリナの目には涙がにじんだが、心配させまいと流すことはしなかった。


「ここで立ち話もなんだし、入りましょうか。そうだ、今日はリナもよく知る人も来ているわよ」

「……?よく知る人?」

「すぐにわかるわ」




 リズベットに促されるまま孤児院に入る。


「戻ったわよ」


 奥の部屋から子供達が出てくる。ここにいる孤児は総勢8人、孤児院の規模の割には中々の大所帯だ。


「おかえりなさいリズさん」


 そして、リナのよく知る懐かしい声も聞こえてきた。





「カイン…?」


 思わず彼の名前を呼ぶと、彼も気が付いたようだ。


「リナ!」


 彼はぱあっと表情を明るくした。

 彼はカイン=ソーディス。三大侯爵が一つ、ソーディス侯爵家の三男で、リナがこの国の学園に通っていたころの友人だ。リナの記憶が正しければ、今は自分たちの母校で先生をしている。


「カイン!」


 リナは彼のところに駆け寄る。あまりにも嬉しそうに来てくれるものだから、カインは思わず頬を染めた。そしてそれをニヨニヨと眺めているリズベットに気が付くと、咳払いでごまかしよくわかっていなさそうなリナに向きなおる。


「本当に久しぶり、リナ」

「ふふ、久しぶりだね。カインとはもう会う機会もないと思ってた」

「そんなことはないさ。会おうと思えばいつでも会えるよ」


 カインはそう言うが、彼がそんなに簡単に会える人物ではないことは重々承知だ。

 魔術塔で研究していたリナと、学園で教師をしているカイン。それぞれの道を進んだ二人に会う機会などほとんどない。そもそもが侯爵家の人間と平民だ。卒業後は特に連絡を取り合う用事もなく、そのままになるものだとリナは思っていた。


 まさか塔から出ていきなり会えるとは。


「今は週3日くらい、ここで子供たちに勉強教えてるんだ」

「あ、そうなんだ」


 前言撤回。めちゃくちゃ会いやすいかもしれない。



「リナは里帰り?」

「うん、塔から追い出されたから久々にね」

「……待って、それはさすがに聞き流せない」


 カインは頭を抱える。音沙汰がないと思ったら、追い出されて帰ってくるなど誰が予想できようか。


「とりあえず、ハルさんにも挨拶してくるよ。相談したいこともあるし」

「なら私達も一緒に聞くわ。辛い話を何回もさせるわけにもいかないもの」


 リズベットは子供たちに夕飯の支度をするよう言う。リナの話は恐らく重い、あまり子供たちに聞かせたくはなかった。そんなリズベットの思いを感じ取ったのか、子供たちは頷き食堂へ走っていった。

 気の使えるいい子たちである。




 子供たちを見送ったリナたちはハルさんの部屋に向かった。


 コンコンと扉をノックすると、リナのよく知る優しげな声が返ってくる。中に入ると、長く綺麗な黒髪を肩甲骨あたりで縛った女性が椅子に座り子供達の服を繕っていた。齢50を過ぎたというのに、凛としたその佇まいは年齢を感じさせない。リナのあこがれたハルさんは未だ健在のようだ。



 ハルファウナ=フロロフェルク。ハルさんと皆に慕われている彼女はこの国で先々代の聖女を務め上げた女性である。

 

 縫い物の手を止め顔を上げた彼女がリナの顔を見ると、その少々厳しくも慈愛に満ちた目を細めた。


「懐かしい声が聞こえると思ったら。おかえり、リナ」

「うん、ただいま」


 久しぶりにハルファウナに会って嬉しくなったリナは思わず彼女に抱きついた。ハルファウナは驚きもせずにリナの後ろに手を回し、ポンポンと優しく背中を叩く。

 子供の頃からされ続けたそれに、リナは帰ってきたことを改めて実感していた。


「大きくなってもリナは変わらないねぇ」

「それを言ったら、ハルさんだって」


 

 満足するまでハルファウナにくっついていたリナは、ふと我に返りリズベットとカインも同席していたことを思い出す。二人に生温かいまなざしを向けられいたたまれない気持ちをブンブンと頭を振ってごまかし、改めてハルファウナと向き合った。


「ハルさん、聞いてくれる――――?」



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