10
主人公不在回
夜を照らす明るい酒場の光。その中で、その3人は乾杯をしていた。
「今日もうまくいったな!一仕事のあとの酒はうめー!!」
「ああ!!まったく最高だぜ!!」
「酒はほどほどにしなさい。すぐに次の街に移るのですから」
大きな笑い声を上げる2人にローブの男は注意する。
「わーってるよ。燃料補給くらいはさせてくれや」
髭を蓄えた男はそう言ってジョッキをあおる。これはまだまだ飲みそうだ。
本当は今すぐにでもここを発ちたいのだが、彼らのご機嫌取りも大事なことだ。後衛であるローブの男には前衛の彼らが必要不可欠、多少のわがままには付き合うことも大事だった。
「しっかしよぉ、今日のあれはなんだったったんだ?マジで死ぬかと思ったぜ」
「わかりません。あんな大きなゴブリンがあの森にいるなんて情報ありませんでしたからね」
「ま、運良く生き残れたからよしとしようや。俺たちの幸運に、乾杯!!」
金髪の男が高らかにジョッキを掲げる。髭の男も負けじと空のジョッキを掲げるのを見て、呑気なものだとローブの男は頭を抱える。
「その乾杯、あたしも混ぜてもらっていいかしら?」
その時、1人の女性が彼らに話しかけた。酔って気が大きくなっている2人は、特に警戒もせずその女性を自分たちの間に座らせる。
「なんだ嬢ちゃん!いいことでもあったのか?」
「ええ、そうなんですよ」
目を細め、女性は2人の手を取った。男たちの酒で赤い顔がさらに赤くなる。
「___あなた方を見つけることができましたもの」
次の瞬間、女性は獰猛な笑みを浮かべていた。ローブの男がそれに気づくももう遅い。
「“軽雷生成”」
バチィッ!!という轟音と共に男たちに電流が流れ、その身体が大きくはねる。大男2人は泡を吹いて倒れ、動かなくなった。
「なんだ?ケンカか?」
「すげー音したぞ」
酒場の喧騒をかき消すほどの雷鳴は、当然他の客たちの注目を集める。
そんな周りを気にすることもなく、女は鋭い視線をローブの男に向けた。
「さて、次はあなたよ」
「人違いでは…っ!?」
全てを言う前にローブの男の頬を雷が掠める。
「時間稼ぎはいらない。次は当てる」
女の殺意の籠る視線を受けながらローブの男は歯噛みする。
ただでさえ目立つのは避けたかったというのに、これでは台無しだ。このまま騎士団にでも来られてしまったらいよいよまずい。
「“噴火水”っ!!」
「なっ!?」
ローブの男は水の玉を弾けさせる。大量の水蒸気が酒場を白く包み、周りの客共々女の視界を奪った。
その隙にローブの男は酒場から飛び出す。
男はそのまま繁華街を走り抜け、薄暗い裏路地に身を潜めた。
「ここまで来れば…」
「大丈夫だと思いました?」
突然上から声が聞こえる。勢いよく見上げた屋根には剣を抜く青年の姿があった。月明かりに照らされた一つ縛りの赤い髪は、まるで燃えるように揺らめいている。
「炎剣アーリンス…」
「おや、懐かしい呼び名ですね。そう呼ばれたのは数年ぶりですよ」
アーリンスはクスクスと笑いながら剣先をローブの男に向ける。その目の奥が笑っていないのは溢れ出る殺気からもよくわかった。
「…何のようです?わざわざ追ってきたりして」
「大銅級冒険者キール、あなたには魔物を使って冒険者を襲い金品を奪った容疑で衛兵隊から手配書が出ています。知らないなんて言わせませんよ?」
アーリンスは懐から手配書を出し見せつける。そこに描かれているのは確かにローブの男、キールだった。
「もちろん、お仲間二人の分もありますよ。まぁ、あちらはモルフェが懲らしめたみたいですけど」
それを聞き、キールは舌打ちする。
酒場に現れた女、見覚えがあると思ったらやはり今日ゴブリンをけしかけたソロ冒険者だったようだ。そのあと現れた巨大なゴブリンに殺されたものだと思っていたが、まさか生き延びていたとは。
(クソッ!こんなことならバカ二人を置いて自分だけでも街から離れておくべきだった!……いや、まだチャンスはある)
炎剣と呼ばれた目の前の小金級冒険者の得意魔法は炎魔法。水魔法を得意とするキールからすれば有利な相手なはず。
格上だが、逃げることならできるかもしれない。
「納得しましたか?」
「ええ、おかげさまで。“弾丸水”!!」
悠長に話している隙を突き、キールは水の弾幕を張る。当たらずとも、詠唱の時間稼ぎにはなるはずだ。
「“弾丸炎”」
そんな願いも虚しく、アーリンスの炎が水の弾を飲み込む。その炎は勢いを落とさずキールに迫った。
「…っ!あ…“盾水”っ!!!」
咄嗟に水の盾を作るがそれもすぐに貫かれる。無防備になったキールは全身に炎弾の雨を受けた。
「守る時こそちゃんと詠唱しないと…って、もう聞いてないですか」
魔法一発で簡単に伸されてしまったキールを見て、アーリンスは残念そうに呟いた。
「せっかく出したというのに……剣、使いませんでしたね」
キンと剣をしまう音が、裏路地に虚しく響き渡った。
「…あら、もう終わってるわね」
指名手配犯キールを縛っていると、イルマが衛兵を連れてきた。
「ありがとうございます。カルバンは?」
「衛兵と一緒にモルフェのところに行ったわ」
キールを衛兵に引き渡し、二人は酒場へ向かう。こちらも無事に終わったようだ。
「お疲れ様ですモルフェ、カルバン。怪我はありませんか?」
「あたしは大丈夫です」
「問題ない」
その時、モルフェの腹からぐうぅと音が鳴る。
「一仕事したら、お腹空いちゃいました」
恥ずかしそうにモルフェは笑う。
自身を貶めた相手に仕返しができ、緊張の糸が解れたようだ。それに、モルフェは昼から何も食べていなかった。お腹が大きな音を立てるのも無理はない。
「せっかくだし、帰りに何か食べていきましょう!アーリンスのおごりで」
「え、僕ですか?」
「感謝する」
「カルバンまで…はぁ、わかりました。今日は僕のおごりです」
パーティメンバーに甘いリーダーであった。
指名手配班の確保のためとはいえ騒ぎを起こした酒場はなんとなく居心地が悪いため、アーリンスたちは屋台で串焼きを買い食べ歩く。
安上がりに済ませようとしているとイルマから抗議が入ったが、「なら自腹でどうぞ」と言ったら途端に静かになった。現金なものである。
「はぁ〜生きてるって感じがします〜」
「本当に死にかけたモルフェが言うと笑えないわね…」
「僕らだって同じですよ。リナがいてくれなかったらどうなっていたことか」
「アーリンスに同意」
食べながら話していると、話題はここにはいない1番の功労者リナの話になる。
「えっ!?リナちゃんって魔道具の開発者なんですか!?」
「ええ、そうみたいですよ」
「あの水杖とか点火杖も…」
「あの子が作ったものだって」
「ええ、すご…」
ゴブリンとの戦いでリナが使った不思議な道具たち。気になった三人が帰りの馬車でリナに聞いてみたところ、彼女が魔道具の開発者であることが発覚したのだ。
「じゃあ大きなゴブリン…ゴブリンエンペラーでしたっけ?あれを倒したのも…」
「短剣の魔道具だそうです。刃の長さを自在に変えられるとか」
「すごかったのよ、周りの木よりも大きい刃でどーんと一撃!」
「圧巻とはまさにあのこと」
「へぇ〜」
興奮気味に語るイルマとカルバンたちの話に、モルフェは少し羨ましくなる。
が、その光景を見るためにはゴブリンエンペラーのような魔物とまた戦わねばならないわけで。もう死にそうな目には会いたくないモルフェはすぐに見るのを諦めた。
「リナはすごい冒険者になりますよ。僕らもすぐに追い越されてしまうかもしれませんね」
「あら、それは負けられないわね」
「精進あるのみ」
「ええ。おちおちと抜かれないよう、僕らも頑張りましょう」
そう意気込む炎の三人を、モルフェはいいなと思った。
さらなる高みを目指し、努力を続け強くなる。彼らに本来の冒険者としての姿を見た気がした。
生活のためとマンネリ化した冒険者生活をしていたモルフェにはそれが眩しく、同時に自分もそうでありたいと思った。
「あ、あたしも!皆さんを目標にがんばります!!」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
「頑張ってくださいね、モルフェ」
「期待してる」
「…!はいっ!!」
物理的一度死にかけたモルフェは、その日生まれ変わった気持ちで、再び冒険者の道を歩み始めた。
**
「ギルド長、例のパーティ無事逮捕されたそうです」
「そうか、それはよかった」
ナナリーの報告にアレックスは頷く。
リナの特例昇格試験中に遭遇しゴブリンエンペラーに彼女たちを襲わせた冒険者パーティ。それが無事に捕まったようだ。
リナの友人であるアリアによって全快したモルフェから話を聞き、その犯人はすぐに特定された。他の街に逃げられては逮捕も難しくなるとすぐに衛兵に指名手配をお願いしたのは正解だったようだ。
もっとも、捕えたのは被害を受けた炎とモルフェだったようだが。とてもご立腹だったので当然といえば当然なのかもしれない。
「余罪も多いようなので、刑は重くなるでしょうね。はっ、ザマァみろ」
「口が悪いぞナナリー。気持ちはわからなくもないが」
冒険者ギルドにとっても、冒険者に害なすものは許せない。一パーティだけでもこうして悪事を明るみに出せたことは喜ばしいことだ。
「何読んでるんですか?」
紅茶を運んできたナナリーがちらりと尋ねる。
ここのギルド員たちはギルド長の執務室に来ると必ずアレックスに飲み物を用意する。そして自分も飲んでいく。
ここは休憩所か何かになっているのだろうか…?
「あの魔石の鑑定結果だよ。リナくんの言っていたことが気になったからね、少し調べてもらったんだ」
アレックスは来客用の机に鎮座するゴブリンエンペラーの魔石に目を向けた。鑑定結果とともに戻ってきたが置くところがなかったのである。
「魔石の中に塊が見える、という話ですか」
「ああ。その結果、あの魔石にはごく微力だが別の波長の魔力があることが確認された」
「っ!!そんなことあるんですか!?」
ナナリーは思わず立ち上がり、自分の紅茶をこぼしそうになる。
それもそのはず、魔石に限らず生物の魔力の波長は例外なく一種類なのだから。
エネルギー物質である魔力には波長がある。
この世の全ての生物がそれぞれ個別の波長の魔力を体内に有しており、外部から取り入れた魔力も必ずその生物固有の波長に変換される性質を持っている。
そのため、微量でも体内に別の魔力が存在することはあり得ないことなのだ。
複数の魔力波長をもつ例外は二種類。様々な生物の魔力が混ざる環境中の魔力か、魔石を粉にし混ぜ合わせた等人工的に作られたものの魔力だけである。
しかし、鑑定した魔石は生きたゴブリンエンペラーから取り出されたものである。
持ってきた者が嘘を言っているのなら話は変わるが、実際に襲われた者がいて倒したのを見た者もいる。イタズラなら手が込みすぎであろう。
「これは、世紀の大発見かもしれませんね…」
「鑑定士も同じことを言っていたよ。だが、そんなものがなんの変哲もない森林地帯を闊歩していたのはいささか気にはなる。何かの前触れじゃなければいいが…」
その一言がフラグだったのだろうか、一人の職員が息を切らせてギルド長室になだれ込んできた。
「大変ですギルド長!魔術塔の所長、アマリア・アルマトリス女史が今から面会したいと来ています!!」
「…きましたね、何か」
「みたいだな……」
大慌てで執務室を片付け、アマリアを招く。
ナナリーは逃げ出そうとしたが、無事に捕まり手伝わされる羽目になる。
お茶休憩の代償は大きかった。
「___夜分遅くににも関わらず、席を設けていただき感謝いたします」
「いえ、お越しいただけて光栄です」
まだ少女と呼べるほどの年齢の魔術師は綺麗なカーテシーをする。ふわりと揺れる白いローブが彼女が高い地位にいることを如実に示していた。
魔術塔現所長アマリア=アルマトリス。アルマトリス侯爵家の令嬢であり、最年少で多彩な魔法の研究が認められた天才魔術師らしいが、表舞台に立つことが少なくその人物像は不明点が多い。現にローブで顔が隠れておりその表情も読めない。
アレックスたちはリナを追放した場所の長ということもあり、少しばかり警戒していた。
「ありがとう。オルトリア商会のアールグレイね」
「…申し訳ございません。こんなものしかなく」
匂いで銘柄を当てられナナリーは謝る。オルトリアのアールグレイは少々値が張るものの庶民でも買える銘柄だ。アルマトリス侯爵家の令嬢に出すには分不相応である。
「先触れもなくお邪魔したのは私だから。それにこの紅茶、私は好きよ」
そう言うとアマリアは綺麗な所作で紅茶を美味しそうに口にする。
その様子は演技ではなさそうだ。思った以上に庶民的な一言が出てきてますます彼女のことがわからなくなってくる。
「さて、単刀直入に聞きますが、本日はどのようなご用件でしょう?」
ひと息ついた後、アレックスが尋ねる。
アマリアはカップを置くとある一点を指差した。
「それを、譲って欲しいのです」
それは、ゴブリンエンペラーの魔石だった。
「もちろん相応の対価は払います」
「……なぜこれなのでしょう?」
「それでなければ、いけないのです」
「理由をお聞きしても?」
「今はまだ、答えられません」
何を聞いても彼女は答えない。ただこの魔石でなければいけないの一点張りである。
正直、怪しいことこの上ない。ほとんど塔から姿を見せないはずの彼女が突然現れたかと思えば今日提供された魔石を譲れと言ってきたのだ。
しかも、その魔石は二つの魔力波長を持つということがわかったイレギュラーなもの。その鑑定結果だってつい先ほどあがってきたものである。
例え情報が漏れていたとしても、馬車で一日はかかる距離にある魔術塔から数分で来られるはずがない。
十中八九、この魔石の秘密を彼女は知っていたと見て間違いはないだろう。
「____わかりました、お譲りしましょう」
「っ!!ギルド長!!」
思わず声を上げたナナリーを手で制する。
ローブから覗く瞳があまりにも真っ直ぐだったから、アレックスは信じてみることにしたのだ。
ただの勘でしかないが、冒険者としてもギルド長としても幾度となくこの勘に助けられてきた身としてはそれだけで充分である。
承諾されるとは思っていなかったのだろうか、アマリアからも息を飲む声が聞こえた。
だがそれも一瞬、アマリアはすぐに平静を取り戻す。
「感謝いたします」
魔石は500万アウルで売ることになった。リナから買い取った金額の10倍だが、信じてくれた礼だとアマリアが譲らなかった。中々に律儀な少女である。
「___最後に一つだけ聞いても?」
魔石を受け取り、部屋を後にしようとするアマリアに話しかける。
「なんでしょう」
「最近、魔術塔から一人の魔術師を追放されたと聞きました」
それを聞いた彼女がピクリと反応する。これだけで誰かは分かったようだ。
この取り引きには関係のないことだ。だが、どうしても聞いておきたかった。
「貴女はあの子を追い出したこと、どうお思いで?」
扉に手をかけた彼女は、少しだけこちらに顔を向け答えた。
「___いなくなってよかった、それだけです」




