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「…う……ん……?」



「…あ、おはようございます」


 女性冒険者が目覚めたのに気がつき、オレンジブランドの少女が声をかけてくる。


「…あなた…たち、は…?」


「わたしはリナと申します。こちらは小金級パーティの(ほむら)の皆さまです。あなたのお名前も聞いていいですか?」

「…モルフェ、です」

「モルフェさんですね。あ、応急処置はしてありますが、全身いろいろと骨折しているようなので安静になさっててください」



 動こうとするモルフェを止める。少し不安そうな彼女を励ますようにリナは笑いかけた。



「王都に着いたら聖女に診てもらうので大丈夫ですよ。まぁジェネリック聖女ですけど」

「ジェネリック聖女って何よ…」

「元最有力聖女候補だった食堂の女将さんです。治癒の力は元聖女と現聖女のお墨付きですよ」

「不思議な交友関係ですね」



 呑気に談笑しているリナと(ほむら)。モルフェはしばらく呆然と眺めていたが、ふと自分を襲ったあの化け物のことを思い出した。


「あの…大きなゴブリンは……?」

「ゴブリンエンペラーですか?倒したんで心配いりませんよ」



 なんてことのないように言ってのけたリナにモルフェは目を丸くする。思わず(ほむら)の3人に目を向けたところ、3人ともうんうんと頷いていた。



「ええ。リナさんがお一人で倒しましたよ」

「そうなの!真っ二つにしたときはさすがに鳥肌立ったわ」


「まっぷた…えっ?」



 興奮気味のアーリンスとイルマの話に目が点になる。

 何を言ってるんだこの人たちは。10m以上もあったあの巨体が真っ二つになんて、到底信じられるはずもない。噂の当人「いや~」とか言ってちょっと照れてるし、本当なのか?



 モルフェは混乱してきた。




「そのへんにしとけ」


 カルバンの一言で皆が我に返る。つい熱くなってしまったが、突拍子のない話でけが人を混乱させてはいけない。

 3人に謝られ、馬車の中が少し静かになる。




「あの…」


「なんだ」



 どうしても気になったモルフェは唯一話に参加していなかったカルバンに聞いてみた。



「先ほどの話は…本当?」

「事実だ」

「…そうなんだー……」



 モルフェは目の前の少女がよくわからくなった。






 そんなこんなでしばらく馬車に揺られると、王都の外壁が見えてくる。背後に巨大な山脈を抱える王都ハイディアは遠くからでもわかりやすい。




「リナちゃーーん!」



 門に入るとジェネリック聖女ことフラン食堂の女将・アリアが走ってきた。あらかじめクロまめに手紙を渡し先行させていたのだ。

 行ったことのない場所すら少しの説明だけでたどり着いてしまうのだから、クロまめは優秀である。



「アリア、忙しいのにごめんね」

「治癒が必要とあらばいつでも参上いたしますよ。けが人の方はどちらに?」

「こちらのモルフェさん。応急処置はしてあるけど全身の骨がひしゃげてる。これ診断書」



 そう言ってリナは紙の束をアリアに渡す。いつものことのようにアリアはそれを受け取ると、ざっと目を通し頷いた。



「状況はわかりました。5分で治しましょう」

「えっそんなに早いの?」


 あまりにも早い治療時間の宣告に、患者のモルフェが思わず尋ねる。



「これでも遅いほうですよ。ごめんなさい」

「…そう、なんだ……」



 ゴブリンエンペラーを1人で倒す少女は、友人も規格外らしい。





**



 モルフェをアリアに任せ、リナたちは冒険者ギルドへ報告に向かった。受付でナナリーに軽く事情を伝えたところ、内容が内容なためギルド長室を案内され、詳しい報告はそこで行うことになった。



「……なるほど、ゴブリンエンペラーが。それに冒険者の魔物けしかけ行為まで。ずいぶんと巻き込まれたものだね」


「ははは…。あの森でゴブリンエンペラーはやっぱり珍しいんですか?」

「珍しいというか、遭遇例は今回が初だな。ゴブリンの集落が森の外縁付近にあったのも、エンペラーがいたことでゴブリン全体の勢力が増していたんだろうな。さすがに2体目はいないだろうが、一度調査をした方がよさそうだ」



 アレックスはナナリーに調査の依頼書を手配するようお願いする。そんな中、リナはゴブリンエンペラーから取り出した魔石を凝視していた。



「その魔石に何か気になることでもあるのかい?」


「……この魔石、中にいくつかの塊が見えるんです」

「中に?」

「はい。魔石は体内の金属元素が魔力によって結合することで大きくなることが知られています。通常、結合はまんべんなく進んでいくので魔石の中に何かが見えることはないんですよ」

「つまりこれは自然に作られたものではないと」


「例外も多いので一概にそうとも言えないですけどね。ゴブリンのような亜人種ではこのような現象は聞いたことがないので、少し気になっただけです。

 ___まあ、だから何ということでもないんですけど」



 笑って誤魔化すが、こういう細かな違和感は知的好奇心をどうしても刺激する。気にしないよう努めていても、ついつい視線はそちらに向いてしまう。




「気になるなら、持ち帰ってもかまわないよ。討伐証明以外の買い取りは任意だからね」

「……いえ、このまま買い取りでお願いします。研究しようにもわたしじゃ専門外ですし、第一道具も何もないですもん」



 少し揺らいだがリナはきっぱりと売却することにした。

 そう、今の自分は研究者ではない。研究しようにも元手になるものがないのが現実だ。一応お金はあるようだが、研究に使えばすぐになくなってしまうだろう。

 素直にあきらめるのが一番だ。



「では話を戻させてもらうよ。アーリンス、ゴブリンエンペラーは他の冒険者にけしかけられんだね?」

「ええ。咆哮が聞こえてすぐ癇癪玉が投げ込まれました。間違いないと思います。リナは人影を見ていましたね」

「はい。顔は見れていないので男性3人、ということしかわかりませんが…」

「いや、十分助かる。それだけでもブラックリストからある程度絞れるからね」



 とはいっても、男3人のパーティなどごまんとある。多少は絞れるとはいえもう少し詳しい特徴などが知りたいのは確かだ。



「やはり君たちの助けたモルフェという子にも話が聞きたいところだな。何か知っているかもしれない」

「彼女は今、リナのご友人が治療中です。落ち着いたら冒険者ギルドに来るよう言ってあるのでその時に聞けると思います」

「わかった、受付に見えたらこちらに案内するよう伝えておこう。…というか、治療してるのはリナくんの友人なのか」

「今代の聖女の最有力候補と呼ばれた子です。脳と心臓さえあれば全身元通りにできるくらいには治癒魔法が上手いので心配はいりませんよ」



 リナは自慢気に言うが、聞いている側は少しゾッとした。

 確かにすごい治癒技術だ。だが、度が過ぎて逆に怖い。比喩ではなく実際にやったことがありそうなのでなお怖い。


 規格外の友人もまた、規格外のようだ。







「…さて、そろそろ本題に入ろうか」



 ギルド長アレックスにそう言われ、リナは思い出した。

 そうだ、今日の目的は自分の試験である。色々ありすぎてリナはすっかり忘れてしまっていたが、それを言われて言われて思い出すと今更緊張し始める。



「アーリンス、試験官としてリナくんはどう見えた?」


「そうですね…知識や技量は申し分ないと思います。とっさの判断力もありますし、戦闘面では僕らよりもはるかに強いです。恥ずかしながらリナさんに助けられた場面もありましたしね。すべて1人でこなそうとするところが度々見られましたが、”試験官は基本手助けなし”という試験内容を気にしてのことだと思うので不問にします」

「あ、だいたい1人でやっちゃう…」

「では減点です」

「うわあああああ嘘です嘘ですごめんなさい!減点だけはああああ!!」

「ふふ、冗談ですよ。でも、少しは仲間も頼ってくださいね」



 うっかり余計なことを言って半泣きで謝るリナにアーリンスは笑い、優しく注意する。というか減点方式ではない。




「イルマとカルバンはどうだ?」

「すごすぎるわよその子。正直、冒険者として負けた気がするわ」

「優秀」



 2人にそう言われ、リナは照れる。




「こういう素直なところも、彼女の美点ですね。素直すぎるのも心配ですけど」

「うっかり押し付け過ぎないようにしないといけませんね。ねぇギルド長」

「こっちを見て言わないでくれ…」



 すでにこちらの都合で特命試験を受けさせているのだ。微妙に痛いところをなぜか部下に突かれ、アレックスは目を逸らした。



「___さて、それぞれの評価を聞いた上で問おう。リナくんを小銅級にすることに賛成するものは手を挙げてくれ」


 その問いに3人が手を挙げた。


「反対する理由がありません」

「これでリナがなれなきゃ、誰も小銅級になれないわ」

「右に同じ」






「満場一致だな。おめでとうリナくん、試験は合格だ」







**





「ただいまー!!」

「チュン!」




「おかえり、リナ」



 孤児院の扉を開けるとカインが出迎えてくれる。

 今日は勉強を教える日だったようだ、遅れて子供たちも顔を出した。



「なんだかうれしそうだね」

「そうなんだよ!!みてみて!!」


 リナはポケットから冒険者証を出し、カインに見せつける。

 銅枠で囲われた木の板は、間違いなく小銅級冒険者であることを示していた。



「おおー、小銅級になれたんだ。おめでとう」

「ふふーん、ありがとカイン!」



 子供たちにも「すごい!」「かっこいい!」などと言われ、リナも鼻高々だ。その様子を微笑ましく見ていたカインはふと思い出す。



「あれ?リナって3、4日前に冒険者登録したばかりじゃなかたっけ?」

「そだよー」


「…早くない?」

「早くならざるを得なくなっちゃってね。そうだ、カイン…」


 その時、1人の男の子のお腹がぐぅとなった。



「先にご飯にしよっか。よーしみんな、ご飯の準備だー!」


 リナの掛け声に合わせて子供たちは台所に駆けていく。それを見送ったリナはカインに声をかけた。



「カイン。ご飯の後、ちょっといいかな___?」










 ___夕食後、カインはリナに連れられ彼女の部屋を訪れていた。



「びっくりするほど何もないね。中身のあふれたカバンしかない」

「わるかったね…」


 文句を言いつつカインに椅子を勧め、自分はベッドに腰掛ける。



「それで、何があったの?」

「うん。まず、わたしが小銅級になった経緯なんだけどね」


 リナはこの2日間にあったことを話す。冒険者仮登録なのに指名依頼が来たこと。受けるためには小銅級にならなければならないこと。試験でうっかりゴブリンエンペラーに襲われこれを倒し、冒険者を助けたこと。


 なお、モルフェは無事全快しギルド長室にやってきた。彼女から事情を聴いた結果、魔物をけしかけた冒険者たちの見当もついた。今頃、衛兵が彼らをしょっ引いているところだろう。




「それはまた濃い1日だったね…」

「ははは…」


 それは自分でも思う。ただでさえイレギュラーな試験を受けたのにさらにイレギュラーなことが起こり…冒険者というのは大変な職業かもしれない。

 イレギュラーといえば、ゴブリンエンペラーの魔石もまたイレギュラーな内部構造をしていた。本当に今日はイレギュラーだらけである。



「それでさ、ここからなんだけど…カイン、防音結界貼ってくれる?」

「いいよ、”盾水(アクア・スクートゥム)”」



 カインが詠唱すると、水の膜が2人を囲むように現れる。いくつもの渦が巻くそれをカインは引き延ばし、目視できないほどに薄くした。見た目には何もない、しかしリナの部屋の中の音は外に漏れなくなっていた。



「波で内部の音を相殺させる水の膜…さすがカイン」

「それをすぐに理解できるリナもさすがだよ

____さて。本題、聞いてもいいかな」


 改まったカインにリナも姿勢を正す。神妙な顔でリナは話し始めた。




「わたしにきた指名依頼なんだけどさ、依頼主がアスタリア王家なの」

「…!!もうリナに依頼出してたのか」

「やっぱり言ったのカインなんだね」


 思わず口に出したカインにリナはジト目を向ける。

 リナが冒険者になったことを知る人の中で王家にポンポンと顔を出せるのはソーディス侯爵家のカインしかいない。王家から依頼がきた段階でもしやと思っていたが、やはりそうだったようだ。



「…ごめん」

「それは全然構わないよ。で、問題は依頼内容の方。スピリナ草の採取なんだよ、それもものすごい数」



 スピリナ草は本来、抗睡眠薬、眠気覚ましとしてごく少量使われる薬草である。量が過ぎれば劇薬となり、不眠症や幻覚幻聴などの中毒症状を引き起こす危険性がある。

 だが、王家はそのスピリナ草を大量に採取する依頼を出してきた。





「……ねぇカイン、王家で何かあったの?」



 そんな危険な薬草を大量に求めるのには理由があるはずだ。だが、その理由にリナは皆目見当がつかなかった。

 多少卑怯な気がするが、リナはカインにそれを尋ねる。

 


「…そうだね、リナは知っておくべきことだ」



 カインは少し悩んだが、依頼が来た以上今更だと話すことにした。





「1年ぐらい前からかな、クラウスとマリアンナ嬢が揃って病に侵されて寝たきりになった」

「っ!!」


 リナは思わず立ち上がる。


 アスタリア王国の王太子クラウス=フォン=アスタリア、第一王女マリアンナ=フェル=アスタリア。この国の未来を担う2人であり、どちらもリナやカインたちの友人である。



「なんの病気!?治療薬は!?」

「気持ちはわかるけど落ち着いて、順番に説明する」


 リナを再びベッドに座らせ深呼吸させる。少し落ち着いたのを確認してから、カインは何があったかをリナに聞かせた。





 ___ことの発端はクラウスが寝坊をするようになったことだった。


 初めは過労で疲れているんだと本人もあまり気にしてなかった。しかしその一週間後、彼は執務室で倒れ目覚めなくなってしまった。


 その翌日には同じ症状がマリアンナにも起こり始める。国王たちはすぐに聖女に診せたが、体には一切の異常も見られず。

 だが、彼女もおよそ1週間後にベッドで眠ったきり起きなくなってしまう。



 それから1ヶ月が経った頃、彼らは突然目を覚ます。目覚めた2人は揃って「頭は確かに起きているのに、体が動かせない」と話したという。



 『不覚醒病』と名付けられた前例のないその病は、現状2人以外には発症していない。国民の不安を作らないためにも王家はこれを機密事項とし、内密かつ全力で治療法を探しているがその成果は芳しくない。



「そんな中、治療法の研究に参加していた薬師がスピリナ草に一時的な効果があることを発見したんだ」

「…なるほど、それでスピリナ草が必要なんだね」

「そう。治療薬が見つかってない以上、今はそれだけが頼りなんだ。といっても、スピリナ草すら短時間しか効果がないから、量がいるんだよ」


 しかしスピリナ草は採取されること自体が稀な薬草であり、数を揃えるのに王家は苦労していた。

 そんな中、クラウスたちと親しかったリナが冒険者になったという話が王家の耳に入る。しかも彼女は冒険者登録初日に自分たちが欲しているスピリナ草を大量に集めてきたのだ。


 それはまさに渡りに船なことだった。



「そっか……そんな大変なことになっているなんて知らなかった。あの子たちの友だちなのに」

「機密事項だって言ったでしょ?俺ですら偶然知ったんだから、ずっと魔術塔で研究していたリナが知らなくて当然だよ。自分を責める必要はないさ」



 俯くリナの頭にカインは手を置く。


「スピリナ草を集めるのはリナにしかできないことだ。友だちの助けになるのは、今からでも遅くないさ」

「…うん、そうだね。ありがとうカイン」



 リナは自分の頬をパチンと叩く。



「よし、がんばる!あの子たちのためにスピリナ草を採って採って採りまくるよ!」


 顔を上げ、意気込む。明るくなった彼女の顔を見て、カインは微笑んだ。



「いい顔だね、それでこそリナだ。でも採りすぎて絶滅させないでね」

「そんなことはしないよ!たぶん」

「そこは断定して欲しかったな…」



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