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戦闘シーンって難しいですね……!
「お待たせしました」
ゴブリンから討伐証明として耳を切り取ったリナが戻ってくる。
本当は魔石も欲しいのだが、1匹1匹取り出していたら日が暮れてしまうので断念した。
「ゴブリン3体を一瞬で…すごいですね」
「驚きました?そこそこ戦えるんですよ、わたし」
そこそこなんてレベルじゃない、とアーリンスは心の中で叫ぶ。
今のでそこそこなら、自分たちはほとんど戦えないようなものだ。
色々問い詰めたいところだが、異変を感じる森の中でそんな悠長なことはしていられない。アーリンスは好奇心を頭の隅に追いやり、試験官としてリナに尋ねる。
「さてリナさん、次はどうしますか?」
「斥候がいたということは、この近くに集落があるはずです。あまり深追いはできませんが、森の外に出てくる可能性のあるそこだけは潰しましょう」
「わかりました。少々危険ではありますがそれでいきましょう。しかし、集落はどう探します?手当たり次第に探すには広すぎますが…」
「それについては問題ありません。お、ちょうど帰ってきたみたいです」
リナの言葉通り、彼女の影からクロまめが顔を出す。
「チューン」
「お疲れ様。集落あった?」
「チュン!」
クロまめは元気に返事をし、胸を反らす。
「なるほど、探しに行ってもらっていたのですか」
「連れてきてよかったです」
「チュン!」
肩に登ったクロまめが「どうだ、役に立つだろ!」と言わんばかりにリナの顔を覗き込む。かわいいのだが、こしょこしょとヒゲが当たってかゆい。
「ちょ、ヒゲあたってる」
「チューン」
「あててるって?」
「チュン」
「連れてくるの渋ってごめんて」
「チュン!」
このネズミ、結構根に持つ。
「集落の場所、教えてくれる?」
「チュン」
クロまめは肩から飛び降り、先導するように歩き始める。
ついて行くこと数十秒、すぐに大勢のゴブリンの姿が見えてきた。その中には、周りより2倍近くもある巨大な個体もいる。亜種であるホブゴブリンだ。
「ひいふうみい…20匹以上いるわね。ホブゴブリンも2体いるし、村と言っても遜色ないわよ。あんなのがこんな森の近くにあるだなんて、いよいよもってヤバいわよ」
「でも集落のサイズは小さいです。おそらく合併して間もないんだと思います。あれなら、ホブゴブリンを倒せば周りの統制はとれなくなるでしょう。ではいってきます」
「え、リナさん戦うつもりですか!?」
「もちろん。あれを放っておくわけにもいかないじゃないですか」
「それはそうですが!1人は流石に無謀ですよ!!」
小さく声を荒げるアーリンスにイルマもカルバンも頷く。
「試験だからって無理しなくてもいいのよ」
「死ぬぞ」
「…うーん、本当に大丈夫なんですけどね……」
ここまで心配されては出るに出にくい。悩んだ末、リナは炎の3人に頼み込んだ。
「15秒ください。それまでに終わらなかったら手助けをお願いします」
「……わかりました。非常に心配ですが、15秒間はリナさんの好きにして構いません」
「いいの、アーリンス?」
「ここまでやる気満々なリナさんを止めるのも野暮ですよ。ですが15秒経ったらすぐに手を出しますからね」
「やった!ありがとうございます」
言質を取れた。リナは小さく深呼吸すると気持ちを切り替える。
「_____では、今度こそいってきます」
そう言うと、リナは駆け出した。
三角跳びの要領で木々の間を抜け、集落の真上に飛び出す。
そのままホブゴブリンに向かってダイブ!勢いそのままに短剣を突き刺し、カチリと柄頭を押し込む。鉄魔法の刃がその巨体を貫いた。
刃を消して短剣を抜き、巨大を蹴って再び空中へ。血しぶきにもう1体が気がついたところでもう遅い。
鉄魔法の長い刀身を一閃。真っ二つになったホブゴブリンの胴が鈍い音を立てて落ちた。
____ここまでで6秒。
「ギギ!?」「ギャッ、ギャギャ!?」
リーダー格2体が瞬殺されたことで、予想通りゴブリン達はパニックになる。
リナは逃げ惑う彼らに向けて投擲針を次々と打ち込む。
ヒュッという音を残し、針はゴブリン達の先の地面に刺さる。次の瞬間、氷の棘が針を起点に無数に生じ、逃げる間も与えずに彼らを串刺しにした。
取りこぼした数体のゴブリンを倒し、掃討は完了だ。
「13秒……ちょっと体がなまってますね」
**
無事に15秒以内で掃討したリナは、炎の3人に手伝ってもらいながらゴブリン達の討伐証明を集める。
「ゴブリンが27に、ホブゴブリンが2匹。ほんとによくやったわね」
「えへへ。これを持ち帰ったら依頼完了ですね」
「ええ。それでは戻りましょ…」
その時
グオオオオオオオオオオオオオオオオオ……!!
大きな声が森に響き渡る。リナ達はとっさに声のした方向に武器を構えた。
「今の何!?」
「超大型の魔物なのは確かです!見つかる前に引きましょう!」
アーリンスの言葉に頷き、全員が走り出す。
だが、そんな彼らの前に何かが落ちてきた。
「げっ」
リナがそれを言うのが先か、落ちてきたものから先の声にも負けない甲高い音が鳴り響いた。
あまりの音に皆が耳をふさぐ中、リナは走り去る冒険者パーティらしき人影を見た。
「次は何よ!?」
「癇癪玉です!こちらに注目を向けるものかと!」
「それはまずいですね…!」
「はい…さっきの声の主、こっち来ます」
リナの言う通り、地響きのような足音がこちらに近づいてくるのがよくわかった。
「逃げるのは無理のようですね……まずは相手を見ます、隠れましょう」
二手に分かれて身をひそめる。
「なるほど、先程の癇癪玉はその冒険者達が…」
「耳をふさぎながら走っていったので間違いないと思います」
「まんまと押し付けられましたね」
足音の主が近づいてくる前にリナはアーリンスに逃げた冒険者パーティのことを話す。
冒険者の中には他の冒険者や一般人を魔物に襲わせ物盗りをする輩がいる。もちろんそれは立派な犯罪行為なのだが、被害者の多くは亡くなってしまうために証言や証拠が残らず、そのほとんどが闇に葬り去られてしまうという問題がある。
今回の冒険者パーティは癇癪玉を使ってくれた。それは普通の魔物討伐や採取には絶対に使わないようなものだ。それを持っていたということは、おそらく常習犯だろう。
「……その冒険者の話はここまでです。来ました」
アーリンスに言われリナも視線を向ける。
木々をなぎ倒し現れたのは10mをゆうに超えた巨人。
鎧のような灰色の肌を持つそれは、あたりをぐるりと見渡すと、グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!と大きな声をとどろかせた。
(ゴブリンキング…いえ、ゴブリンエンペラー、ですか)
アーリンスの頬に汗が伝う。
ゴブリンエンペラーはゴブリンの中でも最強の存在であり、大金級の冒険者が束になってようやく倒せるような魔物である。小金級3人と小銅級試験中1人では到底かなうはずがない。
しかもその周りにはホブゴブリンをはじめとした大量のゴブリン達が取り巻いている。その様子は、さながらエンペラーを将とした一つの軍である。
幸い気づかれてはいないようだ。このまま作戦を考え
「…?」
ゴブリンエンペラーが何かを持っている。よく見るとそれは人間だった。
にやりと笑ったゴブリンエンペラーが大きく振りかぶる。
見殺しにしたくなかったら出てこい、そういわれている気がした。
(…くそっ!卑怯な真似を!)
アーリンスは歯噛みする。見ると、イルマ達も動くに動けず困っていた。
剣に手をかけ、飛び出す合図を送ろうとするアーリンス。しかし、それをリナが止めた。
「大丈夫。問題ありませんよ」
小声のリナがサムズアップする。
ついにゴブリンエンペラーがしびれを切らした。その手が振り下ろされる。
地面に人間が叩きつけられる____
____ことなく消えた。
「グオオ!!?」
さすがのゴブリンエンペラーも予想外だったようだ。あたりをキョロキョロし消えた人間を探している。
「チュ!」
呆気にとられるアーリンスの背後から小さな鳴き声が聞こえる。振り向くと、クロまめが救助した人間とともにリナの影から現れサムズアップしていた。
このネズミ、できる。
「ね。問題なかったでしょ?」
「はは…心臓に悪いですよ」
アーリンスはホッと安堵する。冒険者をしている以上、人の死に目には何度も立ち会っているが、やはり見ないに越したことはない。
イルマ達も同じ気持ちだろう、向こうで二人が胸をなでおろしていた。
「見たところ、エンペラーだけですね。アーリンスさん、炎の3人で周りのゴブリン達の足止めってできますか?できれば30秒くらい」
「リナさん、ゴブリンエンペラーを倒すつもりですか!?」
「?あんなの、大きいだけのゴブリンですよ。さすがにあの取り巻きの中でやるのは骨が折れますが、1対1なら負けませんよ」
なんてことないように言い放つリナに、アーリンスは笑えてきてしまう。
正直、まだ冒険者になっていない少女に任せるなんてどうかしている。だが、今までのリナを見ていたら本当にできてしまいそうだ。
「…わかりました。30秒、いや40秒、周りの奴らを足止めします。エンペラーを倒してください」
「お任せください」
アーリンスはイルマとカルバンに合図を送る。2人とも一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに頷いた。
「____リナさん。僕らの命、預けます」
「大げさですよ。サクッと終わらせます」
アーリンスの号令に合わせ、皆が動いた。
剣を抜いたアーリンスは正面から突撃し、ゴブリン達のど真ん中に躍り出た。
「”刃炎”!!」
剣に炎を纏わせ斬りつける。傷口から炎が次々に延焼し、ゴブリン達を火だるまにしていく。
アーリンスに気を取られたゴブリン達。その脳天を矢が貫く。
イルマは次々に矢を放ち、ゴブリンに命中させる。
「ギャギャ!!」
「ふぅん!!」
イルマに襲い掛かるゴブリンをカルバンが弾き飛ばした。大盾に勢いよく当てられたゴブリンは全身がひしゃげる。
「ありがと」
「気にするな。撃て」
「もちろん、よっ!!」
ゴブリンエンペラーは次々に手下を屠る炎を見て嬉しそうに顔を歪める。
ゴブリンからすれば脅威である人間共も、ゴブリンエンペラーからすれば雑魚も雑魚。
ゴブリン共を殺し、優位に立っていると思っている人間共をどういたぶってやろうか、と高みの見物をしていた
はずだった。
「ほほぉー、やっぱり皆さんお強いですねー」
この声が隣から聞こえるまでは。
「グオッ!?」
「おや、ようやく気が付きましたか」
ゴブリンエンペラーの肩に座ったリナがクスクスと笑う。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
舐めた様子に激昂したエンペラーが手を伸ばすも、すでにその姿はない。
「____図体が大きい分、細かいところには目が届かないんですねぇ」
背後から声が聞こえ、振り向いたエンペラーは驚愕した。
自分の後ろにいた手下が全滅していたのだ。ホブゴブリンも、それよりも強いゴブリンキングも、全て血の海に沈んでいる。
「グ、グオ……」
なんだこの人間は。ありえない。
今までに感じたことのない、得体のしれない恐ろしさにエンペラーは思わず後ずさる。
その様子に、リナは「あっ」と声をあげる。
「危ないですよ、そこ」
そう言ったときにはもう遅い。仕掛けた罠を踏み抜いたゴブリンエンペラーの足が凍り付く。
「グオッ!?」
張り付いた足を剥がそうともがく。しかし、その足はピクリとも動かない。
まるで自分の一部じゃないかのような足の氷像。エンペラーがもがけばもがくほど、ビキビキと亀裂が入っていく。
バキッ
とうとう凍った足が折れてしまう。バランスを崩し、ゴブリンエンペラーは尻もちをついた。
罠に手を付き、腕が凍り付く。またも剥がそうともがき、両腕が砕け散る。
それでもゴブリンエンペラーは必死にもがく。
逃げなければ。逃げなければ殺される。あの人間に!!!
目の前のはるかに小さな存在に本能が警鐘を鳴らし続けている。
狩る側だったはず自分は、完全に狩られる側に変わっていた。
「簡単にかかってくれてよかったです。これはどうしても時間がかかるので」
準備が整ったリナは天高く短剣を掲げる。
短剣の刃がみるみるうちに肥大化し、ついにゴブリンエンペラーよりも大きくなる。原形をとどめていないその姿は、もはや剣ではなく斧と呼ぶにふさわしい。
「グオオ……」
ゴブリンエンペラーは後悔した。こんな人間がいるのなら、のこのこと追いかけるべきではなかった。
「ていっ!」
超巨大な鉄の塊が勢いよく迫る。それがゴブリンエンペラーの見た、最期の光景だった。
…短剣とは?




