地球転生編 2-79 タチアナの帰還(その後1)
タチアナの帰還(その後1)
最神玲が降霊転移門から確認したように、セラスティナ一行は、無事サモナルドのネオエベレスト山の山頂に降り立った。そして降り立った途端に、自分の体に何かが覆いかぶさって来た感覚に見舞われ、全員が両膝をつくか四つん這いの状態になった。一体彼らに何が起きたのか?それはサモナルドの重力の洗礼であった。サモナルドは地球よりも大きな惑星のため、重力も地球の何割増しか大きい。そのことをすっかり忘れていた帰還組一同である。だが同時に、この重力の違いを感じたことで、地球ではない所にやって来たことは確かだと体で感じた。そして何とか自力で立ち上がることが出来た者から、持参した防寒着に袖を通した。残念ながら、サモナルドは真冬の時期を迎えており、このままだと凍え死ぬこともあるため、直ぐに立てない者には他の者達が介助して何とか全員が防寒着に身を包むことが出来た。それからセラスティナは、自分が地球に転移する直前まで住んでいた小屋、と言うよりも観測所に入れるかどうかを確認するために、重い足取りで小屋に近づきロックの解除を試みた。このロックは、サモナルド語のキーボードで構成されており、パスワードを入力することで開閉される仕組みである。そしてセラスティナはある単語を入力した。すると「カチッ」と音を立ててロックが解除された。そう言えば、このロックを解除する夢を何度か見た記憶があるな、とふと懐かしく思い出したが、それと同時に、その小さな音は今まで自分を縛り付けてきた時と言う名の鎖を断ち切ったように感じた。自分に蓄積されてきた長い年月の重みがふっと軽くなり、また胸の内に積もったものが、ひとつ静かに解き放たれる気がした。そして扉を開けて中に入ると、静まり返った室内を前に、言葉にならない安堵とわずかな怖さが胸の中で絡み合った。そこは記憶の中の部屋とは違うが、しかし確かに自分の居場所だったのだと。
それからセラスティナは一行を観測所内に急ぎ呼び入れて、そこでまずは今後のことを決めることにした。流石に暖房設備は機能しないが、とりあえず風雪を避けられれば問題ないので、そのままにした。セラスティナとしては、これから一度ロムリアに向けて転移をし、その後セラスティナの師匠であり、ロムリアを統治する12人の大臣の一人である大召喚術師エンペラールに会って帰還組の保護をお願いすることにしていた。ところが、帰還組の一部の者達は、このままここに残されることに極度の不安を感じていたため、止む無く麓にある近くの町まで転移することにした。確か自分が居た頃には、麓にマーベラという町があったような記憶を頼りに転移門のサーチを行ったところ、確かに町の痕跡はあったが、何やら荒廃している様子から無人の廃墟と化していることを見て取った。だがここよりはずっとましだということで、早速帰還組一行はマーベラに転移していった。
マーベラの町に転移してその状況を見た時、どうやら何かの災害に見舞われたのではと思われるような惨状を呈していた。崩壊した建物が多く、地球で見た竜巻の通過後の惨状に似た光景が広がっていた。そして、残念ながら住民は誰もいない。一部無傷な建物を見回って確認すると暖房が使えることが分かったため、一同はその建物に避難することにした。さてこれからどうするかについて皆で話し合った結果、先ずは一晩その建物内で体を休めることに決めた。何と言っても、サモナルドの重力の影響は、彼らの体に相当な負担となっていたのは事実である。かと言って、一晩休んだだけで回復するとは思われないが、疲れた体で動き回るよりかは判断力も正常に働くだろう、と言うわけである。一応各自には、万一の備えとして携帯食糧を持ってきてもらっているので、それを食事として、今晩はここで休むことにした。
一体何時間寝たのか、そして今は何時なのか、時間の感覚が良く分からないセラスティナである。ただ、何となく寝た感じはしていたので、恐らく睡眠はとったのだろう。そしてふと、自分の左腕に巻かれている腕時計に目をやると、パリの今は真夜中の時刻を指していた。この腕時計は、ファッションブランド・ロムリアを立ち上げた記念として自分へのご褒美として買った自動巻きの腕時計である。当時でも数百万はしたかと思うが、壊れない限り腕に巻いておけばそのまま時を刻み続けてくれる。ただし、地球の時間ではあるが。そんなことをぼんやりと考えながら周りを見ると、既に何人かは起きていたようだ。体を休めたことで、重力による気怠さはかなり軽減された感じもして、これなら今日中にロムリアに向かってエンペラール先生にお会いできそう、と再会への期待で胸が膨らんだ。それから1時間程すると全員が目を覚ましたので、これからのスケジュールを彼らに伝えることにした。幸いこの建物であれば暖房はまだ十分に機能するため、暖を取る分には全く問題ない。後は食料だが、この建物の地下には保存食が少量だが残されていた。ただし、期限が過ぎてるのかどうかが全く分からないため、手付かずであったのだ。何れにしても、今日中には彼らをロムリアに連れていきたいと考えているセラスティナである。そこで早速、エンペラールに保護をお願いすべく、セラスティナはまだ怠さの残る体に鞭打って、急ぎロムリアに向かうべくその場を後にした。
セラスティナがロムリアで暮らしていたエリアは、ロムリアの中心から南西方向の一角である。ところで、ロムリアと言う街というか巨大な都市は、宇宙空間から眺めるとほぼ真円に近い位の丸い形をしている。ロムリアを時計と見立てて、北の方角を時計の12時と定義した時、セラスティナの暮らしていたエリアは、丁度7時と8時の間のエリアとなる。そしてそこは、主に召喚術師が暮らすエリアともなっている。ただし、彼女が住んでいた住居が今はどうなったかは全く分からない。とりあえず、南西にあるエリアに転移したセラスティナであるが、実はロムリアでは、自由に転移できる場所は限られている。と言うよりも、転移防止処理があちらこちらで施されている、と言った方が正確だろう。これは転移によって生じる犯罪行為への対策である。ロムリアにはこの技術が普通に存在するが、地球では全くそんな技術はない。そのため、地球ではセラスティナは自由気ままに転移していたのだが、その癖でロムリアに転移しようとして、どこにも行けない現実にぶち当たった時、「あー、これがロムリアだった」と懐かしく感じたのである。そして数少ない転移場所の一つとして、誰もが使える転移門がある。その転移門のうち、エンペラールが管理する[召喚術師管理センター]、そこにセラスティナは転移した。そして転移した途端に、昔と変わらない光景を目にして、あまりの懐かしさに感極まって目に涙を浮かべた。それから何とか気持ちを落ち着かせて、[召喚術師管理センター]の入り口を潜った。受付を見ると、当時から印象は変わったものの懐かしい雰囲気を醸し出す女性がそこにいた。
「キューちゃん。元気にしてた?」
はて、自分のことを「キューちゃん」と呼ぶのは一人だけだが、と手元で何やら操作をしていたキュベリアン。彼女は同僚からは[キュベ]と呼ばれており、ほぼそれで過ごすこともある。だが、「キューちゃん」と懐かしい呼び方をする者は誰だ、と目線を前に向けた時、その姿を見てキュベリアンは口を開けたまま固まってしまった。年を重ねたとはいえ、その金色の髪と見惚れるような瞳の持ち主、ただし奇妙な格好をしたセラスティナが目の前にいたからだ。
「あれー、キューちゃん、どうしたの。
幽霊でも見て驚いたの?
でもロムリア人なら、
幽霊は見慣れているでしょう」
とキュベリアンをからかいながら、楽しそうに微笑むセラスティナである。キュベリアンも漸く
「セ、セ、セ、セ、セ、セラ、
セ、セラス、セ、セラスティナさん?」
と壊れた人形が発するような発音で何とか言葉を発した。キュベリアンの隣にいた同僚の若い女性も最初は誰だろうと不思議な表情でセラスティナを見つめていたが、キュベリアンがセラスティナと叫んだ途端、「えー、うそー」という顔のままこちらも固まってしまった。そんな2人とセラスティナはここで遊んでいる時間がないため、キュベリアンにエンペラール先生が居るかどうかを尋ねた。もうすぐ退庁する時間なので、執務室におられますと伝えて、エンペラール先生にお伝えしましょうかとセラスティナに尋ねた。だが、ここは驚かせたいので、それは駄目よと言って、セラスティナは勝手知ったる召喚術師管理センターのエンペラールの執務室に一人向かった。
エンペラールの執務室へは専用の転移装置を使う必要があり、当然セキュリティが施されている。ただし、セラスティナはそのロックを解除する方法を知っており、今も有効に作用していることを確認して、転移でエンペラールの執務室のある最上階のフロアに到着した。そして部屋をノックしたとき、「どうぞ」と言う懐かしい声が扉越しに聞こえた途端、セラスティナは何故か下を向いたまま暫し動かなくなった。そして意を決して扉を開けて中に入り、
「エンペラール先生、只今戻りました」
とだけ告げて顔を上げた。セラスティナの顔は、目から溢れ出した涙でぐっしょりと濡れていた。そんな人物をエンペラールは最初警戒して見つめていたが、その雰囲気やその声、そして彼女の目を見た時、自分の愛弟子のセラスティナではないかと思い始めたのだった。そして椅子から立ち上がり少しずつ近づいてその姿を確認すると、そこには紛れもないセラスティナが立っていることを見た途端、走り出してセラスティナに抱き着いた。セラスティナもエンペラールをしっかりと抱き締めたが、安心したのかそのまま泣き崩れてしまった。そして、
「セラちゃん、一体どこを遊び歩いていたの。
全く心配ばかりかけさせて」
と母親がなかなか遊びから帰ってこない子供をしかるような台詞でセラスティナを迎えた。それに応えるようにセラスティナも
「すいません、ちょっと遠い星まで
遊びに行ってました」
と、こちらもエンペラールに合わせて答えた。こうしてセラスティナは、夢にまで見た師との対面を果たすことができた。そして、心の中で「レイ君、有難う」と最神玲に感謝の言葉を贈った。




