地球転生編 2-71 美少女降霊術師の心霊事件簿4: 神薙家の幽霊画鑑定(後編)
美少女降霊術師の心霊事件簿4: 神薙家の幽霊画鑑定(後編)
さて神室霊華との面会当日を迎えた。M&Mの制服に身を包んだ物部かすみが最神玲の部屋に顔を出すと、玲は相変わらず召喚術の研究に没頭しており、そのためか、彼の部屋はマッドサイエンティストの部屋かと思うような惨状となっていた。尤もかすみは、彼の部屋の片づけに関与する気は全くないので、玲に「じゃあ、行ってくるね」と挨拶だけしてそのまま家を出ようとしたが、なぜか玲に呼び止められた。そして、これを持っていきなと渡されたのがタチアナが玲にプレゼントしたカフリングの片方である。そう、これは召喚術師専用のトランシーバーであった。玲もかすみも普段から転移しているので実は頻繁に使うことはなかったのだが、今回は神薙家で近場のため、何かあったらそれで連絡して、と言うことでかすみはそれを耳につけたのだった。そしてそのまま神薙家に向かった。
かすみは午後1時半に神薙家に到着した。ちなみに、連休中は重要文化財に指定されている武家屋敷の方は一般に公開されているのだが、この日だけは事情により閉館となっていた。勿論事情とは幽霊画関係なのだが。かすみは武家屋敷の玄関口から上がってそのまま神薙家の本宅に向かう予定だったが、たまたま玄関口で神薙家の長男の太輔とすれ違ったので、早速彼に挨拶をした。
「おやー、だいちゃん、久しぶりだねー。
何かおめかしして、これからデートですか?」
「うわー、かすみちゃん、ビックリした。
いやいや、デ、デートじゃないけど、
ちょっと外出ね」
うわー、変なのに見つかったぞ、と何やら面倒くさそうに話し出す太輔であった。彼は県内の大学に通う大学2年生で、普段は大学近くで下宿しているのだが、今は連休中と言うことで実家に戻ってきていた。
「いやー、そうかなー、君の動揺を見ていると
そうは思えないんだけどねー」
とかすみは相変わらず太輔を弄るのである。実は昔から太輔はかすみに良いように弄られてきており、そのために出掛けるところを見つかったことにかなり動揺していたのだった。そんなことで暫し無言になっていると、
「まあ、いいや、気を付けて行ってきなよ。
彼女に宜しくね」
と言いおいて、かすみは玄関から上がり込んでいった。太輔はかすみに向かって「彼女じゃないから」と叫んだが、恐らくかすみの耳には届いてないだろう。それでもかすみから逃れられて、内心「助かった」というところか。
その後かすみは、叔父の宗座衛門と一緒に、幽霊画を武家屋敷に運び込んで、一番広い座敷の1面に全ての幽霊画を掲げることにした。そして問題の幽霊画は左から2番目に配置した。かすみはその座敷の控えの間にて様子を伺うことにした。こうして予定時間の午後2時近くになった頃。1台の黒塗りの外国製高級車が開け放たれた長屋門の正面に現れた。そして運転手が降りてきて後部左側のドアを開けた時、頭には黒いベールが被せられ、体の線が強調される黒い高級ブランド物のドレスで身を包んだ一人の女性が姿を現した。神室霊華である。運転手の男性と二言三言話してから、彼女は徐に歩き出した。そして武家屋敷の玄関口で待つ神薙宗座衛門の所にやってきて、自己紹介を始めた。
「初めまして、神薙様。私は神室霊華と申します。
この度は私の申し出を快く受け入れて頂きまして
有難く存じます」
「これは、ご丁寧な挨拶痛み入ります。
私、神薙家当主の神薙宗座衛門と申します。
では早速ご案内いたします」
と言って、玄関口から武家屋敷に入って行った。ところで、神室霊華が玄関に入った時、玄関口の靴棚に黒のパンプスが置かれていることに気づいた。かすみのパンプスである。これでは本人が居ることがバレてしまうのだが、かすみは全く気付いていなかったのだ。それに対し、宗座衛門は何気ない風を装って、「あー、その靴は私の姪の物でして。今遊びに来ているので、そこに置いてるんですよ」と答えた。神室霊華は「そうですか」と言いながら、かすみのパンプスの傍に自分の黒のパンプスを置いた。その時、ちらりとかすみのパンプスを見て一瞬だが目を細めた。その後、宗座衛門の案内で縁側から奥に向かい、掛け軸が掲げられている座敷に通された。
「神室さん、申し訳ありませんが、
この建物と座敷は全て飲食禁止となっておりまして、
そのためにお茶をご用意できないこと、
何卒ご了承ください」
と宗座衛門は正座して神室霊華にそう説明した。神室霊華も気を使わないでください、と相手を気遣った。それよりも、神室霊華は目の前の光景に目が釘付けとなっていた。そう、5幅の幽霊画である。宗座衛門から近くでご覧頂いても構いませんよ、と言われて早速1幅ずつ吟味し出す神室霊華であった。
ところで隣室ではかすみが薄く開けた襖の隙間からその様子を覗き見していたのだが、神室霊華への第一印象は「何か胡散臭いな」だった。全身、まさに「ザ・霊能者」という出で立ちも去ることながら、これでもかと言うような高級ブランドに身を包んでいるのを見ての印象なのだが、それを言うならかすみはどうなのか、となることを彼女は自覚していなかった。恐らく、ブランド物の価値からすると、かすみの方が高くなるのだが。さて、神室霊華は一通り幽霊画を見て回り、その後ある幽霊画を指さした。それは、左から2幅目にある幽霊画。そう、問題の幽霊画である。そして神室霊華は宗座衛門にこう述べた。
「あの幽霊画を、神薙様の言い値で結構ですので、
お譲り頂けますでしょうか?」
その光景を見ていたかすみは、「ほー、やるねーあの人」と少しだけ見直したのだった。さて、宗座衛門だが、正しく問題のと言うか、まさに先日かすみと見ていた霊体が憑りつく幽霊画を神室霊華が選んだことで、緊張しつつ、居住まいを正して神室霊華にこう尋ねた。
「そうですね、実はお譲りすることは問題ありません。
ただし、神室様がなぜこの幽霊画をご所望なのか、
その理由をお聞かせ願えませんでしょうか。
もし理由を話して頂けるのでしたら、
この幽霊画は無償であなた様にお譲りいたします」
とまさかの条件を出された神室霊華は、一瞬驚きと共に言葉を失いかけた。だがそれでも何とか次のことを口にした。
「私としましては、もし神薙様が億単位を要求されても
それに従う覚悟はありました。
それ位、この幽霊画は手に入れたい物だったのです。
でも、そうですね、申し訳ありません、
まだ心の動揺が収まってないので」
と言いながら、暫し落ち着くまで待つことにした。ちなみに、億単位と聞いた途端、かすみは「えー」と叫びそうになったが、慌てて口元を抑えて、何とか声に出さずに済んだ。その後、「私なら、億単位で譲るかなー」と身も蓋もないことを呟くのであった。先日の宗座衛門との会話をもう忘れたのか、と思われるような、変わり身の早さである。そして、漸く落ち着きを取り戻した神室霊華は、ゆっくりと次のようなことを語りだした。
神室霊華とは仮名と言うか、霊能者としての名前であり、本名は紀麗華と言う。「きの」という名前を耳にした途端、宗座衛門は驚きで目を見張ったのだが、そんな心の動揺を紛らわせるように、小さな咳払いをして誤魔化した。そして、紀麗華の実家は皇族との縁を持つ旧華族であった。ただし戦後に没落した旧華族とは異なり様々な事業に成功したお陰で今も十分な資産を有するのだそうだ。そのような紀家において、実は明治の中頃に変わり者の当主が存在したらしい。その当主はなぜか幽霊画の蒐集に没頭していたらしく、その数はどれだけあったのかは分かっていない。ただ、幽霊画の蒐集位で変わり者扱いは変なのだが、実はその点が変わっているのではなく、その当主はなぜか呪いに没頭していたのだった。実は紀家は平安の頃から続く家柄で代々陰陽道を生業にしていたらしい。ただし、陰陽道と言えば、安倍家と加茂家が有名だが、紀家の陰陽道は特殊なため、表舞台に出ることはなかったという。紀家が行っていたのは、玲とかすみが得意とする降霊術であった。ただし、紀家は降霊した霊体をある目的のために使っていたのだが、それが呪いである。そして、その時の摂政や大臣から、場合によっては皇族から直々に政敵や朝敵の暗殺を依頼されてきたらしい。勿論今の時代は紀家においてそれを行える者がいないということだが、要するに朝廷の裏仕事を熟してきたのが紀家と言うことだった。そして紀家が用いた呪法は、降霊した悪霊や怨霊を何かの媒体に移植してそれを朝敵に贈って遂行するというものだった。その時の媒体としては、茶器を好む者であれば茶器に、書画を好む者であれば書画に、とその対象者が嗜好する物を媒体にして贈り届けていたのだ。そして明治期に呪いに没頭した当主は、紀家に伝わる陰陽術というか降霊術を使って呪殺を行っていたという噂があった。誰かに依頼されたのか、あるいは自主的に行ったものなのかは未だに不明だが、何れにしても自分の先祖がそのような行いをしていたことは決して許されることではなく、だからと言って公にできないため、こうして地道にその呪いの掛かった品々の行方を追って回収しているのだという。
神室霊華の話を聞き終えた宗座衛門は、徐に立ち上がって、問題の幽霊画に近づくものの、やはり先日の光景か目に焼き付いて離れることはなく、どうしてもそこから躊躇してしまった。そこで、遂にはかすみを呼び出したのだった。
控えの間の襖が開けられるのと同時に、神室霊華は静かにその方向に振り向いた。そしてかすみを見つめて、お辞儀をしたのであった。その眼には特に驚くような感情は現れてなかったことにかすみは気が付いたが、かすみも控えの間で正座をしたまま、お辞儀を返した。それから、急ぎ立ち上がって叔父の元に向かった。
「もう、叔父さん、最後までしっかりしてよね」
と小声で囁くかすみ。宗座衛門も、「ゴメン、かすみ」と両手を合わせて拝む仕草で返した。仕方ない、と言うことで、かすみはその掛け軸を外して、丸めることにした。それよりもどうしても気になったので、神室霊華に尋ねた。
「神室さん、私は物部かすみと申します。
私も、一応霊が見えるのですが、
この掛け軸に憑りつく霊体が何か
ご存じてしょうか?」
これは聞きようによってはかすみから神室霊華への挑戦状とも受け取れるが、勿論かすみにそのような意図は全くない。ただ純粋に、この幽霊画に憑りつく霊体の正体を知りたいだけだった。そこでかすみは、今見ている霊体の風体や特徴を具に神室霊華に伝えた。これには日頃どのようなことにも驚くことはなく冷静に対処する神室霊華も、かすみから伝え聞いた特徴と、自分の目の前に揺蕩う霊体が見事に一致しているのを見て、まばたきを忘れてかすみを凝視してしまった。ただ、神室霊華もこの霊体がどこの誰の魂なのかまでは分からない、と言うことをかすみに対し答えた。かすみも仕方ないか、と両手でお手上げのポーズをして、それで矛を収めたのだ。それから、一応かすみとしては、お節介と思いつつ、この霊体を除霊するならしておきますよ、勿論お代は頂戴しますが、と軽い感じで神室霊華に伝えた。神室霊華は降霊術は出来ないが除霊とお祓いを生業にしているため、本来はその必要はないのだが、なぜかこの時、かすみに対して非常に興味を持ってしまい、一言「では、お願いできますか?」と伝えたのだった。そこでかすみは、「費用は10万円になります」と神室霊華に伝えた時、神室霊華は何を勘違いしたのか「え、10、10億!」と、これまた普段の神室霊華からは想像もできないような素っ頓狂な声を発した。流石にかすみも、ぽかんと口を開けてしまうが、「いやいや、神室さん、10万円ですよ」と言って笑いながら訂正した。ちなみに、神室霊華が除霊する場合の費用は、霊体の質にも依るようだが、数十万から数百万となる。従って彼女の感覚からすると、10万円は有り得ないのであったが。そして心の動揺が収まらないまま神室霊華はそれでお願いしますと呟いた。それを聞いてからかすみは、畳に置かれていた幽霊画の掛け軸に対し降霊召喚門を設置して、霊体をお見送りした。この間僅か数秒ほど。如何に霊能者としての能力の高い神室霊華でも、除霊には自身の身を清めることから始めて、準備に半日かかることが普通であり、かすみもそのようにするものとばかり思っていたようだ。ところが、目の前に何やら現れたかと思ったら、そこに霊体が吸い込まれるのを目の当たりにしたため、神室霊華は既に気が動転して平常心を失いかけていた。とにかく、かすみの除霊は神室霊華他大抵の霊能者が持つ常識を遥かに超えたものだったのである。それでも、神室霊華はかすみに一つだけ尋ねた。
「物部さん、先ほど除霊する時に何か現れましたが、
あれは何なのでしょうか?」
これに対しかすみは、「おや、この人あれが見えたのか?」であった。ちなみに、以前玲がかすみに語ったことによると、霊能者に限らず本当に霊体が見える人であれば、召喚門が見える可能性はあるよ、と言うことだった。かく言うかすみも、実際に玲が召喚した召喚門を目にした一人だからである。とは言え、正直に全部話す必要はなく、この場合は常に用意しておいた答えをそのまま伝えることにした。
「神室さん、あれはこの世と霊界を繋ぐ門なんですよ。
私ともう一人相棒が居るのですが、
彼とはこの門を作って、そこから霊界に霊体を
送り出せるんです。
ちなみに、逆に霊界からこちらの世界に霊体を
呼び寄せることも可能です。
この場合は降霊術になるので、
料金は5万円になります」
とここでも場違いな営業トークになるかすみであったが、神室霊華はもうここまで来ると驚かなくなった、というか麻痺していたのだが。この時も「ソウナンダ、コウレイモデキルンダー」となっていた。
さて、無事に除霊も済んで、問題の幽霊画は無事神室霊華に引き取ってもらったことで、かすみの今回のミッションはこれで終了となった。神薙宗座衛門は厄介物の幽霊画を引き取ってもらい清々したし、神室霊華も探していた幽霊画を無償で譲り受けてこちらも満足し、かすみはとりあえずこの場で営業が出来て臨時収入があったことで、3者共にウィンウィンで満足したのだった。
帰りの車中で神室霊華は今日の出来事を振り返っていた。とにかく余りにも常識外れというか、破天荒とでも表現すべきか、彼女のこれまでの霊能者人生を根底から覆すのでは思うくらいに、大きな衝撃の連続であった。特に物部かすみが呼び出した霊界を繋ぐ門の存在。あれで霊体を霊界から呼び出したり送り出したりすることが簡単にできてしまうと、自分たちの商売が成り立たなくなる、そんな危機感を覚えるには十分なインパクトがあった。だが不思議なことに、彼女の存在は神室霊華他知り合いの霊能者界隈でも聞いたことはない。普通このような能力があればそれを大々的に宣伝するはずなのだが、彼女からはそんな欲は一切感じなかった。もしかしたら隠している可能性は否定できないが、むしろ金銭的なことには興味がない印象をもったりもした。もしかしたら金持ちの道楽かとすら思えてきたのだった。と言うのは、かすみの着ていた服装と屋敷の玄関で見かけた黒のパンプス、その全てが高級ブランドロムリアであることは、自身も高級ブランドに身を包む神室霊華には直ぐに判別できた。しかもかすみの着こなしを見て、あれは彼女用に設えられたものであることを見抜いていた。となると、自分の衣装をはるかに超える金額になる。それ故に、金持ちの道楽と見ても間違いではないと思ったのだった。とにかく、物部かすみには今後も注意を払うことにしようと心に決めた神室霊華であった。
さて、こんなことで注目を浴びることになったかすみであるが、自宅に戻ってから玲の部屋に向かった。
「お帰り、かすみ。状況は大体わかったよ」
おー、流石はタチアナ特性の通信機、説明せずとも状況が把握できるとは、何て素晴らしいんだと満面の笑みを浮かべて微笑むかすみであった。所で玲から見て神室霊華をどう感じたのかが気になったので、その点を聞いてみた。すると、
「うーん、彼女は間違いなく霊体を認識できるね。
やはり僕らが使う召喚門が見えたということは、
その方面の素質もあるかもしれないね。
尤も、これは実際に会って
確認しないと分からないけどね」
まあ、確かにこの点は玲の言う通りであろう。それよりもかすみには一つだけ気になった点がある。それは、霊体を憑依させた物で相手を呪い殺すとか可能なのかどうかである。
「先ず、少なくとも僕の居たケンタリアでは、
物に霊を宿してそれで呪い殺す、と言う行為は
無かったということ。そんな回りくどいことを
するくらいなら、直接霊体に指示すれば済むからね」
確かに、霊体を霊界から召喚できる時点で霊体に直接指示して相手に憑りつかせれば済む話である。それを態々物に憑りつかせて相手に贈って、それで呪殺するというのは、ある意味のんびりしたやり方に思えるのであった。勿論可か不可かでいうと可なのだが、それでもやはり悠長なやり方にしか見えないのだという。これはあくまでもかすみの想像だが、平安の頃から続く家柄だからなのか、何やら仕来りや作法にうるさいのではと想像したのだった。そんな思いにいる時に玲はかすみに言葉をかけた。
「かすみ、多分ね、
彼女近いうちに君に会いに来ると思うよ」
この玲の予言は、見事に的中するのであった。




