地球転生編 2-56 M&M心霊ファイル4: 鎌本由宇のケース (前編)
M&M心霊ファイル4: 鎌本由宇のケース (前編)
最神玲は夜寝る前に必ず白猫のにくたま軍団を召喚し、夜間のパトロールをさせている。と言って、以前彼らの住宅が泥棒に入られたことがあったとか、かすみの下着が盗まれる被害があったとか、そう言う犯罪行為があったからパトロールさせているのではない。むしろ防犯の意味合いの方が近い。ちなみに、かすみの下着は他の自分の衣類と共に乾燥機で乾かすため、外に干されたりすることは一切ないことを伝えておく。そんな感じで今日もにくたま軍団は美土路神社を中心に半径500m程の範囲をパトロールするのである。そんなある冬の真夜中の事、にくたま軍団の1匹が玲の部屋に現れて、ベッドに上るや否や玲の頬を自慢の肉球で叩くのである。ところで、にくたまは召喚されたとはいえ実体を伴う白猫である。そんなにくたまがどうやって玲の部屋に入れたのか?実は玲は、最近になって自分の部屋の西側の隅に小さな扉を取り付けた。それは丁度猫が通れる程の扉であり、にくたま達が何か見つけたりしたら、直ぐに知らせに来れる様に玲が施したのである。勿論、この家を退去する時はちゃんと修理するつもりであるが。さて、その白猫のにくたまであるが、何やら慌ただしいのだ。そして漸く玲が目を覚ましたところでにくたまが言うのは
「ご主人様、夜中にこの近くの森の中で、
女性が木に何かを打ち付けておりますので、
知らせに参りました」
と言うことである。年の瀬が迫った冬のこの時期の、しかも真夜中に、女性が一人森の中で何かをしているとなるととても気になるな、と言うことで、かすみを起こして一緒に行こうと思いかすみの部屋をノックしたが何も返答はない。こういう時はにくたまをかすみの部屋に召喚して起こしてもらうのが手っ取り早い。暫く待つと
「うわー。び、びっくりした。何?
はー、にくちゃん?
何であんたがうちの部屋に居るの?
あ、玲の奴の悪戯か、くそー」
と言って部屋から飛び出してきたかすみであるが、丁度かすみの部屋の扉の前で聞き耳を立てていた玲と正面衝突してしまった。そしてかすみは後ろに倒れて尻もちをつきながら
「あ、痛ったー。
おい、玲、何でそんな所にいるんだ!
あっ、まさか、私の部屋に
侵入しようとしたな。この変態!!」
と悪態をつくのである。まあ、どうみてもかすみの言う通りの状況なので反論は出来ないようだが。
「あっ、ご、ごめん。かすみ。
驚かせる心算はなかったんだけど。はは」
と笑って誤魔化そうとするが、却ってかすみの怒りの炎に油を注いでしまった。
「はー?驚かせる心算は無かっただって?
一体どの口が言うてんねん」
と言いながら起き上がった途端、玲の両頬を両手で力一杯引っ張った。
「あー、ぎょめん、きゃしゅみー、
わりゅきゃったー。
しょうじゃなきゅって」
と何とかかすみの手を振りほどいて、玲はここに来た経緯をかすみに伝えた。すると
「全く、それなら、ちゃんとノックして
起こしてくれたらええのに。
もう。それで、そのカンカンと言う音の
出所を確認しに行くんかいな?」
一緒に行った方が良いだろうと判断したからかすみを誘いに来たのに、とぶつくさ文句を言い出す玲だが、そもそもは玲の対応の不味さが原因であることを自覚すべきであろう。さて、こんなところで時間を潰していても埒が明かないので、二人はパジャマの上にスポーツ用ダウンコートを羽織って、外で待機しているにくたまの案内でその場所に向かった。
にくたまが言う音のする場所は、神社の北東の方角で美土路山の麓の所らしい。丁度玲とかすみが暮らす住宅から北に向かって山裾をそのまま下った先になる。そして、美土路山自体が美土路神社の神域となっており、そういう意味では本殿から少し離れているとはいえ、ここも立派な神社の敷地内であり鎮守の森を形成している所でもある。その辺りから「カーン、カーン」という音がしていたとにくたまは言うのであるが、今はただ、己の鼓動だけが耳に響く静寂以外何もない。まるで霊界に居るような錯覚を覚える玲であった。
「あー、終わって帰ったんだよ、きっと。
かすみに構わず直接来れば良かったな」
と呟く玲であるが、かすみはそんな呟きを聞き逃すことはなかった。
「はあ?玲、そもそもあんたが
あんなことするからだろ。全く」
とぼやくかすみであるが、全くその通りである。
さて、にくたまに案内された場所周辺を捜索していると、玲は1本の太い杉の木にある物を見つけた。丁度玲の胸元辺りにあるそれは、藁で作った人形と、その上に男の写真が貼られており、更にその写真の顔の部分から釘の頭が突き出して木に刺さっていた。
「かすみ、こっちにあったぞ」
と玲はなぜか小声でかすみを呼ぶのである。どうも大声を出す雰囲気ではないと感じたのだろう。そこへかすみがやって来て
「へー、これがそうなんだ。初めて見たな」
などと呑気な感想を言うのである。そして
「でも釘が1本か。
となると、今日始めたばかりみたいだね」
と何やら物知りな雰囲気で呟いた。かすみが言うには、丑の刻参りは午前1時から3時までの間に7日間参拝することで満願成就するということらしい。ただしここでいう満願成就とは、相手を呪うことなのだが。なお、途中で誰かに見られると呪いの効力が無くなり逆に呪い返しで自分が呪殺されるとか、そうならないように見た者を必ず殺さないといけないとか、そんなことがあるというのを玲に説明した。そして、
「あとね、恰好がね、白装束で頭に3本のロウソクを
立てるんだとかあるのよね。
それだと、頭がロウで火傷しそうだけど、
そんなん平気なんかなー」
いや、それは知らんし知る気もないぞ、と玲は思った。それよりも、
「なあ、かすみ、この丑の刻参りを
これから6日間も続けるんだよね。
僕らどうしたらいいと思う?」
さあ、どうしようかねー、とかすみも特に案がないようである。少なくとも自分達に何か起きるとかではないので、取りあえず様子を見ようか、ということにして、玲とかすみはその場を後にした。
数日後、この日は週末土曜日で、玲も召喚術の研究に没頭していたため、部屋の時計を見ると、もう直ぐ午前1時を迎えるところであった。おっと夜更かしし過ぎたぞと思い、急ぎシャワーを浴びに浴室に向かった。そして体を温めてリラックスしたところで、冷蔵庫から缶ビールを取り出して1杯やることにした。かすみの方はどうやら就寝中である。何分「睡眠不足はお肌の大敵なんだから。玲あんたも気を付けてよね」と違う意味の釘を刺されたので、特にお休みの挨拶をせずにそのまま寝ることにした。だが、なぜか眼が冴えてしまったため、「そうだ、丑の刻参りを見てこよう」などと呑気なことを考え出したのである。もしかすみが聞いたら、「それって、『そうだ、京都へ行こう』とか言うCMじゃねーかよ」とツッコミを入れらていただろう。真面目に丑の刻参りをしている者からすると、いい迷惑であるのだが。
とりあえず、風邪をひかないように十分に温かい恰好をして表に出ると、北の方から「カーン、カーン」とくぎを打ち付ける音が響いてきた。あ、来てるんだと思い、玲は早速召喚した軍事用の4眼式パノラマ暗視ゴーグルを装着した。おー、視野が広くてすごくよく見える、流石は軍事用だ、と驚きつつも感心する玲である。ちなみにこの姿をかすみが見たら、一言「うわー、キモー」となるだろう。ところで、玲がなぜ普通に通販とかで売られている暗視ゴーグルではなく、軍事用の特殊な暗視ゴーグルを持っているのかと言うと、実はこれはタチアナから教えてもらった術式の一つなのだ。ちなみにタチアナは、他にもフランスの陸海空軍が採用を進めているHeckler und Koch社製のHK416Fアサルトライフルや対戦車ミサイルジャベリンなども彼女の術式一覧に含まれている。なぜこのような軍事用装備を彼女が持つのかと言うと、フランスは結構治安が悪く、一度彼女の別荘に武装したテロリスト集団が拠点確保で入り込んだことがあったという。その際にタチアナは、建前上は傭兵を雇っての対応としつつ、実際はこれらの武器とロムリア兵を召喚してテロリストを一網打尽にしたのであった。なお、玲もタチアナも、その様な犯罪者とか犯罪集団は強制的に転移させて排除すれば直ぐに安全を確保出来るのだが、タチアナは「武装集団が自分の所に来ても撃退されることを広く世間に知らせるには、この方法が一番なのよ」と言っていた。要するに今後同じようなことをするなら、また容赦しないよと言う警告でありメッセージを込めた処置なのだ。それを聞いた玲は、そういう考え方も一考に値するな、と思ったのである。そしてかすみの言いそうなキモイ暗視ゴーグル越しに丑の刻参りを観察すると、色は流石に分からないが、女性であることは間違いない。そして年齢はかすみよりも上だが30歳前後かと思われる髪の長い、切れ長の目をした美人であるが、その鬼気迫るような表情が変な妖しさを醸し出している姿になぜか見惚れてしまう玲であった。
翌日の朝、玲は早速かすみに昨晩目撃したことを話すのであった。
「そうか、やはり続いてたんだね。
で、今晩が最後になるのか。
本人からすると満願成就になると思ってるけど、
うちらが目撃しているから、
何か嫌な予感がするんだけど…」
と途中で言い淀むかすみであった。確かにかすみの話だと、目撃された場合は効力が無くなるどころか呪い返しで自分に危害が加えられ危険があるということだ。まあ、自分達には関係ないとはいえ、彼女も何かしら強い怨念があって丑の刻参りなどをするに至ったのだからなー、などとかすみと話していると、
「玲、取りあえず、今晩様子を見てみない?
もし彼女に何も起きなければ、まあ大丈夫と言うか、
満願成就と言うことで思いを成し遂げたとみて、
後は無関心でいいと思うけど」
と言うことで、かすみの意見を取り入れて今晩見に行く、いや監視することにした。
そうと決まれば、かすみは早寝することに決め込んで午後8時には自室に籠ってしまった。いやいや、若者がそんなに早い時間に寝れる訳ないじゃない、と思う玲である。彼は特に寝ることなく、好きな召喚術の研究をしながら午前1時を迎えることに決め込んだ。そして午前1時になった時に、玲の部屋にかすみが眠い目を擦りながら現れた。
「玲、それじゃー、はーあ、
行きますか、はーあ」
と半分欠伸が混ざった状態でかすみは言うのである。そんなに無理して行く必要は無いよと玲は言うのだが、かすみはこんな面白い、じゃなくて何が起きるか分からないことを寝て待つなんて出来るわけないだろう、と本音を垂れ流しながらも訴えるのであった。と言うことで玲は、かすみが着替えるのを待って、一緒に様子を見に行くことにした。
「ねえ、玲、この暗視ゴーグル、キモくない?」
やはり予想通りの反応であった。いやいや、キモさよりも性能を重視したんだから文句言うんじゃない、と玲はかすみに忠告したのだが、聞いているのかどうか…そして、彼らの前方には丑の刻参りをする女性の姿を捉えていた。藁人形には既に7本目が打ち込まれており、5寸釘への最後の一打が加えられた時、突然彼女の前方に霊体が現れて彼女に取り憑いて攻撃したのであった。あ、危ないと思ったのも束の間、その女性は後ろに倒れて気絶したのだが、なおも霊体は女性を攻撃しようとするので、玲は咄嗟に降霊召喚門を女性の周りに展開し、その霊体の身動きを封じた。
「あなたは、何者ですか?」
「・・・」
「名前は何ですか?」
「・・・」
何も答えず、ただ自分を捉えた玲をじっと睨んでいた。仕方ない、お見送りするかと言うことで、そのまま霊界に戻ってもらった。どうやら、あれが呪い返しの正体なのかと思う玲なのだが、その確証は残念ながらない。勿論、偶々女性の怨念に共鳴して現れた霊体とも考えられなくないのだ。さて、気絶した女性だが、このまま放置はこの寒さの中、流石にまずいと思うがどうかとかすみに尋ねるも、うーんどうかなー、と何時ものかすみとは違う何やら煮え切らない態度なのである。玲の考え方によっては、この女性は霊体を使って殺人を行う所なのかもしれないという様に考えられなくないのだが、それを素直に受け取れない自分が居るのは確かであった。初冬のこの時期でも夜は十分冷え込むので、このまま放置だと命の危険も無い訳ではなく、そうかすみに伝えて、転移で自分たちの家に連れて行くことにした。
暫くして意識を取り戻した女性、名前は鎌本由宇は、最初なぜ自分がここに居るのか理解できなかった。そこで、玲は何やら悲鳴がしたのでその方向に行ってみたらあなたが倒れていたのでここまで連れて来た、という尤もな理由を付けて説明した。すると鎌本由宇はベッドの上で突然髪を振り乱して暴れ出したかと思うと、急に突っ伏して泣きだしてしまった。漸く落ち着いたところで、今度はかすみが彼女に事情を尋ねると、次のようなことを話しだした。
鎌本由宇には結婚を約束した年下の男性が居た。名前は河埜悠馬。鎌本由宇は米野市にある大手企業の支店に勤めるOLで、今は家賃の安い差間見町に住んでいるという。一方の河埜悠馬は東京に住んでおり、彼は飲食店で働いているという。要するに遠距離恋愛中なのであった。そんな彼とは月に1,2度ほど東京に会いに行く日々を送っていたのだが、何かしら仕事のことで金が必要だからと、鎌本由宇から金を借りたり援助してもらったりしていたという。鎌本由宇自身もそれなりにギリギリの生活を続けていたが、婚約者が金に困っていると聞いて消費者金融から借金したりして援助していたというのだが、実は河埜悠馬は金に困っているどころか、その金で遊んだり他に女を作って貢がせたりしていたのだという。それを鎌本由宇が問い質すと、別れると言ってそのまま消息を絶ったのだ。要するに彼女は結婚詐欺に遭って挙句に捨てられたという、最悪の結末を迎えたのであった。その結果、鎌本由宇は河埜悠馬への恨みを増していき、最後は丑の刻参りを決行するに至ったというのだ。また、その後鎌本由宇が興信所を使って河埜悠馬について調べてもらったところ、実は彼は新宿の歌舞伎町にあるホストクラブで働くホストであり、更に同じように結婚を約束した女性が多数いたことを確認しており、中には多額の借金から自殺した女性もいたということを知ったのである。
この話を聞いたとき、かすみの心中には怒りが渦巻いていたのだが、逆に玲はこの女性がどこまで真実を語っているのか疑問を抱いたのであった。そこで、とりあえず状況が分かったことと、今の所霊体に襲われる心配はないが、念のため霊体に取り憑かれたりした時は、有料だが除霊は出来るとも伝えて、鎌本由宇には帰宅してもらった。さて、玲とかすみであるが、
「ちょっと、そいつ、絶対許せん。
まさに女の敵やな」
「まあ、待てよ、かすみ。
そんなに熱くなるな。それよりも…」
玲としては、これは自分達に依頼された仕事ではないことを、先ずはかすみに分からせるように努めて冷静に説明した。更に義憤に駆られて行動起こしても、実は真実は違ったとか、もしそんなことがあったりしたら、取り返しのつかないことになる、と言うことをかすみの憤りに飲まれず、理路整然と説明を重ねたのだ。そして何とかかすみを落ち着かせてから、
「僕もね、その男の肩を持つ気は全く無いけど、
今の段階で鎌本由宇の言葉も
100%信じてはいなんいだ。
勿論ね、自分が危険に曝されるのを承知で
相手に呪いをかける行為は尋常じゃないよ。
でもね、例え彼女の言葉が真実だったとしても、
それを調べずに信用して行動するのは、
むしろこちらが危険になる可能性があるんだよ。
だから今はこのままにしておくしかないと思う」
「まあ、玲がそこまで言うなら好きにすれば」、と何やら投げやりな態度になるかすみだが、玲からするとかすみが落ち着いて突っ走ることが無くなったのを良しとしたのであった。




