地球転生編 2-50 ご神体クエスト(後編)
ご神体クエスト(後編)
物部かすみは、美土路神社のご神体として祭られるはずの真の短刀を探すことに何やら夢中になりだした。挙句の果てに、「ご神体クエスト」なるネーミングまで付け出した。これには、最神玲も「ちょっとふざけ過ぎじゃないのか?」と注意はするが、かすみにはどこ吹く風である。そしてこのご神体クエストだが、意外なところからヒントを得ることが出来た。それはかすみの母京子の実家である神薙家にある古文書であった。神薙家は江戸の頃から続くとされる旧家であったと言い伝えられているが、実際はさらに古いようで、実は戦国時代の領主であった美土何某の近侍の者の一人が神薙家の御先祖だったというのである。ただし、短刀を無くした張本人かどうかは全く分からないが、これに関しては玲もかすみも全く問題ない。その古文書に降霊召喚を掛けて本人を呼び出せば済む話だから。
ところで、ご神体クエストがなぜ神薙家に辿り着いたのかということだが、闇雲に動いても見つかる物ではないことは玲もかすみも分かっていた。そこで、かすみは玲に対し
「ねえ、玲、にくちゃんたちに頼んで
探してもらうとか出来ないの?」
「あー、それは無理だよ。
にくたまは臭いは嗅ぎ分けられるけど、
そもそも本物の短刀の持ち主の臭いが分からないと
探しようがないからね」
「そっか、残念」
となったのだが、そうか本物の短刀の持ち主を探してみるのは有りなのか、と考え直して、美土何某の足跡を辿ることにした。この辺の調査は卒論で行ってきたので、二人は心得たものであった。そして直ぐに美土何某が眠るとされる差間見町の清河寺にやって来た。寺の関係者に美土何某の事績を調査しているからとか何とか理由を付けて、美土何某の墓を教えてもらい、お参りする振りをして降霊召喚で霊体を呼び出したのだが
「え…こんなにいるの?」
とかすみは絶句したが、それもその筈。その墓からは十数体の霊体が召喚された。まあ、普通に考えれば、日本の墓には複数体の遺骨が埋葬されるので、それらの持ち主が転生していなければ、それだけ現れるのは当然なのだが。ところが、彼らの卒論調査では、以外にも1つの墓には1体だけしか霊体が現れなかったので、ついその感覚で召喚してしまった。そうなると、
「うーん、どの方が美土何某さんか分からないよね。
かすみ、何かアイデアとかある?」
と玲はかすみに無茶振りした。流石のかすみも「そなんのあるかー」と返すのだが。仕方ないので1体ずつ確認しようかと思うのだが、どの霊体も似たような恰好をしており、誰に話を聞いて誰に聞いてないかの区別ができなくなってしまったため、遂には二人共に事情聴取を諦めた。
「そうすると、美土何某でなく、
その近侍の人を探す方が良いかもね」
「ああ、直接無くした場所を聞くとかかい?
でも、どうだろうな」
「少なくとも、自分がどこで失ったかの
検討は付くはずだし、
それを手がかりに進めるしか
今の所手立てはない気もするけどね」
「うーん、そうするとどこで調べようか?」
ある日曜日に、二人は差間見町の町役場に併設されている図書館にやってきた。この図書館には郷土資料を収めたコーナーがあるので、そこで何か手掛かりが無いか探すことにした。結論から言うと、残念ながら近侍の者の名前とかは分からなかったが、意外なことにかすみの縁者の神薙家が美土何某に仕えていたとの記述を見つけたのである。これは、灯台下暗しというか、古いことは古い所に聞けというところかな、とはかすみの率直な意見であったが、確かに江戸の頃から続くとされる神薙家であれば何かしらありそうと見当がつられた。
そこで、神薙家であるが、ここの対応はかすみに任せることにした。一応表向きには、自分達は大学で郷土史などを研究していて、今務めている美土路神社のご神体の由来にも興味があるので、それに関する資料があれば見せて欲しい、ということにした。そしてこの事をかすみを通じて、神薙家の現当主でありかすみの母京子の2歳年下の弟である、神薙宗座衛門にお願いしたのであった。ちなみに宗座衛門とは何やら古めかしい名前であるが、実は本名は太一であり、宗座衛門は神薙家の代々の当主が受け継ぐ通り名である。そして、ここはかすみの力と言うか日頃の行いが良かったのか(は本人談)は分からないが、関係する資料の閲覧を許可してもらえた。そこで、ある週末の土曜日に、玲とかすみは神薙家の本宅にお邪魔した。
神薙家は戦前までは差間見町一帯を所有していた程の大地主であった。そのため、当時から残る今の本宅は正に屋敷である。敷地の1辺は200mくらいか、昔ながらの築地壁で囲まれている。そして屋敷の顔でもある門構えは昔の武家屋敷にでも見られる長屋門である。玲とかすみは、その長屋門の両脇にある通用門の1つから中に入ったのだが、正面には武家屋敷の面影を残す母屋があり、左手には幾本もの松が、枝ぶりを丁寧に整えられ、凛とした姿で静かに佇む日本庭園の一部が見え隠れしていた。そしてかすみが言うには、この母屋である武家屋敷自体が重要文化財になっているということらしい。それくらい由緒ある建物だということだ。そのような屋敷の入り口から玲とかすみは入ったのだが、
「おじさん、かすみです。お邪魔します」
と言ってかすみは、誰からの案内を乞うことなく、ずかずかと上がり込んでしまった。
「おい、かすみ、勝手に上がり込んで良いのかよ?」
と逡巡する玲であるが、そんな玲の気持ちは知ってか知らすが、「かまへん、かまへん」と右手を自分の顔の前でひらひらさせるかすみである。流石に玲はそこまで大胆になれないため、少し大きな声で「お邪魔します」といってかすみの後に付いて上がることにした。上がって直ぐにかすみは左方向に進み、庭が見えて来た所で右に曲がってそのまま縁側に沿って奥に進んでいく。なおその縁側から望む日本庭園は、庭の何たるかを知らない玲であっても、その美しさに圧倒された。特に、長屋門を潜って左手に見えていた見事な松の木。よく見るとその松の枝は見事な曲線を描き、まるで空に舞う鶴の羽のように優雅に広がっているのを感じた玲である。これが植木職人の技か、と何かしら知ったかぶりをする玲だが、何かのニュースかドキュメンタリーで植木職人の話題を取り上げていたのを思い出し、地球にはこんな職業があるのかと何やら関心したことを覚えていたのだった。そんな感慨に耽っている玲を他所に、かすみは勝手知ったる何とやらみたいに、さっさと先に進んでいく。玲もかすみに遅れないように急ぎ足で進むと、その先に見事な作りの引き戸のある建物に到着した。どうやら、こちらが当主以下の家族が暮らす住居のようである。かすみはその扉を何の躊躇いもなく開けて、「おじさん、かすみです。居ますか?」と大声で呼ぶのである。すると奥から、和服を身に纏った頭部が少し薄くなりかけた一人の恰幅のいい男性が現れた。かすみの叔父の宗座衛門である。
「おー、かすみちゃん、いらっしゃい。よく来たね」
「おじさん、こんにちは」
「神薙さん、ご無沙汰してます」
とかすみと玲は宗座衛門に挨拶した。玲にとっては、祭りの準備会合以来の再会である。
「それで、今回は何やら古い記録が見たい
ということだったね。
少し休んでからにするかい、
それとも今直ぐにするかい?」
「とりあえず、今直ぐでお願いします」
まあ、相変わらずせっかちだなかすみは、と笑いながら彼らを案内した。
玲とかすみが案内されたところは、先程玲が感嘆の声を上げた見事な日本庭園に面した一画に建つ3つの蔵のうちの1つである。宗座衛門は懐から鍵束を取り出し、蔵の扉に取り付けられている南京錠に鍵を差し込んで扉を開けた。こんな立派な蔵に南京錠なんて物騒じゃないんですか、と玲は宗座衛門に尋ねたが、この蔵は価値のある物は置いておらず、重要な物は別の蔵にあり、そこはもっとセキュリティを高めて管理しているのだそうだ。そして玲とかすみが開けられた蔵の中に入ると、外から入り込んだ空気の影響か、あるいは中に入った者達により巻き上げられたのか、空気中を舞う埃で鼻を刺激され、危うく大きなくしゃみをするところであった。
「えーと、確かこの辺だったよな。
・・・あー、ここだな」
と教えられたのは、蔵の2階の奥の一角である。
「有難うございます、叔父さん。
では、私たちは少し調べものしますね」
お好きなようにどうぞ、と言って、宗座衛門はその場を後にした。さて、宗座衛門が示したのは、1つの大きな桐の長持。つまり衣類や寝具などを収納する昔の長方形の木箱である。その長持の蓋を開けると中には紙の束や巻物を収めた木箱が数個、あとは少し小ぶりの箱が一つ。それだけであった。
「どこから手を付けるかだな。
・・・この紙の束は、あー、昔の手紙かな?」
玲が手にしているのは戦国時代の手紙の束である。何とも無造作に放り込まれているが、もし歴史的な価値があれば、これだけでも一財産になるであろう。だが、残念ながら、美土一族は戦国末期には衰退してしまうため、そんなに価値はないのであった。だが、
「玲、この手紙で降霊召喚できないかな?」
「かすみ、ちょっとやってみて」
あいよ、と言ってかすみは手紙を使って降霊召喚を行ったのだが、何も召喚されることは無かった。
「あー、駄目か。
何か実際に使用していた物じゃないと難しいのかな?」
「うん、そうだね、そんな感じがするかな。
ちょっと待って、・・・あれ?」
玲は長持に収められていた小さな箱を取り出した。そして蓋を開けたところ、
「えっ、かすみ、これって」
「えー!!」
二人が絶句した訳、それは小箱の中に収められた一振りの短刀を見たためである。まさか、これって?
「ね、ねえ、玲。これ似てるよね?」
そう、その見た目は美土路神社のご神体に似ている。果たして、その中身はと言うと、
「あちゃー、錆びてるのかな、何かボロボロだね。
刃のところも欠けてるみたいだし。
でも、玲、これで召喚掛けてみようよ」
と言って、かすみは短刀に対し降霊召喚術を掛けることにした。すると、
「うわー、出て来た、
しかも何か昔の武士っぽくない?」
そう、玲とかすみの前に揺蕩う霊体は、頭は総髪という後ろで髪を結んだスタイルで腰には脇差のみを携えた霊体である。なおかすみは、「あれ、脇差が霊界にあるの?」という疑問を口にしたが、玲の見解では生前の記憶がそのまま形になったのではないかと見ている。一方の玲は、「この霊体はずっと転生せずに霊界に留まっていたのだろうか?」という疑問を持つのだが、勿論答えは分からない。そこで、もし機会があったらこの辺のことを円空にでも聞いてみようと思うのであった。何れにしても、長持に収められた短刀がどうやら本来のご神体になるもののようであることは確認できた。だが念のために霊体に確認することにした。
「あのー、この短刀はあなたの持ち物ですか?」
「・・・そ、う、だ、わ、し、の、だ」
「あなたは美土の領主様ですか?」
「・・・そ、う、だ、わ、し、は、・・・」
玲が呼び出した霊体は紛れもなく美土一体を治めていた領主であった。念のために玲は
「あなたを美土路神社のご神体にしますが、
良いでしょうか?」
と尋ねたところ返答は無し。ご神体が理解できなかったのかとも思われたが、そもそもあそこの神社はあなたの持ち物なんだから大丈夫だよね、と勝手に思い込んだりした。
さて、玲とかすみは思わぬ発見をしたのであるが、ではなぜここにその短刀があるのだろうか?謎は深まるばかりであるので、一応神薙家の当主である宗座衛門にその辺の事情を後日かすみから聞いてもらうことにした。その結果、この時代の記録は殆ど残ってないが、手紙などのやり取りからして、神薙家の御先祖が美土の領主の側用人であったらしいことは分かった。つまり領主に近侍してお世話する立場にあったということは、短刀の紛失と取り違えを起こした張本人ではないかと推測されたのである。勿論これを確認する方法は本人を霊界から呼び出せれば問題ないのだが、まあ目当ての短刀も見つかったことだし、このままでええんとちゃう?というかすみの助言に従うことにした。ちなみに、短刀は蔵の長持に収めたままだが、これは後程玲が転移して神社のご神体と交換することにしていた。
後はご神体を交換するだけなのだが、「そもそも神社でご神体の交換ってどうするの?」という素朴な疑問がかすみから投げかけられた。いや、それ以前に「そもそもご神体って交換して良いの?」じゃないかと玲は問い返すのであった。うーん、どうなんだろう、と二人して悩むのだが、結局結論が出る訳ではないので、やはり当初の予定通り、正規の短刀とご神体となっている佐吉の短刀を交換するしかないか、と言うことで玲とかすみは本殿に向かった。そして、一度佐吉を呼び出してこれから行うことを説明した結果、本人(というべきか?)は嬉しそうに頷いた。「霊でも嬉しいことがあるのかな?」とかすみは思うのだが、目の前の佐吉はまさにそう呼べるような表情をしていたのだった。では交換開始。
今回の交換は念のため玲が主導で行うことにした。まずはこのご神体の短刀を手に持ち、本殿傍に転移門を設置して神薙家の蔵に設定したマーカーを頼りに転移門を設置して転移を行った。その後蔵の中から本当のご神体になる短刀を長持から取り出して、その長持には佐吉の短刀を収納し、また美土路神社に転移で戻った。後はこの短刀をご神体として安置するだけだと思うのだが、果たして?
「よし、これで本当のご神体が安置されたことになるけど
何か雰囲気とか変わったりした、かすみ?」
「えー、よく分かんないけど、
何となく霊験あらたかになったりした、かな?」
うーん、どっちやねん!?と突っ込みたくなる玲であるが、どうも益々かすみ化しているようであった。念のため降霊召喚して美土何某を呼び出して確認したところ、どうやら満足気に見えたのであるから、恐らく問題ないだろうということで落ち着いた。
この出来事以降、美土路神社の神格が上がったのではとか、何やら御利益がありそうとか、そんな噂が聞こえたとか聞こえなかったとか。




