地球転生編 2-32 M&M心霊ファイル1: 佐伯えりのケース
M&M心霊ファイル1: 佐伯えりのケース
桜の花びらも散って今や葉桜さえも終わりかけの4月の中旬。社務所で最神玲と物部かすみが共に雑務をこなしていた時、突然、カバンの中に入れてある玲のスマホから着信を知らせるメロディーが流れた。発信者を確認すると東洛総合大学心霊サークルの現部長である関健太郎からであった。
[もしもし、最神です。関君。どうしたの?]
[あっ、最神先輩、
すいません突然電話しまして。実は…]
と言って関が電話口で語ったのが次のような話である。
大学が春休み中の3月下旬のある日、サークル部員で現在2年生の佐伯えりが同じ大学の年上の彼氏とある心霊スポットへ肝試しに出掛けた。そこはよく出ると噂されるトンネルで、二人はふざけあいながらトンネルに入ったのだが、暫く進むと何やら静かになった。何かビビったのかなと思って彼氏の方に振り向いたとき、直ぐ隣に居たはずの彼氏がいなかったと言う。悪戯かと思って来た方向を振り向いたが、そこには誰もいない。そのため何が起きたか判断できずパニックに陥った佐伯えりは、来た道を急ぎ走って戻り、車を停めたところまでやって来た。そして運転席を見ると、そこには居なくなった彼氏が車のシートに凭れて気を失っていたのである。何が起きたのか分からないものの、とりあえずそこに彼氏がいたので彼を起こして帰宅することになった。ところが、何日かすると、彼氏の異常な言動や佐伯えりに対する束縛行為が目立つようになり、遂には全く外出せず、ずっと自宅に引き籠ったままだという。そして、そんな彼氏の異常な状況に怖くなった佐伯えりが、心霊サークルの部長の関に相談を持ち掛けた、ということであった。
この話をスピーカーを通して一緒に聞いていたかすみは、
「消えたということは、もしかして、
あれが関係しているのかな?」
と玲の耳元でその疑問を呟くのであった。玲も全く同じ疑問を持ったので、とりあえず関には
「とりあえず、何が起きたのかを
こちらでも検討してみるので、
またこちらから掛け直すけどいいかな?」
はい、お願いします、と言って電話が切れた。
「確かに、例の召喚門が関係してそうな
気がしないでもないけど、
そうすると元の世界に戻ってきたことが
よく分からないよね。
あれは僕が見た限りでは一方通行だから、
それを通過したのであれば、
偶々彼が元の世界に戻る門を見つけて
戻って来た、となるのかなー」
と現時点では何も分からないため、あーだこーだと考えるのだが、ここで結論が出る訳ではない。やはり現地調査に向かうべきだろう。
「そうすると、先ずはこちらの休みの日に
向こうに行ってみるかだね」
とかすみが言う様に、今度の土曜日にでも行ってみるか、と言うことに決まった。そのことを関に電話して何時にどこで待ち合わせるかを確認して電話を切った。
さて、関との待ち合わせ当日。つい数週間前まで住んでいた東洛市にまた戻ってきた玲とかすみであるが、特に懐かしいとか感慨深いなどの感想はないまま、待ち合わせ場所に向かう。勿論、彼らは転移でここに来たのであるが、転移場所は洛王神社の本殿裏手に設定した。やはりここは相変わらず人気が無いので、安心して転移門を設置できる。ただ、ここから待ち合わせの場所が大学の心霊サークルの部室なので、少し歩く必要があるのがネックか。
「ねえ、玲、もう少し近い所に
転移門を設置できないの?」
と口を尖らせながらクレームをするかすみである。尤も本気で言っているのではないことは分かっているので、はいはい、気を付けますよ、と適当に流して答えたのであるが、何か適当に返されたことにカチンときたのか、
「あのね、玲さん、
わたしは歩きたくないんです」
と玲の目を見て脅してくるかすみである。だったら来なくても良かったんじゃない、などとは口が裂けても絶対言えない玲であるので、仕方ない、あれを出すか。
「ほら、君のチャリンコ。
これなら文句ないだろう」
とりあえず二人分出して大学近くまで行き、人通りのないところで召喚解除した。ここまで来るのに、なぜかかなりの疲労を感じる玲であった。しかもこの格好でチャリンコって。
「関君、邪魔するでー」
とはかすみの挨拶。ここで玲であれば条件反射で「邪魔するんだったら帰ってやー」となるのだが、関は突然のかすみの掛け声にビックリして、
「あ、も、物部先輩、お久しぶりです」
と真面目に挨拶してしまった。あー、可哀想な関君、南無…とはならず、かすみは特に何か反応すること無く、
「どう、元気にやってる」
と呑気に受け答えするのであった。あれー、あの突っ込みは、もしかして僕だけに課されてた試練なの?と釈然としない玲であるが、今回はそんな呑気なことをしに来た訳ではない。
さて関であるが、なぜかかすみの問いかけに暫しフリーズしている。その理由は、玲とかすみの格好にあった。もしかして、以前かすみがコスプレしていた美少女召喚術師の恰好を玲もやらされたからなのか?まあ確かにある意味、かすみのコスプレに近いのだが、実は彼らは全身黒ずくめである。かすみは黒のジャケットに黒のスーツパンツと黒のパンプス、中は黒のブラウスという出で立ち、玲も黒の上下のスーツに黒の革靴、中は黒のYシャツという出で立ち。そしてスーツの胸ポケットにはM&Mの刺繍が全体の雰囲気を壊さずさり気なく施されている。更に極めつけは、スーツの裏地にクリモアル柄が施されていた。そう、これがM&M超心理学研究所の制服なのであった。最初は、玲も抵抗したのだが、このスーツ一式、実はタチアナからのプレゼントなのである。そのため、否応なしに着る羽目になったのであった。ちなみに、タチアナが知ることになったのは、玲が転居したこととM&M超心理学研究所を設立したことを彼女に伝えたからであり、その設立のお祝いとして贈られたのである。従って、彼らはロムリアブランドに身を包む、ある意味セレブな召喚術師なのだ。
気を取り直して、玲は改めて関から状況を確認していたが、ふと部室の入り口付近に人影らしきものを視界の片隅に捉えたのである。そこで、そちらに振り向くと、心労のためかどことなく窶れて見える佐伯えりの姿がそこにあった。かすみもその姿を確認したかと思うと、彼女の方に近づいて行き
「佐伯、何かひどく窶れて、
あんたは大丈夫なの?
今回、あんた達の件でこっちに来たけど、
安心して。私達が何とかしてみるから」
と佐伯えりを勇気づけるのであるが、いやいや、そんな安請け合いして大丈夫なのかと心配になる玲であった。まあ、霊体が関係しているのであれば何かしら解決策はあるのだが、そうでない場合、例えば本人の心の問題などになると、これは正直お手上げとなる。それでも、かすみの言葉で少し安心したのか、「物部先輩、お願いします」としおらしく頭を下げるのであった。
そして、今彼らは、佐伯えりの彼氏である東洛総合大学3年生の伊藤煉の自宅マンション前に集まった。先ずは佐伯えりにインターホンを押してもらい、
「煉、私、えり、居るんでしょ?」
と呼びかけるが返事はない。当然ドアには鍵がかかっているので、佐伯えりに合い鍵で開けてもらい、佐伯、玲、かすみの順番で中に入ることに。念のため関には外で待機してもらう。内部は榊原加奈子の時とは異なり、綺麗に整理整頓されていた。恐らく佐伯えりが世話をしているのであろう。部屋は玄関から短い廊下があり、その先に居室を持つ典型的なワンルームマンション。そして伊藤煉は居室のベッドに目を開けたまま横たわっているのである。
「かすみ」
と一言かすみに告げると、かすみは即座に「召喚!」と呟いて降霊召喚門を作り出した。が、何も起きない。実は玲もかすみも伊藤煉を見た途端、彼の周りに何も見えていないのは分かっていたのである。これはどういうことか?
「…」
玲はこのような事態を想定していないため、手元に召喚した降霊術師マニュアルに目を通すのであるが、そこにもこのような事態に対する対象法は書かれていない。だが、玲には一つだけ気になる点があったが、先ずは佐伯えりには一旦外で待機してもらうことにした。
「ん、玲、どうしたの?
何で態々佐伯を外に出したの?
何か問題が起きそうとか?」
「もしかしたらだけど、彼の中身は別の魂ではないかと
言う気がするんだよね。
もしそうであれば、これから降霊召喚門を呼び出して、
蘇生できるかどうかを試そうと思うんだ。
もし本人の魂が門の中から出てきたら、
彼の中に憑依している魂を
追い出さないといけないんだけど、
その時に何が起きるか予測できないから
念のために避難してもらったんだよ」
何か凄い大事になって来たと懸念を抱くかすみである。とりあえず、玲は蘇生のための対応に入った。まず、ベッドの上の伊藤煉の周りにアニュラス型召喚門を設置し、降霊召喚術を記述して、霊体を呼び出すにしていざ召喚。すると、
「うわー、これって本人の魂よね。
やっぱ、玲の睨んだ通りだったんだ…」
そう、彼らの目の前には伊藤煉に似たシルエットの霊体が揺蕩っていた。と言うことは、伊藤煉本体には別人が入り込んでいることは間違いないのだが、その時、伊藤煉が突然起き出したかと思うと、伊藤煉の霊体を鋭い形相で睨みつけた。これは、今憑依している霊体が肉体を奪われることを拒否しているように感じられた。そして、伊藤煉の視線が霊体からかすみに移るのが確認された時、玲は直ちに召喚解除した。すると、また伊藤煉はベッドに横になった。恐らくもう少し解除が遅れていたら、伊藤煉はかすみに襲い掛かっていたであろう。かすみもその状況が想像できたようで、盛んに身震いしているのである。
さて、状況は確認できたが、では誰の魂が伊藤煉に憑依しているのか、それを突き止める必要があるのだが全く何の手掛かりもない。そこで玲とかすみは部屋を出て関と佐伯と合流し、一度サークルの部室に戻ることを玲は皆に提案した。
部室に到着した玲は、今回の件がどのような状況かを関と佐伯えりに報告した。玲の説明を聞いていた時、佐伯えりは一瞬目を大きく見開いて固まってしまったように見えたが、また落ち着きを取り戻した。どうやら、何か心当たりがありそう。
「以上が、僕とかすみが調べた結果です。
佐伯さん、直ぐに解決できなくて
申し訳ありません」
と言って頭を下げる玲であるが、佐伯えりはどこか心ここに在らずな状態。そこで、先程の彼女のリアクションが気になったのでそのことを尋ねると、かなり落ち着いたのか佐伯えりは淡々と語りだした。
「あ、有難うございます、最神先輩と物部先輩。
そうだったんですね、
やはりあの心霊スポットで彼だと思っていたのは、
彼の生霊と言うか幽体離脱した何かだったんですね。
その間ずっと本人は車の中だった。
そして魂の抜けた空っぽの彼の中に
別の魂が入り込んだ…
そうすると、その魂って一体誰なんですかね…」
ここで玲は真っ直ぐに佐伯えりの目を見て問いかけた。
「佐伯さん、恐らく彼の異常な言動や行動から
何か心当たりがあるのではないですか?
もし僕や関君がいる前では話せないのであれば、
かすみだけに話してほしいんですが」
すると、佐伯えりは、俯いたかと思うと突然涙を流して泣き出して、堰を切ったように次のようなことを語り出した。
伊藤煉の最近の異常さは、実は佐伯えりには彼と付き合う前にも体験していた。それは前の彼氏の行動であった。その前の彼氏とはマッチングアプリで知り合った20代後半の社会人。彼は最初の頃は彼女に対し優しく接してくれていたのだが、親しくなるにつれて束縛が強くなり出し、そのうち暴言を吐くなどの行動が見られたという。そこで佐伯えりは、これ以上付き合うのは無理と言ってその男と別れて、以後音信を絶ったのであった。ところがその別れ話から1週間後に警察から電話が入り、どうやらその男が自室で首を吊っているのが発見されたという。そしてその男の遺書に佐伯えりの名前が書かれており、何やら呪うとか何とか危ないことが書いてあったそうである。つまり、今回伊藤煉に憑依しているのは、その自殺した男であり、どうやらその自殺した男の魂は、元から佐伯えりに纏わりついていたのではないかと、玲は推測したのである。そして、偶々伊藤煉が幽体離脱しやすい体質だったのか分からないが、自分の霊体が抜け出た隙に彼の体に乗移ったと睨んでいる。
実は降霊召喚術では、自分の体に自分の魂がある状況で別の魂が憑依した場合の対応策は存在する。ところが、自分の体に自分の魂ではなく別の魂が入り込んだ場合の対処法は何も書かれていない。これは別人の魂とは言え、生きた人からその魂を抜くことと同義と捉えられるため、倫理的観点から禁止されているとみるべきだろう。そうなると、やはり自発的に体から離れる、あるいは離れたいと思いたくなる様に仕向ける必要が出てくる。そこで、
「佐伯さん、一つ提案があるんだけど、…」
と言って玲が提案した方法は、これから1週間、伊藤煉を伊藤煉としてではなく、元彼として接して、その元彼を説得してほしいということである。これには、流石に佐伯えりは一度嫌悪感を示したが、最終的にはそのようにすると約束してもらった。このとき、かすみが
「玲、もし途中でその魂が
抜けちゃったらどうするの?
彼、死んじゃうよね?」
と疑問を呈し、佐伯えりもビクッと体を震わせたのであるが、玲曰く、それは絶対ない、と断言した。その理由は、もし憑依している魂が嫌がらせで抜けるのであれば、既にやっているはず、という。確かに佐伯えりを困らせたいのであれば、早い段階で抜けてしまい彼女に絶望感を与える方が効果的である。逆に後になって魂を抜けさせると、それ以前に彼の挙動の不自然さで警戒されているため、その効果が期待されないこともある。要するに、今魂を抜けさせることに彼自身のメリットが余り無いのである。
この話し合いの後、玲は問題の心霊スポットとなっているトンネルの場所を佐伯えりから教えてもらい、念のために後日調査に向かうと伝えた。が、実際は直ぐにかすみとそのトンネルに転移した。そして、残念ながら降霊転移門はどこにも見当たらず、だがトンネル内には確かに何体かの浮遊霊と地縛霊が存在していたので、かすみが降霊召喚を使って退場してもらった。これで、そのうちにこのトンネルは心霊スポットから除外されるであろう。
1週間が経過した今、玲とかすみは関と佐伯えりを伴って再び伊藤煉の部屋の前に来ている。そして佐伯えりに鍵を開けてもらい、玲とかすみだけ中に入っていった。伊藤煉の表情はと言うと、先週見た時とは全く別人のように穏やかな表情でベッドに腰掛けていた。そこで玲が彼に
「安立さんですね。僕は最神玲、
こちらは物部かすみと言います。
これからあなたを霊界にお連れしますが
宜しいですか?」
と問いかけた。返事はないが、首を縦に振って合図した。では、召喚術の開始。まず彼にベッドの上で仰向けに寝てもらい、かすみが彼の周りにアニュラス型の降霊召喚門を設置した。そして召喚と呟くと、先ずは伊藤煉の体から霊体が抜けだしていき、やがて召喚門に入って行った。その後、一旦召喚門を解除して、次に蘇生に関する処置をするのであるが、こちらは玲が担当する。まだかすみでは、今の操作を続けて行うにしても召喚エネルギーが足りないためである。そして、玲も同じようにアニュラス型の降霊召喚門を設置し、今度は伊藤煉の魂を呼び出す。すると召喚門から彼の形をした霊体が姿を現した。ちなみに、かすみもここまで行うのは可能だが、蘇生に関しては、更に霊体と肉体を結びつける処理が必要になるが、この時に召喚エネルギーが必要となる(分離する場合も同量の召喚エネルギーが必要となるが、今回は魂が霊界に行くことに協力的であったためかすみでも対応できた)。一般的な召喚術師であればこれらの処置は問題なくできるのであるが、残念ながらかすみにはそこまでのエネルギーが備わっていない。この問題に関してはそのうち対応する必要があるなと、玲は思った。そして、霊体と肉体が同期して、やがて肉体に吸い込まれて消えていったのを確認してから、召喚を解除してこれで完了。
「うん、何とか戻ったみたい。脈はあるね」
玲が伊藤煉の簡単なフィジカルチェックを行ってから、かすみに佐伯えりを呼んできてもらった。そして
「佐伯さん、無事伊藤煉君の魂は戻ったよ。
今は眠っているけど、
もう少ししたら目を覚ますよ」
「有難うございます。最神先輩、物部先輩」
と言って、目に涙を浮かべながら頭を下げる佐伯えりであった。彼女からは、彼が無事にこちらの世界に戻って来られたという安心感が伝わって来た。そして、玲とかすみは、彼女を残して部屋を立ち去ったのである。
さて、この件が解決してから2週間後に驚くべき知らせが心霊サークル部長の関から齎された。それは、佐伯えりと伊藤煉が別れたというのである。この知らせを玲のスマホのスピーカーから聞いていたかすみは、思わず「なんで?」と絶句した。玲も同様である。あれだけ彼のことを心配していたのに、何で別れたの?とこの話を伝えている関も同様に感じたらしい。ところが理由を聞いた途端、そういうことか、と腑に落ちたという。どういう事か?それは、佐伯えりが元彼の魂と話している時に、実は彼女が色々と誤解していたことがあったようで、そうやってお互いに胸の内を語り合うにつれて、元彼への同情心と、元彼の彼女に対する思いが絡み合ってしまったのだとか。それで伊藤煉に憑依していた安立何某君はあんな穏やかな表情だったんだと、腑に落ちた二人であった。じゃあ、佐伯はどうするの、とかすみは思うのだが、こればかりは本人が自分で片付ける必要がある訳で、こちらにはどうしようもないのであった。それと、今回の降霊術に関しては、佐伯えりと伊藤煉本人から2万円ずつ頂戴しているので、残りは部費から捻出してキッチリとお支払いします、とのことであった。M&M超心理学研究所の初仕事はこれにて一件落着。




