地球転生編 2-13 それぞれの思い
タチアナの思惑
玲とかすみと別れて東京のホテルに転移で戻ったタチアナは、キングサイズのベッドに入るも、玲達との会話の興奮が冷めず、あれこれ思案しているうちに結局そのまま朝を迎えてしまう。寝不足のままで仕事ができるかどうか一瞬不安になるも、とりあえずシャワーを浴びて体をリラックスさせることに。後は、淹れたてのコーヒーでも飲めば大丈夫と気合を入れる。今日の予定は、宿泊するホテルでの新作発表会だが、その前にこのスイートルームでスタッフと軽く打ち合わせを行う。打ち合わせまで2時間近くあるので、ルームサービスで朝食を頼み、後は昨日の会話で得た様々なことを纏めるとしよう。特に今後どのように計画を進めるかも含めて。とにかく頭を使って何かに集中していれば、眠気に襲われることは無いことを経験的に取得しているし、まぁ最悪、海外旅行や出張で付きものの時差ボケを利用して、少し休むこともできるだろう。でも、恐らくはそんな状態にはならないとも断言できるタチアナである。とにかく、昨晩の玲達との会話を振り返ることにした。
タチアナがまず驚かされたことは、事前に玲からのメールで伝えられていたクレーターのこと。実はもしかしたらという一抹の不安を伴う悲観的な自分がいる一方、まさかねという安全バイアスが働いた楽観的な自分もいる。そして、結果はそこに悲観的な自分しか残らなかった。
「参ったね、これは」
と呟くも、何が参ったのか?それは、自分の故郷が消滅するのでないかと言う危機感から来るものである。多少の衰退はあれど完全に消滅することなど、とても想像が追い付かない。しかし、この話を玲としていたとき、実はまだ心のどこかで楽観視する自分が居たのは確かだ。なぜか。勿論それがいつになるのかは分からないこともあるが、それよりも、最神玲と言う青年、ではなくカーンフェルトという召喚術師が、タチアナの居たサモナルドとは異なる別の世界のサモナルドに居たのではないかと言う、ある意味SF的な考え方ではあったが、その可能性が否定できないから。地球に転移して来たサモナルド人の全ての情報をある意味管理しているタチアナであるが、彼ら彼女らは皆ロムリアに住んでいた、あるいは知っている者ばかりであった。そうなと、カーンと言う青年も同じだろうと考えるのだが、結果は全く知らないという。そうなると、別の世界にあるサモナルドからの転移者という見方は、強ち間違いではないと思うのだが。しかし違った。カーンはサモナルドからの「転移者」ではなく、サモナルドで一度死亡して地球で生まれ変わった「転生者」だったのである。ただこれだけだと,少し不安な程度であるが、問題はクレーターの場所と大きさ。残念ながらクレーターの深さはタチアナも知る由が無いのだが、大きさはロムリアの大きさそのものズバリ。そして場所もドンピシャ。そうすると、自分の楽観的な考えは根底から覆される。そしてその先には、故郷が消滅するという絶望が待ち受けている。この結論に達した時、どれだけの喪失感を味わったことか。尤もそのような悲観的な負の感情は、同席していた玲とかすみに気づかれることはなかったが。
今回の訪問では、悲観的な感情を引き起こすロムリア消失の問題だけを確認できたわけではない。勿論、タチアナの訪問における主たる目的は、この問題だけだったのだが。ところがその後、思いもかけない事実が確認できた。これはタチアナにとっては、今までどんなに調べても見つからなかった問題の答えを得た時のような喜びを伴う感情を爆発させうる希望に満ちた正の感情とでもいうべきか。
ところでタチアナは、サモナルドからの「転移者」である。それは文字通り、直接サモナルドから転移して来た存在であり、最神玲ことカーンフェルトのように一度死亡して生まれ変わる「転生者」ではない。従って、サモナルドから地球に転移できるのであれば、地球からサモナルドへ転移することも可能と考えるのは、至極当然の真っ当な考えである。そして、タチアナことセラスティナは、自他共に認めるロムリアにおける転移術のスペシャリスト。そんなセラスティナであれば、地球からサモナルドへ転移する方法を何かしら見出せることができると、地球生活の初めの頃はそう楽観視していた。しかし、どのように調べても、転移術を改良したり、転移以外の術式と組み合わせても、サモナルドまでの超長距離の転移を行うことは出来なかった。ところで、超長距離の転移をどうやって確認できるのか?実は、転移術には二つの機能がある。一つは文字通りの転移、つまり人や物を別の場所に移す機能。そしてもう一つは、物を移さずにその場所の様子を確認する機能。特に後者の機能は、転移門を通じて転移先の状態を確認できるため、転移先を全く未知の領域に設定している場合は、必然的にこの確認作業を行わなくてはならない(ただし、確認できる範囲はかなり限定される)。そして、超長距離転移の実験においても、転移門を通じて当然この確認を行ったのであるが、セラスティナの能力では、精々月面を捉えるのが限界であった。もっとも、この事実をNASAが知れば、月面開発が一気に進められると、お祭り騒ぎとなろうが。ちなみに、超長距離転移をする場合、転移先に転移門が設置されていれば問題はない。だがその転移門がどこにあるか分からなければ意味はないが…結局、思いつく方法を試してもサモナルドに帰還する手立てが見いだせず、自分はこの地球で骨を埋めるものと諦めていた。それも、最神玲と会うまでは。
一筋の光明。今回の玲達との会話から得た結論は、まさにこの表現がぴったりくる。それは、自分の持つ転移術の既成概念では絶対に到達できなかった考え。霊界経由での転移。最神玲の見解、と言うよりは霊界の住人である円空の見解ではあるが、霊界には時間の概念が存在せず、空間自体もひどく歪んでいるとのこと。時間の概念が無ければ、今の自分の時間に縛られることなく、好きな時間の所に行くことが可能になることを示す。加えて、霊界の空間の歪みは、場所によっては地球にも、月にも、太陽にも、サモナルドにも、どこにでも繋がっている可能性を示唆している。そして、これらの特徴が合わさって転生したのが、最神玲ことカーンフェルトであった。以上を踏まえると、自分の行きたい場所と時間を直接ピンポイントに指定して転移できる可能性が示されたのである。そして、別空間の指定する時間と場所、この場合セラスティナが居た時代のロムリア、については、円空が霊界のどの場所で接続しているのかについて教えてくれる可能性があるという。ただし、自分の1年分の寿命と引き換えではあるようだ(レイ君によるとお礼で寿命をあげたと言っていたので必須かの確認は必要だが)。仮に寿命を削るのをケチって自分で探すこともできるだろうが、広大なサハラ砂漠から無くした指輪を1つ探すようなもの。そう考えた時、既に選択の余地はなく、円空に頼ること一択となる。ただ、ここにもまだ問題が残されている。一つは霊界で円空と果たして出会えるのかと言うこと、出会えたとして自分が行きたい場所と時間の所に転移門、この場合降霊転移門、を設置できるかなど。何れにしても、これらを一つ一つ解決しながら進めるしか手はないが、全く何の手掛かりもなく手探りの状態で行うのとは全然違う。何しろ今回は帰還できるという希望が持てる。そして、もし無事帰還出来たら、ロムリア消失の可能性に関する調査は必要不可欠となるであろう。
最神玲の感想
今、僕は居間のフローリングに座布団を敷き詰めて、そこに寝転がっています。ちなみに、僕のベッドではかすみが寝息を立てています。そう、タチアナさんとの対面後に、かすみは僕の家に泊まっていきました。そして、僕は寝転がりながら、タチアナさんとの会話を思い出しているところです。
いやー、今日は本当に濃い1日だった。まぁ、何とかかすみを上手くのせて片付けを手伝ってもらって助かったから、何とか切り抜けたかな。うん。後でかすみに何かお礼をしよう。それより、タチアナさんがセラスティナって、未だに信じられないです。何ていうか、突然目の前に自分が尊敬する過去の偉人が現れた、そんな感じです。多分僕以外でこんな過去の偉人と対面する経験を持つ人は絶対いないと自分の命を懸けても言えるけど、いざその当人が目の前に現れると、思考停止するってマジ思いました。勿論、タチアナさんの師匠でもある大召喚術師エンペラール。その人も実在していたどころか、女性だったとは。もし僕がサモナルドに戻ることが出来たら、サリに真っ先に伝えよう。どんな顔をするか楽しみだけど、でも実現しそうにないかな。
それと、転移ってやっぱりすごい術なんだな、と感心しました。しかも、タチアナさんが言うには、転移は他の術式と組み合わせることが可能とのこと。ただし、タチアナさんも言っていたけど、降霊召喚との組み合わせは全く知られてないようで、それに関しては、かなり興味津々だったな。そして、何か思うことがあるのか長いこと考えていたのが印象に残りましたね。まぁ、後日になるのか、その辺の事を教えてもらえそうなので、それまで待つとしますが。あっ、それで、転移ですが、実はその時に幾つか転移術を教えてもらいました。と言うことで、明日にでも、転移の練習をしたいと考えております。かすみを練習台にしようかな、なんてね。ではお休み。
かすみの思い
流石にタチアナさんと玲の話には、全くついて行けませんでした。それでかな、何かとても疲れてしまい、タチアナさんと別れてから、速攻で玲のベッドに潜り込んでそのまま爆睡しました。で、今は午前4時少し過ぎたところ。隣では、玲の奴が、すやすや眠ってます。今晩というか昨晩というか、もう頭の中はグチャグチャで時間の感覚が麻痺してますが、内容は珍紛漢紛、まだ大学で中国語の授業を受けてる方がましなくらいに感じました(中国語は全然分からないけど漢字で想像できるからね)。
あっ、そうだ、タチアナさんから貰ったスカーフ、大事に使わせてもらおうっと。凄く綺麗な柄なんだけど、玲が教えてくれたところによると、サモナルドと言う惑星で起きる珍しい現象なんだそうで、空一面にグラデーションが掛かる幻想的な状況になるんだって。いつかそんな光景見てみたいな、と思ったけど、どうやって行くのかは全く分かりません。まぁ、玲が何とかしてくれるでしょう。一層の事、玲とハネムーンで行けたら良いなとか、でも絶対こいつとは無理っぽいかな。それより、今度タチアナさんに何かお礼しないとね。全くうっかりしてたよ、お土産の件。玲の奴、何も言わないし用意してないし、お返しできなかったことが凄く恥ずかしい。
そう言えば、タチアナさんも玲も凄く真剣に話し込んでたな。特にクレーターの事?私には、月のクレーターしか分からないけど、何やらタチアナさんの故郷に関わるとか。そんな話聞いたら、タチアナさんでないけど、心配になるよね。でも、私には何もできないので、唯々心配するだけですが。それと、私に関わることと言えば、なぜ地球人の私に召喚術、それも玲が言うにはかなりレアな召喚術である降霊召喚術、が使えるようになったのか。タチアナさんもその点については何も分からなかったようです。冗談っぽく、突然変異かな、なんて言ってましたけどね。私はミュータントか、と思わず突っ込みたくなりました。でも、降霊召喚術師に目覚めたせいだろうけど、最近よく見かけるんです。大学に行く時に通る大通りの交差点とか、買い物に行く途中にある公園などで、ただ立っている人らしき物を。流石に家の中にはいないけど、ほぼ毎日目にして、しかも日を追う毎に見える数が増えてくると、流石に精神的に参ってくるというか。だから、ここに遊びに来ることもできなかったんだよね。外に出るのが怖くて。でもそんな事こいつに話したら、却って心配かける気がするし(そのうち、一緒に住むか?とか言われたらどうしようと悩んだり)、だから自然と足が遠のいていたのよね。でも、こうなってしまった以上、この能力とうまく付き合うしかない訳で、あっ、それでタチアナさんに聞いたんだっけ。降霊召喚術師は何が出来て、どういう能力があるのかを。そして、私が使えそうな術式があれば教えて欲しいと。と言うのは、タチアナさんは、全ての召喚術を身に着けているんだって。これには玲の奴、目を開いて驚いていたな。確か玲は、降霊召喚だけはできないとか。そして、玲というかカーンさんの居た時代で召喚術全てに精通する召喚術師はいないと言ってたっけ。それを聞いたタチアナさんは、何か不思議そうな顔をしていたな。その辺のことは私には分からないのでスルーしましたが、何れにしても、玲に聞いても意味が無いので、タチアナさんに聞いたのでした。能力的なことは以前玲から教えてもらったことが全てのようでした。そして降霊召喚術師の固有の能力である蘇生。一応この術式は教えてもらいました。ただし、使いこなせるかは分かりません。玲が言うには、多分今の私の召喚エネルギーだととても無理だとか。後は、魂の召喚方法とか降霊した霊体の使役法とか、難しそうですが便利な機能みたいなので、これは少しやってみようかと思いました。
あっ、それでその話をしていた時、タチアナさんがポケットからペンダントみたいなものを、私に渡してくれました。今は私のカバンの中に仕舞ってますが、ペンダントにしては大きく、鎖の部分も長さの調整は出来るけどそれでも結構長いんです。あとペンダントの玉の部分、形は卵みたいな楕円形で、楕円の膨らんだところに包丁を入れて半分に割った感じで、それぞれの半割れ部分を召喚門の形と同じアニュラスとペンタグラムの形に加工してくっ付けた形をしてました。玲が言うには、召喚エネルギーの簡易測定器と言うものだそうで、特に召喚術師初心者がエネルギー暴走にならないように、その危険性を事前に知らせてくれるんだとか。確か腰に巻いて使うそうで、もらった時は無色透明でしたが、召喚エネルギーを消費する毎に赤みが増してくるんだって。そして限界に近くなると血のような赤さになるから、そうなる前に召喚を止める必要があるとか。ちなみに、タチアナさんも玲も、この測定器は不要だって。彼らからすると、自分のエネルギーの状態は把握できるんだとか。これがあれば、私も安心して降霊召喚の練習が出来そうだし、上手くいったら、道端で出くわす霊体を霊界に送り届けることが出来そうです。これで安心して外出できると思うと、少し心にゆとりが出てきました。
もう、こんなこと考えてたから眠れなくなっちゃった。二度寝は無理そうだから、シャワーでも浴びてこようっと。と、その前に、玲の寝顔をスマホで写真に撮って、そのうちなんかに使おうっと。多分厄除けかな。




