デコピン最強男が異世界に行く
吾輩の名は指我 剛。デコピンを極めし漢だ。吾輩は今、デコピンの強さを競う世界大会で優勝をおさめたのだ。最強という称号を手にしたから、これからは最強と名乗っても、誰も口出しできんわい。
剛はチャンピオンの称号を手にし、とても満足していた。しかしチャンピオンをとった日の帰り道。彼はまだ何が起こるか知らない。
吾輩は徒歩で帰る。世界大会が行われた会場と家が近いからだ。吾輩は大通りの横断歩道を渡った時、居眠り運転をした車が、赤信号で突っ込んできた。吾輩はそこから記憶がない。
そう。悲劇とは、チャンピオンをとった日にすぐ死んでしまったのだ。せっかく手にした称号を誰にも自慢できずにこの世を去ってしまったのだ。
〜天界〜
「やあ剛くん」
「なぜ吾輩の名前を知っておる」
「私は神だからだ」
「おお、お前が神か。吾輩が死んだ理由を教えてくれ」
「大変言いづらいんだが、お主は車に轢かれたt...」
「そうだったのか。最強の吾輩が死ぬくらいだ。さぞスピードが出ていたのであろう」
「大変言いにくいんだが、車のスピードは15キロだ」
「じゅ、15キロ?この吾輩が15キロに負けたのか?自転車に轢かれたみたいなもんだろ。骨折くらいで済むんじゃ無いのか?あたりどころが悪かったとかか?」
「それが、そもそも当たってない。本当の死んだ理由は指鍛えすぎで他の筋肉が衰え、当たりそうになった時に全身に力を入れたら全ての筋肉が肉離れしたんだ。それで死んだんだ。皮肉なことに指の筋肉は肉離れしてなかったそうだ」
「指の鍛え過ぎが原因で死んだのか?そんな馬鹿げた話があるか?最強の男だぞ?」
「そんな馬鹿げた話が、今起こったの。天界から見てたけどまさか死ぬとは思わんかったよ。まあ異世界飛ばしてやるから、最強を楽しんで来い」
「わかった。最強が味わえればそれでいい」
こうして剛は転生したのであった。
全身の肉離れで死んでしまった剛は、転生して早速雑魚敵と出会った。
「お前が敵か」
「いえ゛あああ゛」
「何言ってんだ?しっかり喋れや!」
そう言って放ったデコピンは、軽く地球をえぐった。
剛は力加減がわからない。
あまりにも剛が最強すぎるため、他のモンスターが怖気付いて、剛のことを襲えない事件が発生。本来の勇者なら1年以上攻略に時間がかかる猛獣道と言う魔王の城まで行ける道を、剛は5分で突破した。そしていつの間にか剛の前に魔王の城が現れた。
「これが魔王の城か。どっちが最強か知らしめてやる」
剛はそう意気込んで城門を破壊した。
「え、え、え?ちょっとちょっと、何やってるの?私の城破壊しないでよ」
中にいたのは仮面を被った魔王が現れた。
「お前が魔王か」
「ねぇ攻略が早すぎるよ。もっと時間かかるはずだから、余裕持って準備できると思ったのに。まだ、装備とか発注したばっかだから無理だって。ネットで買ったから、ちょっと時間かかるよ」
魔王が不憫に思えてきた。
「では待ってやろう。装備が届いたら吾輩を呼べ」
「あ、ありがとうございます」
もはやどっちが魔王かわからない。
剛は寄り道が嫌いだ。しかし魔王を待たなければならない。だから必然的に寄り道するしか無いのだ。
「寄り道は好かんが、近くの村に行くしか無いか」
剛が突破した猛獣道には各区画に村がある。
剛が向かった村は、魔王城の少し離れたところにある最後の村。その村では装備の最終確認だったら、最終セーブポイントだったら、勇者にしては割と重要な役割を持つ村である。
「ここが最後の村か」
剛は村に着いたが、村人が1人もいなかった。
「おい!誰かおらんか!」
剛が叫ぶと奥の方から、おじいちゃんが走ってきた。
「こ、この村にどう言った要が?」
「まずは名を名乗れ。吾輩の名は剛だ。勇者である」
「す、すいません失礼しました。私の名前はプチョです。この村の村長です」
「おお。ここの村長だったか。なんか暇を潰せるものはないか?」
「飯屋くらいでしょうか」
「飯屋か。ちょうど腹が減ってたんだ。ちょっと案内してくれないか?」
「もちろん。案内しますよ」
そう言って村長はビクビクしながら剛を案内した。村長のビビり具合に、剛は不快になった。世界を救う勇者なのに、モンスターみたいな扱いでは無いかと思ったからだ。
「こ、ここでございます」
「おお、ここか。いいとこじゃねぇか」
剛は村長の肩をポンポンと叩いた。
「い、痛いです」
「ああ、すまん」
剛は力加減がわからない。
剛は腹を空かせていたので、村長に礼を言って村唯一のラーメン屋『ガツガツ亭』の中へ入った。
中にはコッテリ味噌ラーメンよりも濃い顔の店主がいた。
「へい、らっしゃい。おぉ!でかいなぁ」
「よお、店主のおっちゃん。吾輩は剛。勇者だ」
「ああ、よろしくな剛。俺はヘンザだ」
「早速ここの店のラーメン一杯くれよ」
「わかった!とびきりうまいやつ、作ってやるよ」
店主の気さくな態度に剛は大変嬉しくなった。
少しして剛の前に出てきたのは、あっさり系醤油ラーメンであった。剛は心の中で
「え、そんな顔濃いのに?見かけによらず優しい味のラーメンを作るんだな」
と思った。
しかしラーメンの味はまさに至高であり、顔の濃さ関係なくあっさり醤油ラーメンの腕を極限まで極めた味がした。そんじょそこらのやつが真似できない、気さくな店主による至高の醤油ラーメンだ。
「ヘンザ!ここのラーメンは美味いな!魔王討伐したら、またここへ戻ってくるからな!」
「おお、待っているぞ。あ、剛、お前魔王の倒し方知ってるか?」
「そんなのぶん殴りゃいい話だろ」
「力技じゃなんともならんぞ。あの魔王は鎧でくるまれている」
「ああ、あのネットで注文してるやつか」
「それは知らんが、あの鎧はだいぶ硬い。一発で砕けるなら大したもんだよ」
「へぇ。よく知ってるな」
「まぁな」
そんな話をしているうちに、剛は至高の醤油ラーメンを平らげた。
「ヘンザ!会計頼む!」
「おうよ!2500モノソだ」
ちなみに1モヨソ0.5円だ。
剛は内心高くねぇかと思ったが、店主の人柄とラーメンの旨さを考えればそんなもんかと思い、きっちりと支払った。
「またよろしくな!」
「おう!」
剛は腹も心も満たされながら店を出た。
村をふらふらと練り歩いていると、空からいかにも悪魔みたいなやつが降りてきた。
「剛!魔王の準備ができた!いますが魔王城にくるがいい」
「いよいよか」
悪魔はそれを伝えると、そそくさと魔王城へ戻って行った。
魔王城に行くと、門がベニヤ板で直されていた。
剛はお構いなく破壊し、中へ入った。
「きたか。勇者剛」
「準備できたのか。もう戦っていいか?」
「ああ、いつでも来い!」
剛は世界大会の時よりも力を込めて、魔王の鎧にデコピンをお見舞いした。
しかし魔王の鎧は硬かったのか、一瞬で砕け散ることはなかった。
「だから言っただろう!鎧は硬いんだよ!」
魔王はそう言って右足を踏み出した。その瞬間ポロポロと歯が抜けるように鎧が砕けた。
「な、なにぃ!?」
「案外砕けるもんだな。しかし地球を軽くえぐるデコピンをよく耐えたもんだな」
「なんでそんな上から目線でしゃべってんだ。おかしいだろ!デコピンで砕けるようなものじゃ無いぞ!?」
「吾輩はワールドチャンピオンだ。そう舐めない方がいいぞ?」
「ワールドチャンピオンでも、おかしいだろ!なんの基準でワールドチャンピオンかわからんが、こんなんでデコピンしたらおでこの骨砕け散るぞ!」
「だからだよ。こちとらお前の骨を砕くつもりなんだよ」
「こええよ!」
「いくぞ!」
すると剛は魔王めがけて一直線に走り出した。
「そんな図体で、そんなすばしっこいのか!?」
魔王は剛の引くほどのスピードにびっくりした。ステータスは某虫のGのようだ。
「負けてられん!魔王カード!デコピン禁止特別ルール発動!さらに魔王カード!鉄壁」
魔王は剛のデコピンを封じ、さらに自分の周りを壁で囲って守りを固めた。
「壁とか邪魔クセェんだよ!」
剛は壁に乱撃パンチをお見舞い。もちろん簡単に破壊した。
「デコピン以外も強いんかい!」
「こんなカードいらない!」
さらに魔王カードもぶち壊した。
「それ壊しちゃいけないんだよ!ルールまでぶち壊しにきてるやん!」
「さあお面を外せ!身包み剥がしてやる!」
剛は渾身の一発を魔王のおでこにぶち当てた。
「うわぁ!」
魔王の断末魔が魔王城に轟いた。さらに白い強い光を放った。
「まさか、爆発か!?」
案の定、仮面が爆発した。
煙が魔王城に立ち込める。
そばでずっと見ていた村長プチョと、一緒に見ていた剛を呼びにきた悪魔は2人が心配になった。なぜ村長プチョと悪魔が一緒に見ていたのかはよくわからない。
「もうこれはどちらも死んだだろう」
と村長はつぶやいた。
すると悪魔が言った。
「おい煙の中に人影が見えるぞ!?」
「は?そんなわけないだろ...ってええ!?」
煙から剛が魔王の首根っこを掴んで出てきた。
「剛!お前生きとったんか」
プチョは剛に言った。
「魔王が気絶しちまった」
「そんなやつほっときゃいいだろ。悪魔だぞ。悪いやっだぞ」
「いや、違う。魔王の正体はガツガツ亭の店主、ヘンザだった」
なんと仮面が爆発して、明らかになった顔は店主の顔とおんなじ顔をしていた。
「おい!起きろ!ヘンザ!」
剛は必死に呼びかけた。
「あれ?なんでこんなとこに...。剛じゃねぇか...」
ヘンザは目を覚ました。
「覚えてねぇのか?」
「ああ、何も覚えて...。いや思い出した!俺魔王やってたんだ」
「何しとんだ!なんで魔王なんかやっとるんだ!」
ずっと黙っていた村長プチョは声を荒げてヘンザを問いただした。
するとヘンザは魔王になった経緯を話し始めた。
「おれ。元々は魔王の家系で生まれたんだ。俺たち魔王一族は邪悪な心で満ちている生き物だ。俺の家族、母、父、兄2人ももちろん邪悪な心で満ちていた。しかし俺にはその心がなかった。兄弟たちは立派な魔王になった。俺はなれなかった。どうしても可哀想と言う感情で満たされてしまい、俺に魔王は向いていないと思った。そんな中家族が俺と絶縁したんだ。俺は家族が大好きだったんだ。でも、俺は家族と一緒にいることも許されなかったんだ。俺は魔王城から猛獣道を歩いていたら、獣に襲われた。俺はもうここで死ぬんだと確信した。そんな時村長プチョに助けてもらったんだ。村長にちゃんと衣食住を提供してもらったんだ。まだその時の俺は幼く小さかったからな。だんだん大人になるにつれて、大好きだった元家族にイラつくようになった。そこから俺は家族に復讐を決意したんだ。しかしそんな夢は叶わず、俺はこのラーメン屋を始めた。数年たったある日、この店に勇者が来た。勇者は最後の晩餐だとか言って俺の作った飯をうまそうに食った。俺は魔王を倒すんじゃなくて、ラーメンを極めようと思った。そこからまた数日がたった日、勇者がまたこの店にやってきた。なんと魔王討伐を成功させたと話したんだ。俺はそれを聞いた瞬間家族のことが心配になった。俺は魔王城へ走った。なんとか生きてるうちに、家族にもう一度会いたかった。その時苛立ちは悲しみに変わっていたと思う。俺が魔王城についた時、まだみんな息をしているのが見えた。俺は家族のところに駆け寄った。するとみんな俺とは目を合わせてくれなかったが、母だけは話してくれた。母は痛む傷を抑えながら苦しそうに言った。
『あの時、急に縁なんか切ってごめん。私はあなたのピュアな心を見て、普通の生活をして欲しいと思ったの。あなたには魔王なんかじゃなくて、人を救うことをして欲しいと思ったの。だから私たちと縁を切れば、幸せになれると思ったの』
俺の目からは涙が溢れていた。そして俺は声を荒げてみんなにこう言った。
『俺は!縁を切られたことが、この人生で1番苦しかった!まだ魔王やってた方が良かったよ!俺はみんなに先に逝かれてほしくないんだよ!死ぬなら、一緒が良かった...。』
親は今まで思ってたことを全て口に出した。
みんなの目からは涙が溢れていた。俺はそれから死んだ家族のために、魔王してたんだ」
剛は泣いていた。村長も悪魔も泣いていた。
「吾輩はお前の行動は間違っていたとは思わない。実際お前は我輩のことを一度も攻撃してこなかった。お前の心は慈愛で満ちている。だから魔王なんかやめてしまえ。その方が家族も喜ぶだろ。お前にはあのラーメンがあるじゃ無いか。それで人の心を癒すんだ」
剛の言葉に強く心を打たれたのかヘンザも泣いていた。実際ヘンザは魔王攻撃カードを一度も使ったことがなかった。
ヘンザを最後に魔王一族は終わりを告げた。そして世界に平和が訪れた。剛は魔王を倒した英雄として民崇められた。しかし剛は
「魔王なんか倒していない。なぜなら魔王城に魔王はいなかった」
と民に告げたのであった。




