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1. 落窪の少女

現存する最古の継子いじめ譚、落窪物語。これを読むといつも思う。もし安土桃山時代(いま)に落窪の君が存在するのなら、と。




「ちょっと!私の部屋掃除しといてって言ったでしょ!ボケっとしてんじゃないわよ」


耳を刺すような罵声と共に、突然頭から湯呑みの茶をばしゃっとかけられた。


「……申し訳ごさいません、お義姉様。」


髪から滴る水滴もそのままに、俯いて答える。


「私、今から出掛けるから。帰ってくるまでには済ませておきなさいよ。次同じようなことがあったら、母様に言ってあんたのご飯抜きにしてもらうから。」


ふんと鼻を鳴らして、義姉は去っていく。その背中を見送りながら、小さくため息をついた。


(あーあ、ここ、誰が片すんだよ)


だいたい、五分前に掃除しろと言われて既に完了している方がおかしいだろう。それにご飯といったって、どうせ干し飯しか出されないのだから、常にあってないようなものだというのに。




安土桃山時代(いま)に落窪の君が存在するのなら、それは自分かもしれない。いや、ひょっとすると、“あこぎ”という頼れる侍女がいて、貴公子が救いの手を差しのべてくれる彼女の方が、まだよっぽど恵まれているのやもしれぬ。現実はそう甘くはないのだ。自分には、信頼できる人物もいなければ、救いの手を差しのべてくれる人物もいない。



父は現帝である栄泉(えいぜい)帝、母はなんてことはない町屋の娘。そんな二人の間に生まれたのが自分である。帝が昔、身をやつして市井に視察に行った際、母に一目に惚れてしまったそうだ。その恋は、傍から見れば身分を超えた運命の恋愛譚(ラブストーリー)、浪漫溢れる憧れの的なのかもしれないが、宮の関係者はそうは思わなかった。帝は我が国において最も高貴で最も神聖な御方、当然である。だから、半分平民の血が混じった自分が、皇族の血の穢れだとしてやっかまれるのも無理は無かった。よってこの国において、自分という存在が世間に知られることは、おそらく今後一切ない。全て無かったことなのだ。両親の恋愛も、その子供のことも。


(情報操作も良い所だよな)


先程義姉が茶を零したところを手ぬぐいで拭きながら、またひとつため息をつく。ここが終わったらすぐ、彼女の部屋の掃除に行かなければ。



母との一件で問題児認定された父は、先帝の決めた然るべき身分の女性と結婚させられた。それが現在の自分の継母であり、先程の義姉も彼女の子供のうちの一人だ。



彼らに自分の身の上を話すつもりはさらさら無かったが、知られないというのも難しいものだ。世間にはひた隠しにされているとはいえ、宮中という籠の中では自分はそこそこの有名人である。勿論、悪い意味で。


(穢れ、穢れと言われすぎて、もはや何も感じなくなってしまったな)


悪口、無視は当たり前、水を被るだけで済んだらかわいいものだ。顔面を地面に擦り付けられて、一週間しても顔の痣が治らなかったこともある。


「継母さんがやってきたのが三年前、いびりが本格化したのがその半年後。そろそろ我慢の限界なんだよな」


むしろ、ここまでよく耐えたと褒めて貰いたいくらいだ、などとぶつくさ呟きながら、義姉の部屋の掃除を始める。



「……いっその事出るか?ここ」


待っていても誰も助けてくれないのは、この二年半でよく分かった。ならば自力で出るまでである。誰にも聞かれない声で、その小娘はイヒヒと笑う。落窪の君のようにしおらしくしていられるほど、彼女の根性はヤワではなかった。

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