【2】
「北条さん、イジメってそんな大袈裟な。単に友達同士のふざけ合いでしょう。たまたま徹くんがちょっと怪我をしてしまっただけで」
教室で三人揃って始まった話し合い。
お母さんが事情を話し終えた後の、担任の今野の最初の台詞がそんなふざけたものだった。
「『ちょっと』って、病院で二針縫ったんですよ!? 傷害じゃないですか! 他にも証拠がいろいろあるんです。ノートや教科書に酷いことを書いたり──」
「お母さん。小学生の男の子なんてそんなものですよ。神経質になり過ぎない方が、徹くんのためにもいいんじゃないですか?」
顔色を変えて食って掛かるお母さんに、今野は面倒そうに返して来た。
言った通りだろ?
今野は自分だけが大事などうしようもない無能なんだ。
この程度の人間にも務まる仕事なんだね、「教師」って。
結局、「話し合い」は何の中身もないままに終わった。
「徹。もう学校には来なくていいから。あなたの命より大事なものなんて、この世にひとつもないのよ」
校門を出る直前のお母さんの言葉に、ありがたいと同時に申し訳ないって感じるんだ。
「学校には来るよ。僕はこんなの全然平気だから。心配しないで、お母さん」
「……でも、どうしても『無理』になったら正直に教えて。それだけ約束してくれるなら、徹の自由にすればいいわ」
僕はお母さんに迷惑ばっかり掛けてるね。
口に出したら「何言ってるの!」って叱られるのが目に見えてるから、心の中だけで思う。
──だから僕は、自分でかたをつけるよ。お母さんをこれ以上悩ませないで済むように。
◇ ◇ ◇
「よう、北条。相変わらずすかしてんなあ」
翌朝、教室に入った僕に雨宮が絡んで来た。
これは予想通り。
だから僕も予定通りの行動を取る。教室に入る前から準備してたからね。
「花。僕はもう我慢しないことにしたんだ」
いきなり喉元に突き付けたカッターナイフのスライダーに親指を掛けて、笑いながら告げる。
普段なら『花』って呼ばれたら真っ赤になって怒るのに、固まってどうしたの?
刃は出してないよ。脅しだから。
そして本気でもなかった。今は、ね。
こんな目立つところでやったら、それこそお母さんを困らせてしまう。
おそらく、笑顔の僕に「普通」じゃないものを感じたんだろう。
いつもの偉そうな態度はどこへ、ってくらい狼狽えて、周囲に助けを求めるように目を泳がせるけど、誰も声一つ掛けない。
僕がクラスメイトにさっと巡らせた視線は、ことごとく逸らされた。
「お友達」にも見捨てられたの?
あんなに結束して見えたのにね。お前たち、その程度の仲だったんだ。
期待した味方も得られない雨宮に畳み掛ける。
「ここで僕がお前を殺しても、十一歳だから死刑になるわけでもないしね。どっか施設に入ることにはなるんだろうけど、ただそれだけ。殺され損、ってやつだ」
「あ、あ……。もうお前にはなにもしない! だから──」
怯えて震える声で『命乞い』はするくせに、ひとことも謝りはしないんだな。
もし殺すなら誰も見ていない、「僕じゃない」ってきちんと通じる場面を選ぶよ。
もちろんカッターなんて使わない。
僕はお前みたいな単細胞とは違うんだ。
まあ『花』なんて付けるような親なら、「やったあと」のことなんて何も気にする必要ないよね。
僕のお母さんとは違ってさ。そこは同情しなくもないよ。
──さあ、次は。