2話.なんだ、重症か
黒猫となって早数週間。相談者はそんなに多くもないだろう、と高をくくっていたが、現実はそう甘くはない。ここは色々なヒトが利用する「みんなの憩いの場」らしく、そこそこ多い数がやって来る。
黒猫に願い事を、というのはかなり世間に浸透していて、多くのヒトが願い事をしたり、私に話をしたりする。
ノーリスクで手軽にできる、という意味で人気らしい。
要するに、願い事や愚痴の掃きだめだ。もちろん、本気で願うヒトもいれば、あくまでもおふざけ程度で願ったりするやつもいる。
だが、前者が多く、内容も重い。
お陰で情報量が限界突破している。夢の中でもヒトに相談された。職業病というやつだろうか。
でも、もちろん良い事だってある。
この目を褒められたときは嬉しかった。
オッドアイってめっちゃかっこいいな。と、この体になって改めて感じる。
未だに推しである主人公の「ファレノ・ロディーテ」には会えていないが。
あの子の純粋な願い事を生で聞いて浄化されたい…
「あれ、黒猫?」
後ろから聞こえてきた、中性的な声。すごく聞き覚えのある声のような気がする。
また願い事か、と思って振り向くと、目が合った。
見覚えしかない。
「ここには黒猫がいたのか…初めまして、だな。」
そう言って彼女ははにかむ。
ボーイッシュな顔立ちに、短く切りそろえられた青い髪。口調も女性らしいわけではない。
一目見ただけだと、男だと勘違いするヒトもいるかもしれない。
彼女は主人公のライバルである、「アルルス・ティカウルム」
攻略対象である「ロイン・ティカウルム」の義妹であり、彼に兄妹以上の感情を抱いている。
母親がロインの父親の愛人であり、妾の子というレッテルを貼られたアルルス。
肩身の狭い思いをしていたが、ロインは常にアルルスに優しく接していた。
彼の大量に出てくるイケメンエピソードには、「これは堕ちる」と確信した覚えがある。
義妹まで堕とすとは。恐ろしい男だ。
それはさておき、アルルスの話を聞こう。キャラクターの声を生で聞けるというのは、ファンとしてはなかなか貴重な体験だ。
「ふふ、かわいいな」
そう言って顎を撫でる。
アルルスが動物好きという描写はされていなかったが、どことなく扱いに手慣れている感じがした。
「そういえば黒猫は…そうだった、な。君、少し私の話を聞いてくれないか」
早速だ。彼女の願いはなんだろう。
作中で描かれる、主人公とロインの関係が進展したときくらいの苦しそうな顔だが、ロインルートに進んでいるのだろうか。
でも、少し彼女の顔が幼い気もする。
原作開始時に16歳だったはずだから…14歳くらいだろうか。
アルルスは私の体を撫でながら話し始めた。
「少し前、茶会に参加したんだ。そのような場では、妾の子だとか言われるから、
あまり乗り気ではなかったんだがな。案の定、その通りで。
ティカウルム家よりずっと階級が低い癖に、義兄にはいい顔ばかりしている癖に…私にはあんな風に強く出られるものだから、本当に単純で気持ち悪いと思ったよ。」
まぁ所詮陰口だがな、と失笑を漏らすアルルスは、苦々しい笑顔を浮かべる。
「居心地が悪くて、少しばかり抜け出して外を散策していたんだ。
そうしたら、庭で女の子が泣いていた。押し殺した泣き声だった。
周りによく気を配っていなかったらわからなかったくらいだ。…なんだか気になって話しかけたんだよ。」
女の子の話か。そんな話は作中に出てこなかったのだが。
でも、あんな顔で黒猫に話すくらいならよほど心に残る出来事のはず…
「『大切な人が見つからない』と、彼女…アケーシャは言っていた。
もう生きる意味なんてない、と。自分の生きる唯一の理由だと思うほどに愛していた人らしい。アケーシャは私と同じ…前世がある、転生者なんだ。前世ではその人と心中した、と…「来世では二人で幸せになろう」と誓い合ったそうだ。
でも、探しても待っても…いつまでたっても相手は現れない。そのうち、彼女は希望を抱くことすらも怖くなってしまった。
茶会に来れば相手は見つかるかもしれない、と淡い希望を抱いても、現れてくれなかったんだ。」
重い。とても。けれど、アケーシャは何歳なのだろう。
若いならまだ希望はあると思う。
いや、令嬢なら早くしないと婚約者も決められてしまうか。
希望はないのか。
…は?待て。あまりにも自然に言われたから一瞬気づかなかったのだが。
アルルスもアケーシャも転生者?
私一人じゃなかったのか…
人語を話せれば意思疎通ができるのだろうが、生憎私はにゃーにゃーと鳴くことしかできない。
人になりたかった…
「どうせなら、同じ境遇なら、力になってやりたい。なんて考えで、とんでもない約束をしてしまったんだよ。
『私もその人を探す。見つからなかったら責任を取って、私も君と死ぬ。』
…なんて、下手をしたら彼女の人生を大きく変えてしまう約束をな。」
重たい…
所詮猫だからなにも理解できてないと思われてるんだろうな…
だからこれを吐き出してるんだろうな…
中身はヒトなんだ
申し訳ない。
ところで、その約束を受け入れるアケーシャもなかなかだと思うのだが。
追い詰められすぎてしまったのだろうか。
「とても後悔しているよ。アケーシャの人生を奪ってしまうかもしれないのに、
軽率に発言して。そんなことだから、義兄にも避けられてしまうのだろう。」
なんだと?
ロインに避けられてしまう…?
このアルルス、原作クラッシャーにも程がある。
あの天然女たらしが避けるようなことって…
何をしたんだ?この子、随分「良い子そう」に見えるのだが。
「アケーシャは何度も私に、『それでいいのか』と確認した。
彼女は優しいからな。私の人生を懸けることに罪悪感があったのだろう。
だが、私は…私は、な…」
そこでアルルスは口を噤み、唇を噛みしめた。
私を撫でる手も止まっている。
「……………」
「…にゃあ?」
「………心配、してくれてるのか?ふふ、君は優しいんだな。前世でも猫は飼っていたんだが、これでは浮気だと拗ねられてしまうだろうか?」
私が鳴くと、アルルスは頬を緩める。
だが、私のことを見ているようには感じられなかった。
「私は……な。とても、とても嬉しかったんだ。この世界で、自分と同じような人間を見つけて。寂しいのは私一人じゃないって。
最低だろ?
彼女は大切な人と誓い合っていたのに。
ずっと…ずっと探しているのに。
アケーシャは…絶望しているのに……私は…っ、」
彼女の声が震える。
「見つからなければいいなんて、思った…!
ずっと…一人でいて欲しいって!!私を一人にしないでくれって!!!
ひとりぼっちは、嫌だっ、て!!!
だから…だからあんな、約束…!!!!
二人で死のうなん、て…!!!約束、して…っ!!
ごめ、ん…!!ごめんな……!!!ごめんな、さい…!!!!」
ごめんなさい、と嗚咽を漏らしたアルルスは、その場でうずくまる。
私はそれを、見ていることしかできなかった。
彼女の涙が青色の花びらにこぼれ落ちていくのを、ただただ見つめていた。