1話.オッドアイってめっちゃかっこいいな。
吾輩は猫である。前世の記憶がある、黒猫である。
もう猫であることは受け入れた。
少し、吾輩の前世の話をさせて欲しい。
前世は猫ではなく、ヒトであったことを明言しておこう。所詮オタクというものではあったが、充実した日々を送っていたことは間違いないだろう。漫画やアニメ、ゲームに没頭し、夜が明けるのをカーテン越しに覗いたことが記憶に新しい。
さて、そんな吾輩だが、二回の徹夜に耐えた体を引きずり出勤した結果、死んだ。降り注いできた鉄骨に、直前まで気がつかなかった。我ながら阿呆だと思う。その後は深い、深い眠りに就いていたのだが。
目を覚ましたのだ。前世の「私」の記憶を残したまま。これが転生というものか、と感動したのを覚えている。だが、すぐに違和感に気づく。
手を、地面に着いている。
立ち上がろうとした。だが、立てなかった。体が異様に軽い。ふわふわとした何かが腕を覆っている。
ふと、未だ少し湿っている地面に水溜まりを見つけた。
意を決し、覗き込むと、そこには
黒猫がいた。
緑がかった、黒い毛並。
綺麗な黄色と青緑のオッドアイ。
「…にゃぁお…?」
私は、猫になっていた。
私は困惑した。なぜ、猫になっているのか。…なぜ、こんなにも見覚えのある場所に居るのか。
見覚えのある場所、とだけ聞くと「どこに違和感があるのか」と思うかもしれない。見覚えのある場所に居るという事は、自分の知っている範囲の場所に居るという事だから、寧ろ安心できるというヒトの方が多いはずだ。
だが、そうじゃない。見覚えがあると言っても、現実世界で、というわけではなく、ゲームの世界で見た、という意味合いなのだ。
前世でプレイした乙女ゲームの作中に出てくる、登場人物たちの憩いの場。スチルでもかなりの高頻度で描かれるそこは、この場所と酷似している。いや、酷似どころの話じゃない。ベンチや花壇も、花壇に咲く花も全く同じもの。コピーのようだ。
私は悟った―これは、ただの転生ではない。異世界転生であると。
だが、異世界転生といっても、私はかなり楽な立ち位置に居ることに気が付いた。
ヒロインでも攻略対象でも悪役令嬢でもない。ただ、この世界の特性により少々目立つというだけ。
この世界では、とある伝承がある。その内容は「黒猫に向かって願い事を呟くと叶う」というもの。ゲーム内でも、何度か黒猫に願ったりする描写があった。
別に 「信仰」 というほどでもなく、神社の絵馬に書く程度の重さだ。
その程度なら大丈夫だろう。変な策略に巻き込まれるお貴族様になるより、猫の方がよっぽど良い。
美猫ハーレムでも築こうか、と楽観的にものを考えていた。
そんな私が馬鹿だった。
内容が重い。猫一匹が背負うには重すぎるものばかりなのだ。
あるときは、浮気性な婚約者や、そのことを報告しても我慢を強いる家族の不幸を願うもの。あるときは、父親に無理やり押し付けられた交友関係の不満。
願い事の時もあれば、ただの愚痴の時もある。どちらにせよ、平和なものが少なすぎる。
逃げればいいのかもしれないが、逃げたらひどい目にあった、という猫仲間の話も聞いた。なんとも罰当たりな話ではあるが、そんなことをする馬鹿もいるので安易に逃げることもできない。
このままではメンタルが終わってしまうのではないか。
もしかして、猫生詰んだかもしれない。と、願い事を聴きながら私は考えた。