8 ステップ3 禁断のデート計画
「毎度アザッしたー! またおこしくださいやせー」
いつものように親父の間延びした声がお好み焼き屋たる我が家に響き渡った。
サラリーマンの二人組が扉を閉めて、おれたちはふぅと息をついた。あれが最後の客だった。おれとちあきはつかれたー、とばかりに座敷席にへたり込んだ。この畳そろそろ交換した方がいいんじゃないかとも思うが、これはこれで風情があっていいというお客様もいたりでけっきょく交換しないでいる。まぁこんな話はどうでもいいか。
おれはちあきに向かって聞いた。
「そーいやさっき土屋さんと話してたときに聞き捨てならないことを聞いたんだが、お前と土屋さんっていとこ同士だったんだな」
「そうだよー。そっかー。かなみんのことあんまり知らなかったんだねー春斗くん! 私のいとこでもあって、お母さんにとっては姪っ子に当たるんだよ!」
そうだったのか……。血は繋がってるとは言え顔は似てない。できれば似ていて欲しかったが、ちあきはちあきで可愛いし、かなみんはかなみんで可愛いよ! マジ天使! マイラブリーエンジェルかなみたん!
「うわぁ。春斗くんさすがにその顔はドン引きだよ……! もうちょっと理性というものを持とうよ」
「持っている。しかしまぁあれだな。見えないところで人間関係って色々繋がってるもんなんだな」
「そーだねー。縁って不思議だよね! 私と春斗くんが出会ったのもなにかの縁だよね!」
「おう! だな! ところでお前、今日コップ何個割ったんだ?」
「し、知らないよそんなの! 私コップなんか割ってないよ! 本当だよ! 嘘じゃないモン! 本当だからね! 本当にコップ割ってないんだもん……」
「お前はめいちゃんか! そしてお前のは嘘だな! 少なくともめいちゃんは嘘をついていなかったけど、お前は違うな! おれ割ってるの見たし、何なら割られたコップ処理したのおれだからな!」
「え、えへへ~、そうだっけ!?」
「そうなんだよ! まったく世話の焼ける奴だな。今度からは気を付けろよ!」
「はーい! なんか春斗くんバイトリーダーみたいだね! きっちりした大学生みたいですごくかっこいいよ!」
「うぐ……」
「んー? どうしたの春斗くん? 急に落ち込んじゃって? もしかしてお腹空いたとか!?」
「ちげーよ」
単にバイトリーダーみたいだねと言われてちょっとショックを受けてしまっただけである。おれはあまり仕事のできる方じゃない。ちあきはちあきでドジだが、こいつは接客という面で見れば神がかっている。対しておれはどうだ。……あんま役に立ってねぇな。
「春斗くんアイス食べようよ! 冷凍庫にいっぱい入ってるのみたよ!」
「ばか! それは売り物だ! 食べちゃダメな奴!」
「えー、ねぇパパー、春斗くんがいじわるするよー! 私アイス食べたいよー!」
「そうかそうかちあきちゃんはアイスが食べたかったんだねー。よしよし、じゃあパパが許可しようねー」
「わーい! へへ、パパって優しいね!」
「すとーっぷ! 教育に悪い! いやたかだか中学生風情がなに教育語ってんだとか思われるかも知んねーけど、とにかく教育に悪い! あんたの娘非行に走ったらどうすんだ! 将来悪い男に引っかかったりでもしたらどうすんだよ!」
「なにを言うかこのばか息子が! わしは貴様をそんな息子に育てた覚えはないぞ! だいたいなんだ親に向かってその態度は!? 恥を知れ! それにだ、悪い男に引っかかる云々ではなく、現に今のちあきちゃんの恋人がお前だろうが! しっかり守ってやらにゃどうすんじゃいこのあほが! 恥を知れ恥を! できないなら腹を切れ!」
「くっ……! こんな大人になりたくない……! おれはとことんこんな大人にはなりたくないと思った瞬間だよこのクソ親父! もういいよ! わかったよ! あんたと話してもつかれるだけだ!」
「なんじゃとこのポンコツが! お前いっつもひっくり返すときにはみ出させるくせに、何だその口の利き方は!?」
「うがっ……! この親父痛いとこ尽きやがる! だ、だがなぁ親父ぃ! おれにだってプライドってモンがあんだぜ! みみっちいなって思われるかも知んねーけどよ、おれにだって男の意地があるってんだ!」
「なぁにぃが男の意地だこのふにゃチン野郎が!」
「るっせーよ! ショタコンで卒業した男に貞操観念云々言われる筋合いはねぇよ!」
「なんじゃとこのガキぃ! 言わせておけばぁ! オモテ出ろ! そこで決着つけてやろうじゃねぇか!」
「上等だこらぁ! やってやんぜこのクソ親父!」
「ちょっと二人ともやめてよ! またいつもの流れになってるよ! さすがにケンカはダメだよ春斗くんとパパ!」
「おう。そうだったねー。ちあきちゃんの言うとおりだねー。ごめんねパパが悪かったよ。この通りだ。すまんねうちのバカ息子がケンカし始めちゃったせいでー」
「へへ、そうだよ! わかればいいんだよわかれば! ふわぁ! 私仲裁したよ! ねぇねぇママ偉い?」
「えぇ偉いわ! あなたってなんて素敵な娘なんでしょうね! あ、そうそう、チュッパチャップスが余ってるのよ! よかったら食べるかしら?」
「うん! アイスと一緒に食べる!」
食いづらいだろ絶対……。
おれは一人ぽつんと取り残されたようにその会話を聞いていた。なんだろう、おれこのうち出て行った方がいいんじゃないか? モンペってこの世に存在するんだなぁと思った瞬間であり、親に対して不信感を抱き始めた決定的瞬間だった。うわぁ、こいつらまじかよう! おれ泣いちゃうよ!
誰か助けて!
「春斗くんお風呂沸いたよー! え!? 春斗くんなに読んでるの!? ま、まさか! 私には見せられない禁断の絵本!? うきゃー! わ、私おじゃまだよね! さよなら!」
「まてまてまて! べつに禁断の本じゃねぇよ! ただの推理小説だ!」
「推理小説! いいね! どんな感じの本なの!? 男の子向け!? それとも女の子向け!?」
「両方だ……。まぁこの作者は男性だから、どっちかと言えば男性向けだな。米澤穂信をしらんのかお前は」
「米澤さん! 知ってるよ! 天下の直木賞作家の方だよね! 面白いよね古典部シリーズ!」
「おう! お前わかってんじゃねぇか! やっぱ面白いよな!」
「うん! ところでお兄ちゃん、お風呂沸いたよ! へへ! お先どーぞ!」
おれは一瞬だけ肩を跳ね上がらせてしまう。今『お兄ちゃん』って言われた! こんなに可愛い子からお兄ちゃんって呼ばれたよ!
いかんいかん、おれはこいつの恋人なのだ。いくら偽物の恋とは言え、きっちり与えられたルールは守らねばならんよな。
「お前から先入れよ。おれはべつにあとでいいぞ」
「わ、私はあとがいーな! と、特に理由はないんだけどね」
「そ、そうかよ。んじゃこれ読み終わったら入るわ」
「ねぇねぇ春斗くん、ヒマなら人生ゲームしようよ人生ゲーム!」
「だからヒマじゃねぇっつてっんだろうが! おれ今米澤先生の著書読んでんだよ!」
「人生ゲーム、やりたいな……」
「うぐ……。しょうがねぇな。一回きりだぞ」
折れてしまった。おれは意志が弱い男らしい。だが妹のわがままを叶えてやるのが兄貴ってもんじゃねぇか? そうだ、あの天下の高坂京介だって、妹のために奔走しているじゃないか。ならばおれだってここは妹のために一肌脱ぐべきだ。いや一肌どころじゃない、二肌も三肌も脱いでやろうじゃないか!
「春斗くん準備できたよ! ほらやろーよ! 早く早く!」
「準備早すぎない!?」
「春斗くんのために待ってるんだから! ねぇ早くやろー! あそうだ! どうせならお母さんとパパも呼んでやろーそしよー!」
義妹が立ち上がる。おれはとんでもないことに巻き込まれそうな予感がしてとっさに妹を引き留めようとしたが――遅かった。ちあきはドタドタと階段を降りていき「パパー、おかあさーん、人生について語り合おーーーー!」とかものすごい勢いで叫んでいた。せめて声量のコントロールくらいはして欲しいね。じゃないといつ近所迷惑で訴えられるかわかったもんじゃない。隣の山田さんから苦情が来ても知らねーぞ。……うちが山田でした。
「おう。準備万端で偉いねーちあきちゃん。ほうら、パパからお小遣いですよー。大事に使ってね!」
「うん! ありがとうパパ! わー、五千ドルだ! これで株券が買えるね!」
「まーすばらしいわ! 我が愛すべき娘の口から株の話が出てくるなんて! これで将来は有望ね! マンハッタンに豪邸建てて一緒に住みましょう! そうよ! 家族みんなで住みましょうそうしましょう! そうと決まれば明日の便を用意するわよ!」
おれはこの家族を止められないかも知れない……。
そうこうしているうちに人生ゲームが始まった。読者諸君におかれては、おれたちの人生ゲームの様相を見てみたいと思う方もいらっしゃるかも知れないが、あいにくとそんな描写をするつもりもないし余裕もない。その原因はおれの筆力にある。すまんなお前ら。おれたちがやったのはふつうの人生ゲームであって、詰まるところふつうのテーブルゲームに他ならないのである。これが平坂読先生とか渡航先生ならめちゃくちゃ面白く描写できるのであろうが、生憎ながらおれには彼らのような素晴らしい筆力が存在せず、まぁなにが言いたいかというと人生ゲームはふつうに始まってふつうに終わったと言うことだ。って言うか親父すげーな! あんた百万ドルも稼いだのかよ! うちでは月五十万しか稼げてないって言うのに!
まぁなんだ、楽しかったぜ。たまには家族で遊ぶってのもいいかもな。月見とかクリスマスとか、誕生日とか結婚記念日とか、家族でできる行事って言うのは実は何にも替えがきかなかったりするからな。
「ふふ! 素晴らしいわ健吾さん! 私あなたに一生ついて行くわ! えぇもう一生! 離さないわよ! マイダーリン!」
「ほほう! よいだろうマイハニー! そうだな、たまにはおれたち二人で温泉旅行にでも出かけようではないか! そうしてお風呂で(放送禁止用語)なことをして、一緒に(放送禁止用語)になるまで遊ぼうではないか!」
「子どもの前だぞあんたら! いい加減自重という言葉を覚えろ! 自分の自に重いと書いて自重って読むんだ! あんたらに今一番必要な言葉だよ! このバカップル!」
「なにを言うか小僧!」
「小僧!? あんた実の息子に向かって小僧って言ったな!」
「なにぃ? てめぇなんざ小僧で充分だ。それともガキとでも呼んで欲しいのか?」
「ンだとこの親父――ってこのやり取りも何回目だよ! 繰り返してる! ループしてる! シュタインズゲートの世界観! 違うから! ここはおれたちの世界だから!」
「まぁ、春斗くんったらツッコミが上手なのねぇ。将来はお笑い芸人にでもなれるわ! そうしたら春斗くんのお母さんとしてテレビに出られるのかしら。そうねぇ、私とびっきりきれいなお化粧してテレビに出るわ! そうして勢い余ってハリウッドデビューとかしちゃおうかしら!」
「できねぇよ! なめんな! あんたお笑い芸人なんだと思ってんだよ!」
「もうっ、春斗くんったら! 人の夢をそんなに簡単に否定しちゃダメよ! 春斗くんにだって夢があるんでしょう?」
「……う、……………………ないですよ」
「嘘だぞこいつ! おれは知っている。お前が将来アメリカの大統領になるって卒業文集に書いたのをなぁ!」
「だぁ! やめろ親父! やめてくれマジで! 頼むから本当にやめて!」
「えー! 春斗くん大統領になりたかったの! すごいね応援するよ! 私がもし春斗くんと結婚したら、大統領夫人になるってことだよね! それってすごい! 私お金持ちじゃん!」
「お前らが親子だって言うことはよくわかった! 夢見がちな性格ゥ! お前ら親子は夢見がちな性格なのな! よくわかった! 理解できた! アイキャンアンダースタンド!」
「それにしても春斗くんって、いかにも男子中学生ってカンジするわね!」
「なんでそう思うんですか?」
「だってほら! あんなところにエロ本が落ちてる!」
「わぁああああああ! やめて! ねぇあんたら本当に何なの!? おれの何なの!? い、いいじゃねぇかそれくらい! おれだって年頃の男なんだぞ!」
「むぅ。お前はこういうのが趣味なのか。おれの若い頃と嗜好がそっくりだ」
「捨てる! おれ今すぐに捨てる! いらない! あんたと同じ嗜好って何かやだ!」
「捨てちゃあいかんぞ。それにお前が欲しいというのなら、おれの部屋にある奴を貸してやってもいいぞ!」
「あんた自分の嫁さんの前でなに言ってんの!? おれがおかしいの!? ふつう嫁の前でエロ本隠し持ってたこと言わねぇから!」
「春斗くんは見た目に寄らないんだね……」
「一番ドン引いてる! ちあきどん引いてる……! ケドなんか安心してるおれがいる! 一番正常な反応! お前が一番狂ってると思ってたのに、お前が一番正常な反応! ごめんねなんか失望させちゃって! 全面的におれが悪いんだけど、悪いんだけどさ……、なんかこれおれだけのせいじゃない気もするんだよなぁ」
ちあきは目を細めておれを見てくる。そんな瞳で見つめられたっておれは石化しない。っていうか、女の子に睨みつけられただけで怯むようなタマじゃない。小学生時代のおれとは違うのだ! 『掃除さぼってんじゃねぇぞこのクソチビ!』とかいわれていたおれじゃない! もうおれは立派な中学生なのだ! 義務教育終盤に備えている、立派な男の子なのだ!
「大丈夫だよ春斗くん! 最近のラノベもたしかにエロ本じみてるもんね!」
「言うな! 言っちゃいけないこと! って言うか最近始まったことじゃない! 昔っから過激だ!」
「え~~~、でも最近のラノベって、けっこう当たり前のように一線越えてるよね。しかもなんかリアルだし」
「たしかに思うところはあるけど! おれもそういうラノベが増えてることに思うところはあるけど! ちょっとこういうの読むのやだなって思う自分いるけど!」
「だから春斗くんがどんな趣味を持っていようと、私は健全だと思うよ! そうだよ! この世に健全じゃないものなんて存在しないんだからね!」
「そうだよな! お前といると自己肯定感がものすごい上がるわ! すげーいい子! 我が妹ながら、我が彼女ながら言うけど、すげーいい子! 本当にマジ天使! 大天使ミカエル!」
「え、えへへ~~~、照れるよ春斗くん!」
「いや謙遜しなくていい! お前はどんな天使よりも美しい!」
「そ、そんな……! どんな天使よりも……!?」
「アァ自信持て! おれが保証する! お前は世界一の天使だ! おれの天使様だ!」
「て、天使! ふわぁあああ! 私天使なんだね! 嬉しい! 嬉しいよ春斗くん! 私春斗くんに一生ついて行くよ! 素晴らしき世界に栄光あれ!」
「栄光あれ!」
いぇい、とおれたちはハイタッチして、ようやく冷静になる。いやおれたち何やってんの?
そう気づいたときには時すでに遅く、親父たちがおれたちを微笑ましそうに見つめてきていた。お、おれら放置されてたってことかよ……。せめて声くらい掛けて欲しかったぜ。
「あー、こほん、お前らに言いたいことがある」
一段落つくと親父が言った。この親父がなにか言い出そうとしているときほど不穏なときはない。だってこいつの発言にろくなものはないモンな。
「お前らにはそろそろデートしてもらおうと思う。異論は認めん」
「認めろ。まだはえぇって。おれたちまだ恋人になったばっかだぞ?」
俺はすかさず答えた。ふぅ、予め覚悟を決めといたよかったぜ。じゃなきゃ今ごろビックリ仰天驚天動地な大騒ぎだった。おれは混乱しまくって「ええじゃないかええじゃないか」と踊り出し、ちあきに至ってはゴスペルソングを歌い出すハメになるところだった。いやちあきがゴスペルソング歌えるかどうかは知らねーけど。
「ごほん。お前なにを言うとるんじゃ? 恋人と言ったらふつうはデートだろうが」
「あっ、たしかにそうだな」
おれはうなずいてしまう。なにを血迷っているのだこのおれ! 恋人が初めてすることと言ったらデートじゃないか! おれはなに手順通りに恋愛しているのにそこにツッコミを入れているんだこのアホタレが! おれは自分を罵りたくてしょうがなくなっちまう。このばか! あほ! あんぽんたん! 山田春斗! おれってばなんてバカなのもう春斗くんおうち帰る! はっ、ここがおうちだったねうっかりしてたわ!
「デートだって! 春斗くんどこ行きたい!?」
「あー、そうだな。無難に映画とかでどうだ?」
おれは少ない知識を総動員して答えた。ラノベの王道展開と言えばやっぱり映画デートだ。そしてそこからのキスシーン。ん、世の中の恋愛はそんなにうまくいかないんじゃねぇのとラノベ作家たちにもの申したいところだが、もしかしたらその作者さんの実体験かも知れないので野暮なことを言うのはよそう。ほら、よけいなこと言うとさっきみたいにとんちんかんなこと言い出しかねないし? おれだってまともな人間を気取りたいのである。まぁまともな人間になりたいとか言ってる時点で、変わり者であることは否定できねーんだけどな。あっはっはっは!
「お前はさっきからなにを一人でぶつぶつ言ってるんだこのばか息子が。貴様もしやわしの話を聞いとらんとかそんなオチじゃなかろうな! あぁ!?」
「聞いてるよ! おれは今ちあきとのデートプランについて考えてたんだ! って言うかデートに行けばいいんだろ! なら行き先はおれたちが決める! だってこれはおれたちの問題なんだからな!」
「むぅ。たしかに一理あるな。よし! そいじゃお前ら二人で好きなところへ行け! この休日を利用して精一杯楽しんでこい! ただしラブホはダメだぞ! お前らにはまだ早い!」
「ったりめーだ! そんなラブコメみたいな展開にならねーよ! だいたい中学生入れねーーから! 高校生ならまだしも、おれたちじゃむりだろ!」
「いや………………うん、まぁよけいなことを言うのはよそうか。くろばさんの前だからな!」
「(行ったな! この親父中学生の頃ラブホ行ったんだな!)」
おれは勘付いてしまう。ついでに歯噛みもしてしまう。何だこの親父! どんだけ人生経験豊富なの! ちくしょう! おれだってもっとイケメンに生まれたかった! なんなんだこの親父! クソ! クソクソクソ! 思春期男子の豆腐メンタルをいたぶりやがって!
「まぁラブホテルのお話? 素敵ねぇ。でもあの辺あぶない人が多いから、行くときは気を付けるのよ」
「あんたも大概だ! 大概変だ! なにちっちゃい子に『車に気を付けるのよ』的な感じでそんなこと言っちゃってんの!? 保護者だよねぇ! あんた保護者だよねぇ!?」
「春斗くん……? ねぇねぇ春斗くん?」
「ん、なんだちあき。おれになにかようか?」
「ラブホってなに?」
「――お前は知らなくていい! 知らないで! お願いだから知らないで!」
こいつ……。あれでもおかしいな。ラブホってラブコメによく出てくるから知ってないとおかしくね? こいつけっこうラノベ読むタマだよな?
「お前、いやラブホってラブコメによく出てくるじゃん。知らなかったのかよ」
「あぁうん。ラブホテルっていう名称は知ってたんだけど、なにを目的にした場所なのかよくわからなくて! 無知でごめんね! 私こんな無知でごめんね!」
「それは美徳だ! お前の中の素晴らしき美徳だ! 知らなくていい! お願いだから知らないでいてくれ! こんな見た目幼稚園児な中学生が知ってていいことじゃないから!」
「そっかぁ……。うんわかったよ! 春斗くんが知らない方がいいって言うくらいなら、知らない方がいいね!」
「まぁダメよちあき! 知らないことはちゃんと知らなくちゃ! ラブホテルって言うのは男女が――」
おれは慌ててくろばさんの口をふさいだ。もごもごと掌でなにか動いているが、気にしなかった。子どもに聞かせちゃダメなことくらい分別つかねーのかよこの親!
「黙ってて下さい! あんた黙れ! もうしゃべんな!」
「ぐっ…………うぐうぐ! 男女が、、まぐ…………」
「だからしゃべんなって言ってんだろ!」
おれは全力で止めた。ちあきがあぶない。いや具体的になにがあぶないとか聞かれてもよくわからないんだけど、とにかくなにかがあぶない! おれはちあきの某かを守るために立ち上がった! 地球の平和は僕が守るよ!
「いいか! もうしゃべんなよ! くろばさん、今度よけいなこと言ったら、おれ全力でガムテープ使いますからね! わかったな!」
「もう、乱暴なんだから!」
「るっせぇ!」
のどいてぇ。何だこいつら。生徒会シリーズのキーくんってめちゃくちゃ突っ込み入れてるけど、彼の気持ちがよくわかった。変な登場人物のボケに付き合うのは体力めっちゃいるな。
「とにかくじゃ。お前らにはデートしてもらう。これは決定事項だ。デート自体が失敗しようが成功しようが、まぁこれもいい人生経験だろう。あとくれぐれも恋愛のステップは踏みはずさんようにな。おれが許さん! 貞操くらいちゃんと守れ!」
「うぐっ……! なんかこの人に言われる筋合いはねぇ気がするけど、わかったよ。とにかくデートだな。あぁ、ケドお金ねーんだけど」
「それはもちろん渡そう。親として当然だな。二人合わせて五千円。これなら足りるだろう」
五千円か……。案外くれるんだな。って言うか待てよ、このお金あえて使わずにあとで懐に収めるってのもアリなんじゃねぇか?
しかしそんな考えは大人な親父にはお見通しなようだった。
「春斗よ。お前が考えてることくらいおれにもわかる。どうせお金を取っておこうという腹じゃろ? そんなのは許さん! なので領収書はもらってくるように! 宛名はうちのお好み焼き屋にするように!」
「楽しくねぇ! そんなデート楽しくねぇよ! って言うかそんな展開どっかのラノベで聞いたことあるような気がする! なんだっけ!? タイトル思い出せねーけど、まいっか!」
「えへへ! 春斗くんと映画ってけっこう楽しみだね! どんな映画がいいかな! 私スプラッタ!」
「お前もどうかしてんだよ! やだよ! いやホラー映画見ると心臓のドキドキが増して恋愛感情がさらに高まるって言うのは聞いたことあるけど、スプラッタはなにも生まない! あれはただ壊れていくだけ!」
「え~~~、じゃあ春斗くんはなにがいいの? アニメ映画とか!?」
「あー、そぅだなぁ。でも今やってるアニメ映画なんてあったか?」
「あったよ! 劇場版『虐殺悪魔ラファエルちゃん』!」
「やってねぇよ! 聞いたことねぇよそんなアニメ! 似たようなのは知ってるけど、パチモン臭がすごい!」
「興行収入五百円!」
「それ一人だろ! 自主製作でももっと入ってくる!」
「制作費五億!」
「使いすぎ! 監督借金してるレベル! って言うかなんで作ったの!?」
「夢を追いかけてたら自分に才能がないことに気がついちゃったパターン」
「残酷! それあまりにも残酷な奴! 夢持つことはいいことだと思うけど、お金の使い方には気を付けようね! もうちょっと制作費抑えればよかったじゃん!」
「でも私は感動したよ!」
「お前かァ! 見たのお前じゃねぇか! なんで見に行ったし!」
「面白かったよ!」
「じゃあなぜ一人しか入らねーんだよ!」
「監督が私のこと好きみたいで、世界で私だけに見せてくれた!」
「誰だよ! もはやそれ誰!? 気になるレベル!」
「って言うのは全部嘘だよ! そんな映画存在しないんだよ!」
「しねーのかよ! なんてリアルなジョーク!」
「でも大金叩いて作ったけど大コケした映画ってあるよね……」
「最後ブラック! あまりにもブラック! たしかにそんな映画あったけど! いじるな! なんか気まずい!」
「あ! 今の話の流れで思い出したけど、私青春映画が見たいな! 新海誠監督みたいな!」
「見たいけど! 見たいんだけど話の流れ! 絶対確信犯だよな! 新海誠監督の作品は文句なしに面白い! ケドその流れで新海さん出したらどの映画が失敗したかわかっちまうから!」
「ふっ、貴様はもう死んでおるわ! あああああああああはっっははははは!」
「何の映画!? それ何の映画だよ!」
「九十年代の人気漫画の劇場版だよ!」
「だからそれも絶対パチモンだろ! もういいわ! とっとと見たい映画決めようぜ。って言うか、そうだな、当日行って良さそうなモンあったら決めよう。そいつでどうだ?」
「あ! いいねそれ! 春斗くんにしては上出来なアイディアで私ビックリしすぎて空飛べそうなくらいだよ! 単子葉! 間違えた! そうしよう!」
おれたちはデート計画を本日練り上げた。
――そして当日!
てるてる坊主を百個作った甲斐あって、みごとに晴れた! ロッテの四番はズレータ! 『クモの糸』を書いたのは芥川!
「うわー、晴れたね春斗くん! 春斗くん? はるくんのほうがいい?」
「どっちでも構わねーよ」
とかいいつつおれはソワソワしてしまう。なんかこういうあだ名ってけっこうドキドキしませんか? え、しませんかそうですか! ちなみに僕はめっちゃドキドキしちゃいます! はい女子慣れしてない男子特有の症状!
「はるくんはるくん! 見てみて! あそこにフードコートがあるよ! ふわぁ~~、おっきいね~~~! すごいなぁ! 息を呑む大きさだよ! ねぇはるくん、私写真撮ってくるね!」
「おい勝手な行動は慎め! って言うかフードコートごときスーパーにもある! べつにショッピングセンターだけにあるモンじゃねぇんだぞ!」
「はるくんクレープあるよ!」
「人の話を聞けよ!」
おれはやれやれと肩をすくめた。まぁなんだ。この辺りは許容範囲内というか、たしかにちあきがしそうな行動ベスト百の中には入っていた。しかしたかだかフードコートで興奮するってどんだけ安上がりなんだよお前の神経。おれの神経と交換して欲しいね。いや待てよ? たしか脳髄も神経だから、つまり神経を交換するという行為を行ってしまった場合、おれの意志はちあきの体の中に宿るってことにならないか? やべー、こういうテーマでSFホラー小説とか書けちゃいそう! ヤバいおれ天才! ……一人語りでここまで興奮する神経もそれはそれでヤバいと思いました。
ところでショッピングセンターの外は晴れている。いやべつに描写しなくてもいいんだけど、一応窓際の席に着いたので描写しておく。こうしておかないと読者に怒られそうだ。ちなみに雨が上がったばかりなので虹が出ていた。わー、きれいだねー、と棒読みにちあきが言うのをおれは完全に黙、殺! クレープを頬張った。おれは人生で初めてツナ入りのクレープを食べたかも知れない。ジャガイモとマッチしてうまいぞこれ!
「はる君私にも頂戴!」
「お前の分をよこしてくれるならな」
「いーよ! はいあーん!」
すげぇ幸せ! 何だこの空間と時間! おれは今猛烈に感動している! どんだけ安上がりなんだおれの心! クソ! だけどこの瞬間が楽しくて仕方がないと言ったら、嘘にはならなくもなくもないな。どっちだよ。
「はるくんお腹いっぱいだね! よし帰ろっか!」
「はえぇよ! びっくりした! なんで帰るの!? 飽きたの!? ごめんね! おれとのデートそんなに楽しくなかったのかよ!」
「そうじゃないよ! 一応言ってみただけ! ヘェ春斗くんも私とのデート楽しいんだ!」
「まぁな。まぁ親父たちの支持とは言え、一応は恋人同士なわけだからな。デートくらいお茶の子さいさいってとこだ」
「ふぇええ、はるくんが難しい言葉使ってきた。私わかんないよう。お茶……? お茶に子どもがいるの? ねぇなにそれすごーい! 遺伝子突然変異って奴!? それとも品種改良!? すごいね! 文明ってここまで進化してるんだね! 人類は進化しました!」
「うるせぇなこいつ! 遺伝子突然変異という言葉を知っていて、お茶の子さいさいは知らないってどういう脳みそしてんだてめぇ! いや得意不得意があるのはわかる。お前完全に理系脳だな」
「まぁねー。私リケジョって奴だよ! そしていつか小○方先生みたいになる!」
「――ノーコメント! この件については盛大にノーコメント!」
「でも白衣着た女性ってかっこいいよね! 私なんか理科室の机から顔はみ出ないモン……。はみ………………でないもん」
「嘘だろ!? そんなに小せぇの!? いやたしかに身長ちっちゃいけど、そんなに小さい? いやまぁ小せぇか……」
「納得しちゃダメだよ! 私だって一生懸命身長伸ばそうとしてるんだからね! 納豆を牛乳に溶かして、とろろと混ぜてご飯に掛けて食べてるんだからね!」
「お前が食ってんのそれか! なんか朝くせーなって思ってたんだよ! やめてくれ頼むから! むしろ健康に悪いから!」
「そんなことないよ! 良薬は口に苦いんだよ!」
「薬じゃねぇから! 食べ物だから!」
「むぅ。しょうがないなぁ。じゃあはるくんは私になに食べろって言うの? 下ネタはナシね!」
「わかってるよそんくらい。えーっとなんだ? 野菜とか、果物とかがいいんじゃねぇか? それとタンパク質……」
「全部入ってるよ。ダイズだって野菜のうちに入るのに……」
「た、たしかに……! おれはなんでそんな初歩的なミスに気がつかなかったんだ……! お前が食ってるもの、意外とマズそうだけど栄養バランスは悪くない! じゃあなんでお前は小さい!」
「そんなこと知らないよ! 私が聞きたいって言ってるの!」
「んじゃああれだ、お前今度思い切ってヒマワリの種でも食ってみたらどうだ?」
「ハムスター!? 私人間だよ!? 哺乳類だけど、全然違う種だから! スピーシーズが一致しないんだよ! 私は私で、ハムちゃんはハムちゃんなんだよ! とっとことっとこ走るハムちゃんなんだよ!」
「といわれてもなぁ。よっしゃ! んじゃあ我が家のお好み焼きだな!」
「やだよ太るモン! それにうちの商品あんまおいしくないし!」
「ぶっちゃけやがったな! お前それだけは言っちゃいけないことだぞ!」
「だってそうじゃん! 一番おいしいの既製品のアイスクリームってどういうことなの!?」
「なっ! たしかにそれは思うけど、アイスはアイスだ! おれらだってていねいに材料選んで調達してんだぞ!」
「おかしいよね!? だってふつうに考えてよ! お好み焼きなんてそうそう失敗する食べ物じゃないんだよ! なのになんであんなにマズいの! 泥水みたいな味がするの!?」
「言い過ぎだいくら何でも! お前今日なんでもアリだな! ウエストランドかお前! 違う! いいか! 言っていいことと悪いことがあるんだ! 特に飲食店経営者はな!」
「そ、そうなんだ……。ごめんねはるくん、ちょっと言い過ぎたかも知れないね」
「そうだ。わかってくれりゃそれでいい。作家が担当編集に『じゃあお前がやれよ』って言うことくらいタブーなんだぞ」
「そ、そそそそれはタブーだね! 私が間違ってた! とてつもなく間違ってた! どんなに担当編集がひどい人でも、私我慢するね!」
「だからそういうところ! お前本当にわかってる!? ブラックジョークがブラック過ぎてもはやジョークが行方不明だ! ダメだダメだ! いいかお前! お前はもう少し言動に気を付けろ。わかったな。これはお兄ちゃんからのお願いだぞ!」
「お兄ちゃんからのお願い!? ふわぁ! 何かいい響きだね! 最高だね! ベリーマッチョだね! もうこれ政府にお願いして特許取ってもらった方がいいレベルだね! アンビリーバボーだね! 素晴らしいよ! ザッツグッドだよはるくん! うん! お兄ちゃんからのお願い絶対だね! 約束する!」
まぁ以上のようなむだな会話があったものの、おれたちのデートは続いていく。線路よりも長く続いている! どうでもいいけど『キノの旅』面白いよな……。
ちゅうわけでおれたちは映画館の前までやって来た。おれは正直友達とかと映画に来たことはねぇんだが、まぁ成り行きで何とかなると思っている。事実その通りだった。手続きを済ませればあっという間に、お手軽に! 簡単にシアターの中に入ることができた。
とまぁここまではよかったんだよ。ちあきもキャラメルポップコーンとメロンソーダでご満悦だったし、おれはといえばちあきが問題を起こさないことに安堵していた。席について一安心、と思いきや、おれの隣の席に一番厄介な人間がやって来た。
「奇遇だな貴様ら。お前らもこのチンケな箱の中に来たのか? ふっ。愚民共も娯楽は楽しめるようだな。それだけの脳髄を持てたことに親に感謝するがいい。そしてそこのお前! そうだお前だ。たしか名をちあきと言ったな。これからは………………その………………………………よ、よろしくお願いします……」
「うん奇遇だねオル何とかくん! 私こそ、何とかソンくんとは仲良くなりたいな!」
お前完全に名前覚えてるんじゃねぇの、とっつこみたくなる衝動を抑えて、ついでにこめかみも押さえて、おれはオルソンの耳元に唇を寄せた。
「なんでお前がここにいやがんだよ」
「ふん、見たらわかるだろうこの腰抜けが。おれだって映画を楽しみたかったのだ。貴様らと席が近くなのは、た、たまたまだ!」
「お前つけてたな! さてはつけてたな! おれたちのデート監視してたんだろ! そうなんだろ!」
「やかましいヒト科の動物め。それとも、お前はまだサルから脱却できておらぬと言うのかこのチンパンジーめ。我が今言ったことを忘れたのかこの阿呆め。おれはたまたまここにやって来て、たまたまお前たちの隣の席になったと言うだけだ。くく、まぁこれも運命の歯車が導き出した答えなのかもしれんが、そこは我々が儚き生命である以上享受せねばならない宿命のようなものであろう」
「なに言ってんだお前」
おれはルフィみたいに突っ込んでやる。マジで言っている意味が分からない。そう、意味がわからないのである! 誰か通訳! ちょっと通訳! ちゃんと仕事して! 誰か水原さん呼んできて!
「そこの娘。お前はこのような映画が趣味なのか?」
「うん! さっきそこで掲示されてるの見て、面白そーだなーって思ったからこれにしたの! オルソンくんもこういうアニメ映画好きなんだ!」
「ふっ! お前のような小さく可愛い娘にも好かれるとは、よもやこのアニメはそれほどまでに美しくなったということか。ちあきよ、この映画を見たあとに、一緒に感想会をしようではないか」
「うん! いーねー! じゃあはるくんも一緒で!」
おい完全に脈なしの反応されてるけど大丈夫なのだろうか。しかしおれだって気を抜けない。おれはおれで、しっかりとこいつの彼氏という役割を果たさなければならないのだから。たとえそれが偽りの関係性だとしてもだ。
「ちあき、そろそろ座れ」
「私ずっと座ってますけど! ひどい! はるくんさすがにそれはないよね! 私ずっと座ってたんだけど!? 見てたよね! 私が座ったところ見てたよね!」
そうこうしているうちに映画が始まった。映画の内容は、一言で言うのなら電撃文庫の某国民的VRMMO的な奴で、七人の賢者に出会うまではこのワールドから出られることができない、といったものだった。うんこれけっこう面白いぞ。よかったらみんなも見てみたらいい――
――見終わったあと、おれたちは近くのカフェレストランに入った。中学生三人で入るのが物珍しかったらしく、店員さんは見るからに動揺していたが、その女性店員さんにオルソンが「とっとと席に案内しろ。なにを怖がっている小娘」と言った途端に落ち着きを取り戻し、席を案内してくれた。その店員さんが顔を赤らめていたのが印象的だった(なんでだよ)。
竜一がお冷やを飲んで一言、
「なんとつまらぬ映画だったことか。ふん、監督の技量が知れるわ。おれはもっとアクションシーンに期待していたのだがな」
「そうか? おれは意外と楽しめたけどな」
「そうだよオルソンくん! 私めちゃくちゃはしゃいでたよ! なんかどばーんとかがバーンとかなって面白かったじゃん! オルソンくんにはあわなかったってことなの?」
「む。そうではない。原作自体は深く読み込んでいるし、面白いとも思った。だが期待してたものとは違った。ただそれだけのことだ」
オルソンは感慨深げにお冷やを飲んだ。こいつもこいつで、意外とふつうの中学生らしい精神構造をしていると思う。いやまぁ同い年のおれが言うのもなんだけど、こうやって感想を言っている竜一の姿は、何というか、良くも悪くも子どもっぽくて親近感が湧く。お前ふだんからそうしてりゃいいのに。そしたら学校でも友達増えるぞ! はっは! おれも友達あんまいねぇんだったな! こりゃ失敬!
「ところでオルソンくんなに頼む!? 私パンケーキ食べたいな!」
「お! いいな! じゃあおれもそれにしよう! オルソン? どうしたんだオルソン? オルソーン?」
「くっ! 我はショックで二ヶ月ほど倒れ込んでしまいそうだ! だいたい何だあのセリフ! もうちょっと気の利いた言い回しができんのかクソ脚本! くだらない安っぽいばかりのセリフを濫用しおって! たしかに原作ではセリフは長かったが、そこを端折るとはなんたる失態! そして原作者に対する不敬! クソ! クソクソクソ! くそったれが! ライトノベルビジネスをなめるなよ……」
おぉ……。オルソンが腕を組みながらイライラしている。いかにも侵しがたい雰囲気がある。なんかかかわったら巻き込まれそうだったので、おれはオルソンに黙って注文を済ませた。パンケーキを待つ時間がこんなに楽しいなんて、まさかおれは十三年間生きてきて思わなかったね!
「オルソンくんはそんなにあの映画に期待してたんだぁ……! そっか、それは残念だったね」
「残念どころではない! おれは……おれは大金を叩いてあの映画を見に来たのだぞ! それが何だあの出来は! くそ! 製作会社に呪いの手紙を送りつけてやる!」
「頼むからやめろ! お前キチガイだって思われるぞ! やめてやれ! 製作会社の自己肯定感の高さは異常だけど、それでもやっちゃいけねぇことがあるってことを学べ! たしかに自己満足ひどいところあるけど! ダメだ! 戻ってこいオルソン!」
「クソ……。まぁよい。おれは黒き漆黒の闇豆嗜好飲料でも飲むとしようではないか……。おい貴様ら、まさかおれに黙って注文を済ませたのではあるまいな。まさかな。このおれを差し置いてそんな真似が許されると思うなよ……」
「いやお前な……。どっちかって言うと、これおれらのデートなんだぞ。そこに割り込んできた分際で、その言い草はどうなんだよ」
「ふん。知ったことか。その場の雰囲気というか、成り行きを大事にする主義なんだおれは」
「どんな主義だ! それこそお前の自己満足じゃねぇか」
「オルソンくんは自己哲学持っててかっこいいね! いーなー、私もそういうヒッキーとかキョンくんとか、そういう人みたいな自己哲学欲しーなー。オルソンくんって黙ってればかっこいいよね!」
やめてやれ。お前男に対して『黙ってればかっこいいよね』以上に傷つく言葉ないんだぞ。それってお前って喋ってるとやかましいよねって意味なんだぞ。まぁたしかにオルソンくんはやかましいけどな。それはそれはやかましい、やかましさんだけどな! いっそのこと『ヤカマシ竜一』に改名したらいい。下手な落語家からオファーが来るに違いないね。ところでおれはなにを語っているのだろうか。なるほど、これがいわゆるラノベ主人公的な語りという奴かも知れない。しかしこのカフェ空間は落ち着くな。周りに客なんてほとんどいやしない。あの店員さんの熟練度からしても、そこまで人気店ではないのかも知れない。けれどおれは満足だぜ。だってちあきとオルソンっていう、やかましくも楽しい友達がいるんだからな。まぁ本来の目的はちあきとのデートだけれども、これはこれで楽しい一時かも知れない。おれはそんなことを思った。
なんて自己語りに酔い尽くしていると、パンケーキが運ばれてきた。ふつうのパンケーキである。ハニーシロップと、バターが乗ったパンケーキ。うむ! これ以上ないパンケーキだな! とおれが煉獄さん並みの感想をしていると、竜一が物欲しげな顔でこちらを見ていることに気がつく。なんだ、お前欲しいのか。おかわいい奴め!
「竜一もちょっと食うか?」
「ふん。まぁ庶民的な食べ物もたまには悪くないだろう。よこせ」
「お前って素直じゃないよな」
「素直であることを美徳とするのは現代人の凝り固まった、腐りきった考え方でしかないのだぞ」
「いいから食えよ……」
おれは竜一にパンケーキを食わせた。すると竜一の目からは涙がこぼれた。何だそんなにうまかったのか。おかわいい奴だ。
「オルソンくんどうしたの!? なんか悲しいことでもあったの!?」
「なんでもない! ただ、おれはこんなにも人に優しくされたことが今まで一度もなかったものでな……。ありがとうエヴァン春斗、貴様には永劫の感謝を捧げようではないか!」
「おれの名前は春斗だ! 前から思ってたけど勝手に変な名前をつけんな! なんだエヴァン春斗って! マンガの超ボスキャラみたいじゃねぇか!」
「ふん! あながち間違いではないだろう! なんたって貴様はおれにとって親友でありライバルだ! いいか、好敵手と書いてライバルと読むのだぞ……! 最近わからないって言う奴が多くてな……!」
「あぁわかる! あれだよね! 私たちからは読める漢字でも、他の人から見たら読めない漢字ってあるよね! 天空海闊とか、海千山千とか、阿鼻叫喚とか、一方通行とか!」
「なんか違うモン入ってた気がするけど、お前意外と言葉知ってんな……! おれはお前のことをてっきりバカだとばっかり思ってたぜ! はは! なんたって見た目が幼稚園児だからな!」
「うるさいよ春斗くん! なんでよけいなこと言うかな! 私、私だって一生懸命身長伸ばしてるんだよ! 毎日野菜ジュース飲んでるんだからね! ケド横に増えてくよ! 世の中不公平だよ……! 私人間失格かも知れないね……。うん死のう!」
「待て待て! 結論が太宰! お前に死なれたら困るんだよ! おれ一応お前の彼氏だからな! 彼女に死なれたらおれがたいへん! って言うか死ぬなよ……」
「春斗くん……。私のこと心配してくれるの?」
「……ったりめーじゃねぇか。おれはいつだってお前の傍にいる」
「わはは! 春斗くんその顔面白いね! 写真撮っていい!?」
「ダメだ! お前返せよ! おれの赤面必須セリフ返せよ! 可愛いそうじゃねぇか! おれが!」
「そんなことないよ! すっごく面白かったよ! パンケーキ吹き出すかと思ったよ! 机中グルテンだらけにするところだったよ! この空間におけるグルテン濃度が急上昇するところだったよ!」
「バカにしすぎだ! おれの言葉はグルテン以下か!? もうちょっと受け止めてくれよ! おれ今のセリフけっこうガチだったんだぞ!」
「ガチだったの!? 春斗くんその顔でがちだったの!? 面白い! 面白すぎてお腹よじれちゃうよ……。ふひぃ………………誰か助けて!」
ぐぬぬぬ……! とおれは必死に怒りを抑え付けた。この義妹殴りたい! まさか義妹を殴りたいときが来るなんて夢にも思わなかったぜ。こいつ今すぐにサンドバッグにしたい! 殴って蹴って、それから……どうしよう。女の子殴ったことないから罪悪感に苛まれて、おれどうにかなっちまいそうだ! くそ! なんでおれ仮定の話でこんなにも悩んでんの!?
「お待たせいたしました、コーヒーでございます。アイスですよ」
店員さんがコーヒーを持ってきてくれた。オルソンがそれを片手を上げて自分のものだと主張する。
「ところで店員、貴様マドラーを忘れてはおらぬか?」
「はっ! し、失礼いたしました! 今お持ちいたしますね!」
「悪いな。おれはマドラー至上主義なのだ。マドラーさえあれば他になにもいらない!」
「いるだろ! 他にいるだろ! ミルクとガムシロ! そっちの方が優先! マドラーあのかき混ぜる奴だから! 一番優先順位低い奴!」
「貴様ァ……! マドラーをバカにしやがったな! 許さん……! 貴様だけは絶対に許さん! お前……! おれは父さんにもマドラーをバカにされたことなどないというのに!」
「お前の親父どうにかしてる! いやうちの親父もどうにかしてるけど! マドラーって! お前! そんなにマドラーにこだわる奴初めて見たわ!」
「ふん、わからぬのか。マドラー、よい響きではないか」
「響きはな! でも役に立つレベルは低いから! べつにかき混ぜるだけならなくてもいけるから! カップ回すだけでもだいぶ混ざるから!」
「違うぞ! き、貴様ァ! 貴様という奴は……! マドラーなくして人生どう生きていけばいいというのだ!? おれはマドラーに育てられ、マドラーを愛し、時には抱き、最後は永遠の愛を誓い合った仲なのだぞ!」
「お前の愛歪んでる! すごい歪んでる! 初めてだ! マドラーをそこまで愛してる奴初めてだ! マドラーという商品を開発した奴よりも、マドラーを愛している! すごい! これが天下のマドラリストという奴か……。恐れ入ったぜ竜一! おれ間違ってた! マドラーはやっぱ世界を救うよな!」
「? 貴様はなにを言っているのだ? マドラーで世界を救うことなどできるわけがなかろう。バカか?」
「やめて! やめてやめて春斗くん! 拳は武器には入らないから! ちょっと落ち着いて!」
こうしてカフェタイムは過ぎていく。いやまともな会話してねーな。って言うか映画どこ行った? まぁいいか。たまにはこういう時間もアリだろうしな。………………いや待てよ? こういうクソみたいな時間しかおれにはない気がする!
んま、これはこれでありか。