表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

6 このタイミングで片思いの相手に会うってマジ?

 自己紹介タイムは別名を自己嫌悪タイムと言った。おれは肩を落として授業を受けるハメになり、休み時間も一人で悲しくすごすことになった。渦中の人物のもう一人であるちあきは楽しそうに友達と談笑しながら弁当を食らっている。あいつすげーな。おれってばマジで独り身!


 とか何とか傷心していると、ふと声を掛けられた。休み時間に一人でいる男に声を掛けてくるなど物好きな奴だなぁと思ったけれど、相手はオルソン竜一だった。そっか。そういやこいつおれの友達だったな。こいつ意外と友達少ないわりには色んな奴からの信頼集めてたりするからたちが悪いのだが、実際問題として友達と呼べる奴はおれくらいらしい。なんというか、この関係性って意外とありがたいかも知んねーな。


「貴様はいつまでそうやってうじうじ悩んでいるつもりなのだ。男なら男らしく、潔く事実を認めればよいではないか」


 正論だ。この白髪ツンツン正論野郎め。たしかに言っていることはマジで正しい。ケド精神状態というものを考えてくれ。今おれが『ちあきと付き合ってるのは事実なんだからな! 本当だからな!』とクラス中に言い回ったとして、返ってくるのは『嘘つけこのオールバック!』『そうだぞ! ぼ、ぼくらのちあきちゃんは、ぼ、ぼくらのちあきちゃんなんだぞこのオールバック!』という声だけに違いない。


「卑屈になりすぎではないのか……」

「そうかもしれんなぁ。ところで竜一。お前友達できたのかよ」

「ほう。我にその事実確認をすると言うことは、さてはお前はまだ友達ができておらんようだな。笑わせる。神の男たる者、一人で充分だ。くくく……」


 不敵な笑いを浮かべる竜一だった。つまりいないんだな。やっぱりというか予想通りだ。ケドおれはこいつのことを笑えない。だっておれだって友達増えてねーからな。


 しばらく不毛な会話を続けているうちにチャイムが鳴った。休み時間って毎度思うけど少ねーよな。もうちょっと増やして欲しいぜ。おれはまた退屈な授業を受けるのかと、やれやれと肩をすくめて教科書の準備をするのだった。やれやれだ……。




 お前この流れでなに言ってんだよと思われるかも知んねーけどよ、まぁ聞いてくれよ。おれは一応ちあきと付き合っているということになっているが、実を言うとおれには好きな奴がいて、そいつがもうちょー可愛いんだ! おれはその子のことをいつも目で追ってしまう。あるあるだよなてめーら! きっとお前らならわかってくれる。いつだって見てたよな? あれ女の子側も実はソワソワしちゃってんだぜひゃっほ! ケドおれが目を合わせようとしてもだいたい逸らされるんだけどな……! なにあれ不平等いい加減にして! 男女平等って言葉知らないのあんたたち! といいたくなる気持ちもあるよな! ねーよ!


 おれはちあきと手を繋いで緑色の階段を降りていく。ちなみにおれたちは二年五組だ。べつに興味ないって? アァもうお前らそんなこと言うなって! 一応書いておきたかった事柄なのだこれは。だから一応書いておいた。いいかお前ら、二年五組だぞ! ちなみにこれは何の伏線にもならねーぜ! 書いてるおれが保証する!


 なぜおれがこんなにテンションが高くなっているかというと、さっきまでの悩みが解消されつつあるからである。今おれは義妹と手を繋いで階段を降りている最中であり、それを他の生徒たちが眺めたりひそひそ話してたりで、「あれあいつの言ってたこと真実なんじゃね?」って思われ始めているからである。ったくよおうお前ら単純だなぁ! そうだぜ! おれは天下の彼女持ち様だ! 彼女を持っている連中はだいたい放課後に図書室でいちゃついてたりするけど、お、おれたちだってしちゃうからな! ぐわははは!


「ねぇ春斗くん顔が怖いよ……。せめて笑顔にしよーよ! ほら笑顔!」

「そうだな! イヤーお前の笑顔は最高だなちあき! もう世界一だぞ! 天下一品だ!」

「えぇ!? そうかな!? わ、私って天下一品かな! ようし! これから悟空を倒すために修行するぞベジータ!」


 なんだかわけのわからない方向に話が進んでいる気がする。こいつ天下一品のことを天下一武闘会と勘違いしているらしい。やめろ! 今の読者分かんねーだろ!


「お前さすがにテンション上がりすぎだぞちあき! 幸せなのはわかるけどもうちょっと自重しよーぜ!」

「そんなことできっこないよ春斗くん! なんたって私たちは二人で天下一武闘会を目指すんだからね! さぁ修行行こうか! いざ体育館へ!」

「待て! まてまてまて! 今日の放課後の約束忘れたのかテメーは! おれたちにはオルソンとカフェでお茶するって言うさして重大でもねー約束があんだろうが!」

「? オルソンくんってだれ?」

「オォイ! オルソンお前存在忘れられてるぞ! さすがに可哀相だから! 女子にあの人って誰だっけとか言われるの一番キツい奴だから!」

「はっ! 私思い出したよ! 今日の放課後春斗くんと一緒にプリン食べる約束してたこと私今の今まですっかり忘れてたよ! わーい! 春斗くん楽しみだねぇ!」

「違う! お前は重大な人物を忘れている! 発案者! 発案者は竜一だから!」


 叫びすぎて喉が痛くなる。竜一の奴可哀相だな……。マジで可哀相……。たしかにさっきのおれの様子も可哀相だったけど、女子に名前忘れられるあいつって一体なんなの……? めっちゃ目立つ見た目してんのに……。めっちゃ特徴的な名前してるのに……。


 おれは竜一への供養を込めて祈りを捧げつつ、ついに階段を降りきった。そう! おりきったのである! 我々は成し遂げた! 初めての共同作業を!


「へへ! 春斗くん楽しかったね!」

「お、おう! 階段降りるだけでこんなに楽しくなっちまうの生まれた初めてだぞ!」


 なんかさっきの会話引きずって悟空みたいなしゃべり方になっちまったぞ! オラやっべぇぞ! テンション上がってっぞ!


 と、そこへ。


「んー、あれ? おねえじゃん? なにその人もしかして彼氏!? うわやっば! やるじゃんちあき!」


 声が、掛けられた。


 おれは一瞬息を止めてしまう。だってそこにはおれの好きな人である、土屋かなみが立っていたからだ。スクールバッグをひょいと担ぎ直して、おれたちの方をまじまじと見つめてくる。


 黒髪のストレートは流れるようにつややかで腰まで届く勢いだ。いわゆる黒髪ギャルという奴である。スカートは短く、異性をこれでもかと惹き付けるその顔と相まって極めてチャーミングかつエロく、一個で言うなれば思春期のおれなどイチコロな見た目をしている。一言じゃねぇな!


 年齢はおれと同い年。今年は残念なことに違うクラスだったが、それでも構わない! おれはこの子のことが、す、好きなのだ……。


 ん?

 ちょっと待てよ?


 おれは今聞き捨てならないことを聞いてしまったかも知れない。今こいつ何と言った?


『おねえ』……だと!?


 おれはその意味を反芻する。おねえ、っていうことは、もしかしてこいつちあきの妹!? ってことはおれの妹ってことになっちまわね!? 


 いやでも……と頭の冷静な部分が判断する。そんな都合のいい話はあるわけがない。男子中学生の妄想でももっと現実的なことを考えるぜ。まさかそんなな。


 それに考えても見ろ、親父が紹介した妹ってのは一人だけだった。つまりちあき一人である。おれの義理の妹である。可愛いがどこか抜けてるところがあって一緒にいるとすげー疲れるこの妹である。妹と呼んでいいのかどうかすらもまだわからないくらいの関係性だ。


 じゃあ『おねえ』の意味って何なんだ? おれが首を傾げていると、かなみがおれの顔をまじまじと眺めてきた。ちょっ! ちけーよ! もうちょっと距離感欲しいよ! おれちょっとアゴにニキビできてんだよ! お願いだから! 恥ずかしいから! きゃー!


「ふーん? これがおねえの彼氏かぁ? ……………………この人のどこがよかったの?」


 なにげに今遠回しにフラれたんじゃなかろうか……。え? おれ今ものすごい勢いでフラれたんじゃないの? だってそうだよな。本当に興味がある相手ならこんな素っ気ない態度を取ったりしないはずだ。つまりフラれたってことか。恐ろしく早いじゃねぇか! おいおいおい! ショックを受けるタイミングすらも与えられなかったぞ!


「そーだよ! 私の彼氏だよ! 名前は春斗くんって言うんだ! 今年の春から付き合ってるんだよ! あれ!? そうだっけ!? ねぇ春斗くん私たちっていつから付き合ってるってことになって――もがっ!?」


 おれは慌てて地雷を踏んづけそうになるちあきの口を押さえつけた。好きな子の前で彼女の口をふさぐという大胆な奇行だった。


「(お前言っちゃダメだろそれは――!)」

「(た、たしかに! 春斗くん頭いーね! さすが春斗くんだね! あ、ハルくんって呼んだ方がいい!?)」

「(黙れ! お前喋るな! もういいおれが喋るから!)」

「?」


 と首を傾げるかなみ。むりもねぇ。って言うか申し訳がなさ過ぎる。おれは目の前の彼女を困らせてしまっている。


 おれは顔を赤くしてかなみに話しかける。なにげに生まれ初めてかなみに喋りかけるかもな。おれはいつも遠目に彼女のことを見ていた。かなみは弓道部であり、おれは帰り道にずっと彼女の横顔を眺めたりしていた。あの子と喋ってみたい、恋仲になってみたい、手を繋いで帰りたい……! あれやこれやしたい! と妄想に駆られてサルになることもあった。だが今この瞬間はすべての恥を払拭しなければならない! そう! すべてはこのときのために! 輝け山田春斗! 輝くのだ! あの太陽のように、あの月のようにきらびやかに――!


 おれ、マジでキモいな……。


 おれは口を開いた。


「おう! おれこいつと付き合ってんだ! 新学期始まる前くらいからな!」


 すんなりと言えた。自分でもビックリするくらいすんなりと言えた。


「へーそーなんだすごいねー。ところでちあき本当のところはどうなの?」


 めっちゃ疑われてんじゃん! って言うかなにそのスルースキル! おれの存在価値なしですかそうですか!


「ちょっ! ちょっと待ってくれよ! 驚きとかそういうのねーの!? あんた、ちあきの友達なんじゃねーの?」

「はぁ? なにあんた? 本当さっきからピーチクパーチクうっさいんだけど! マジで勘弁してくんない!? ゴミ収集所あっちだからさっさとそっちの方行ったらこのクズ! 生ゴミ! 人類史上類を見ない排他的経済眼鏡! ドちくしょう大根!」


 めっちゃキレられた……! キレられすぎじゃないか!? おれそんなにひどいところある!? って言うかここまで言われる筋合いあっただろうか。いやない! 絶対にない!


「あんた知ってるからね! 知ってる! あんたの名前は知んないけど、あたしのことずーっと眺めてた人だよねぇ! 気持ち悪くてしょうがないから! 死ね! しねしねしね、ってずっと思いながら弓引いてたから! もうほんとあいつの脳天ぶち抜いてやろうかって思うくらいだったんだから!」

「そんなに!?」


 おれは思わず大声で叫んでしまう。あったわ! おれ心当たりあったわ! おれ彼女の部活姿めっちゃ見てたわ! 気づかれてた! めっちゃ気づかれてた! やだなにこれは恥ずかしい!


「へ~、春斗くん………………。へー、そーなんだー」


 ヤバい! ちあきが真っ白い目でおれのことを見つめてきている。こいつの信頼駄々下がっている瞬間じゃねーの!? おれは慌てて弁解する必要があると感じ、慌てて弁解した。さすがにこの状況はマズいかも知れない。


「違うんだ! 誤解だ! おれはただ弓道部に興味があっただけで、べつにお前を見てたわけじゃない! 本当だ信じてくれ!」

「はぁ!? 誰が信じるし! 言っとっけど女の子って男子からの視線に敏感だから! あんたずっと怖かった……! うわーん! あたしの大事ないとこが変な男に取られたー! もうほんっと最悪! 死ね! 死ね死ね! 宇宙の藻屑となれ! あたしにもう近付いてこないでね! 半径五百メートル内に入らないでね! ふんだ!」

「わかってくれ! おれはお前に……! 違う理由があったんだよ! べつに下心とかじゃねぇーんだ! おれはただ……」

「ただ、なに!? はん! どうせエロい理由でしょ!? あたし知ってるんだからね! 男子が女子を眺めるときって、たいていおっぱいか顔が目当てだって! あたししってんだからね! 勘違いしないでよね! ねぇおねえこんな奴放っておいていこ!? あたしもうこんな男の人耐えられない!」

「え!? でも春斗くんが可哀相だよ!? 一緒に帰ろうよ!」

「ダメに決まってる! あたしもうんざりだよ! それにちあきの好きなショートケーキあるでしょ! あたし駅前においしいケーキ屋さん見つけたから、今日一緒にいこ!」


「ほんとに!? ケーキ!? わーい! 行く! 私ケーキ大好き!」

「ちょっと待て! お前約束は!? 喫茶店行くって約束はどうすんだよ!?」

「え~、なんか面倒だなって思い始めてきちゃったし、それに私ものすごくケーキ今食べたい気分だから、また今度ね! じゃあね春斗くん!」


 おれは膝から力が抜けていくという感覚を今日始めて知った。徐々に、徐々に虚しく彼女達の背中が遠ざかっていく。おれの傍らをクスクス笑いしている男たちが通り過ぎていく。おれはなにをしてるんだと途方に暮れるが、そんな虚しいおれを立ち直らせてくれる存在はついぞ現れず、けっきょく一人で下校するハメになった。




 ……………………ねぇかなみ、ちあきのこと『いとこ』って言った?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ