5 付き合ってる宣言って意外と難しい
『手を繋ぐ』という行程は意外とあっさりいった。これはあれだな、ひとえに義理の妹が物怖じしない性格だからという点に限るだろう。これがもし清純派の女の子であったのなら、気まずい雰囲気でお互いやばかったかも知れない。そういう意味ではオルソンの登場もありがたかったかもな。
おれは座席に着く。おれの名字は山田なので、秋元ちあきとオルソン竜一とは真反対側である。
おれは窓側の席について、ぼんやりと景色を眺めた。ふぅ、きれいだなぁ……! なんて素敵な朝日なのだろう! 素晴らしいわ! もしかしたらおれはあの青い空に飛び込んでいくべきなのかも知れない。人間たるもの、空を飛びたいという欲求は持ち合わせているものである。たしか中島みゆきの曲にそんな奴があった気がする。タイトル忘れた。
「おうおう! テメーら全員席に着いてるなんてエレーじゃねぇか! ようし! じゃあ出席番号一番秋元! とりあえず号令掛けてくれ!」
「はーい!」
ちあきが楽しげに返事をして、号令を掛ける。起立礼、おはようございます。
最初のホームルームとあって長めに時間が設定されているらしく、授業まるまる一時間分使って自己紹介タイムとなった。ふつうに自己紹介タイムだ。席順に自己紹介していく。しかし厄介なのは、担任の意向によって後ろから発表という形になってしまったことだ。これはマズい。一番最後の席には渡辺が座っており、おれはあと数えるほどで順番を迎えてしまう。
なぜこんなにおれがドキドキしているか、それは今回のミッションがあるからだ。
『手を繋ぐ』の第一関門を突破したあとに、『ちあきと付き合っていることをクラスに告げる』という第二関門が待ち受けているちゅうわけだ。皆さんおわかり戴けたように、おれがその事実を告げるべき最高のタイミングが自己紹介というわけだ。好きな食べ物、アニメ、テレビ番組、趣味、所属部活動……。それらすべてを発表しなければならないのだが、おれの場合恋愛事情まで語らねばならない。……本当に付き合ってるわけじゃないけどな!
おれが緊張して手をもみもみさせていると、ふと声を掛けられた。先生からだ。男汁が強めな体育教師、加藤である。加藤先生はおれの方を向いて、「どうしたお前の番だぞ?」と言った。来てしまったぜ……。いよいよおれの番か……!
「え、えっと! おれは山田春斗ってんだ。一年間よろしくな!」
『よろしくねー!』なんて返してくれる優しい人はクラスにはいない。みんな恥ずかしくて言葉を返してくれないのだ。これもまた自己紹介の醍醐味っつうか、まぁ今はその沈黙がおれにとっては痛いわけだが、引き下がるわけにはいかねー。
好きなアニメ、テレビ番組、趣味を告げ、所属部活動はないことも告げた。ちなみに実家がお好み焼き屋だと告げると、クラス中から「おー!」とか「マジカァ! 今度行こう!」という声が上がった。う、嬉しい! 素直に嬉しくなっちまったおれである。み、みんな来てくれよな! ぜ、絶対だからな! クラスの打ち上げにうちの店使ってくれよな!
とか何とかむだなことを考えている暇もなく、おれは告げるべきことを告げた。
「お、おおおおおれは、そこの廊下側の席に座っている、あああ秋元さんと付き合ってんだ! みんなよろしくな!」
しーん。
駄々滑りした。こんなに滑るのかな……。おれショックだ! めちゃくちゃショックで家帰って発狂するレベルだ!「うそだぁ!」「そ、そんなわけないよね秋元さん……?」「あいつ精神病んでんじゃないの?」「うわ、お好み焼き屋だって言うのも嘘なんじゃね? だってあいつ嘘つきそうな顔してんもん! 髪型オールバックだし!」「ねーそれな! オールバックとか……!」
待って! 待ってくれ! おれの髪型関係ないだろうが! テメー言っていいことと悪いことがあるって母ちゃんから教わんなかったのかよ!
「おお! なんだなんだ! お前ら青春だなー! いいぞいいぞ! おれはべつに中学生同士の恋愛に対して肯定的だぞ! うわーいいなー甘酸っぱいな~~~! クランベリーソースかよってなぁ! どわっっはははははは!」
「ね、ねぇ秋元さん……その話本当なの?」
「もっ、もちろんだよ! 私春斗くんと付き合ってるんだぁ! へへ、私の彼氏、い、イケメンでしょ? ……………………。い、いけめんかなぁ……?」
おい自分で言っておいてなんであとから疑問になるんだ。っつうかこの義妹嘘だいぶ下手じゃね? おれは絶句する。って言うか恥ずかしさで悶絶するレベル! 気配消したい! スケスケの実を食ってこの場から見えなくなりたい! やだ恥ずかしい! 助けて!
「春斗くん! こっち向いて! ね! 向いたでしょ? だから付き合ってるの!」
くっ! すまねー! おれが情けないばっかりにそんな適当な理論を言わせてしまって……! おれは顔を真っ赤にして着席する。ま、まじか……! 第一関門の『手繋ぎ』まではうまくいったって言うのに、第二関門めっちゃハードル高かったじゃねぇか……! ちくしょう! ちくしょうちくしょうちくしょう! 穴があったら入りたい! いっそのことモグラさんとお友達になって地下で暮らしたい! 顔だけじゃなくてだんだん体まで熱くなってきた。
お、おれこのクラスでやっていけるのか……?
おれがさっきとは打って変わって身を小さくしていると、自己紹介の時間があっという間に過ぎていった。記憶の中では、そのあと二回ほどざわついた場面があって、一回目はオルソンの発表の時、そして二回目がちあきの発表の時だった。ちあきはおれの言っていることを全面的に肯定したのだ。しかし当のおれは恥ずかしさで一杯で、クラスメイトの視線から逃げるように顔を背けて窓の外を見ているだけだった。
さっきは竜一にあんだけ言ったけど、自分も自分がいやになるほど思春期なんだなと思い知らされた瞬間だった。