1 顔合わせがリモートってマジ?
ところでコロナウイルスというウイルスをご存じだろうか。中国の武漢から広がって、瞬く間に世界中に広がった有名なウイルスである。このウイルスに掛かって、亡くなった有名人もたくさんいたよな。
ウィズコロナ、なんて言葉もよくニュースでは流行った。流行ったっつうか、よく言われていた言葉だ。それに伴って大学や会社では主に在宅授業、あるいは在宅勤務が推奨された。つまりなにが言いたいかというと、時の流れは新たな生活スタイルを生んだと言うことだ。
「お前に義理の妹ができるぞ。喜ぶな、そして早まるなよ。手を出すんじゃないぞ。お前と同い年の妹だ。だがもう一度言う。お前くらいの年頃になると性に飢えてるのはわかる。だが同居するからといって、くれぐれも手を出すんじゃないぞ! わかったな春斗!」
「ひいっ! わかった! わかったってば! だから机を叩くんじゃねぇよ親父! びっくりすんだろうが!」
「むぅ、すまん。だがわかったな。くれぐれも肉体関係になぞ発展するんじゃないぞ。我が家の関係性がこじれるからな!」
親父の言いたいことはごもっともだ。彼は男手ひとつでおれを育て上げ、たいへんな思いをしたのも知っている。だから息子に対しては徹底的な教育を施そうとしている。昭和臭い男、それがうちの親父ってわけだ。
しかしまさか義理の妹ができるなんてな。ラブコメの定番展開じゃないか? 『義○生活』みたいに恋愛に発展する展開を期待したいところだが、その展開は親父に封殺された。なんでやねん! いいじゃねぇか! 一つ屋根の下同い年の男女が一緒に暮らすんだぜ!? ちょっとやそっとエッチいことしたっていいじゃねぇか! 親父だって童○卒業したの九歳の時って言ってたじゃねぇかよ!
「黙れ! おれの黒歴史を掘り返しおって! おれだって好きでやったわけじゃないぞ! ただ向こうのお姉さんが、その…………空き地に連れ込んできたから、何が何だかわからんうちにだなぁ……!」
「おねショタ展開! あんたどんだけ恵まれてんだよ! 羨ましいわ! 心底羨ましいわ!」
「ぐ……ごほん、まぁその話はいい。とにかく手を出すんじゃないぞ」
「んなこと言ったってよぉ、親父だって毎晩その継母といちゃつくんじゃねーぞ!」
「それとこれとは話が別だ!」
「別じゃねぇよ! そこはなんとなく濁して欲しかったわ!」
などと不毛な会話を繰り広げる。どれくらい不毛かって? 南極大陸くらい不毛だな。
「んで、いつ顔合わせすんだよ。ほらあんだろ。義理の妹ができるんだから、双方同士で会話とかあんだろ。挨拶するんだったらきっちりと身なり整えておきたいからな」
「むぅ、実は明日なのだ」
「ふざけんなよこの親父! どんだけ準備不足なんだよ!」
「仕方がなかろう! 大人とはそういうものなのだ! 不測の事態が起こりえるのが大人の事情というもので――」
「あんた伝え忘れてただけじゃねーの!? おれは知ってるぞ! あんたがめちゃくちゃ不器用なこと! おっちょこちょいなこと! 天然で女にやたらもてること!」
「うるさいぞ黙れ! 親に向かってなんて口の利き方をするんだ! ようし、こうなったら表に出ろ! ぼこぼこにしちゃるけんなぁ……!」
「あほ! あした顔合わせだっつってんだろうが! 顔面ぼこぼこになってたら顔合わせできねーだろうが!」
「んな……………………んだと……………………!? はっ! そうか! お前なんだ! なんなのだ一体! 頭よすぎじゃね!?」
「あんたがアホすぎんだよ! ビックリしたわ! 学がないことは昔から知ってたけど、さすがにそこまでだとビックリする! おれ腰抜かしすぎて軟体動物になるところだったわ!」
「お、お前………………そんな面白いジョークを……………………言うんじゃねぇよ………………!」
「おかしい! ツボるところおかしい! って言うかなんでおれ親父との会話こんなに盛り上がってんの!? いらねー! めちゃくちゃいらねー! ラブコメ展開において親父との会話で盛り上がるとかマジで一番いらねー奴!」
おれはそれからしばらく親父と言い合いをした。久々の親子げんか……って言うわけでもなくてただの本当に不毛な会話である。どれくらい不毛かというと、タクラマカン砂漠並みに不毛である。望みはない。決して親父の頭のことを言っているわけじゃないぞ!
翌日の夕方。お好み焼き屋ののれんを早めに下ろして、おれは部屋に戻った。親父は緊張した面持ちでリビングにあるパソコンをソワソワと操作している最中だろう。パソコンは我が家に二台あって、おれの分はおれの部屋にある。つまり二人ともリビングでパソコンを操作できるっつうわけじゃない。リモートあるあるだな。
おれは部屋の扉を閉めて、無言の時間を噛みしめる。くっそやべぇ! 緊張してきた! なんでコロナウイルスほぼ収束したこの頃リモートなのかって言う疑問はもはやどうでもよくなっていた。おれは震える手でリビングを操作して(親父よりも緊張してっかもな)、ズームを立ち上げた。
しばらくして――ついに繋がってしまった。果たしてどんな奴なのだろうか。
「よ、よう。ひ、ひひひひっひさしぶりだな!」
親父声引き攣りすぎだろ。最初は全員画面を真っ暗にしていた。つまり音声だけで今は会話している。その数は四人。向こうのお母さんと、娘さんだな。この娘さんがおれの妹になる。
ど、ドキドキしてきやがったぜ……!
「ふふ、健吾さんったら緊張しすぎですよ。もっとリラックスして下さいリラックス! すーはー、すーはー、くんかくんかすーすー!」
変なお母さんだった。まじで!? マジでこの人がおれのお母さんになるの!? 音声だけなのにもう変人ってわかっちまうって結構ヤバくね!? ってか下手したらこの人マジであぶない人かも知れない!
一方の娘さんはなにも言わない。も、もしかしたらおしとやか系な女の子なのかも知れない! だとしたらおれは大喜びである。年上の黒髪ロングのお姉さんおれ大好物ですから! そんな人がおれの妹だったらどうしよう! ヤバい! 今からでも鼻血が出そうだ! 年上が妹になるわけないんですけどね!
「じゃあイッセーのーで顔合わせと行きましょうか! みなさ~~~ん、それでいいですかぁ~~~~~~!」
「「は~~~~~い」」「……………………」
なにこの集団! マジで保育園の園児と先生みたいになってんぞ! って言うかなにおれも喜んで「は~~~~~い」とか言っちまってるわけ!? もうダメだ、終わったかも知れない。おれ義理の妹が今からできるっつうのに、好感度ゼロかも知れない。
「そいじゃあいっせ~~~~の! はい!」
ぱちっ。
おれ、おれの親父、義理の母親、義理の妹の顔が表示された。
義理のお母さんはものすごく優しそうな人だった。笑うと目が細くなって、やけににこにこしている。近所にいたらめちゃくちゃ子どもから人気でそうなお母さんだ。黒髪の美しい女の人であり、なるほど血は争えないな、親父が惚れた理由もわかるってもんだぜ。
で。
肝心なのは義理の妹の方だった。
「…………………………む」
む? 何やら音声を発したようだが、おれにはよく聞き取れない。って言うか怒っているのかも知れない。
一言で言うのなら、茶髪のギャルだった。顔はやけに幼い。小学生と言っても過言ではないその子は、強がっているのかなんなのか、腕を組んでやたら画面を注視している。いや、もしかしたらにらんでるのはおれかも知れない。画面越しにおれを見ている……のか?
目は母親と違って大きめだが、にらんでいるせいで今は細まっている。いや、こえーよ! ふつうに怖い! ギャルなんだけど、噛み付いてきそうな感じのギャルだった。こ、この子がおれの義理の妹になるのか……。
髪の長さはかなり長い方だと思う。いや画面から見える範囲で判断するとな。実際の長さは、会ってみないと分かんねーだろう。
おれはおそるおそる挨拶をすることにした。まぁなんだ。最初が肝心ってよく言うじゃねぇか。だからおれは掌を上げて、「よっ」と挨拶した。今さらながらに思うが、おれこいつに向かって発した最初の言葉が「よっ」だったんだな。
「な、なんなんですかあなたは………………!? いきなりなれなれしいよ!」
あっれー? もしかしたらけっこう人見知りするタイプなのかも知れないと思った。いやべつに人見知りであること自体は悪いことだとは言わねーよ。そんな奴ごまんといるからな。ケドお願いだからそんな怖い顔するのはやめてくれ!
「おれは山田春斗ってんだ。よろしくな!」
おれは畳みかけるように挨拶した。なんせこの義理の妹顔はめちゃくちゃいい。だからあれだ。お近づきになりたかったのである。なんともはしたない理由だな……。
「だ、だからなんなんですか! わ、私は…………反対ですからね! あなたの義理の妹になるなんて反対だからね! ふんだ! なんでこんな変な奴なんかと……! なんか髪の毛めっちゃ決めてるし……!」
めちゃくちゃな言われようじゃねーか! たしかにおれは髪型をバッチリオールバックに決めている。いつもの髪型だ。おれはこの髪型を愛しているし、学校に行くときも街の本屋に行くときもこの髪型にしている。モンクハイワセナイ。おれだってこだわりくらいある。
「名前を聞かせてもらってもいいか?」
「秋元ちあきです」
「そうか。ちあきって言うんだな。よしわかった。これからよろしく頼むぜちあき!」
「………………うっ! まぁ言い方が気色悪い気がするけど、まぁいいわ。勘弁して上げよう!」
「キャラブレひどいなお前! もしかして相当にイタイ奴なんじゃねーか!?」
「そ、そんなことないよ! 私はきっちりちゃんと自分のキャラづけしてきたモン!」
「ほう。じゃあどんなキャラなんだよ」
「そ、それは………………! おしとやかなお姉さん?」
「できてねぇ! おれから言わせてもらうのもなんかおこがましいけどできてねぇよ!」
「ひどい! なにこの男! ぅあああああああああああああああああああきゃあああああああああああああああああああああああっ! 言わせておけば! もう腹立ったよ! いいもんわかったよ! 私あんたのことなんか嫌いだから! あんた私の奴隷ね! わかった!?」
「わからない! って言うか待って! 落ち着いて! 今のおれから見たお前の姿ただのヒステリー女だから! ヤバい奴だから!」
「わかってないのはそっちだよ! 私がせっかく自己PRしているって言うのに!」
「だからできてねぇ! おれから見たらお前めちゃくちゃ子どもだよ! ガキだよ! そりゃもう幼稚園児レベルだ!」
「い、言っちゃダメなことなのにっぃ………………! うぅ! わ、私が幼稚園児向けのファッション雑誌のモデルやってるって、言っちゃダメなことなのにぃ………………!」
「そうなの!? すごいなお前!」
モデルってすごくね!? おれ初めて見たかもしれない。ってことはあれか、こいつ相当にスタイルがいいってことか。身の回りにモデルさんなんかいないからおれは素直に感動してしまう。………………って待てよ? 幼稚園児向け?
「えーっと、一応確認なんだが、お前っていくつ?」
「十三歳だよ!」
「るっせぇ!」
「なんで!?」
「そんな十三歳いてたまるかよ! え!? なに!? 幼稚園児向け!? 草はえすぎてもはやサバンナだわ! お前………………うっ…………………………くくっ………………幼稚園児向け………………!」
「読者モデルだからね! 私モデルさんだから! 偉いんだよエッヘン!」
「黙れ! 年齢違いすぎて何の参考にもならねーだろうが!」
「失敬じゃない!? 私だってスタイルいいって言われるモン! ほら魅惑のボディ!」
「そりゃ幼稚園児から見たらな! お前中学生だろうが!」
「くっ………………! 言ってはいけないことをすらすらと言うんだ…………! この人嫌い! 私もう帰るね! ってここ私の家だった!」
「なんだこいつ!」
おれは思わず叫んでしまった。いくら何でもボケ倒しすぎじゃないだろうか。おれはどっちかというとツッコミ役よりもボケ役を所望していたのだが、残酷なまでに立場が逆転してしまった。悔しい! こんな奴がおれの妹になるなんて………………!
「それは私のセリフだよ! なんで『山田春斗』っていかにもかっこよさそうな名前なのに、こんなに厨二病こじらせた奴なんだろうね! 私ショックだから!」
「ショック受けてんじゃねぇよ! うるせぇよ! おれだってこれがイカすと思ってやってんだよ! バカにしてんじゃねぇよぶっ殺すぞ!」
「怖い! この人怖いよお母さん!」
「まぁ、なんてかっこいいのかしら…………! もっと顔見せて………………!」
「お母さんダメだよ! また変な男に騙されちゃダメだってば! ねぇ帰ってきてよ! ねぇママってばぁ!」
なんか複雑な家庭事情を見せつけられている気分だった。いや実際には複雑な家庭環境なんだけど、おれこの一家に混じるのか……。なんか先が思いやられるどころか、前途多難も極めれば万里の長城よりも遠し、みたいな? わりぃな。意味分かんねーな忘れてくれや。
「ところで春斗くん! ご飯まだ?」
「おれに聞くな! おまえんちの事情だろうが!」
「え~、でも私ご飯作れないよ? ってことで春斗くんがこれからご飯作ってね?」
「まぁそれくらいはやってもいいが、うちのご飯毎日お好み焼きだぞ?」
「そんな!? いくら何でもそれはないよ春斗くん! せめて、………………せめてもんじゃ食わせてよ!」
「おう! 任せとけ! うちのもんじゃは一種類しかないぞ! そんなに人気じゃないもんじゃ焼きのメニューがな!」
「それメニューから省いてよ! いらないよ! 考案者誰なの!? さすがにばかすぎるよ!」
ちあきが叫ぶ。すると親父の肩がビクッと反応した。そう、考案者は親父だったりする。って言うか親父さっきから一言も喋ってないけど、どうしたんだよ一体。
「お、おれが……………………」
親父が言った。あんた声小さすぎない!?
「おれが……………………作ったのだ……………………ひぃ、ごめんなさい……………………」
親父! あんたやめて! そんな親父の姿見たくない! さすがに気が弱すぎない!? そりゃあ自分が開発したメニューけなされたら落ち込むのもわかるけど、飲食店経営者としてそのメンタルは問題ありすぎだろうが!
「えっと、この人誰だっけ? ふわぁああああ! もしかして春斗くんのお兄さん!? めっちゃイケメンだね!」
なんで!? なんでこんな奴がモテるの!? って言うかお兄さんじゃねーだろどう見ても!
「おれの親父だよ……」おれは頭を抱えながら言った。もうなにが何やらよくわかんなくなってきたぜ。
「親父さんめっちゃイケメンだね! 私いつかこの人と結婚したいなぁ…………!」
ダメに決まってんだろ。もう関係性おかしくなるからいい加減にやめて欲しい。なんで親父の再婚相手の娘と揉めたと思ったら、その娘がおれの親父に惚れてんだよ……。どんなラノベでもこんな展開見ねーぞ。
「ところでお前、中学はどこなんだよ」
「東中だよ! えへへ~、春斗くんと一緒!」
「ちょっと待て何年だ」
「次から二年生だよ!」
おれと同じ学年! 同じ中学! ってことはなにか!? おれもしかたらこいつと廊下ですれ違ったりしてるってこと!? うわ! 小さすぎて目に入ってなかったのかも知れない!
「春斗くん今めちゃくちゃ失礼なこと考えたよねぇ――!」
「考えてねぇよ、多分」
俺は適当に応えた。まだ学期が始まっていないからなんとも言えねーけど、おれもしかしたらこいつと同じクラスになるんじゃねーの? うわ、今めっちゃいやなフラグ立てたわ。こいつと同じクラスだったらおれ地下に穴掘ってそこで授業受けたいわ。こんなテンションの奴クラスにいたら、おれの身が持たない……。
「春斗くん春斗くん!」
「ンだようるせぇぞぶっ殺すぞ」
「怖いよ春斗くん! それよりほら! 私の部屋にあるぬいぐるみのポンタくん! へへ~、可愛いでしょ? これそっちの家に来るときに持ってくね! これからよろしくね春斗くん!」
正直頭が痛い。こりゃ重度だな。おれはこいつの相手を毎日しなくちゃなんねーのかよ。って言うか店どうすんだ。我が家はお好み焼き屋だが、こいつも店の手伝いとかすんのかよ。マジで!? だとしたら教育係おれになるんじゃね? うわ最悪だ! って言うかおれの部屋に勝手に入られて漁られでもしたらどうしようか。そうしたらおれこいつ追い出す自信ある。
「春斗くん! 見てみて! 食塩の結晶だよ! 小学校の時の理科の授業で取り出したんだぁ……! へへ、これも春斗くんの家に持って行くね!」
「いらねーよ! とっとくなよそんなもん!」
おれは心のそこからの絶叫を迸らせ、義理の妹の来訪をこれでもかと待ちわびなかったのであった。




