13 さらば青春! おれの日常に光あれ!
忘れちゃいけねーのがエピローグって奴だ。おれだって物語の締めはちゃんと書くぜ。なんたってラノベ作家志望だからな。おれもちあきに並ぶ傑作を書いてみたいぜ。ッつうかあいつあんなに才能があんのになんでデビューしてねーんだろうな。
ケドなんとなく気持ちはわかる気がするぜ。自分の書いたものって言うのはどれもこれも自信作だし、誰かに読ませたいと思うのは当然だ。だが同時に――これは不思議なんだが――見せたくないっていう気持ちも湧いてくる。要するに他人からどう見られるかが気になるっつうわけだ。そういう作品が選考委員にめちゃくちゃにけなされてた日には泣くよな。おれだったら悲しみで布団を被って三日三晩は外に出られないかも知れない。そこからおれのニート生活が始まっていき……いやよそう。ラノベワナビのリアルをここで書いたってしょうがねーな。おれはきっちり義務教育を全うしようじゃねぇか。
誰かが言ってたんだが義務教育はちゃんと受けといた方がいいんだと。まぁ義務教育否定しているユーチューバーもいるが、それは一意見として尊重する。おれだって学校に行きたくないことだってあるしな。たとえちあきとの毎日が楽しくなくても、ちあきが学校にいるだけで楽しいと思える。教室にはオルソンだっているし、弓道場に行けばかなみにだって会える。
おっと忘れちゃいけねーな。かなみのことなんだが、くろばさんはちはるさんに「んで、小百合とかどうなってんの? 元気してる? かなみちゃんも元気なん? あんた知らないわけじゃないっしょ?」と聞かれたらしい。小百合さんって言うのが初登場人物だな。かなみの母親でくろばさんの姉だ。ちょっと関係性を文章にするとややこしいが、まぁちはるさんとしてはもう一人の娘と孫が心配だったらしい。
おれは確信したね。ちはるさんってやっぱいい人だなって。彼女がおれのおばあちゃんならこんなに嬉しいことはねーぜ。これからも挨拶しに行きたいもんだ。
くろばさんとちはるさんは、くろばさんが幼い頃から仲が悪かったらしい。ちはるさんは自分が学生時代にあまり勉強してこなかったこともあって、くろばさんにはきちんと勉強を徹底させた。家に帰ったら勉強しなさい勉強しなさいといっていたらしい。将来はくろばさんには医者か弁護士になってもらいたかったらしい。だがくろばさんはそんな気はさらさらなく、愛想を尽かして、半ば出て行く形で水商売に手を出した。
なぁんか、人に歴史ありって感じだよな。水商売の中身については聞かねーぜ。それはその人の中で封印したい過去だったりするからな。ちあきの父親はくろばさんが接客したうちの一人なんだと。おれはこれをなかなかのエピソードだと思うんだが、さてこれを読んでる皆さんはどう思うだろうか。
「ちあき、いるか?」
おれはちあきの部屋の扉をノックした。お好み焼き屋の営業も一段落したので多分あいつは漫画かなんか読んでいることだろうよ。いや小説の執筆でもしてんだろうか。だとしたら、完成したら見せて欲しいね。おれでいいんならいくらでもお前の原稿読んでやるぜ。
扉のノブが音を立てて回転する。まるでそれは未知への世界の遭遇だった! ――なぁんて大仰な表現ができるほどのもんじゃない。ふつうの、ありふれた、日常の一幕だ。おれがちあきの部屋をノックして、ちあきがそれに返事をして扉を開ける。何ともありきたり。だがそれがいい。おれたちの関係性は日常でこそ繋がっていると思う。今も、もちろんこれからもな。
「わぁどったの春斗くん! ま、まさか夜這いとか!? 春斗くんってやっぱり大胆なんだね! エッチだね! やっぱりパパの血を引いてるんだね!」
「ちげーよ! おれなんだと思われてんの!? 親父と一緒にしないでくれよ! あれは異常者なんだよ! レペゼンメンバーよりもやりチンなんだよ! おれは極めて健全だからな! いいか! 改めて言うぞ! おれは健全なんだからな!」
「春斗くんが嘘ついてる! この間私のこと襲おうとしたくせに嘘ついたね! わ、私にはわかるんだからね! 男の人がいつ獣になるのか! 夜だよ! 夜になると男の人に会っちゃいけないってお母さん言ってたもん!」
「じゃあ接客できねーじゃねぇかよ! つうかべつに夜這い掛けるつもりじゃねーよ。まともなお願いをしに来た」
「ま、まともなお願い……ですって!? 春斗くんがそんなお願いするはずがないよ! 私知ってるよ! 春斗くんが幼稚園の頃パパに七つ葉のクローバーを注文したこと! 『ふはは世紀末最大の魔術を発動し、世界を混沌の渦に巻き込んでやるのだー、わーーーーはっっはっっはっはっは』って叫んでたのも全部知ってるよ! 春斗くんのお願いなんてろくなもんがないんだよ!」
「やめろ! 黒歴史ほりかえすな! 忘れろ! って言うかなんでしってんだよ!」
「えへへ、私こう見えてもテレパシー使えるんだよねぇ。春斗くんのことなら何でもお見通しだよ!」
「嘘つけ! おれの日記見ただろ! 実はおれの日記見ただろ! 押し入れの中の鍵付き木箱破壊されてんのおれ知ってんだからな!」
「ば、ばれた……なぜ!? パパはバレないって言ってたのに……!」
「犯人あいつじゃねぇか! ちくしょう! ちっくしょ………………、なんでおれがこんな目に遭わなきゃなんねーんだ」
「春斗くん、それで本当のお願いって何なの? 織り姫と彦星を出会わないようにして下さいなんてむりだからね! だいたい織り姫はメンヘラだからきっと浮気するよ!」
「やめてくれ! 七夕を汚すな! たしかに会えない寂しさから他の男になびいちゃうなんて話は親父からよく聞くけど! そうじゃねーよ! だいたいおれ織り姫と彦星なんざに興味ねーんだよ!」
「じゃあなにに興味があるの!? はっ! まさか微分方程式!?」
「おれはガリレオか!? 微分も積分もしねーよ! 興味ねー数学なんか! 数学教師の高畠がこの前痴漢容疑で逮捕された件についてはあえて触れねーけど! おれが頼みたいことはそうじゃねーんだよ!」
おれは息を荒らげる。なんでこいつに向かって本題を切り出す前にこんなにも会話を重ねないといけないのだろうか。世の謎だ。おれは世界のミステリーとかに興味を持ってるが、実はちあきという謎の生命体が一番に謎なんじゃなかろうか。こいつは謎だ。おれでも解き明かせない。ポアロでもかなわないだろう。だとしたらおれなんぞに付け入る隙はねーよな。
「春斗くん? お願いってなに?」
ちあきも察してくれたようで、おれはようやく本題を切り出せる。本当はこいつわかってぼけてんじゃねーのとか思うけど、おれはあえてそこには触れないでおく。マジでこいつとの会話逸れやすいからな。軌道修正が必要だ。そう無修正じゃ太刀打ちできない!
「あー…………ちあき、そのなんだ、明日放課後カラオケに行かねーか?」
「カラオケ!? いーね! 春斗くんと一緒に行くの!? やったー! 私スピッツ歌うよスピッツ! いいよねスピッツ! マサムネって響きがいいよ!」
「謝れ! ファンに謝れよお前! いつか刺されるぞ! 世にスピッツ好き何人いると思ってんだ!」
「あ! 私みゆきも歌うよ! 中島さん! 『旅人のうた』!」
「マニアック! マニアックだな! ふつう『糸』とか『地上の星』とか『時代』じゃねーの!? いやまぁ人の好みなんてそれぞれだろうけど……! 『旅人のうた』…………! お前なりの人生があるんだな!」
「そうだよ! 私なりの人生があるんだよ! あと『わかれうた』と『うらみます』も歌っちゃうよ! 春斗くんとこうやって楽しく喋っているのも私なりの人生なんだよ! すっごく楽しいよ! 掛け替えのないものだよ! 掛け替えがなさ過ぎてもはや手から離れないレベルだよ! アロンアルファもビックリだね!」
「お、おう……………………」
おれはなにを照れてんだろうか。まったく妹に甘い奴だぜ。甘すぎてもはやプリンアラモードを凌駕しているレベルだ。全国の喫茶店にあるプリンアラモードすべてに勝っている。おれの愛は、妹への愛は世界一だぜ! 愛してるぜちあき!
「ん、じゃあ明日カラオケだ!」
「わーい! どうせならオルソンくんとかなみんも呼んじゃおう!」
「…………………………………………ふぇ?」
おれは拍子抜けを食らったね。なんたってオルソンとかなみんまで呼ばなくてはいけないのだろうか。ふざけんな!
「食らえデットエンドサーブ――――――――――――ッ! ふっ、貴様のダークシュトルムも我のエンドサーブ第二形態にはかなわぬようだな」
「すごい! すごいよオルソンくん! すごい歌だね!」
「ちょっと待て! すげーのは認めるけどこれ何の曲だ! おれはこんな曲聴いたことねーぞ! そして厨二病としてセンスがあまりにもねーな! 何だ技名がサーブって! お、お前……………………っ! ちょっと待ってくれ………………! 腹がいてー。必殺技がサーブのヒーローって………………ッ! バレーボール選手かよ!」
「は、はん……………………オルソン様、なんて素晴らしき歌声! み、見直したかも………………つ、次私歌っていい? ん、ご、ごめんやっぱり恥ずかしい。す、好きな人の前で歌うのってこんなに緊張するんだぁ…………! うわぁやっぱり山田くん歌って! はいほら早く!」
「いてぇ! いてぇよ押しつけんな! だいたいなんでかなみとオルソン連れてきたんだよ! こいつらいるとカラオケがややこしくなんだろうが!」
「ダメだよ春斗くん! そうやって仲間はずれにしちゃダメなんだからね! お姉ちゃんと約束したでしょ! 仲間はずれは出しちゃいけませんよって!」
「妹だ! お姉ちゃんじゃねーよ! っつうかいつそんな約束したんだよ!」
「そうだし! あんたごときが仲間に入れて貰えてることに感謝してないってあたしとしてはものすごく腹立つんだけど! なんなのこいつ!? ねぇおねえはどうしてこんな奴仲間に入れちゃったの? せっかく仲良し三人でカラオケできると思ったのに……」
「む? 我は貴様と朋輩の契りを交わしたことなどないはずだが、我の記憶違いか? それとも前世で出会いし運命の相手とでも言うのか? ならばすまぬな。我には記憶がないゆえにその契りを思い出すこともできぬわ。貴様は名を何というのだ?」
「か、かなみです! つ、土屋かなみっていいます! お会いできて光栄ですオルソン様! あたしはオルソン様に一生の服従を誓います! だからあたしをおそばにお仕えさせて下さい! お、お願いします……!」
「ほう貴様は我と初めて契約を交わしたいと言うことか。なるほど面白い女だ。褒めてやろう。貴様は土屋かなみと申すのか、ならば我が特別に貴様に二つ名をやろうではないか」
「ふ、二つ名ですか!? 貴方様からいただいた二つ名後生大事にいたします! はぁ! なんて幸せなんだろ~~~~~~~! 好きな人からお名前をいただけるなんて、これはもう今日死んでもいいくらいの本望だよね! うんきっとそうだね! 嬉しいから帰りにハーゲンダッツのアイス買ってこう!」
おれはかなみとオルソンの会話をなんとなく聞き流す。あれだなこれは聞いているだけむだというものだ。つうかかなみの奴キャラクター変わりすぎじゃねーの? おれは振られたばっかりだから言うわけじゃねーけどよ、さすがに尊敬しすぎじゃねぇのか? いやわかるぜ? おれだって推しのアイドルの一人や二人くらいいるさ。だがなそうやって推しを作ってばかりいるといつか現実に素敵な人に出会ったときに後悔するぜ。推しじゃないから好きになれないって言うのは残酷だぜ? だからかなみたん……もう一回でいいからおれに振り向いてくれねぇかなぁ(切実)!
とまぁおれが無意味な感傷に浸っていると、ちあきが歌い出す。
「お~~~~~とこに~~~~~~~~~は~~~~~~~~~~お~~~~~~と~~~~~こ~~~~の~~~~~~~~~!」
なかなか渋い歌歌いやがるよなこいつも。ふつう若い女の子が歌う曲ってよるしかとかYOASOBIとかそっち系じゃねーの?
「ふぅいい汗かいたね! 次は春斗くんの番だよ! えなに!? 歌いたくないの!? じゃあ次はオルソンくんの番だね!」
「さらっとスルーさせんな! いつの間にスキップが場に置かれてんだよ! ウノか!? おれにはいつも出番が回ってこないのか!? おれ主人公だぞ一応!」
「え~~、春斗くんが主人公な訳ないよ! 主人公はいつだって私なんだよ! そうだよ! 世界征服を夢見る美少女が私なんだからね! へへ~~~燃えてきたね! なんかテンション上がってきたから私もう一曲歌うね! わか~~~~~~~れは~~~~~~~~~~!!」
また歌いやがった。オルソンもかなみもおれもガン無視されてんじゃねぇか。まぁオルソンとかなみに至ってはなんかちょっといい感じになってやがるんだよな。見てみろよ、竜一を見るかなみの瞳の中にはそれはそれはマンガでしか見たことのないハートマークが浮かんでやがんぜ! オルソンもオルソンでまんざらじゃなさそうだし、おれは今日は帰って布団に潜って泣こうかな! 中原中也にバカにされた太宰治みたいに泣こうかな! そうだよな! 太宰治って女にもてたんだもんな! じゃあ太宰になりきればおれだって女にもてるはずだ! ケド太宰の女性関係ってろくなことになってねぇんだよな…………。
「ふん面白い。土屋かなみ――改めゴールデンゴーレムよ! 貴様には我と合体魔法を使う権利をやろう! 我とともに歌え! そして叫ぶのだ! 魂の震えるような鎮魂歌を世界に轟かせてやろうじゃないか!」
魂が震える鎮魂歌ってそれはもう鎮魂歌じゃないような気がするが、かなみはそんな小さなことを気にしないタチらしい。ちょっとばかし恥じらいながらも勢いよく立ち上がって拳を天に突き上げた。何かしらのいけない宗教にはまりだしたおばあちゃんみたいになってる。放っておこう。かなみはもうおれの女にはなってくれねぇだろうからな(泣)。
「わーい唐揚げだー! おいしーねー春斗くん!」
「あぁそうだな。お前一体いくつ食った?」
おれは歌い疲れてぐったりしていた。そこへちあきが寄りかかってくるもんだからよけいに疲れる。正直こいつが密着してきてもちょっと前ならドキッとしただろうが、今は慣れっこになっちまった。いやボディタッチしてくる位置にもよるけどな。腕とか肩により掛かられるだけだったれおれはドキッとしない。お前らよりも大人だろ!
「プハァ! 素晴らしいですねオルソン様! あたしあんな歌声初めて聞きましたよ! もう感激ですよあたし! 死んでもいいと思えました! オルソン様! また歌って下さいよ~~~~お願いしますよ~~~~~~!」
「ええい山田! 貴様何という女を連れてきてしまったのだ! なんなのだこの女は! さっきからおれはオーバーロード並みに尊敬されているではないか! いや悪い気はせん! 悪い気はしないのだが、さすがにここまでべたつかれると裏があるのではないかと疑ってしまう! おい離せ女!」
「オルソン様~~~~~! へへっ、あたしオルソン様のお子を孕みたく存じますぅ!」
「ななななにを言っているのだこの女は! おい山田! どうにかしろ!」
「ははっ! しばらく面倒見てやれよ! かなみはお前のことが好きなんだってよ!」
おれは吐き捨てるように言ってやる。信じられないと思うが、おれはかなみのことが好きだったのだ。それが今となってはどうだ! 見るも無惨じゃねぇか! 完全にオルソンに心酔してやがる。おれは今日は悲しくて仕方がなかった。歌っている最中もオルソンにべったりなかなみを見るたびに、おれは激しい悲しみに襲われたのである。辞世の句でも作って死んでやろうかとも思ったね! なんでおればっかりにこんな目に遭わなければいけないんだ! ちくしょうめ! おれは怒りに震えた。やっぱりおれがオールバックだからか!? オールバックだから不幸を呼び寄せているだけなのか!? ちくしょう髪型変えてやる! そういえばちあきのおばあちゃんであるちはるさんは今はマッシュとかセンターパートが流行っていると言っていた。おれもそれくらいは知っている。だがやってみるだけの勇気がなかっただけだ。ようし! 今日はこっそり美容室に行ってやるぞぉ!
「春斗く~~~ン! へへぇ、オールバック似合うね! この世の中で春斗くん以上にオールバック似合う人はいないよ! もうこれ運命じゃないかな! オールバックに愛された男、それが春斗くんなんだよ!」
「なっ!」
おれは思わず声を上げてしまう。すぐ近くにちあきの顔が合って、微笑ましげに言ってくるその姿はまるで地上に舞い降りたガブリエルのようだった。いや違う! もしかしたらラファエルかもしれない! それともザドキエルか!? ミカエルか!? いいやちあきだから、きっとシェムハザかも知れない! 違う! それは堕天使だ!
「お前……オールバック好きなのか!?」
おれは思わず聞いてしまう。オールバックを愛してくれる存在がいたとは……!? おれは嬉しくてたまらない。ちあきの顔がマリアのように見えた瞬間だった。もしかしたらちあきという存在は全人類の母なのかも知れない。愛してるぜちあき! そしてすべての人間達に祝福を!
「むっ! そんなわけないよ! 私は春斗くんが好きなの! オールバックが好きなわけじゃなくて、オールバック姿のいつもの春斗くんが好きなの! そこ間違えちゃダメだよ! ぷんすか!」
「はは……そっか…………」
おれは感動で泣きそうになる。いやもう泣いてるな。おれの視界がじわじわと滲んで、心がポカポカと暖かくなる。どれくらい温かいかというとサウナくらい温かい。尋常じゃなく温かかった。もうこの温もりからは出られないかも知れない。そうかこれが恋なのか。違うな。これが愛というものなのか……!
「うぅ………………ちあきぃ…………………………!」
「うわ気持ち悪いよ! 春斗くんなに!? いきなり抱きつかないでよ~~~~苦しいよ~~~~!」
「おれお前が妹でよかったよ! 本当に愛してるぜちあき! チューしようチュー! 恋人同士なんだからチューしようぜ!」
「……………………春斗くんいい歳なんだからもうちょっと雰囲気とか考えてよ……」
ドン引きされてしまった。いやしかしドン引きしてくれるのもマイスイートエンジェルちあきたんなのだ。おれにはなにもいらない。ちあきという可愛い可愛い妹さえいれば、他にはなにもいらないのだ。妹さえいればいい! 素晴らしい! アンビリーバボー! おれの妹への愛は世界一だぜ! ちあきた~~~~ん、おれは今日から眠りに着くときはちあきの数を数えることにしよう。ちあきが一人、ちあきが二人……、アァなんだか眠くなってきた。ちあきという存在はとても温かくて、安眠効果があるのかも知れなかった。素晴らしいぜちあきって。ちあき、アァちあき! おれの好きなのはお前だけだぜちあき!
「本当にキモいよ! 顔が! 春斗くん起きてよ! なに考えてるのか知らないけど! さすがにその表情はドン引きだよ! ドン引き過ぎて地球一周しちゃうよ!」
「ちあきた~~~~ん! うぉーあいにーーーーー!」
「寝言だよねそれ! 戯れ言じゃないよね! 寝言なんだよね! うん違うねやっぱり戯れ言だね!」
「可愛い可愛いちあき~~~~ん! 僕の膝でお眠りちあきた~~~ん!」
「止まってよ! 春斗くんとまって! 暴走しすぎだって! 酔ってるの!? 春斗くん酔ってるの!? 飲んだのメロンソーダだよね!」
「そんなわけないじゃないかちあきたん。僕はいつも君の夢の中にいるんだからね! ふふ、僕はいつもしらふさ!」
「ほんとうに気持ち悪い! オルソンくんかなみん助けてよ! 春斗くんがおかしくなっちゃったよ!」
「へへぇ、オルソン様あ~~~~ん!」
「…………ん、悪くはないな。濃厚なホワイト…………ホイップクリームだ。ほうなかなかやるな、もう一口よこせ」
「ちょっと! ラブラブしないでよ! 春斗くんがおかしくなっちゃったんだよ! どうにかしないと! こんな人の隣歩くのいやだよ! 私こんな人連れて帰るのやだよ! ねぇオルソンくん!」
「む、何だ貴様は。寝言は寝てから言ったらどうだ」
「オルソンくん!? 私に対する態度が変わってるよ!」
「おねえさっきからうるさいよー。あたしオルソン様とお喋りしてる最中だから、邪魔しないで欲しいんだけどな」
「かなみんまで……。いいよ私一人でどうにかするよ! 春斗くん起きて!」
ばちん! おれは頬に衝撃を感じた。いやこれは天使の息吹かも知れない。大天使の息吹という奴だろうか。使用するとどういう効果があるのかは忘れたが、少なくともおれに対しては覚醒作用があることがわかった。おかげでおかしくなっていたおれは正気を取り戻せたようだ。
「ん、おうちあきじゃねぇか」
「春斗くん! 戻ったんだね!」
「おう。少し眠くなっちまったみてーでな。なんか眠い時って頭がふわふわして、自分が自分じゃなくなるように感じる時ってあるよな!」
「ないよ! 春斗くん特異体質だね! すごい体質だよそれは! 春斗くんなんかこの前薬飲んでから体おかしくなってない!? 本当に心配なんだけど……!」
「おう! おれはこの通りピンピンしてるぜ! 憂いなんてひとつもない! 好きなものは好きって言うし、嫌いなものは嫌いって言うぜ! だから竜一! お前なんて嫌いだ!」
「なっ! なにを言う貴様! おれのことが嫌いだと……ふざけるな。いい度胸だ。貴様のそのひねくれた感性をおれが元通りにしてやろうではないか……。勝負と行こうか春斗」
「はん! いい度胸っつう言葉はテメーに返してやるよ竜一!」
「いいだろう。貴様が勝ったなら、そうだな……おれの定期テスト対策に付き合ってもらおうか」
「望むところだぜ! 俺が勝ったらおれの好きな漫画本おごれよ! 全巻セットだ! 五千円もするんだぜ五千円も! なぜか五百円で買い取ってるくせになぜか大手古本チェーンで五千円で売られている『織り姫様は告らせたい』の全巻セットだ!」
「な! 貴様! …………ふふ、なかなかいいセンスをしているな。勝負方法はどうするのだ? じゃんけんか?」
「アホか! なんでここでじゃんけんなんだよ!」
「……む、すまぬ。おれはじゃんけんという勝負しか知らなくてな。他になにで勝負するのだ?」
「カラオケに決まってんだろ! この流れだったらふつうカラオケだろうが!」
「カラオケで勝負ができるというのか??? 誰が審判をするのだ?」
「なに本気で聞いてんだよ! お前本当は天然なのか!? インドマグロ並みに天然なのか!? ちげーよ! 採点機能があるじゃねぇか!」
「さいてん……なんだそれは? 貴様、なぜおれが知らぬことを知っている? まさか古の賢者か?」
「本気で言ってんの!? ねぇお前カラオケの採点機能知らないの!?」
「知らん。第一貴様と来ているときもそんな機能を使ったことはないではないか」
「そうか! 悪かった! 全面的におれが悪かった! 知らなかったんだな! そうだよな! おれが悪かったよ! そりゃ初めてなら知らないよな!」
「世の中学生はみな知っているというのか……?」
「多分知ってますね」「知ってると思うよ!」
「なっ……! おれが知らないというだけなのか……? な、なぜだ………………! このおれに知らぬことがあるなど………………! 不覚だ! もう帰る!」
「ガキか! まてまて! べつに責めているわけじゃねぇよ! 落ち着けって!」
「お、おれの知らぬことがあったのだぞ! 恥ずかしくて今晩寝られないレベルではないか! う、うわマジで恥ずかしい! や、やめてくれ……! こんな無知なおれに構わないでくれ! しにたい!」
「お前めんどくせーな! そこまで責めてねーよ! カラオケでお互いに歌って、点数が高かった方が勝ちってことだ。それなら単純だろ?」
「なるほどな……。たしかにそうだ。だがおれはその採点機能とやらを知らなかったのだぞ。そんな無知蒙昧で愚鈍な我を、誰が許そうか……。だから帰る。そうおれは帰ると決めたのだ……」
「とことん思春期だなお前! あまのじゃくか! べつにせめてねーっつってんだろ! 採点機能知らなかっただけじゃねぇか!」
「こうやっておれは、世間からもバカにされて生きていくのだな……。おれの将来が見えた気がするぜ……」
「ほんっとにめんどくせー! なんなんだこいつ! たかがカラオケじゃねぇか!」
「オルソン様落ち着いて下さい! 知らないことなんて、人間であれば誰にでもありますよ! あ、あたしだって知らないことたくさんありますから!」
「…………む、そうか。貴様は我を認めてくれるのだな。………………そうか、我は認められているのか」
こいつマジかよ……。信じられるか? おれこいつに好きな女の子取られたんだぜ? おれは今日は布団被ってえんえんと泣くとしよう。その前にカラオケバトルだ。『織り姫様は告らせたい』の全巻セットがどうしても読みたいのである。そのためにはこの勝負勝たねばならない。
先手はオルソンだ。オルソンは無難な感じで歌っていく。合いの手を入れるかなみはものすごく楽しそうで、歌っているオルソンの横顔をそれはもう尊そうに眺めていた。悔しかった。涙が出た。
だが――
「頑張って春斗くん! ふぁいと!」
そう、おれの背中を押してくれるのはちあきだ。おれの義理の妹で、ほんの少しの期間偽物の恋人を演じて。
その期間はおれの人生の中でも輝かしい時間だった。まぁ人生つってもまだ十四年しか生きてねーんだけどな。
――おれはちあきに、今どんな感情を抱いてるんだろうか。
「おう、任せとけ!」
空には星が瞬いていた。美しい夜である。宮沢賢治だったらきっとこの空を見て涙を流すことであろう。宮沢賢治バンザイ!
……とまぁおれはスーパーハイテンションでごまかしているが、敗北した。おれが八十九点でオルソンが九十三点だったのだ。いやこいつ歌うますぎじゃないか? おれはオルソンが歌っている姿を見ていたけど、そんなにうまくは感じなかった。ってことはきっと音程を合わせるのがうまかったんだろう。それにビブラートとかこぶしとかの加点要素が強かったんだと思う。なんたることだ! おれはいまだ敗北を認められずにいる。どうしておれは負けたのだ? どうしておれは負けたのだ? どわっはっはっは! 妖怪のせいなのねそうだきっと! 負けたのはどう考えてもおれのせいじゃない! おれが負けたのはどう考えてもお前らが悪い!
「フン見苦しいぞ貴様。何だその姿は。やれやれだな負けたくらいでそんなに落ち込むなど。貴様はまずはそのあまのじゃくな性格から直したらどうだ春斗。なぁゴールデンゴーレムよ」
「へへっ! そうですよねオルソンさまぁ! んちゅっ」
「………………ほう悪くはないな」
ちょっとまってくれ! こんな道端でほっぺたにチューしてんじゃねーよ! おれにとっては更なる追い打ちであった。おれの今まで好きだった女の子がもう完全にオルソン竜一とか言うよくわからない奴のことを好きになっている。あれか? カラオケでも負けて主人公としても負けているとかそういうことか? なんたる不幸!
「春斗くん落ち込んじゃダメだよ! 負けるなんてことは人生においてたくさんあるんだからね! オルソンくんとケンカにならなかっただけよかったと思うよ! そうだ春斗くん! 今日帰ったらドラクエの続きやっていい!? 私ムドーが倒せなくて……!」
「中古で買った奴な。好きにしろ」
おれの部屋にあるゲームである。まぁ昔の奴だから好きなだけやってくれよ。ッつうかわざわざおれの部屋まで来なくても、自分の部屋でやりゃいいんじゃねぇの?
「なんで!? それじゃあ春斗くんがムドーを倒すときの快感を味わえないじゃん! 私一人でムドーを倒す瞬間見ても楽しくないよ!」
「いや充分に楽しいだろ! ミレーユとかハッサンだって感動してくれんだろ! お前一人じゃないから! 仲間がいるから! 失ったものばかり数えてんじゃねぇよ!」
「失ってないよ! 春斗くんはずっと私の傍にいるんだよ!」
……お、おう………………。こいつは天然なせいか、たまにおれにとってすごい嬉しいことを言ってくれる。好き!
「オルソンさまぁ! あっちにゲームセンターがありますよ! 一緒に行きましょうよ~~~! あたしUFOキャッチャーやりたく思います!」
かなみがオルソンに向かって提案する。こいつ酔ってねぇだろうな。
提案されたオルソンもオルソンでまんざらでもなさそうな顔をしている。なんかもう完全にカップル成立しちゃってんなこれ。帰って泣くか。そうしよう。ちあきならいくらでも慰めてくれるだろう。
「なかなか面白そうな物を見つけるではないか。くく、よかろう。我のエンジェルバニッシュメントを見せつけるときが来てしまったようだな。驚きすぎて目を回すなよゴールデンゴーレムよ!」
「あたし回しませんよ! オルソン様の技で目を回してしまうのは、山田春斗級のザコだと思います! あたしの精神力は天下一ですからね! すみません間違えました! 天下一は貴方様でしたオルソン様! あたしオルソン様のお力見たいです!」
「ふん、悪い気はせぬな。だが気を抜くなよゴールデンゴーレムよ。貴様とて人の身、おれの技を見てしまったからにはタダではいかんぞ。貴様とて油断することでないことだ」
「はーいオルソン様! あたしはオルソン様の闇の力にも屈しませんよ!」
「その意気だ。貴様をおれの右腕と認めよう、ゴールデンゴーレムよ」
「そ、そんな……! 光栄ですオルソン様! あたしオルソン様の役に必ずや立って見せましょう!」
おれたちが見てる前でなんちゅう会話してんだよこいつら。しかし恋愛というのは盲目である。周りの目など気にしていたら恋愛なんぞできっこない。こいつらはそれがわかっているのかは知らないが、とにかくおれの目から見たらものすごく楽しそうだった。恋愛なんて言うのは人それぞれなんだな、と実感した今日この頃である。
そのまま二人は、二人だけの世界に入り浸ってゲームセンターの方へと歩いて行ってしまった。とんでもないものを見たような気がする。だっていきなり手を繋いだぞ。マジかよ……しかもかなみがオルソンのお尻に手を回しても、オルソンはほぼほぼ反応しない。世のカップルってみんなこうなんですかね……。かなみめっちゃ嬉しそうなんだけど……
本当に悔しかった。だが涙は明日のために取っておこう!
「え、えっと、行こうか春斗くん! なんか見ちゃいけないもの見ちゃったような気がするけど……!」
「お、おう……そうすっか。なんかもうすごい心が砂漠化してっけど、お前がいれば安心だな!」
「……? なに言ってるのかよくわからないよ春斗くん……?」
おれたちもまた二人で夜道を歩き始めた――
「つっきのあっかりが! とってもきれいねよっこはま!」
なんか歌詞が違うような気がするが気にしてはいけない。歌詞が違うのだから著作権侵害にはならないだろう。だから小説で書いちゃっても問題ない。
川沿いを歩く。本当に月の光が川面に反射していた。う、美しい……! なんと盛大に美しい夜だろうか。もしかしたら神さまが気まぐれを起こしたのかも知んねーな。アァ神さま! 我々になんていう幸せを与えて下さったのでしょうか!
おれは神様に感謝を捧げたが、よくよく考えたらおれの祈るべき神さまって誰なんだろうな? 八百万? ゴッド? そもそもおれは日本人なわけであって、祈る神など決まりきってはいないだろう。じゃあおれが祈るべきは……太陽神ってことにしとくか! ありがたいよう神! おれはあんたを心の底から信奉してるぜ! って今は夜だった!
「春斗くんなにセルフツッコミしてるの……? キモいよ! 相変わらずのキモさだね! キモすぎて鼻血出るかと思ったよ!」
「そんなんじゃ出ねーよ安心しろ! 鼻血ってのはな! 廊下で転ぶと出てくるもんなんだぞ!」
「みのりん! みのりんだね! 私そのシーン大好きだよ! ありがとう竹宮先生――ってそうじゃないよ! 今はみのりんの話してないよ! 春斗くんがとても気持ち悪いねって話をしてたんだよ! キモすぎて涙が出てきたよ!」
「涙って言うのはな……人生で転んだときに……」
「うっかりしてた! やっぱ今のナシ! またみのりん出てくるからダメだよ!」
「おうそうしてくれ! おれは今猛烈に落ち込んでいる!」
「どうして? 春斗くん何かあったの!? 私でよければ話聞くけど……」
「おれかなみのことが好きだったんだ……!」
おれが言い切るとちあきは本当に驚いたような様子だった。目をまん丸に見開いている。まるでびーだまのようだ。吸い込まれそうである。いっそのことそのまま吸い込まれたい気分である。アァちあき様の瞳はなんて美しいのだろうか……。
「そ、その様子だと本気で落ち込んでるんだね……。な、なんか心中察するよ……。ケド大丈夫だよ、春斗くんには私がついてるからねー」
「うぅ……ちあきぃ! おれお前がいれば他にはなにもいらねーよ! ちくしょう! 何だあのオルソンって奴! 人の女奪いやがって! 葉蔵の気持ちがわかったぜちくしょう!」
「落ち着いてよ春斗くん! べつに春斗くんの女じゃないから! かなみんはもともと誰のものでもなかったんだからね!」
「わかってるよそんなこと! クソ! こうなったら切り替えてやる! おれはもうかなみのことは諦めたぜ!」
「その意気だね! さすが私のお兄ちゃんだね!」
ちあきは拍手をしてくれる。……なんなんだこのお遊戯会的なやり取り。ちあきと会話しているとどうにも知能指数が下がっているような気がする。まぁ仕方ないか。それにちあきはおれのために慰めの言葉を言ってくれているわけだからな。その点感謝しなくちゃ罰が当たるってもんだぜ。大切なものは目に見えないってサンテックスも言ってたじゃねぇか。おれは愛すべきものを見誤る男じゃないんだぜ!
と、ぐぅうううううううううううううう、と大きな音が鳴り響いた。どうやらちあきの腹の音が鳴ってしまったらしい。腹を抱えてちょっぴり頬を染めるちあきさん。
「腹減ったのか? うちに帰ったらお好み焼きでも食うか? タマにはチョコレートソースでも掛けて食うか?」
「いらないよ! 私そんなお願い一言もしてないよ! って言うかさすがに毎日お好み焼きは飽きるよ……! ふつうにご飯とお味噌汁と焼き魚が食べたいよ……」
「はは。ンじゃあくろばさんに頼むとすっか! あの人けっこう優しいよな」
「へっっへん! 見くびってもらっちゃ困るよ春斗くん! 私のお母さんは世界一優しいんだからね! 優しすぎて地球がひっくり返る位なんだからね!」
ひっくり返ったら大災害になるじゃねーか……とか無粋なことは言わないでおこう。おれはちあきの言葉を受け止める。まぁちあきが尊敬するくらいあの継母は優しい。
おれはひとつ呼吸して――それからちあきの手を取った。きっとこの距離感は、偽りでも何でもないのだろう。おれはオルソンとかなみの距離の縮め方を見た。人それぞれって言葉が一番適している。
「か、かえるか?」
おれは声がひっくり返ったのを感じた。感じたって言うか実際に声がひっくり返っちまっている。なにやってんだか。こんな姿を読者に見られでもしたら明日から大笑いされるだろう。アマゾンレビューで低評価つけられちまう。しかし人が盲目になる瞬間って言うのは必ず訪れるもんなんだぜ。おれはそれを今知った。
「うん!」
ちあきはそれは無邪気な返事をしておれの手を強く握り返した。
おれは心の中でこっそり思う。ちあきも同じ気持ちでいてくれればいいなと。




