9 天下のかなみ様とボウリング
デートは一段落した。果たしてあれをデートと呼ぶのかどうかは疑問だが、そこはお許し願いたい。だってデートって言うのは人それぞれだもんな。一対一の関係性に、外部からの評価は関係ないのである。しかもおれたちはほんものの恋人ではなく偽物の恋人なのである。完璧を求めないくらいがちょうどいいのさ。ヨーソロー。
「ふむぅ。なかなか楽しげなデートではないか。よかったなぁ! このリア充共が!」
「なんで親父ちょっと怒ってんの!? あんた大人げなくない!? いいじゃねぇか息子たちが楽しくデートしたんだからさ! っつうかこのデートあんたから提案したもんだよねぇ!」
「ええいうるさいうるさいうるさい! たしかにおれが言い出したことだけどな! ちょっと羨ましいんだよ!」
「子どもかあんた! もうちょっと大人になってくれ頼むから……。息子からそんなことを言わせないでくれよ……」
「あはは! パパって本当に面白いよね! そこら辺の芸人さんの百倍くらい面白いよね! 何なら天下取れちゃうレベルだよね! 私芸能カンケイの人とも仲いいから連絡とって上げよっか!?」
「待て。待てよちあき。お前話題を逸らすな。だいたいこの親父おだててもろくなことねぇんだぞ」
「何だと失敬な。おれだってまともな人間生活を送っている自信があるんだぞ!」
「そうなの!? びっくりだ!」
「なんでお前が本気で驚いてるんじゃ。まぁよい。とにかく楽しかったのならそれはそれで素敵なことではないか」
「まぁな。途中で変な乱入者が入ってきたけどな!」
「ふふっ。貴様らの友達は面白い奴だな。なんだっけ? シンドラー刃牙と言ったか。いやぁなかなかに愉快な奴だな! おれも一度会ってみたいわ! さぞ会話が盛り上がりそうなことだ! どうせならうちにでも連れてこい!」
「オルソン竜一だ! 誰だシンドラー刃牙って! って言うか連れてきたくねぇ――! 心の底から連れてきたくねぇよあんな奴! まぁ勝手に店に来るのなら話は別だけど、できれば連れてきたくないな! あいつ連れてくると会話がめんどくせぇんだよ!」
「なにぃ!? 貴様友達を侮辱するのか! 友情というのはな! 時に家族との絆よりも大事なものなのだぞ!」
「家族が言っちゃダメだろそれ! まぁ友情が大事なのは認めるけどよ、べつにあいつはおれの友達であって、ちあきの友達ではないんだぞ」
「まぁそうだね。あの人ととは友達になりたくないかな!」
「ほら見ろ! 竜一聞いたか! お前めちゃくちゃちあきに嫌われてんぞ!」
おれは誰もいない虚空に向かって叫ぶ。おれは一体なにに喜んでいるのだろうか。おれは一体なにに興奮しているのだろうか。わからない。わからないからこそ人生は面白いのかも知れないけどな!
「ねぇねぇパパァ! 私これからも春斗くんとデートするからぁ、そのぉ、お小遣い欲しいな!」
「おおいいだろういいだろう。よしよし、お小遣い足りないよなぁ。デート代ならいくらでも出してやるぞ! ほらここに口座番号と、あそこに印鑑が入ってるからな」
「おい! おれは全力で止めるぞ! てめぇなに娘に自分ちの口座番号教えてんだ!」
「なにを言うとるか貴様! 娘にお金渡さずしてなにが親だこんちきしょうめ!」
「なんだよそれ……! 不公平じゃねぇか! おれにだって金もらう権利が発生するってことじゃねぇのかその理屈だと」
「はん! てめぇになんかやらねぇよ! せいぜい自分で稼ぐんだな!」
「ふざけんな! 差別だ! おかしい! 世の中狂ってる! だいたいおれだって店の手伝いやってんだから、もっとお金もらってもいいだろうが!」
「甘ったれるなクソガキが! てめぇにやる金なんかありゃしねえんだよこのポンコツが! だいたい貴様とちあきちゃんでは、仕事のできが違うんじゃアホめ!」
「うぐっ! 言い返せねぇ……」
そうだ。たしかにちあきの方が仕事ができる。お客様から愛されているのも間違いなくちあきの方だし、その結果利益にも繋がっている。翻っておれはどうだ。ただのふつうのバイトと変わらないじゃないか! くそ! なんなんだおれは! ちあきに比べて何の能力もないじゃないか! なんなんだよおれって奴は! 小せぇな! 本当に生きてて意味があるんだろうか? いやない! じゃあおれの存在意義って何なの!?
「クソ! 言い返せねぇ…………! ちくしょう……!」
「ははは! ザまぁねぇな! ちあきちゃんはきちんとお店に貢献しているからな! だからほうら、おれのお金だよ~~~! 大事に使いなよ!」
「うんありがとうパパ! ねぇねぇ春斗く~~ん、そんなに落ち込んじゃダメだよ!」
「落ち込んでなど………………落ち込んでなんかいねぇぞバカヤロウが!」
「落ち込んでるよ! 誰が見ても落ち込んでるよ! 将来が心配になるレベルで自己肯定感抉られちゃってるようにしか見えないよ! ね、ねぇ春斗くん! そうだ! また今度デートに行こうよ! ね?」
うぐ。なんて優しい妹なのだろう。それに比べておれは……。なんて情けない兄なのだろう。いやいっそ兄と名乗ることも憚られる。どうせならちあきの他人を名乗った方が、ちあきの人生のためになるんじゃないか、そうとすら思っちまう。アァダメだぜ、おれ。そんなに自己否定に陥っていたら、ちあきがよけいに悲しんじまう。
おれはぱっと顔を上げた。
「よしちあき! 次回はボウリング行こうぜ! おれ一回行ってみたかったんだよな!」
「いいねボウリング! 私ガーターなしがいいな!」
とことん子どもみたいなちあきだったが、おれの意見に賛同してくれるちあきの存在は、おれにとって何よりも嬉しかった。
おれは親父に向かって盛大にあっかんべをしたあと、ちあきと一緒にどこのボウリング場に行くか決めた。やっぱラウンド10だよな!
電車に揺られて何十分かしたあと、おれたちはボウリング場に到着した。いやー長かったね! って言うか途中でユーフォーキャッチャーとか、何か半球状のお菓子とる機械とかが集まってるようなところに連れて行かれた。ボウリングまだ?
つ、つかれた……。おれはボウリングをする前にちあきにあっちへ引っ張られたりこっちに引っ張られたりしてそりゃもうたいへんだった。今時のラブコメで見かけなくなったヒロインに引っ張られる系の主人公を演じさせられた。いや果たしておれはラブコメ主人公を名乗れるほど立派かと言われれば、正直微妙なところである。
それにしてもこの義理の妹、なんでこんなにエネルギッシュなのだろう。見ていて羨ましくなるレベルだ。朝おれをたたき起こしに来たときからずっとこの調子だった。なんで、なんでそんなに元気なんだお前は!
「見てみて春斗くん! ぬいぐるみ! とってとって!」
「はいはい」
「見てみて春斗くん! あそこに店員さんがいるよ! おーい! あはは! あれ店員さんじゃなかった!」
「おいおい」
「春斗くんボウリング場だよ! うわーおっきいね! 私こんなに大きいところに来たこと初めてだよ! 見て、春斗くん! 自販機だ………………」
「ウワー、スゴイネー」
おれは放心状態であった。って言うかこいつ、昨日ジブリ作品DVDで見まくったせいで、何かジブリの影響受けちゃってるような気がする。気のせいでしょうか。いやきっと気のせいじゃない。だってこの鈍感系なおれが気づいちまうくらいだからな。まったくやれやれ、こいつは良くも悪くも子どもっぽい。
おれはちあきに手を引っ張られて記入用紙を書く台まで移動した。って言うかこいつの手小せぇな。まるで本当に幼稚園児みたいだぜ。見ろよ……こいつ、これでも中学生なんだぜ。信じらんねぇだろ……。
「春斗くん名前なににするの!? 私ちーちゃんがいい!」
「はは! お前子どもっぽいな! まぁ見た目もちーちゃんっぽいけどな! 影送りとかしてそう!」
「喧嘩売ってんの!? さすがの私でも怒るよ! って言うか小さいネタやめてよ! これでも傷ついてるんだからね!」
「そうかよ。おれにはとてもそうは見えねぇけどな!」
「な、なにおう! 私だって一生懸命生きてるんだからね! 勘違いしないでよね! って言うか春斗くん……私記入用紙が見えないんだけど……」
そうだよな……。お前小さすぎてボウリング場の記入用紙を記入する台のところに届かねぇんだよなぁ……。わかる。この台ってどうしてこんなにも高いんだろうか。もうちょっと低くしてやれよとも思わなくもない。いや正直どっちでもいいか。
けっきょくおれは『はるくん』にした。いいだろはるくん。おれの義理の妹がいつもそう呼んでくれるから、おれはるくんって名乗ることにした。いやいつもじゃねぇな。たまにだな。まぁ気にすんな。人の呼び方なんてそのときどきで変わるモンさ。おれだってオルソンと呼んだり、竜一と呼んだりすることあるからな。
ちゅうわけでボウリングが始まった。いやなんだ、休日に二人でするただのボウリングだったぜ。何の変哲もない、ただ楽しいだけのタマ投げ遊びだった――――
――とはならなかったんだなこれが!
「あれー? もしかしておねえじゃない? それと何だっけ? あぁー、あんたおねえの彼氏さんだっけ? なんか顔がサルみたいで、いかにも性欲強そうなそこの人」
「おれのことか!? なぁ土屋さん! おれのことなんですか!? サルって! サルってひどくない!?」
「るっさいなー。ところで二人はどうしたん? 今日はもしかしてデート?」
「うん! はるくんと二人でボウリングするんだよ! かなみは今日はどうしたの!?」
「あーうん。あたし休日はいっつも一人でボウリング場に来るんだけど、今日もそんな感じだよ。ケドまさかあんたらと鉢合わせするなんてね。おねえに会えたのはすっごい嬉しいんだけど、そこのオールバックの獣がね」
「おれ!? 獣なの? って言うかオールバックの獣ってなに!? 初めて聞いたんですけど!」
「はん! るっさいなさっきから! そういうギャーギャー騒がしいところがすっごく獣クサいって言ってんの! おねえよくこんなけだものと付き合えるよね! まぁ人の彼氏にイチャモン付けるももすごい申し訳ないんだけどさ、あたしはそういう男むりかな」
く、くそ……! おれはずっとかなみのことが好きだったが、ここに来て態度を変えざるをえなくなってきた。って言うかおれだんだんこの子のこと嫌いになってきているような気がするぜ。一目惚れって案外リスクが高いのかも知れない。土屋かなみ……、もしかしたらおれの天敵かも知んねぇな。
おれはわざとらしく咳払いをする。気分を切り替えるためだ。色々言われて言い返したいこともあるが、相手はあの天下のかなみである。マイラブリーエンジェルかなみたんに対して、無礼なことはできるだけ言いたくないというのが男心である。え? なんだって? クソみてぇな男心だな、だと? はん、わかっちゃねぇなお前らは! 好きな女の子の前では、たとえ嫌われようがアピールするのが男ってもんなんだぜ!
「ごほん! まぁなんだかなみん! どうせなら一緒にゲームしねぇか? また記入用紙再提出すれば間に合うだろうしな」
「はん! 誰があんたとなんかプレイするかバーカ! こんな性欲に塗れたゴリラみたいな男とボウリングしてたらあたしの心が汚れルッつーの! うわなにその目! あんた目腐ってない!? 魚! あんた魚じゃん! 海に帰れ!」
「おれは一体けだものなのか魚なのかどっちなの!? って言うかどっちでもねぇよ! おれはこう見えても人間だ! こう見えてもな!」
なんだか言っててものすげー悲しくなっちまったぜ。女の子に向かって言い訳する男は決まってだせぇもんだけどよ、ここまでダサい言い訳がこの世に他に存在するだろうか。いやねぇな! おれは今世界一ダサい男になっているに違いない! その証拠に他のボウリング客がちらちらとこちらの方を見てきている。
「うわなにあれ修羅場?」「うっわー、あの男オールバックだ。もしかして浮気がバレちゃったとか?」「相当なやり手なのかしらあの男……やるわね! 私好みよ!」「ねぇねぇママー、あの人たち痴話げんかしてるー! 大人だー!」「しっ、ケイちゃん見ちゃダメよ!」
とかなんとかひどい言われようだ。しかしオールバックは関係ないだろ! おれのポリシーバカにすんじゃねぇよ!
「そんなこと言わずにさ、やろうよかなみん! 私かなみと遊ぶのけっこう楽しみだよ! せっかくボウリング場に来たんだから一緒にやろうよ! ね!」
さすが天下の我が妹よ……。おれではどうしようもないことは妹に任せるに限るぜ。って言うかマジでありがてーな。おれじゃこの状況を何とかできないかも知れない。だとしたら頼れるのはちあき一人だ。……こいつらいとこなのにそんなに似てねーな、という感想は置いといて、かなみはしばらく考えるような表情を見せたあと、
「……はぁ、しょうがないな。三ゲームだけね」
かなみは渋々了承してくれたようだった。ちあきは満足げに頷き、かなみはまったくしょうがないんだからとため息をつき、おれはビックリ仰天していた。
三ゲームもやんの!?
というわけでボウリングゲームが始まった。おれの大好きなかなみたんはどうやら三ゲームもやりたいらしい。
そういえばかなみたんはいつも一人でこのボウリング場に来るって言ってたな。そんなにボウリングが好きなのか? いやまぁ個人の好きなことにたいしてむりに突っ込みたいと思う性分じゃないが、しかしかなみの事情となれば話は別だ。気になる。一人でボウリングに来るってなかなかのメンタルじゃないぜ?
おれたちは今、第五レーンの席に着いている。各々が好きな飲み物を買ってテーブルの上に置いている。ちあきがメロンソーダ、おれがジンジャーエール、そしてかなみがコーラだ。けっこう個人個人のイメージ通りな飲み物である。
最初の番はちあきだった。これは好都合だな。短い時間だけど、おれはかなみと会話する機会を得た。
緊張するな……。だがここで引いてしまってはもう一生かなみとしゃべれない気がする。かなみはペットボトルを開けてゴクゴクとコーラを飲んでいく。う、美しい喉元だな……。おれはこんなにも神々しい喉元を初めて見たかもしれねー。かじりつきたい! そして欲望のままに○○したい!
「ちょっ、なに? 見られてると飲みづらいんだけど? あんたもしかして女の子が飲み物を飲んでるところを見て興奮する系のマニアなの? うわきも」
「ちげーよ! 何だそのマニア!」
おれはそんなマニア初めて聞いた。あ、あれ? ケドあながち間違ってねーんじゃねーの? と思ったそこの読者諸君! みごとだ! この問題の正解を導き出してしまうなんてスーパー春斗くんを百体あげたいくらいすごいことなんだぜ! お前ら自信持っていいぞ!
おっと話が逸れちまったな。いやーあれだな、おれちゃんってば話が逸れるクセがある。どうにもこのクセは直ってくんねーみてーだ。まぁ諦めてるって言えば諦めてるけどな。
おれはかなみに問いかけた。
「お前いっつも一人でボウリング場に来てるっつってたよな。そんなにボウリング好きなのか?」
「すっ、好きじゃない! ハァ!? あんたなんなの!? あ、あたしがボウリング好きなことがあんたに何のカンケイあんの!? この変態!」
「変態じゃねーよ! べ、べつにふつうの質問だろーが! ボウリング好きなのかどうか聞いてるだけじゃねぇかよ! いかがわしいことは何も聞いてねぇよ!」
「あんたが聞くことは全部いかがわしくきこえんの! ハァ。あんたと付き合ってるちあきもたいへんだね!」
「そうだな! ケドそんなハイテンションで投げやりに言われることではないと思うぞ」
「まぁいいけど。あんたのことをちあきが好きだってんなら、あたしは認めてあげるつもり。文句ある!?」
「いやねーよ。なんだ、まぁお前とちあきはいとこ同士で、それなりに仲がいいんだろ。それで何かちあきをとっちまったみたいで悪かったな。一応謝っとくぜ」
「謝んないでいいから。ちあきとあんたが決めたことに対してあたしは文句を言いたくないし、そんな人間にも成り下がりたくない。ケド一つだけ言っておくと、ちゃんとあの子のこと大事にしてあげて。子どもっぽいとこあんでしょ」
「あ、あぁ……、そうだな。子どもっぽいっつーか、見た目は子どもだけど――いって!」
おれはかなみに脛を蹴られた。この子意外と暴力癖あるかも知れない。それはそれでそそるぜひゃっほー!
「そうやってちあきのことバカにすんのも禁止。あたしちあきのこと好きだから、あんたにはあたしがあの子に向ける感情以上のものを持っててもらいたいわけ」
「お、おう……お前ってけっこういい奴?」
おれが思ってたよりツンデレさんなのかも知んねーな。昔のラブコメならいい線行ってたと思うぜ。まぁ今のラブコメだと地に足ついたヒロインが人気になりやすいという現実があるが、それは置いといて。
かなみは虚空を見つめ、ぼそりと言った。
「あたしさ、実を言うと好きな人いるんだよね」
「いきなりどうしたんだお前」
「だ、だから! あんたの質問に答えてあげるっつってんの! ほ、ほら! あんたがあたしに向かってなんでボウリングに一人で来るのかって質問してきたから!」
はーんなるほどなぁ、とおれは思う。かなみにも好きな奴がいるのか。それとこれがどうボウリング場の話に繋がるのかは分かんねーけど、
わかんねーけど聞きたくねー!
いや聞きたいって気持ちももちろんあるけど! 聞きたくない! お前らならこの気持ちわかるよな! 好きな女の子の口からその子の好きな人の名前を聞かされるって最悪な気分じゃない!?
おれはできることなら耳をふさぎたかった。ケドここでかなみへの恋心がばれるのもちょっといやだったので、おれは取り澄ましてとりあえず聞いてみた。
「ほーん、で誰? どんな奴?」
かなみは恥ずかしそうにもじもじして、そしてそいつのことを思い出すかのような目をして、
「えー、えっとね、これ恥ずかしいから誰にも言わないで欲しいんだけど、その、山田くんとかちあきと同じクラスの人」
最悪だ……………………。これ以上の絶望があるだろうか。
おれは意気消沈した。今夜は眠れないかも知れない。アァもういっそのこと親父の部屋から酒を盗み出してやけ酒したい気分だった。お酒なんか飲んだことないが、もう飲んじまいたい。犯罪行為に走りたい気分だ。
けど、そうだよな。おれにいいところがあるかっつうと微妙なところだ。きっとおれなんかよりもかっこよくてスポーツのできる奴なんだろう。いいな、羨ましいぜ。キスをするときも背伸びしたがっちゃったりするんだろうか。おれは今かなみの近くにいるはずなのに、誰よりも遠く感じられた。きっとそいつのことが本気で好きなんだろうな。そうに違いない。
だって、
だってこんなにも恋する乙女の顔してる奴見たことねーぞ? こんな目を潤ませるものなのか。こんな熱っぽい瞳で遠くを見るものなのか。
おれは試しに聞いてみた。絶望するとわかっていても、聞き出したかった。クラスの人間の名前はなんとなく把握しているから、該当者がいればすぐにわかるはずだ。
「そいつのこと、好きなんだな」
「まぁ、ね。すっごくかっこいいんだ。いっつも一人でいるのが好きみたいで、たまに友達に話しかけたりしてる」
「ほう。なるほどな。つまりお前はそいつの真似をしていっつも一人で行動してるってことか?」
「うん」
顔を赤らめてかなみは言った。ボウリング場ってうるせーはずなのに、今ここだけは静かなような気がした。それくらい感覚という感覚が研ぎ澄まされている。心臓がバクついて、耳鳴りがひどく、唇はカッサカサだ。
「かっこいいんだ、本当に。ポケットに手を突っ込んで、いっつもなんかアタシ達とは違うものを見てるって言うか」
「ほーん」
おれは適当に相槌を返す。正直心はここにない。だから今の返事もおれの抜け殻から出てきたものだった。聞きたくない。ケド聞きたい。おれは悪魔のような感情に支配されていた。
「あたしじゃもしかしたら手に入らないかも知れない。その人すっごくモテるみたいなんだ。あたしなんか見向きもされないかもっ。けどいいんだ。これはこれで。初恋の人だもん」
「初恋、な……」
「そう。中学二年生のはずなのに、ときどき大人みたいな目をする。闇の組織と裏で戦って、しかも中学生のはずなのに白髪で、眼帯をつけてる、すっごくかっこいい男の子」
「ってちょっと待てえええええええええええええええええええ――!」
おれは思わず絶叫してしまった。該当者いたわ! あいつかよ! え!? よりにもよってあいつかよ! どないなっとんねん!
おれはぐっちゃぐちゃになってしまった頭の中をなんとか整理する。そうだ整理しろ整理! 落ち着け落ち着くんだ山田春斗! 今おれは好きな女の子に振られ、その好きな子の好きな子を知ってしまったわけだ。それはわかる。そしてその好きな子と言うのが――
「オルソンじゃねぇか!」
「ばっか! なんで大声出すのさ! ちあきに聞こえちゃったらどうすんの!? ばか! ばかばかばか!」
「え、あぁすまん……。けどオルソンなのかよ! よりにもよっておれの友達じゃねぇか!」
「はぁ!? だからどうしたっての?」
「…………………………えぇ、そうなのかよ……。お、お前あいつのこと好きなの……?」
「だからそう言ってんじゃん! あたしは一人で行動して、あのお方のようなかっこいい男になる!」
「お前女だろうが! なれねぇよ! なるな! お願いだからならないで下さい!」
「あんたに止める権利ないし! あたしは自分の道を行くし! ねぇ知ってた! あのお方の部下になると二つ名が貰えるって噂! あたしめっちゃ貰いたい! メタルブラザーとか言う称号貰ってみたいな!」
「お前いかれてんぞ! ビックリした! お前そんな奴だったの!? 破滅へ導かれてんぞ! やめとけ! お前がオルソンを好きなのは百歩譲っていいとして、厨二病だけは絶対やめとけ!」
「あんた何なのささっきからピーチクパーチク。サルなの? あんたサルなの!? あぁ、あたし話して損した。ケドあのお方ならきっと寛大な心で許して差し上げるのかもね! なんせあの人の器は尋常じゃなくおっきいし! あたしあのお方の妻か妾にして貰えるって言われたら喜んで飛んでいく! あんたとは違って、あのお方は何度も言うけど偉大だから!」
「宗教!? オルソン宗教始めたの!? 洗脳だとしたらお前天才だよオルソン……! 頼むから、頼むからおれの好きな女の子を返して……」
「は? 何か言った? と、とにかくさ、絶対に言わないでね。あたしがあのお方のこと好きだってこと!」
「言いたくねぇ! 絶対に言いたくねぇ! もはやおれだけがこの秘密を墓場に持ってくべきだと思う!」
「ま、待ってやっぱそれはナシって言うかさ。あたしあのお方と正式に謁見したいって言うかさ、あんたあのお方の友達なんでしょ? なんか便宜図ったりとかできないわけ?」
「やだ! しねぇよ絶対! お前自分で会いに行け!」
「は!? むっかつくしこの男! 何様のつもり!? そんなんだからちあきにたまに素っ気ない態度取られたりすんじゃないの!? 自業自得って奴じゃん?」
「もういいよなんだって! おれはどれだけの罵倒でも耐えられる自信ある! おれは人生の中で数々のショックを受けてきたけど、これは親父の卒業が九歳だったことよりも驚きだよ! お前、考え直したりはできないのか……?」
「やだし。なんであんたの言いなりになんかならないといけないわけ? あたしはあたしの人生を生きる。あんたに邪魔される筋合いはないっての!」
「そ、そうなのか……。いやたしかに正論なんだが……」
「――おぉ! やったよ見た! スプリットだよスプリット! 私田中将大ばりのスプリット決めたよ! 褒めて褒めて!」
おれとかなみの禁断の会話はちあきによって止められた。おれはモヤモヤを抱えたままボウリングの球に手を伸ばす。しかしあれだ、うわマジでショックだ。
かなみってもしかしてヤバい奴なのか……?
ボウリング三ゲーム終了した。なんかやってみると意外と楽しくて、早く投げたい早く投げたいという欲求が次々に湧いてきた。決して失恋の痛みに耐えていたわけじゃない! 現実逃避気味にボウルを投げていたわけじゃないからな!
「ふぅ、つかれたねー。ちあきめっちゃうまいじゃん!」
「へへ! 私は天才かも知れないね! 天才って呼んで! 私はアインシュタインよりも天才だ!」
「はいはい。お前は天災だぜ。天の災害と書いて天災だ!」
「なにおう! 春斗君私のことをバカにしないでって何度も言ったよね! 私こう見えても乙女なんだよ! 好きな人のランドセルに自分の名前書いちゃったくらいは乙女なんだからね!」
「やべーな! けっこうやべーぞそれ! 男の子が好きな女の子のリコーダーをペロペロするのとおんなじくらいやべーぞ!」
「へへ、そうかなぁ。私それくらいすごいことしてるのかぁ。…………照れるな」
「照れるな! 照れるところじゃねーんだよ! お前軽く犯罪だぞそれ!」
「ちっちっちっ。小学生はいくら犯罪を犯しても罪にはならんのだよ! 勉強不足だね春斗くん!」
「やめろ! 真実だけど! だがダメだ! バレなきゃ犯罪じゃないんだよ的な思考アウトだから!」
「えー、でもニャル子も言ってたよ! ニャル子が言ってたんだから間違いないよ!」
「大間違いだ! やっちゃダメなの!」
「――ぷっ」
おれたちがぎゃあぎゃあ騒がしく言い合いをしていると、突如としてかなみが噴き出した。おおどうしたんだいマイハニー、と心の中で呟いて、おれはかなみの方を向いた。楽しげに肩を揺らしながらくつくつと笑っている。天使!? おれの隣には今まさに天使様がいる!
「二人の会話………………お、面白いね………………! お腹が、、痛くなる…………!」
「かなみんが笑ってる……。なんて可愛い笑顔なんだろう……」
ま、まぁたしかに。ちあきが言っていることには一理ある。この子めっちゃ可愛いよな、って素直に思うモン。おれこの子と結婚したい。ケドおれはちあきの彼女であって、かなみはオルソンのことが好きなのだ。何なんだろうこの四角関係。
「ちあきはボウリング楽しかった?」
「うん! かなみんまたこよーね! 今度はできれば親戚一同でやろうよ!」
それはやだなぁ。だってあの親父が来るんだぜ? おれと女性の好みが似通った親父のことだ、きっとかなみ様にちょっかいを掛けるに決まってんじゃねぇか、なぁ。そんなのおれが許さねぇ。そうだ、ちあきが許してもおれが許さねぇんだ。マイハニーたるかなみたんは、おれの物なのだ! くっ………………ちくしょうわかってるよ。この子がオルソンのことが好きだってことは、身に染みてわかってる……。
おれたちはボウリング場をあとにした。本来の目的であるボウリングは楽しかったが、それ以外のところで大きな傷を負った一日だった。
まぁ全体としてみりゃあ楽しかったのかな。うん、そういうことにしておこう。
おれはその晩悔し涙を流しながらめちゃくちゃティッシュを消費した、ッつうことは内緒だぜ?




