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現実世界[恋愛]作品集

聖女様と普通のラブコメを

作者: 蒼田

 ――この学園には聖女がいる。


 そんなことが言われ始めて数か月。

 当の本人は今日もまた教室で人に囲まれていた。


「すごい人気だな。清志(きよこころ)さん」

「みたいだね」

「興味無さそうな返事だな」

「……実際興味ないし」


 顔を僕の方に向けず呆れ声でいうのは青山陽翔(はると)。くせ毛が特徴的な、僕よりも少し背の高い彼は僕の友達だ。


「陽翔は清志さんに興味あるの? 」


 目線を陽翔と同じ方向に向けながら聞く。

 目に映るのはこの国では珍しい金髪ロング同級生。清志莉愛(りあ)さんだ。

 彼女の身長は低く、母性溢れる微笑みと主張の激しい胸をしている。


 確かに普通の男子高校生なら彼女の魅力に引きつけられるだろう。実際ファンクラブのようなものもあるみたいだし。

 けれども僕はあの集団に入る勇気はない。

 というよりも消極的な僕からすれば集団自体が脅威である。


「そりゃぁあの美貌にあの胸だぜ? むしろ興味がない(あゆむ)の方が男としてどうかしてると思うぞ」

「そうかな? 興味を持つ前に危険を察知して離れる人は多いと思うけど」

「……確かに競争率は高い。けれど、高いからこそそこに登ってみたいと思うのが、――男だ! 」

「なんで山の話?! 今は清志さんの話だよね? 」

「もちろんだとも。あそこに立ち上がる巨大な双子山を踏破したいと思うのが男心……」

「あ~お~や~ま~? 」

「げっ?! 」


 男心を晒し出してしまった陽翔はポニーテールの同級生海部さんに連れ去られてしまった。

 廊下から悲鳴が聞こえる。

 やっぱり清志さんの周りには危険がいっぱいだ。

 触らぬ神に祟りなし。

 我らが神こと聖女様に陽翔の無事を軽く祈って僕は図書室へ向かった。


 図書室から出るともう下校時間だ。

 まだ残っている人達もぼつぼつと解散を始めているみたい。

 図書室から出て下駄箱へ移動する。

 また明日、と別れを告げる声が聞こえる中、僕は一人靴を履き替え学校を出た。


「……ちょっと遅すぎたかも」


 スマホで時間を確認すると思っていたよりも時間が経っていた。

 僕の家には門限はないけれど夕食までには帰ってこいと言われている。

 夕食に間に合わなかってもペナルティがある訳ではない。

 けど帰らなかったら変な罪悪感が出て来るからきちんとその時間までに帰るようにしているのだ。

 が、その時間に間に合いそうにない。


「ショートカット……、するか」


 そう独り言ちて僕は時間が無い時によく使う道へ足を進めた。


 小走りになりながら家に向かう。

 生まれてきて運動部に入ったことのないせいか少し息が切れる。

 情けない程の体力の無さに心の中でげんなりとしながらも目印の神社が見えて来た。

 ここを抜ければ家まで近い。

 時間までに間に合いそうだと思い、スピードを落として息を整え歩くと神社の方から女の人の声が聞こえて来た。


「――ット! 」


 神社の入り口で足を止めて長い階段を見上げると怒鳴るような声が聞こえて来た。

 なんだろうか。神社で問題でも起こっているのだろうか。

 これは関わらない方が良いかも。

 覗いてみたいという気持ちが上がってくるけどそれを押し込める。

 まさに触らぬ神に祟りなし。

 問題に自分から首を突っ込むようなことをして面倒事に巻き込まれるのは御免だ。


「――ット! 」


 いやしかし何故かな。

 これだけ声を上げているのに他の人の声が聞こえない。

 普通揉め事なら言葉の応酬が行われるんじゃないかと思うんだけど。

 不自然だね。


「――ット! 」


 ……ちょっとだけなら見て行っても……、良いかな?


 結局の所自分の興味に負けてしまった。

 長い階段を息を切らしながらゆっくり上がる。

 一段一段登るにつれて女性の声がはっきりと聞こえてくる。

 どこかで聞いたことのあるような声だ。

 いやしかし、と思いながらも身を潜めつつ、最後の階段を登り終えた。

 するとそこには——。


「ターンアンデット!!! 」


 巫女服を着た我が校の聖女様こと清志莉愛が魔法を詠唱していた。


 ……これ一体どういう状況?


 首を傾げながら様子を見る。


「ターンアンデット!!! 」

「……」

「ターンアンデット!!! 」

「……」


 よし。今日は何も見なかった。

 学校の帰りに寄った神社で巫女服を着た清志さんが右手をかざして割と真面目な顔をして魔法の詠唱なんてしていない。


 いやもしかしたらあれは清志さんじゃないかも。

 似ているけれど違う人の可能性もある。

 何せ学校で見ているイメージと全く違い過ぎる。

 学校では微笑みが美しい清志さんだけど今の彼女はキリッとした表情をして魔法を唱えている。いやこれはこれでカッコいいと思うのだけれどやっていることや表情が学校でのイメージとかけ離れ過ぎている。

 実際似ている人というのは地球上に何人もいるそうだ。流石に自分に似ている人がこの町に複数人いるとは思いたくないけれど、確率論からして極めて低い確率だと思うけれど、あれは清志さん似の誰かさんだ。

 その違う誰かさんが魔法を唱えているのだ。


 コスプレに魔法の練習。

 いやこれはこれでいいと思うのだけれど流石に知っている人に似ているとドキリとするもので。

 イベントでも近いのかな?

 イベントでは是非とも頑張ってほしい。


「ターンアン……、え? 」


 清志さん似の人に心の中でエールを送りその場を離れようとしたら僕に気が付いたようだ。

 僕の方に首を回して目と目が合う。

 瞬間ドバババと音が聞こえそうなほどに汗のようなものが流れるのを幻視する。


 わかるよ。

 同好の志に見られるんじゃなくて見知らぬ誰かに見られる恥ずかしさは。

 だから僕は彼女に一言伝えることにした。


「イベント……頑張ってください」

「ち、ちが……、え、まさか……」

「? 」

「く、日下部君に見られっ、にゃぁぁぁぁぁ~~~~~!!! 」


 彼女は急に顔を赤くして慌てて逃げ去った。


 ……どうやら清志さん本人だったらしい。


 ★


 : なつき。聞いてよ!

 : む。聖女様のお悩み相談か。お姉さんに言ってみな。

 : 聖女様はやめてっていってるでしょ?!

 : 悪かったって。怒らない。で、どうしたの?


 聖女様こと清志莉愛は顔を真っ赤にしてベッドにもぐりこんでいた。

 彼女はスマホを手に持ち親友海部(あまべ)夏輝(なつき)に今日あったことを伝える。


 : やっぱりバレたかー。

 : やっぱりって……。バレるとわかってたの?

 : いや外で魔法を使ってたらいつかはそうなるっしょ。てか何で外でやってたの?

 : 家の前だったし大丈夫かなって。

 : むしろ今までよく見つからなかったね。家の前かもしれないけど普通の人もくる神社だからね。

 : いつもはこないし……。

 : いやそんな寂しい事言わなくても。


 呆れのスタンプが押されて莉愛はぐぅと顔をベッドに(うず)める。


 :でどうするの?


 ピロン、と音が鳴ると莉愛はゆっくりと顔を上げる。

 内容を読んで再度顔を埋める。

 少ししてから再度彼女のスマホが音を鳴らした。


 : バレたのって日下部だよね?

 : そうだよ。

 : なら彼を研究会に誘ったら?

 : オカルト研究会に?

 : そっ。メンバーは今私達二人だけだし丁度いいんじゃない?

 : 魔法を使う所見られたのに誘うの?!

 : 見られたからだよ莉愛君。バレたらしかたない。彼を身内にしたら全部解決じゃないか、と思うのだがね。

 : け、けど。いきなり誘って迷惑じゃないかな。

 : そこは莉愛君の聖女様パワーでなんとか。

 : わ、私が誘うの?!

 : もちのろんだよ。それに研究会のメンバーが増えると部活動への昇格もあるかもしれないし。そうなるとオカルト研究会を立ち上げた莉愛の目的が達成しやすくなるんじゃないのかね?

 : そ、それはそうだけど……。

 : このまま二人だけだと何も進まないじゃん。前世の記憶持ちを探すの。


「うぐ……」


 夏輝の言葉に再度沈黙する莉愛。

 やらなければならないのは分かっている。けれどもそれを積極的に実行に移すのは中々に難しい。


 先ほど莉愛は外で魔法の詠唱をしていたが基本的に内向的な人だ。

 優しく慈善的ではあるが積極的に行動を移すのに躊躇いを覚えるタイプ。

 研究会を立ち上げたのは良いが夏輝以外にメンバーが集まっていないのにはこういった理由があった。


 : 今の所私以外に前世の記憶持ちはいないんでしょ?

 : そ、そうだけど。

 : もしかしたら日下部が前世の記憶持ちかもしれないじゃん。誘ってみれば?

 : い、いきなり「貴方は前世の記憶持ちですか」なんて言えないよぉ~。

 : ……私に声をかけた時の事をよく思い出してほしいのですが。聖女様。

 : それは言わないで。


 学園の高等部に外部入学生として入り、右も左もわからなかった時の事。

 同じ境遇の人がいないか探していた時、莉愛は夏輝に「貴方は前世の記憶持ちですか」と声をかけた。

 聖女としての記憶を持つ莉愛にとって過去をやり直したい黒歴史の一つなのだが、神は彼女を見放さなかった。

 海部夏輝は、武闘家の過去の記憶を持つ者だったのだ。


 : ま。前の事はおいておいて明日声をかけてみれば?

 : いきなり明日?!

 : 早いうちに囲った方がいいでしょ?


 夏輝の言葉に「確かに」と頷く莉愛。

 そして莉愛は顔色を戻して返信をし、莉愛は歩に明日突撃することが決定した。


 なおこの返信に夏輝はにやにやとしていたらしい。


 ★


「何か緊張気味? 」


 朝、陽翔が席に着くために僕の方に歩いて来る。その途中僕に聞いてきた。

 僕ってそんなに顔に出るかな。

 黙っているとなお悪い。椅子に座る陽翔の方を向いて彼の言葉に返事をする。


「そんなことないよ。陽翔」

「そうか? なら良いんだけど」

「心配してくれてありがとう」

「ん」


 多分顔が強張っているのは昨日の事があったからだとおもう。

 昨日はとんでもないものを見てしまったからね。けどそれを陽翔に言うわけにはいかない。

 正直なところ今日どんな顔をして清志さんを見れば良いのかわからない。

 いやいつも注目している訳じゃないけど、昨日の事があってか彼女の事が忘れられない。

 ある意味衝撃的な出会いだったからね。

 興味が無いと思っても自然と顔が向いてしまうかもしれない。


 僕が陽翔から目線を移して机に向いていると何かどよめきのようなものがクラスに響いた。

 なんだろう?

 首を傾げながら顔を上げる。

 すると陽翔が口をパクパクさせながら僕の隣を見上げている。

 本当に何だろうかと思って陽翔の目線を追うとそこには清志さんがいた。


「あ……」


 綺麗だな。

 長いブロンドヘアが風に(なび)いて、しかも少しキラキラしている。

 肌は陶磁器のように白いけどほんのりと赤みを帯びていて彼女が緊張しているのがわかる。

 

「く、日下部君! 」

「ひゃぁい! 」


 見惚れてしまってた!

 双子山に関しては陽翔に同意できないけど直視すると本当に綺麗だ。

 けどその清志さんは一体僕になんのようだろう?


「き、今日の放課後っ! 体育館裏で!!! 」

「え……? 」

「待ってます!!! 」

「え、ちょ……」


 言うと脱兎の如くこの場から逃げ去ってしまった。


 が、不味い。

 これは非常にまずい……。


「お、おい歩。いつの間に聖女様と仲良く……」

「いやそれよりも呼び出しをくらった?! 」

「というよりもあいつ誰だ? 」

「なんであんな奴がお呼び出しをっ! 」


 一気に教室が騒がしくなる。

 陽翔の質問をなんとか回避しながら嫉妬の目線を周囲から受けつつやり過ごしていると朝のSHRが始まった。

 放課後になるまでずっと目線が痛かったけれどそれでも何とか放課後を迎えることができた。

 正直なところ行きたくない。

 けれども何か重要な話かもしれない。

 だから僕は放課後いつ殺されてもおかしくない状況の中、体育館裏へ向かった。


 体育館裏に着くと何故かシーンとしていた。

 僕が早く来すぎたのはあるのかもしれないけれどこの静けさは異常だ。

 何せ学園の聖女様が教室で大きな声で僕をお呼び出しをしたのだ。

 マナー違反というのは分かっていても興味が湧くというのが人間だと思う。

 だから見物客の十人や二十人くらいはいてもおかしくないと思っていたのだけれど異様な静けさがこの場を支配している。


「お、お待たせしました」


 体育館の角から清志さんが出現した。

 白のブレザーに白のスカート。そして学校指定の制服。どうやらこのまま帰るみたいで腕にはスクールバックがかかっている。

 

 少し駆け足でやって来る清志さんに「待ってないよ」と伝えて落ち着くように言う。

 するとスピードを落として僕の前に着いた。


「「………………」」


 沈黙!!!


 何もないの?! まさかの事態だよ!

 お願いだから何か喋って!


 美少女と二人っきりというシチュエーションは少し思う所はある。

 けど、だからこそ、沈黙がかなり痛い。


 何か僕から話した方が良いのだろうか。

 うん。話した方が良いだろうね。

 けどどうやって話すのかな? 生まれてこの方美少女どころか女性との付き合い無い僕が、この状況で聖女様に切り出せるとでも?

 無理だね。


「あ、あのっ! 」

「はい! 」


 考えているといきなり声をかけられ体がびくりとする。


「じ、実は日下部君にお願いがありまして」

「お、お願い? 」

「はい……」


 聞き返すと俯き加減になる清志さん。


「あ、昨日のことなら誰にも話さないから安心して」

「そ、そうじゃなくてっ、……いえそれもお願いしたいのですが今回は違うのです」

「違う? 」

「あの……その……、わ、わた、私と……」

「? 」

「私と一緒に摩訶不思議を研究しませんか!!! 」


 ……本当にどういうこと?


 ★


 清志さんの話によると彼女はオカルト研究会に入っているらしい。

 立ち上げたばっかりでメンバーも海部さんと清志さんの二人だけ。

 活動内容は古今東西に存在する摩訶不思議の資料集めと研究、そして奉仕活動のようだ。

 

 最初は断ろうとしたのだけれど僕は引き受けることにした。

 僕は何か活動をしているということはない根っからの帰宅部だ。

 余りある時間を使って家族と交流を深めていると言えば聞こえはいいけど、実際は余りある時間を浪費しているだけ。

 それもあってか断る理由が見つからなかった。


「ここか」


 聞かされた教室に辿り着く。

 見上げるとそこには視聴覚室と書かれた札が着いていた。


 あれから数日経った。

 昨日清志さんから連絡が来て、今日本格的に活動に顔を見せることになった。

 どんな感じなんだろうというドキドキ半分、女の子と一緒に活動するというドキドキ半分。

 そろそろファンクラブから刺客が放たれてもおかしくないと思うのだけれど、不気味なくらいに大人しい。


 何か不気味な雰囲気を感じ取りながらも僕は扉に手をかける。

 ガラガラと音を立てて小さな声で「おじゃましまーす」と挨拶をしながら中に入ると真っ暗だった。

 誰かいないか周りを見ると一つのプロジェクターが光を放ち、僕はその方向を見た。


 【第一回活動内容: 異世界転生について】


 ……マジか。

お読みいただきありがとうございます!!


短編でしたがいかがでしたでしょうか。

もし面白いなど感じていただければ嬉しく思います。


最後になりましたが、もしよろしければ、ブックマークへの登録や広告下にある★評価をぽちっとよろしくお願いします。

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